未踏都市アルシェール
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これも、読んでくださる皆様のおかげです……本当にありがとうございます。
未踏大陸ファンタズ・アル・シエルへの入り口は実はビースティス寮から最も近い。
島の北東から橋が伸びているからである。
ラルフとアレットは寮から出ると、そのまま徒歩で橋へと向かい、検問で審査を受ける。
屈強なビースティスの男達が守る検問だったが……アレットが来るや否や、全員が勢いよく敬礼をしたため、ラルフは度肝を抜かれてしまった。
普段は幼馴染のお姉さんとして接しているアレットだが、本来は多くのビースティスから畏敬の念を一心に受ける身の上なのだと、改めて思い知ったラルフであった。
「凄いね、姉ちゃん。やっぱりお姫様なんだなぁ」
「……お父さんが凄いだけ。私は大したことない」
マナマリオスの最新建築技術で作られた大橋を渡りながら、ラルフは隣のアレットの顔を覗きこむ。
そんなラルフに、アレットは柔らかい笑みで応えてみせる。
生まれの差……とでもいえば良いのか。
人の上に立つことに慣れている人間は、その立ち振る舞いも毅然としている。
そして、ラルフはそんなアレットを内心で凄いと称賛する一方で、少しだけ距離を感じてしまっていた。ただ、それを口に出してしまうほどにラルフも愚かではない。
小さな寂寥感を胸の中にしまっていると、不意に隣のアレットがラルフの方を向く。
「……そういえばラルフ」
「ん?」
「……ラルフとティアは恋人の関係なの?」
「ぶっ!?」
何もない所で地面に向かって顔面着地しそうになるのを必死でこらえたラルフは、顔を真っ赤にしてアレットへ向き直る。
「なぁに言ってんのさ、アレット姉ちゃん!?」
「……違うの?」
「違うよ! ティアとは……その、一切そんな関係じゃないから!?」
『そうか? ことある事にお互いにちょっかいを掛け合っているではないか』
「えぇい、うっさいうっさい!」
まあ、事実……ティアとの関係を一番近い言葉で言い表すとしたら、ケンカ友達とでも言えば良いだろうか。
互いに最低限度の節度を守りながら、割と遠慮なく物を言える間柄……と言う感じだ。
実際に、教室でも割と頻繁に顔を付き合わせてギャーギャーやっている。
そうやって、じゃれあっている様子が、アレットには恋人の様に映ったのかもしれない。
「ここにティアがいなくて本当に良かった……」
ラルフはげっそりとした顔でそう呟く。
隣にいたら確実に『は!? んなわけないでしょ!?』と言われて、また言い合いになっていただろう。
熱くなった頬を冷ますために自分の手で顔をあおいでいると、隣でクスッとアレットが笑った。
「……ミリアにもまだまだチャンスがあるみたいで良かった」
「ん? 今なんて……」
「……別に何でもないよ。ほら、アルシェールが見えてきたよ」
そう言ってアレットが指差す先には、ファンタズ・アル・シエル側の検問と、その向こう側に広がる――未踏都市アルシェール。
フェイムダルト神装学院を卒業した冒険者達が拠点とする街。
そして、将来冒険者となったラルフもまた、この街を中心として様々な地を巡ることになるのだろう。
「お、ぉぉ……ぉぉぉ……」
驚きの声がラルフの口からこぼれる。
理路整然――その言葉とは正反対を行く街並みが目の前に広がっている。
雑多に立ち並ぶ建物はいろんな種族の建築様式が入り乱れており、まるで統一感が無く、歩く人々もドミニオス、シルフェリス、ビースティス、マナマリオスと多彩だ。
まぁ、神装を持つ者が極端に少ないヒューマニスがいないのは何となく悲しいが。
ただ、足元は石畳できちんと舗装されており、通りには学院でも使われている半永久駆動の『霊灯』が設置されている。きっと、夜中でも活動する人間が多いからだろう。
さらに、この街は基本的に神装者が活動する街ではあるが……彼等だけでは街は回らない。
商売の臭いを嗅ぎつけた商人たちが、即席の店を開き、様々な商品を売っている。
だが、何よりも特徴的なのは、街を囲うように起立する外壁だろう。
アルシェールの入り口にいるラルフからですら確認できるのだ……どれだけ巨大なのかよく分かるだろう。
過去、神装大戦中に人類に大打撃を与えた大型終世獣『リンドブルム』との対峙で得た教訓を生かし、アルシェール開発においてもっとも最初に建造された防壁である。
多重障霊防壁――その名をアイギスという。
壁の表面に目を凝らせばわかるだろうが、ビッシリと霊術式が書き込まれており、これにより幾多の霊術による加護を受けている。
物理的な防御力と、霊的な防御力を高いレベルで兼ね備えており、理論上では大型終世獣相手でも丸一日は耐えられると言われている。
この街まで終世獣が大挙し、アイギスが打ち砕かれた時――それは人類敗北の瞬間だといっても過言ではあるまい。
「本当に……すごいなぁ」
人々の声が飛び交う街……まるで、祭りの中にいるようだとラルフは思った。
剥き出しになった人々の活力がぶつかり合う街の様相を、ラルフがきょろきょろと見回していると、不意に肩をトントンと叩かれた。
「……じゃぁラルフ。折角冒険者達の街に来たんだから、ちょっと復習をしてみようか」
「え゛」
思わず変な声が出たラルフに構わず、アレットは人差し指を立てる。
「……冒険者とは具体的にどんなお仕事でしょう?」
「え、ええと、未踏地域の開拓。地図の作成。終世獣の討伐……だったような」
「……そうだね、未踏地域では中型終世獣が住処にしているようなところもあるから、その討伐だね。後は未踏地域で発見される遺跡の探索も含まれるよ」
未踏大陸ファンタズ・アル・シエルは未だに多くの謎に包まれているが……その中でも大いなる謎と言われるのが、この遺跡群だ。
明らかに人為的に建てられたと思われる遺跡や風化した廃村が、いたる所で発見されている。
そこには様々な遺産が眠っており、それを回収してくるのも冒険者の役割とされている。
遺跡の中には今とは全く別体系の霊術について記述された古文書や碑文があったり、霊力を用いた攻城兵器などが眠っていたりする。
転送陣なども、これらの遺跡群から発見された古文書に記載されていた霊術であり、どういった仕組みで動いているのか、未だに完全な解明はされていない。
これらの遺跡や古文書から、昔、ファンタズ・アル・シエルには今とほぼ同等の文明レベルを持った者達が住んでいたと推測されている。
それが何故、どのような経緯で滅んでしまったのか……恐らく終世獣が関係しているのだろうとは言われているが、詳細はハッキリとしない。
ちなみにだが、これらの古文書や遺跡に眠っている様々な道具は、非常に高価な値段で取引される。
そのため、必要以上に遺跡を荒らす冒険者が後を絶たないことが問題視されていたりする。
閑話休題。
アレットは満足そうにうなずくと、ポンッとラルフの肩に手を置く。
「……ちゃんとがんばって勉強してるね。この調子で頑張って」
「うん、姉ちゃんに心配かけないように頑張るさ」
「……ラルフは良い子良い子、それじゃ行こ?」
「だから、子供扱いは……あぁ、待ってよ姉ちゃん!」
颯爽と歩き出すアレットに、ラルフは急いでついていく。
フェイムダルト神装学院に来た時も人の多さに大概驚いたが、この街はそれを軽く上回る。
本当に世界は広いと実感しながら、ラルフはアレットの背に声を掛ける。
「アレット姉ちゃん、一体どこに行くのさ!」
「……ん、ラルフに会わせたい人がいるから」
「え、俺に?」
アレットの言葉に、ラルフはすっとんきょうな声を上げる。
少なくとも……このアルシェールの街に知り合いなど一人としていない。
困惑するラルフを普段からは考えられないほど強引にアレットは引っ張ってゆく。
そして、たどり着いたのは――
「この建物は……?」
「……神装学院を卒業したビースティス達が大抵所属する中級ギルド――クラージュギルド。ラルフもたぶん、来年にはお世話になるところだと思うよ」
レンガで建てられた二階建ての建物だ。
そして、その正面――最も目に入る場所に、でかでかと『クラージュギルド』と書かれている。
このアルシェールには多くのギルドが存在しており、どこのギルドに所属しても良いとされている。
ただ……自然とギルドに所属する者は同種族で集まる傾向が強い。
このクラージュギルドも構成員はほぼビースティスだ。
もちろん、クラージュギルドと同じように、マナマリオスばかりのギルドや、シルフェリスばかりのギルド、ドミニオスばかりのギルドも存在している。
まあ、時折変わり者が異種族の集まるギルドに所属することもあるが……それは例外と言っても良いだろう。
ラルフは建物を見上げながら、ほぅ、と吐息をつく。
「これで中級ギルドなんだ」
「……うん、上級ギルドは歴代の成績優秀者や、功績を上げた上級冒険者ばかりで、なかなか入れないからね」
「だったら、姉ちゃんは上級ギルド入り確実じゃないか」
ラルフの何気ない言葉に、アレットは俯き……そして、淡い笑みを浮かべた。
「……そうだと、いいなぁ」
「アレット姉ちゃん?」
「……ううん。何でもない。さ、入ろう」
自然な動作で手を取られたラルフはドキッとしながらも、大人しくアレットの後ろに付いてゆく。
両開きの扉を開けば、そこには数多くの冒険者達で賑わっていた。
一階は大きく間取りが取られており、たくさんの丸机が並んでいる。
そこに座って情報交換を行っている冒険者も多い。憩いの場と言ったほうが近いか。
そして、奥にはカウンター越しに受付の女性が立っており、冒険者達に仕事を斡旋したり、パーティーを紹介したりしているようだ。
他にも、部屋の壁に掛けられた掲示板などにも、数えきれないほどの『依頼書』と書かれた紙が張り付けてある。
そして、二階はロフトになっており、そこにも大量の丸机が並んでいる。
ただ、一階の人々よりも集団で話している人々が多い……恐らくはパーティーを組んだ者達だろう。
遺跡で発見される様々な遺産の取り分などを決めているのかもしれない。
何にせよ、むせ返るような活気である。これがほぼ全員神装者と言うのだから驚きだ。
「ねぇねぇ、姉ちゃん。俺も依頼とか受けられる?」
「……まだ一年生は無理」
そう言いながらポンポンと両肩を撫でられる。完全に子供扱いである。
ぶーたれるラルフだったが、アレットは先ほどから誰かを探すようにしきりに周囲を見回している。
一体誰を探しているのだろうかと、ラルフも周囲を見回した時……丸机を挟んで女性と何かを話している、とても見覚えのある姿を発見した。
大柄なヒューマニスの男性だ。
耳のあたりまで伸びたざっくばらんな漆黒の髪と、ラルフによく似た真紅の瞳。
顔立ちは整っているものの、威圧感はなく……むしろ、その人懐っこい笑みから、子供がそのまま大人になったかのような、茶目っ気を見てとることができる。
ただ、そこは冒険者……布と革を使用した軽鎧を纏ったその体は、まるで名のある彫刻家による彫像のように無駄なく鍛え抜かれている。
この男の動きは鋭く、放つ拳は岩石すらも破砕することを、ラルフは良く知っている。
なぜならばこの男性は――
「え、親父?」
「……え? あ、本当だ。あんなところにいたんだ。ゴルドおじさん。こっちです」
アレットが大きく手を振ると、ようやくラルフ達の存在に気が付いたのだろう。
一緒に話していた女性に一言二言、言い残して別れ、そのままこっちに近づいてくる。
その表情にはニヤニヤと、イタズラ小僧のような茶目っ気溢れる笑みが浮かんでいる。
「よぉ、ラルフ、会いたかったぞぉ。お、ちょっと見ない間に身長が縮んだか?」
「うっさい!! 親父が拳骨ばっかり落とすから俺の成長が止まったんだ!」
「おぉおぉ、相変わらず威勢はいいな。アレット、ラルフの案内を頼んじまって、悪かったな」
「……いえ、私も久しぶりにゴルドおじさんにご挨拶したかったですから」
アレットがそう言って握手する男性こそ、ラルフの父親にして、ビースティスの間で英雄視されているS級冒険者――ゴルド・ティファートその人だった。
ゴルドは無精ひげが生えた顎を擦りながら、ニヤニヤと相変わらず笑顔を浮かべたままラルフを見下ろす。
「なぁ、アレット。学院でのラルフはどうだ? チビチビ言われてイジメられてはベソかいてるんじゃないかと思うと、俺は夜も眠れなくてよぅ」
「くっそ、この、親父、表に出ろ!」
「……ラルフ、お父さんにその言葉使いは、めっ、だよ」
「で、でも。アレット姉ちゃん……」
「そうだそうだ。お父様を敬ったらどうだ、あん?」
「なら、敬われるような態度を示してみろよッ!」
ガルルルルと、敵意剥き出しで威嚇するラルフを、ゴルドは豪快に笑い飛ばす。
これがこの親子のコミュニケーションなのである。
「というか、ラルフ。お前、なんで頭の上に色つきヒヨコなんて乗せてるんだ?」
『考えていることがまるで同じなのは、親子ゆえか……』
若干引きつったアルティアの声が頭の上から聞こえてくる。
第三者から見れば、自分もこの父親とそっくりなのかと思うと、げんなりとしてくるラルフだった。
ラルフの頭の上で、アルティアは翼を広げるとゴルドに向かい合った。
『私の名はアルティア。ラルフが魂の宿した神装<フレイムハート>に宿る意志のようなものだと受け取ってもらえれば幸いだ』
「神装に宿った意志……だと?」
その言葉を聞いた瞬間、ゴルドの視線が鋭くなる。
射抜くような視線でアルティアを観察しているゴルドは、疑問を浮かべながら、腰に手を当てる。
「神装が意志を持つなんて初めて聞いたな。そもそも、神装は所有者の魂と密接な関係を持ってるって言われてるんだぞ。それが意志を持つとは……言っちまえば、自分とは別の『何か』が自分の中にいるようなもんだ。ラルフ、神装を手に入れてから何か違和感を覚えたりはしてないか?」
「い、いや。別にそれは何も……」
『…………』
アルティアは無言。
双方、鋭い視線を交錯させるが……ゴルドはため息をついて視線を外した。
「俺も神装の専門家ってわけじゃねぇからな。ラルフがせっかく手に入れた神装だ……ごちゃごちゃ文句をつけるつもりはない。ただ、何かあったらすぐに俺に言って来い。いいな、ラルフ」
「そんなに心配するなよ、親父。何かあったら俺が何とかするから」
まっすぐに視線を返してラルフが言うと、ハッとゴルドに鼻で笑われた。
「なーにが『俺が何とかする!』だ。この半人前のヒヨッコが。だからお前はいつまで経ってもチビなんだぞ」
「身長が小さいのは関係ないだろッ!!」
喚くラルフを軽く流しながら、ゴルドは顎に手を当てる。
「しかし、『アルティア』か……この前の古文書にそんな記述があった気が……。気は進まねえが、後でエミリーに連絡取ってみるか」
「何だよ親父! いいから俺の話を聞け!」
「おいおい、まだパパが恋しいのか。いい加減に親離れしろよ」
「うがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
頭を抱えて叫ぶラルフの額にデコピンを喰らわせたゴルドは、アレットに向かい合う。
「アレット、昼食はまだだよな?」
「……ごちそうになります」
「早えよ……。お前に飯を奢ると無尽蔵に食うからなぁ。ま、でも可愛い息子に会わせてくれたんだ。大衆食堂でもいいか? 安くて美味くて量が多い店があるんだ」
「……大丈夫です。ラルフもそれで良い?」
「俺は姉ちゃんが満足できればそれでいいよ」
ひりひりと痛む額を押さえながら、ラルフはゴルドを睨み付ける。
対するゴルドはそんなものどこ吹く風と言わんばかりに飄々としている。
「それじゃ、行くぞ。ついて来い」
「……はい」
「うーい」
期待を隠せないアレットの返事を聞きながら、ラルフは上機嫌なゴルドについて食堂へと向かったのであった……。