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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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冒険者を続ける理由

「大丈夫かーラルフ」

「だ……大丈夫に決まってんだろ……! こ、このくらい……!」


 すでに太陽は水平線の向こうに沈み、代わりに月が空に昇る時間帯。

 頭から水をぶっかけ、湯に浸した布で簡単に体を拭ったラルフは、ゴルドの拠点である一軒家にあるソファーに、頭からぶっ倒れた。

 強がる言葉とは裏腹に、体は大声で休息を訴えている。

 一緒に昼食を食べた後、ラルフの実力を見たいということで、アレットと一緒にゴルドと鍛錬をやったのだが……徹底的にやられた。

 あのアレット・クロフォードと二人掛かりで挑んだにもかかわらず、である。

 ラルフの攻撃は右手一本で全て捌かれ、アレットの剣撃や霊術も容易く避けられてしまった。

 なんでも、特殊な技で身体能力を更に底上げした結果らしいのだが……それを差し置いても化け物じみた強さであった。

 もともと、ゴルドが強いことをラルフは良く知っている。

 だが、フェイムダルト神装学院に通って、多くの人々と出会い、戦い、経験を積んだ今だからこそ……ゴルドの強さがより鮮明に分かった。

 ゴルド・ティファートと言う男は『強い』という言葉の更に向こう側にいる。

 ゴルドの目の前に立って拳を構えても、勝てるイメージが全く湧かないのである。

 どこから踏み込み、どの角度から拳を放っても、捌かれた上で強烈なカウンターを貰うイメージしか浮かばない。

 対峙している――ただ、それだけなのに敗北を突きつけられてしまうような滅茶苦茶な強さ。

 そんなこと認められるかと、ラルフはアレットと共にカウンターを貰う覚悟でガムシャラに攻め続けたのだが……結局、夕方になるまで一撃たりともゴルドに届くことはなかった。

 数時間近く全力で動き続けたために、体の方はすでにガタガタ。

 アレットも後半は<白桜>を杖にして何とか立ってたほどだ。

 そのアレットだが、鍛錬が終わった後、『せっかく親子水入らずだから』ということで、フラフラしながら寮へと帰って行った。

 アルティアはアルティアで、少し席を外すと言い残してどこかに飛び去ってしまった。

 そのため、今はゴルドの拠点にラルフとゴルドの二人だけである。


「ほれ、シェスティスの果実の搾り汁だ。凄まじく酸っぱいが、肉体疲労に効く。飲んどけ」

「うげ、すっぱっ!?」


 対するゴルドは数時間ラルフとアレットを相手にしたにもかかわらず、顔色一つ変えていない――底なしの体力である。

 帰り道の出店で買った、串に刺した焼肉を頬張りながら、ゴルドはぶっ倒れたラルフを見下ろしている。


「うぅ、すっぱかった……」


 何とかシェルティスの実の搾り汁を飲みきったラルフは、グデッとソファーの上で体から力を抜く。その姿を見て、苦笑を浮かべたゴルドはソファーの手すり部分に腰を下ろした。


「なっさけねぇな。若い奴がそんなんでどうする」

「親父が異常なだけだろ……何でそんなに強いんだよ」

「そんだけ鍛錬したからに決まってんだろ。限界の一つや二つ越えねえと、冒険者なんてやってらんねえよ」


 ゴルドが放り投げてくる肉串を受け止めたラルフは、遠慮なく肉を頬張る。

 安い肉が使われているのか、異様に筋張っていたが……それでも染み出す脂が疲れた体に染み渡る。


「美味いか?」

「うん」

「400コルな」

「金取るのかよッ!?」


 冗談に決まってんだろ――そう言って愉快そうに笑ったゴルドは最後の肉を口の中に放り込む。

 ラルフはそんなゴルドをじっと見つめていたが……不意に、言葉が口をついた。


「なぁ親父」

「あん? なんだ?」

「親父は……」


 そこで一度、迷うように言葉を切ったラルフだが……思い切って続きの言葉を紡ぐ。


「親父は、何で冒険者をやってるんだ?」


 ラルフが幼い頃から、ゴルドは冒険者をやっていた。

 そのため、長期で家を空けることが多く、その間、ラルフはミリアの家にお世話になっていた。

 今は別にそのことを恨んではいない。

 ただ……子どもながらに、冒険に出かける前のゴルドはどこか鬼気迫っていたことを覚えている。

 その一瞬一瞬に、命を懸けているような……。

 だからこそ、ラルフはゴルドに聞いてみたいのである――なぜ、冒険者をしているのかと。


「ふむ、冒険者を……な」


 ゴルドはラルフの言葉を聞いて、顎鬚を撫でながら虚空へと視線を向ける。

 その瞳はどこか遠く……ここではないどこかを見ているようで。


「俺が冒険者を続けている理由は……そうだな。後悔を取り戻すため、かもな」

「後悔……?」

「ああ」


 ゴルドはラルフの言葉に頷くと、握りしめた拳へと視線を落とす。


「例えどれだけ危険な目に遭おうとも、周囲から無茶だ無謀だと言われようとも……俺には命を賭してやらなければならないことがある」

「それが、親父が冒険者を続ける理由?」

「そうだ。具体的な中身は言えないけどな」


 そう言ってゴルドは自嘲の笑みを浮かべる。


「自分の大切な一人息子の世話を隣人に放りっぱなしにするわ、ボロ家に住ませるわと、親としては本気で失格だけどな。すまんな、ラルフ……苦労を掛ける」

「…………別に。俺は不自由を感じたことはないし」


 確かに、頻繁に長期で家を空けるゴルドを、幼い頃は恨んだこともあった。

 我儘を言って、大声でわめき散らしたこともある。

 だが……ラルフがそうやって駄々をこねると、決まってゴルドは、普段のニヤニヤ笑いを引っ込めて「ごめんな、もう少しだけ待っててくれ」と謝るのだ。

 痛みを堪えるような、どこか、悲しい笑顔で。

 大人になるにつれて、ラルフもその笑顔の裏に何らかの理由があるのだということを理解することができた。

 だからこそ……今はもう、ゴルドのことを恨んだりはしていない。


「俺のことを気にする必要はないよ。親父は好きにすればいい」

「そうか、んじゃ俺は今から綺麗なねーちゃんがいる店で、オールナイトハッスルしてくるから。お前は大人しくクソして寝てろよ」

「好き放題しすぎだろこのクソ親父ッ!」

「んだよ、連れて行ってほしいのか?」

「………………べ、別に!」

「ミリアに言いつけるわ」

「その時は父ちゃんも岩を抱きながら正座することになるからな!」


 ギャーギャーと言いながらもファンタズ・アル・シエルに来て初めての夜は更けてゆく。

 こうして、ラルフの初めての外泊は幕を閉じたのであった……。


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