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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
一章 入学式~純白と漆黒の翼~
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黒翼の意味

「兄さん、ようやく見つけましたよ」


 がっくりと肩を落として項垂れるラルフの背中にどこか呆れたような声が触れた。

 振り返れば、そこにはラルフが良く見知った少女が立っていた。


 ラルフよりも色合いの濃い紅瞳と、乳白色の髪がどこか独特の雰囲気を醸し出している少女だ。

 先ほどのティアのようなパッと目立つ美しさではなく、道端に咲いている一輪の花のように素朴な可憐さがそこにはある……見た目だけなら。

 恐らく、彼女と初めて相対した人間はこう思うだろう――まるで、心の底を覗かれているようだ、と。

 眼力、と言えばいいのだろうか。

 目つきが悪いとか、いつもイライラしている訳ではないのだが、湖水のように波立たないその瞳に見据えられると、大体の者は居心地が悪くなるという。

 当のミリアが言うには『別にそんなつもりはない』らしいのだが……この少女、時折何もかも見透かしたようなことを言うので油断できない。


「あぁ、なんだ……ミリアか」

「こっちは一生懸命兄さんのこと探してたというのに、随分な挨拶ですね」


 彼女の名前はミリア・オルレット。

 ラルフと一緒にフェイムダルト神装学院に入学が決まった幼馴染である。

 ちなみに、ミリアはラルフのことを兄さんと呼ぶが別に血が繋がっているわけでも何でもない。

 ただ、昔の癖を今の今まで引っ張ってきているだけである。

 ミリアは小さくため息をついて、ジトッとラルフの瞳を覗き込んできた。


「兄さん、学院に来て早々、何をやらかしたんですか」

「な、なんだよ。何かやらかしたなんて決めつけるなよ」

「兄さんがそういう風に落ち込む時って、大抵は『やらかしたー!』って自覚がある時ですから。そうでなければ、もっと飄々としてるでしょうし」

「ぬ、ぐ」


 思わず変な声が出た。伊達に生まれた時から幼馴染をやってるわけではない。


「兄さんとりあえず移動しましょう。私達の後見人になってくださる先生も待たせていますから」

「え、そんな人いるの?」

「ええ、兄さんじゃどうせ道に迷ったり、道迷ったり、道に迷ったりするだろうから、私が接触するようにとゴルドおじさんから言われてましたから」

「くそぅ、親父めぇ……」

「とりあえず、トラム乗り場まで行きますよ、兄さん。相談なら、道すがら聞いてあげますから」

「…………うん」


 本当に、いつの間にこんな男前になったんだろうか、この子は……などと思いながら、ラルフはミリアに付いてトラム乗り場まで歩き始める。

 街路樹が並ぶ道を歩きながら、ラルフは先ほど起こった事を洗いざらいミリアに話した。

 何も言わずにラルフの話をすべて聞き終えたミリアはただ一言。


「兄さんデリカシーがないですからねぇ」


 しみじみと放たれた言葉の刃物が、思いのほか深く突き刺さった。

 ラルフ自身、デリカシーが無いという自覚はあるので何も言い返せない。

 顔面を引きつらせるラルフを横目で見ながらミリアは口を開く。


「恐らくは翼の色っていうのは私達が思っている以上に重要な意味を秘めているのでしょう。兄さんの話を聞く限りでは、そのティアって人は高慢なシルフェリスにしては割と理知的な人みたいですから、兄さんの言葉がよっぽど腹に据えかねたんでしょうね」

「いや、お前……高慢って……」

「相手を指して山猿と揶揄する人ですよ、高慢以外の何だと言うのですか」

「そうかもだけど、あんまり人のことを悪くいうもんじゃないぞ。人のこと悪く言えば言うほど、自分の心も歪んでいくって、ヨシュア爺も言ってたろ?」

「お人よし」

「それで良いよ」

「でも……」


 ミリアはそこで少しだけ言葉を切って、口元を淡くほころばせた。


「何となく兄さんらしくて、ホッとしました」

「んー」


 改めてそう言われて何だか照れくさくなったラルフは、視線を横に逸らしながらぶっきら棒に頷くにとどまった。

 そんなラルフの横顔をミリアが微笑ましげに眺めているのだが、当の本人は気が付いていない。


「あ、兄さん。あの人が私達の後見人の先生です」


 ミリアの言葉に正面を向けば、トラム乗り場にシルフェリスの女性が待っていた。

 今まで見たことがない桃色の髪のせいだろうか、とても柔らかい雰囲気を持った女性だ。

 垂れ目がちな目や、円くて小さなメガネをかけているのも相まって、大人しそうな印象を受ける。

 一言で言うなら優しそうなお姉さんと言ったところだろうか。

 だが、何よりもラルフの目を引いたのは……その女性的な起伏に富んだ体型だった。

 今まで同年代の異性などミリアしかいなかったのだ……大きく胸元の服を押し上げている二つの膨らみに、ラルフの目が釘付けになってしまったのも致し方あるまい。


 息をするのも忘れて顔を真っ赤にしていると、隣からあからさまな舌打ちが聞こえてきてハッと顔を上げる。

 恐る恐る横を向くと、視界の端に人を殺せそうな目つきをしているミリアが映ったので、ラルフは何も見なかったことにしてそのまま視線を正面に戻した。

 そんな二人のやり取りを見て苦笑を浮かべた目の前の女性は、ラルフと視線を合わせるように少しだけ膝を曲げて、ニコッと微笑んだ。


「こんにちは、ラルフ君。君のお父さんから頼まれて貴方達の後見人になったエミリー・ウォルビルと言います。この学院の教員も務めているから、気軽にエミリー先生と呼んでくださいね」

「は、はい! エミリー先生!」

「うん、良い返事だね」


 直立不動で言葉を返すラルフにエミリーは満足そうに笑みを返す。

 そして……そのままジッとラルフの顔を見つめてくる。

 その瞳には郷愁にも似た甘くて苦い感情が映し出されていたのだが……人生経験の浅いラルフにそれを見抜くことはできなかった。

 ただ、自分の顔をじっと見つめられていると言う事実一点で、一杯一杯だったりする。


「あ、あの! 俺の顔何かおかしいですか!?」

「え? あ、ううん。ごめんなさい。先生ちょっとボーっとしてたみたい」

 そう言ってエミリーは我が子を見るように柔らかく微笑んだ。

「それにちょうど良い時間だったね。ほら、ちょうど寮に行くためのトラムが来たから、このまま先生と一緒にビースティスの寮まで行きましょうか。付いてきて」

「はい! 痛ったぁ!?」

「? どうかした?」

「い、いえ、何も……」


 歩き出すと同時に思いっきり足を踏んでくれた幼馴染を睨み付けるラルフだが、当のミリアは不機嫌そうなままプイッとそっぽを向いてそのままトラムに乗りこんでしまった。

 色々と言いたいことがあるラルフだが……まあ、女性の胸をガン見したのだ。

 完全に非はラルフにあるのだからここはぐっと飲み込むしかあるまい。



 ラルフ達が乗り込むと、トラムはすぐに動き出した。

 レールの上を規則的にガタンゴトンと小気味よい音を立てて進むトラムは、木材で作られた直方体の箱に、車輪を付けたような簡素な外観をしている。

 内装も木目を最大限に活かした落ち着いた造りになっており、どこか暖かい。

 窓の外の風景が後ろに流れていくのを見なければ、まるで部屋の一室がそのまま移動しているかのように感じられることだろう。

 ただ……。


「うおぉぉぉぉぉぉ!! ほらほら、見てみろよミリア! 勝手に動いてるぞ! こんなスピードで移動する乗り物なんてすごいな! 景色が飛ぶように後ろに流れていくぞ!」

「分かったから兄さん、恥ずかしいからちょっと静かにしてください……」


 たいして速度も出ていないのだが、自走する乗り物と言う時点でラルフとしては大興奮である。

 ミリアには理解しがたいのかもしれないが、こういった動く乗り物にトキメクのは男の子の本能なのかもしれない。

 エミリーは新入生のこういった反応は慣れているのだろう……優しい目でラルフを見ている。

 車窓から身を乗り出して「うおー! すげー!」とラルフが一人はしゃいでいると、ミリアからクイッと服の裾を掴まれた。


「兄さん、とりあえずエミリー先生もいることですし、さっきの話、相談してみましょうよ」

「ん? 何か相談があるのかしら?」


 ミリアの言葉にエミリーが軽く首を傾げる。


「ええ、シルフェリス関係のことでちょっとゴタゴタがありまして。そうでしょ、兄さん」

「……うん、そだな。エミリー先生、あのシルフェリスの翼についてなんです」


 車窓から身を乗り出していたラルフはするりと座席に座ると、ティアのことをエミリーに話した。

 終始真面目に話を聞いてくれていたエミリーだが、最後の『黒翼』という単語と、それに対するラルフの対応を聞いて困ったように眉を寄せた。


「うーん、ラルフ君、それはちょっとマズイことをしたかもね」

「やっぱり兄さんはデリカシーがない」

「指差して言うなよッ!? ……でも先生、俺、どこがマズかったんでしょうか」


 ラルフの言葉に、エミリーは少しだけ考え込むように人差し指を唇に当てていたが……やがて、ほぅ、と小さく吐息をついて口を開いた。


「まあ、後々になって嫌でも耳に入ってくるでしょうし、今教えておきましょう。あのね、ラルフ君。シルフェリスの黒翼は『大罪人』ってことを意味しているの」


「え……」


 血の気が引いた。

 自分が大きな間違いをしたと言う実感が、明確な形を得て心に突き刺さる。

 言葉を失うラルフの目をしっかりと見つめながら、エミリーは言葉を続ける。


「そして、黒の片翼は大罪人の家族を意味するの。ティアさんが黒翼というのはシルフェリス内では結構有名でね。たぶん……相当辛い思いをしてきたんじゃないかな」


 どこか遠くを見るエミリーに、ミリアが問う。


「一体何があってそんな……」

「それは先生の口からは言えないわ。もしも知りたいなら、本人から直接……ね?」

「分かりました。……兄さん?」


 強く、強く拳を握りしめるラルフを気遣う様にミリアが声を掛けてくる。

 ただそれでも、ラルフの拳を握る力は変わらない。


「なぁ……ミリア」

「なに?」

「俺、『翼の色なんて大した問題じゃない』ってティアさんに言った……」

「そうですか」


 少なくとも、ティアはその背に負った黒の翼のせいで辛い思いをしてきたのだろう。それはダスティン達がティアに向ける態度で容易に想像がつく。

 そして……その苦しみをラルフは無下にした。

 何も知らない人間が、気休めとも言えない薄っぺらな言葉で、彼女が今まで受けてきた全ての苦しみを『大した問題じゃない』と切り捨てたのだ。

 だからこそ思う……ラルフの何気ないあの一言を、彼女は一体どのような気持ちで聞いたのだろう。

 ラルフに向かって大きく手を振りかぶった時、あの泣き出しそうな瞳にどんな想いを込めてラルフを見ていたのだろう。


「最悪だ……」

「そうですね」


 頭を抱えたラルフの絞り出すような呻き声に、ミリアの無慈悲な声が覆いかぶさる。

 単に事実を肯定するだけの声がこれだけ辛辣に聞こえるのは、ラルフがそれだけ自身の行動を後ろめたいと理解しているからだ。

 だからこそ――


「ちゃんと謝らないと」


 謝りたいと、ラルフは思う。

 もしかしたら許してくれないかもしれない。

 自分がすっきりしたいだけの自己満足かもしれない。

 それでも……それでも、きちんと頭を下げて謝りたかった。


「……そうですね」


 その言葉に対するミリアの返答は全く同じもの。

 けれども……その響きは最初の一言よりも、どこか柔らかくて優しかった。


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