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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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ラルフの過去、ミリアの過去

「いいかい、何度も言うようだけど文章の読み書きで最も大切なのは、『経験』と『慣れ』だ。とにかく文章を読む! 読んで読んで読みまくる! このボクがお勧めする本をひたすら音読するんだ! 君は話すことはできるんだから、読みまくってるうちに自然と読みは身に付いてくる。そうすれば書きは短時間で習得できるようになるはずだ」

「おう、分かったよ、チェリル!」


 図書館の最も端にある席に座ったラルフとチェリルは、机を挟んで向かい合いながら気合を入れていた。

 二人が持っているのは同じ本――児童用の絵本だ。

 チェリルが最初に取った方法は、ラルフに音読させること。

 そして、間違った部分があったらそこをチェリルが指摘するというものだ。

 これならば、ラルフがどこで間違ったのかチェリルも一目で気が付くことができる。


「よし、じゃラルフ、読み始めて」

「ん、分かった」


 すぅっとラルフは息を吸いこみ、音読を開始する。


「えっと……メリーとミシェルは、昔は友達だった」

「児童書なのに出だしから暗すぎる……そこは、メリーとミシェルは昔から友達だった、だよ」

「お、おお。そうか、そう読むのか。次は……メリーはミシェルを殴り、扉から家に押し入った?」

「強盗か!? メリーは扉をノックし、ミシェルの家に入った、が正解だ」

「あ、なるほどそっちを先に読むのか。次は……メリーは今日、ミシェルを料理する宣言をしていたのだ」

「今日、メリーはミシェルと料理をする約束をしていたのだ、だッ!! 君はどれだけバイオレンスな方に解釈するんだ!?」

「ははっ、こりゃ発禁物だなぁ」

「知るか――――ッ!!」


 とまぁ、ハチャメチャなラルフだったが、チェリルは投げることもなく一つ一つ丁寧にラルフの指導をしていった。

 何気にこの少女、根気強い。

 おまけにラルフの分からないところを正確に見抜き、文法上の問題点をきっちり潰していくので、とても理解しやすい。

 それから三時間後、ぐったりと机の上で伸びたチェリルの前で、ラルフはグッと拳を握った。


「お、ぉぉ、すごい! 児童書が結構読めるようになった!」

「そ、それは良かった……」


 ゲッソリと頬をこけさせたチェリルだったが……ラルフは感極まって、握手をするようにギュッと右手を握った。


「ありがとう! 俺、チェリルのおかげで何とかなりそうだ!」


 一瞬ポカンと呆気にとられたような顔をしていたチェリルだったが……ラルフの言葉を理解したのかじわじわと笑顔になると、空いた手でポンッと胸を叩いた。


「…………ふふ、うん、ボクはすごいだろう! ちゃんとテストで点数取れるようにしてあげるからボクに任せときなって!」

「ありがとう、チェリル先生!」

「うははー! もっと褒めるが良いよ!」


 わははー! と散々笑ったチェリルだったが……ふと何かを思い出したかのように真顔になると、ラルフをうかがう様に上目遣いになった。


「あ、あのさ、ラルフ。ちょっとだけ聞きたいんだけどね?」

「んう?」


 もう一度チェリルに教えてもらった解釈で、児童書を読み返そうとしたラルフは、窺うような声を聞いて顔を上げた。


「嫌ならいいんだけど……何で日曜学校、退学しなきゃいけなくなったのかなって……」

「…………」


 ラルフの無言に何か感じ取ったのか、慌てたようにチェリルは両手を振った。


「あ、あの、ゴメン、ラルフって良い人だし、その、問題とか起こしたとは思えなくって! き、気にしなくていいから! 忘れて――」

「いや、そんなに焦んないでよ。んーそうだね、別に話しても良いかな」


 ラルフにとってそれはあまり良い思い出ではない。

 ただ、同時にあの出来事は『契機』だったのだ。

 自分の力不足を実感し、『大切な人が泣かなくてもいいように強くなりたい』というラルフの信念とも呼ぶべき想いを抱くに至った出来事。

 ラルフは腕を組むと、虚空を見上げる。


「そうだなぁ、俺がまだ幼い頃の話なんだけどさ。俺の村はすごい田舎で、幼馴染と俺は隣町まで歩いて日曜学校に通っていたんだよ」


 そう言ってラルフは少し昔のことを語り出す。

 自分の弱さと惨めさに涙をこぼしたあの時のことを――



――――――――――――――――――――――――――――



 漁村に生まれ育ったラルフ・ティファートとミリア・オルレットが日曜学校に行くようになったのは、ラルフの父ゴルド・ティファートの提案によるものだった。

 「読み書きの能力は将来絶対に必要になるし、あって困ることはない」――まるで実体験を語るような言葉に、村の人々も感化されラルフとミリアは隣町の日曜学校に通うことになったのである。

 隣町とはラルフとミリアの足でも通学できるほど距離が近く、治安が良いということも決め手となった。

 当時、ラルフとミリアは共に九歳。

 隣町はラルフ達が住んでいた村よりも規模が大きく、同い年の子供も沢山いた。

 そんな中に放り込まれたラルフとミリアだったが……正直な所、よそ者としてあまり歓迎はされなかった。

 よそ者、あるいは田舎者として倦厭されていたのである。

 だが、ラルフもミリアも互いに仲が良く、二人で一緒にいれば特に不満はなかった。

 当時のミリアは今のミリアとは比べ物にならないぐらい気が弱く、いつもラルフの後ろをついて来ては、『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と懐いていた。

 ラルフもラルフでそんなミリアを本当の妹のように可愛がっていた。

 だが……仲間外れにされても全く堪えた様子がない二人が面白くなかったのだろう。


 ラルフ達が日曜学校に通い始めて一か月が経った頃。

 突然、ミリアの白い髪は不吉の象徴だと――リーダー格の少年がそう言い始めたのである。

 このリーダー格の少年、隣町の町長の息子であり、先生でも手を焼くようなヤンチャ坊主だった。

 今になって思えば、女の子を苛めたいと思う男の心理だったのかもしれないが……これが、少々度が過ぎていた。

 この少年を中心にして、皆でミリアを何かにつけて『白髪お化け』と言うようになったのだ。

 気の弱いミリアがすぐに泣くのも面白かったのだろう。

 日曜学校の男子は、毎日のようにミリアに白髪お化けと言ってからかう様になった。

 無論、ラルフはこのイジメを止めさせようとしたが……どうにも相手の人数が多い。

 日曜学校に通っていた男子は総勢八名。

 ラルフは碌な反撃をすることもできず一方的に殴られた。

 幸いだったのは、ミリアに直接的な暴力が及ばなかったということだろう。

 毎日のようにボロボロになって村に帰る日々。

 ラルフは父であるゴルドに訴えた――ケンカで勝てるように強くなりたい、と。

 だが、ゴルドは『お前が本当の意味ででっかくなったら、その時はとっておきを教えてやる』とだけ言って首を縦には振ってくれなかった。

 代わりに自分が文句を言って来てやろうとゴルドは言ってくれたのだが……幼いながらも男としてのプライドがあったラルフは、それを拒否。

 自分だけで解決してやると、ゴルドに啖呵を切った。

 それからもラルフはミリアを護るために喧嘩を吹っかけ、そして一方的に殴られるという毎日を送っていたのだが……。

 もともと、拳術の素質があったのだろう。

 日を経るごとにラルフが反撃をするようになったのだ。

 殴る方も殴られる覚悟をしなければならないほど、ラルフが強くなったことで、一時的にミリアへのイジメは無くなったかのように見えた。


 だが……それが嵐の前の静けさだと気が付いた時には、もうすべてが遅かった。

 いじめっ子のリーダーである少年が、強引にミリアの長い髪をハサミで切ったのである。

 教室の床に散らばるミリアの白い髪と、その中心に座り込み、火がついたように泣きじゃくるミリア。

 強引に外に連れ出されたラルフが走って戻ってきた時には、もう何もかもが遅かった。

 『私って……生きてちゃいけないのかなぁ』――ミリアが死んだ瞳でそう呟いた瞬間、ラルフの頭の中が赤一色に染まった。

 そして、気が付けばいじめっ子のリーダーの顔面を、渾身の力で殴り飛ばしていたのだ。

 もちろん、大騒ぎとなり大乱闘となった。

 総勢八名で殴り掛かってくる男子を、狂ったように叫びながら片っぱしから殴り飛ばした。

 もちろん、ラルフも今までにないほどボコボコに殴られた。

 この殴り合いは、日曜学校の先生が間に入ってようやく止まったのだが……事態がそれだけでは収束しなかった。


 いじめっ子のリーダーが父親にそのことを報告したことで、ラルフは粗暴で凶悪な学生というレッテルを一方的に貼られ、日曜学校を追い出されてしまったのである。

 ただ、この件を通じ『喧嘩に勝つために強くなりたい』というラルフの想いは、『大切な人が泣かなくてもいいように強くなりたい』という想いへと変わった。

 そして、その想いを素直にゴルドに告げたラルフは、どこか満足げなゴルドから直々に拳術を教わることになるのである。

 ただ、日曜学校を途中で追い出されたラルフは、読み書きを中途半端にしか教わっておらず、こうして今の今まで来てしまった……という訳だ。



――――――――――――――――――――――――――――



「そんなこと……あったんだ」


 ミリアの話を聞いたティアはどこか辛そうな顔をしてそう呟いた。

 場所は放課後の『燐』クラスの教室だ。

 窓枠に腰かけたミリアの先で、ティアが椅子に座ったまま深く項垂れている。

 ミリアはチェリルの一件の後、こうしてここまで足を運びティアに会いに来たのである。

 その目的は、『ラルフは読み書きが十分にできないこと』と『その原因』をティアに知ってもらうためだ。

 ティア・フローレスは意地っ張りな所はあるものの、根はこれ以上ないほどの善人だ。

 お人よしと言ってもいいかもしれない。

 だからこそ、ラルフの現状を正確に理解してもらえれば、ティアが善意でラルフに発破をかけるようなことは無くなるだろうと、ミリアは読んだのである。


「だから、確かに活字中毒ですぐに寝るのは兄さんが全面的にダメダメだとしても……あんまり勉強のことで兄さんに発破をかけるのは控えて欲しいんです。たぶん、本人は一杯一杯だと思いますから」

「知らなかったとはいえ……ラルフにもミリアにも悪いことしちゃったわね。ゴメン」


 ティアはそう言ってミリアに軽く頭を下げる。

 対するミリアは首をゆるゆると振る。


「私は別にいいですよ。私だって兄さんに負い目があるんですから」

「ちなみに、このことってクロフォード先輩は?」

「えぇ、知ってますよ。一時期は兄さんの家庭教師みたいなこともしてましたし」

「へぇ。でも……」


 そう言ってティアがくすっと笑う。


「ほんっと、ミリアってラルフが好きなのね」

「…………悪いですか」

「うぅん、それだけ夢中になれる相手がいるって羨ましい」

「兄さんに少しずつ惹かれてる自覚はまだないんですね……」

「え?」

「いえ、何でもありませんよ」


 ミリアは平然とした顔でシラを切った。

 そして、そのまま窓枠から飛び降りると、軽く制服のスカートをポンポンと叩く。


「それでは私はこれで帰ります。私も自分の勉強をしないといけないんで」

「そうね。私もラルフに負けないように頑張らないと」


 ふんっと力こぶを作って見せるティアに微笑みかけると、ミリアは教室の入り口へと歩いてゆく。

 その時、ティアの声がミリアの背に触れた。


「あのさ、ミリア。もし……もしよかったら、実技試験、私と一緒にやらない? 私、足引っ張っちゃうかもしれないけど、でも、一生懸命頑張るから」


 ミリアが振り返ると、そこには少しだけ控えめなティアがいる。

 『再生』のミリアではなく、ミリア・オルレットに一緒に試験を受けようと誘っている、素直で、純朴な瞳をしたティアが。

 もしも……もしも、ティアの翼が黒翼でなければ、きっと色んな人が彼女に魅了されたのだろうなと、そんな事思いながら――


「えぇ、良いですよ」


 ミリアはそう言って笑ったのであった。


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