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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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ミリアの憂鬱

ミリアさん視点のお話。

色々とそっけなく冷たいミリアですが、本心は――

 ――さて、兄さんの勉強の件、どうしましょうか。


 一日の授業終了を告げる荘厳な鐘の音が鳴り響く中、ミリアは頬杖をついて外の景色を見ながら、ラルフのことを考えていた。

 場所は『煌』・『輝』クラスの教室である。

 ラルフ達の教室と異なり、かなり大きめのスペースが使われている上に、机や椅子が明らかに『燐』クラスの物よりも仕立てが良い。

 どちらの椅子も座ったことがあるミリアだが……やはり、『煌』・『輝』クラスの椅子の方が座り心地が良い。

 ただ――雰囲気もまた、ラルフ達のクラスとは異なる。

 ピリピリと、どこか常に相手を牽制するような緊張感が満ちている。

 放課後でもこれなのだ……実技の授業中はもっと酷いことになっている。

 教室という狭い空間に五種族が一緒くたになっているというのも原因の一つだが……『煌』クラスも含めて上位二十三名しかこの教室に入れないと言う事実が、互いの競争意識をむやみやたらと刺激しているのである。

 そのため、『煌』・『輝』クラスの教室がピリピリしているのはどこの学年も同じである。

 まぁ……今はもう一つ他の原因もあるのだが、それはさておき。

 そんなどこか殺伐とした空気の中にあって、『そんなもん知るか』とばかりにミリアはラルフのことを想う。


 ――今日も、図書館に行くんでしょうね。


 以前、こっそりと図書館に行く兄の様子を見に行ったミリアだったが……見ていて悲しくなるほど進んでいなかった。

 活字拒絶症の兄にしては頑張っていたとは思うのだが、これでは基礎実力試験の筆記テストの結果は惨憺たるものになるだろう。

 はぁ、とミリアは大きくため息をつく。

 喫茶店でティアがラルフに勝負を挑んだのは恐らく……ティアなりにラルフに発破をかけるためだったのだろう。

 少なくとも、確実に勝てると分かっている相手に勝負を仕掛けるほど、あの少女の性根は腐っていないはずだ。

 だが、ティアはラルフが読み書きの段階でつまずいていることを知らない。

 つまり、ティアとラルフでは勝負にすらならないのだ。


「……どうしたものでしょう」


 何気ない顔をして手伝いを申し出ようとも思った。

 だが……これは確実に言えることなのだが、ラルフはミリアの助力を借りようとはしないだろう。

 大丈夫だと、そう笑ってミリアの手をやんわりと跳ね除けるはずだ。

 ラルフが簡単な読み書きしかできない原因を作ったのはミリアだ。

 そして、ミリアがそれを負い目に感じていることをラルフは知っている。

 だから、ラルフは心配をかけないためにミリアの助けだけは借りない。

 絶対に。


「あの頑固者」


 文句を言ったつもりなのに、その響きはどこか甘ったるく……。

 ラルフが自分のことをとても大切にしてくれているという事実に……ラルフにとってミリアが特別な存在であると言う事実に、心の柔らかい部分が悶えるように疼く。

 ミリアは一人で頬を朱に染めると、何をやっているのかと自分自身に嘆息する。

 と……その時だった。


「少し時間いいかな、ミリアさん?」


 不意に掛けられた声に顔を上げれば、そこにはビースティスの同級生が三名立っていた。

 名前は一応記憶しているが、特に今まで接点はない。

 それを思えば今、声を掛けてきた理由は――


「もし、実技試験で組む相手が決まってないなら、俺達と行かない?」


 ――ま、そうでしょうね。


 予想はついていた。

 今のこのピリピリムードの最後の原因――それが実技試験のチーム分けだ。

 チームの最大構成人数は五名。誰と組んでも構わない。

 だからこそ、このクラス内でも誰が誰と組んでいる、誰が誰と組もうとしている……と、水面下で相手の腹の探り合いをしているのだ。

 そして、『再生』という特殊な能力を持ったミリアが声を掛けられるのは当然の成り行きでもあった。

 なにせ、試験中にどれだけ怪我を負っても即回復できるのだ。

 その恩恵は計り知れない。

 だが――


「すみません、私はもう組む相手は決めているので」

「あーやっぱそっか。うちのクラスの奴ら?」


 あからさまに探りを入れてくる相手を若干鬱陶しく思いながらも、ミリアは素直にその名を出す。


「いえ、ラルフ・ティファートとティア・フローレスです」

「え? っていうと、あの『燐』クラスの? いやいや、ミリアさん、それはいくらなんで――」


 二人の名前を聞いて、苦笑を交えて調子良く出てきた同級生の言葉が……止まる。


「いくらなんでも……何ですか?」


 美人が怒ると怖いとは言うが……まさにこのこと。

 もしも視線に殺傷力があるなら、今頃目の前の同級生は一刀両断にされていただろう。

 それほどに鋭い眼光でミリアは同級生を睨み付けていた。


「それに、それほど自信があるなら決闘を申し込んできたらどうですか? 『燐』クラスのラルフ・ティファートに」


 ミリアの提案にその場にいた全員が気まずそうに黙り込む。

 実は……ラルフが入学式で『灯』クラスのダスティン・バルハウスを殴り倒したと言う事実が広まった後、『輝』クラスの人間が数名、ラルフに決闘を挑みに行ったことがあるのだ。

 『灯』クラスの人間を倒したぐらいで調子に乗るな……そう釘を刺すつもりだったのだろう。

 合計六名。

 次々にラルフに決闘を申し込んだのだが――結果はラルフの圧勝だった。

 それはそうだろう。

 一年でのランク分けは神和性の値で決まっているだけで、総合力ではないのだ。

 神和性が高いだけで、実戦経験がほぼゼロの素人が何人集まったところでラルフの敵ではない。

 ラルフもラルフで手加減を知らない性格なので、一切容赦のない怒涛の連打で全員を沈めてしまった。

 殴り倒された『輝』ランクの学生たちは、結局、翌日まで意識が戻らなかったとか。

 そんなこんなで、『燐』ランクのラルフ・ティファートには手を出すな、と言うのが一年生の間に広まった暗黙の了解だったりする。


「分かったよ。じゃ、俺達はもう行くから」

「ええ、お申し出、受けることができずスミマセンでした」


 不貞腐れた様子で去る同級生に、字面だけで謝ったミリアは小さくため息をつく。

 誰も彼も他人を疑って、謀って、欺いて……その間に自分を高める努力をすればいいのにとミリアは心から思う。

 他人を貶めることで自分が上位に立つのではなく、自分を磨くことでより高みへ登る方がどれだけ建設的か。

 それに比べてラルフはどうか。

 毎朝、皆が惰眠をむさぼっている間に起きて、早朝鍛錬で自身を磨き、授業が終わった後も毎日必死で勉強を――

 そこまで考えてミリアは自身の両頬を一際強く叩いた。


 ――あぁ、もう!


 「兄さんは私がいないと本当にダメなんですから」とミリアはよく言うが、その実、本当に兄離れ出来ていないのは自分自身なのだと、ミリア自身が一番よく分かっていたりする。

 妹としての立場を捨てなければ、一生ラルフはミリアを『女』として見てくれないとは分かっているのだが……どうしても今の立ち位置が心地よすぎて手放せない。

 『妹』としての立ち位置を心地よく感じているミリア・オルレットと、『女』として自分をもっと求めて欲しいと切に願うミリア・オルレットがせめぎ合う。


「はぁぁぁぁ……」


 最近、ラルフの周囲に美女がワラワラと集まってきている影響か、どうもこんな色ボケしたことばかり考えてしまう。

 どうしてあの男は美女ばかり無意識に誘引してしまうのか……傍にいるミリアが実は内心でハラハラし通しなことに気が付いてほしい。

 ぐったりと机の上で伸びたミリアだったが……不意に、視線の先に不愉快な光景を目にした。


「なぁ、誰とも組んでないんだろ? だったら俺らと組んでもいいじゃねーか」

「そうよ、なんで一人でいるわけ?」

「ボ、ボク、今は誰とも組む気はなくて……」


 男女含めて四名にマナマリオスの少女が囲まれている。

 ビクビクと小動物の様に怯えながら、少女は消え入りそうな声で自身の主張をする。

 ミリアの記憶が正しければ……彼女の名前はチェリル・ミオ・レインフィールドと言ったか。

 このクラスにも三人しかいない『煌』クラスの人間だ。

 だが、ミリアがこの少女の名前を記憶しているのはもっと別の理由がある。

 チェリル・ミオ・レインフィールド――稀代の天才にして、発明家。

 彼女が発明、基礎理論の構築をした物は数知れない。

 大量の海水から塩分を抜き取り真水に変えるコアソルトと呼ばれるシステム。

 現在、現役冒険者達の多くが愛用している、見た目から想像がつかない程に大量に物が入る空間拡張式の道具入れ。

 霊力の循環を応用した半永久式の光源『霊灯』。

 エトセトラエトセトラ……。

 彼女が手掛けたものの多くは人々の生活水準を上げ、多大なる貢献をしている。

 そのため、彼女のためだけに学園が、研究室――通称『アトリエ』を用意しており、座学に関してのみ授業が免除されているなど、生徒の中でもかなり特殊な立ち位置にある。

 更にいえば、彼女は霊術・魔術についても造詣が深い。

 恐らく、こと霊術・魔術に関して言えば教員を除けば、彼女がこの学院で最も優れていると言っても過言ではあるまい。

 なんせ相手の霊術組成を一瞬にして読み取り、発動する寸前に介入・分解すると言う荒業すらやってのけるのだ。

 教員でもこんなことをできる者などほんの一握りしかいない。

 これだけ聞けば完全無欠の完璧超人だと思うだろうが……やはり、神は二物を与えないという言葉は本当なのだろう。

 彼女……『煌』クラスと言っても実技の成績はかなり低空飛行だったりする。

 身体能力が絶望的に低い……というか、どんくさい。

 魔術で強化しても、お察しレベルであり平然と何もないところで転倒してみせる。

 更にいえばメンタルがゼリーのようで他人と会話するだけでもビクビクと終始怯えっぱなし。

 実技の授業ではいつもアタフタしており、対戦相手が向かってくると悲鳴を上げながら逃げ出すという暴挙に出る。

 そんなこんなで、彼女に対して下された評価は『稀有な才能を持ちながらもそれを活かしきれない劣等生』というものだった。

 彼女もクラスの皆からそう評価されていることは知っているのだろう……教室の中では、申し訳なさそうに小さくなっていることが多い。

 そのような理由からか、実技では孤立しがちな彼女なのだが、今回行われる実技試験では事情が変わってくる。


 今回の実技試験……仮想終世獣と戦うことになると周知されてから、全員が及び腰になっている。

 人類の敵にして、圧倒的な身体能力で襲い掛かってくる獣――終世獣。

 メンタルフィールド内で戦うのだし、あくまで『仮想』終世獣だ。

 実技の授業でも何度か仮想小型終世獣と戦ってはいる。

 だが、それでも返ってくる痛みは本物だし、仮想とは言えその迫力は尋常ではない。

 試験では連戦することになるし、噂では試験終盤では中型の仮想終世獣も用意されているとまで言われている。

 そこで、遠距離から強力無比な攻撃を仕掛けることができるチェリルを、自分のパーティーに引き込みたいと思っている者が後を絶たないのだ。

 誰だって、その牙や爪の前に自分の身を晒したくはない。

 ならば、近づく前に倒してしまえばいい……と。

 だが、肝心のチェリルが誰とも組もうとしないのだ。

 委縮している……と言っても良いだろう。

 誰が来ても小さくなって、俯きながらぼそぼそと喋るだけだ。

 そんなチェリルの態度に業を煮やしたのだろう……グループの一人が前に出て、その机を軽く叩く。


「じゃぁ、お前どうするんだよ! 一人で実技試験受けるつもりなのかよ。俺達がせっかく誘ってやってるんだから、素直についてくりゃいいじゃねーか!」

「ボク……ボク、そんな……」


 小さくなって震え、目いっぱいに涙を溜めているチェリルを見て、ミリアは今日何度目か分からないため息をついた。

 そして、おもむろに立ち上がると、チェリルとグループの間に割って入った。


「レインフィールドさんが怖がっていますよ。そこらへんにしてはいかがですか?」

「何だよ、ミリア・オルレット。俺達のやることにケチ付けんのかよ」


 唐突に入ってきたミリアが邪魔だと思ったのだろう。

 先ほどチェリルの机を叩いたシルフェリスの男子学生が、ミリアの方へ身を乗り出してくる。

 威嚇のつもりなのだろうが……どうにも相手が悪かった。


「あ゛?」


 今にも舌打ちせんばかりの凶悪な表情で、ミリアが低く声を上げると、身を乗り出していた男子生徒の胸ぐらをつかんだ。


「怯える女子生徒を前にして、恫喝まがいのことをしてたのはどっちなのか……その頭でよく考えても分かりませんか?」


 普段のミリアの声色とは違う、唸るような声にさすがに動揺したのだろう。

 男子学生が上体を引いた――その絶好のタイミングでミリアは掴んでいた胸ぐらを離す。

 よろけて机に縋り付くように立つ男を睥睨するように、ミリアは一歩前へ。


「失せろ」

「……っ!? ぐ、くそっ! 行くぞ」


 普段の大人しいミリアからは想像もつかない――まさに、喧嘩慣れした堂々たる立ち振る舞いにたじろぎ、男が率いていたグループは教室の外へと去って行った。

 ミリアは冷めた視線をその背中に送っていたが、ふと視線をそらすと、教室の後ろで友人たちがニヤニヤと笑ってこちらを見ていることに気が付いた。

 ミリアは軽く手を振って見せると、チェリルの方へと視線を向ける。

 彼女もちょうどミリアの方を見ていたようで、慌てて俯くと蚊の鳴くような声を出した。


「あ、ありがと……」

「私が気に入らないと思ったからこうしたまでです。貴方ももっと自分の意思をはっきりと示した方が良いですよ」

「う、うん……じゃぁ、ボク、か、帰るから……」


 チェリルはそう言って頷くと、そそくさと荷物をまとめて逃げ出すように外へと出て行った。

 チェリルを見送ったミリアは、再び自分の席に戻ると腰を落ち着けた。


「ひゅー! ミリアかっこいいー!」

「ミリちゃん、かっこよかったです! 正義の味方みたい」

「はいはい、静かにしててください」


 特に仲が良いマナマリオスとビースティスの友人が茶化してくるのを軽く流し、再びミリアは窓の外を見る。

 すると、ちょうど教材を小脇に抱えて図書館へ向かう兄の姿があった。

 その姿を見ただけで、先ほどの一連の事件など頭から吹き飛んだ。


「兄さん……」


 できるなら助けてあげたい。

 けれど、兄の意志も尊重したい。

 異なる二つの欲求に板挟みになりながら、ミリアは大きくため息をつき……その場で立ち上がる。

 とりあえず、変な風に拗れることがないように予防線を引いておこう――そう思い、ミリアは荷物をまとめると『燐』クラスに足を向けたのであった。


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