息抜きのお誘い
ラルフがチェリル・ミオ・レインフィールドと一緒に勉強を始めてから九日が過ぎた。
基礎実力試験まで、ちょうど折り返し地点である。
ラルフの過去の話を聞いて号泣したチェリルは、より気合を入れてラルフの指導をしてくれるようになったのだが……そろそろラルフの頭がパンクしそうな勢いだった。
早朝に自己鍛錬を行い、そのまま授業を受け、それが終わったらチェリルと図書館でマンツーマンの勉強をし、夕方に再度自己鍛錬を行って、寝る……さすがに体力自慢のラルフであってもこれはきつい。
体を使う作業は良いのだが、頭を使う作業をこうも連続して行ったことがなかった分、精神的にキツイ。
その疲れが出ていたのか……教室でふらふら歩いていると、ティアから心配そうに「大丈夫か?」と声を掛けられ、挙句の果てに昼食のお弁当まで少し分けてもらうという体たらくだ。
そして、今日は休日。
おまけにこの学院に来てから初の二連休だ。
さすがに今日一日ぐらいは休ませてくれとチェリルに泣きつき、何とか手に入れた正真正銘のお休みだ。
「今日は一日ゆっくり休む!」
早朝鍛錬を済ませたラルフは、朝食をガッツリ食べ、井戸の水を頭から被って汗を流し、寝間着に着替えるとベッドの前で仁王立ちになった。
寝る。
そう、ただひたすらに今日は死んだかの如く気合を入れて寝る。
矛盾してるが気にしない。
『最近は忙しかったからな。そういう日があっても良かろう』
頭の上にいたアルティアが苦笑交じりにそう言って、傍の棚の上へと移動する。
まるで、フカフカのお布団が両手を広げて待っているかのよう。
ラルフはベッドの傍まで移動すると、そのまま全身から力を抜いてダイブを――
「……ラルフ、いる?」
ダイブを――
「……居ないの? 気配はするよ? アレットお姉ちゃんだよ?」
ダイブを――
「……大丈夫? ちょっと待って、今から<白桜>で扉を切断するから」
「今出ます――――ッ!!」
ダッシュで扉の前まで移動したラルフは、目の幅涙を流しながら扉を開ける。
すると、そこには学院の制服を身に纏ったアレットが立っていた。
その手にはすでに<白桜>が握られている……もしも、居留守でも使おうものなら、本当に扉が細切れになっていたかもしれない。
当のアレットはラルフの姿を見てキョトンと首を傾げている。
「……ラルフ、さっき早朝練習してたような?」
「これから寝ようとしてたんだよ。テスト勉強忙しかったから。というか姉ちゃん、こんなとこで神装を発現するのはまずい気が……」
「……誰にも見られてないから大丈夫。でも、ラルフ、頑張ってるんだ……ごめんね、なら、また後日にするね」
「いやいや、良いよ、姉ちゃん。そんな悲しそうな顔しないでくれよ。そんで、用事はなんだったの?」
この女性、ぼんやりしているため、表情からは喜怒哀楽が読み取りにくいが、気分が耳や尻尾にすぐに出るので、意外とわかりやすい。
「……あのね。ラルフ最近大変そうだったから。一緒に息抜きでファンタズ・アル・シエルまで行ってみないかと思って」
「え、ファンタズ・アル・シエル!? でも、一年生は外出不可じゃ……」
「……リンクの上級生が引率に付いたら行けるよ」
「そうなんだ!」
ファンタズ・アル・シエルとフェイムダルト島は隣接しており、大橋で繋がっているのは以前にも説明したが……ラルフが聞くに、二年生以降になるとこの橋を渡って、ファンタズ・アル・シエルの主要都市の一つ――『未踏都市アルシェール』のギルドでパトロールの依頼を何度か受ける必要があるらしい。
要するに実地訓練である。
ファンタズ・アル・シエルの開拓が始まってすでに六十年近く経つ。
人々はこの未踏大陸を開拓してきたものの……未だに終世獣はアルシェール周辺にも出没するらしい。
いくら討伐しても神出鬼没に湧いて出てくる終世獣に、ギルドもほとほと困っているそうな。
そこで、二年生になると、この周辺のパトロールを請け負い、必要とあれば終世獣と交戦することになる。
出没するのは小型の終世獣なので、パーティーを組んで事に当たれば二年生でも、危険は少ないらしい。
ちなみに、三年生になると更に危険度の高い依頼を受けることになるが……まぁ、それは、今は置いておこう。
「……でも、ラルフ、疲れてるならまた次の機会にする?」
「いや、俺もファンタズ・アル・シエルに一度行ってみたかったし、折角姉ちゃんが誘ってくれたんだから行くさ。おーい、アルティア。今からファンタズ・アル・シエルに行くよ」
『む、ファンタズ・アル・シエルに行くのか?』
羽を休めて鼻ちょうちんを膨らませながら眠っていたアルティアが、未踏大陸の名前を聞いて目を覚ます。
そして、小さな翼を羽ばたかせて再びラルフの頭の上に乗っかってくる。
『う゛、この娘も一緒なのか……』
「アルティア、なんでアレット姉ちゃんを嫌うのさ」
「……じゅる」
「何も言わなくても良いよ、アルティア。よく分かったから。ただ、姉ちゃんもそこまで分別が無いわけじゃないから大丈夫のはず……たぶん」
『そうだと良いのだがな……』
アルティアはそう言って大きくため息をついた。
何にせよ初めての未踏大陸進出……先ほどまで感じていた疲れは吹き飛び、今は胸の高鳴りを感じているラルフなのであった。
読んでくださりありがとうございます!
今回と次々回は分割の都合でちょいと短めです。