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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
最終章 双天樹~灼熱無双のフレイムハート~
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エピローグ②~復讐と日向の道~

 アルティアが『必滅の深蒼』で静かに消え去ったその頃――

 勝利に沸く未踏都市アルシェールの民家の一つで、目を覚ます者がいた。


「く……ま、まさか、あのような手があるとはぁぁ……ッ!!」


 見た目は若いシルフェリスの男だ。

 外見は、特に何か変わったところがある訳ではない、平凡なシルフェリスなのだが……問題はその中身であった。


「アルティア、ラルフ……この恨みは、必ず貴様たちの死を持って償わせてやる……ッ」


 そう、『必滅の深蒼』によって滅びたはずのイスファ・ベルリ・グラハンエルクであった。

 確かに創生獣としてのイスファの魂は滅び去ったが……しかし、この男、保険を掛けていたのである。創生獣の魂の一部を分割し、こうして人間の体に仕込んでいたのだ。

 特殊な力がないイスファが、遥か過去から今の今まで生きてこれたのは、このような妄執じみた用心深さがあったからである。


「しかし、この体は使いにくい上に平凡すぎる。新しい体を……慣れたマナマリオスの体を仕入れるとするかの……」


 常人が聞いたのなら、耳を疑いそうな事を呟きながらイスファは立ち上がる。

 そうして、扉を開いたその先は……まさに、お祭り騒ぎという言葉が当てはまるほどに、賑わっていた。終世獣との総力戦に勝利し、誰もが浮かれ、沸いているのである。


 種族という垣根を越え、酒瓶を片手に、肩を組んで調子ハズレの歌を歌う神装者達の間を、イスファは無言ですり抜けてゆく。

 この場にいる誰もが、彼がイスファ・ベルリ・グラハンエルフだということに気が付かない。それはそうだろう……見た目どころか、種族すらも違うのだ。この男がイスファだと、気が付ける者など存在しない。


 陽気に騒いでいる中、この騒動の黒幕ともいえる存在が、静かに蠢いているという事実。誰もが、これから来るであろう平和を享受できると、呑気に考えている。

 そんな人間達の様子を見ながら、イスファは舌打ちした気分だった。


 イスファが好む感情は、負の感情……憎悪、憤怒、嫉妬、悲哀、そういったものだ。このような正の感情の中にいると、吐き気がしてくる。

 新しい体の持ち主がいないか、静かに、けれど、慎重に通りを歩いていたイスファは……次の曲がり角を曲がった瞬間、ピタリと足を止めた。


「アレット先輩―! ミリアさんー! どこー!?」


 そう叫びながら、ぶらぶらと大通りを歩くマナマリオス……チェリル・ミオ・レインフィールドだった。小柄なその姿を見たイスファは、思わずその場で舌なめずりをした。

 体を乗り換えるのにちょうどいいターゲットが……いた。


 あの女もまた、イスファの計画を邪魔した人間の一人だ。あの女の体を乗っ取ることで、何食わぬ顔でラルフに近づくことができる。

 さしものラルフも、知人に対して『勝利の黄金』を使うことはないだろう。そうして、油断しきっているラルフを……最も残忍な方法で痛めつけてやろう。

 まずは心を完全に折り、それから、その肉体を破壊してやろう。

 それぐらいしなければ、割に合わない。


「……いくか」


 路地裏から、チェリルの様子をうかがっていたイスファは、彼女の身柄を拘束するため、表通りに出ようとして……背後から、軽く肩を叩かれた。

 恐らくは、この祝勝ムードに浮かれた酔っ払いだろう。イスファは舌打ちを一つして、振り返って……そして、自分の腹に刃が突き刺さっていることに気が付いた。


「え……か……ぁ……」

「どういう理屈で外見を変えているのかは知らないが……その歪んだ魂から発せられる、濁った霊力の波を、僕が見逃すと思っていたのか?」


 そう……外見を変えることで、誰も今のイスファを、マナマリオスの頃のイスファだとは気が付かないし、気が付くこともまた不可能だろう。


 ただ一人……この世界で、霊力の流れを精密に読むことができる黄金眼を持つ者以外は。


「アル……ベルト……フィス……グレイン……バーグ……ッ!!」


 右目を――否、両目を黄金眼に変化させ、目立たないように汚れた外套を纏ったマナマリオスの男……アルベルト・フィス・グレインバーグがそこに立っていた。

 その手には彼の神装<ヴァリアブルスラスト>が握られており……それが、深々とイスファの腹を抉っていた。急激に抜けてゆく力に、イスファがどさりとその場に倒れ伏した。

 軽く痙攣を繰り返すイスファを、ゴミを見るような冷酷な眼で見ていたアルベルトは、静かに<ヴァリアブルスラスト>を、その喉に突きつけた。


「ま、待て……待ってくれ!」

「…………」


 ひゅー、ひゅーと気の抜けた呼吸を繰り返しながら、イスファは歪んだ笑みを浮かべた。


「き、君はセシリアに……懸想していたな……。そ、そうだ、君にセシリアの作り方を教えてやろう! 遺伝子を弄って、セシリアを作ればいい! そして、好きに調教すれば、従順なセシリアが……できあがる! だ、だから……はぁ、はぁ、た、助け――」


「もういい、死ね」


 冷めきった絶対零度の声を放つと、アルベルトは剣を振り上げ、そして、一切躊躇うことなくそれを振り下ろしたのであった……。


――――――――――――――――――――――――――――


「終わったよ……セシリー……」


 路地裏から表通りに出たアルベルトは、太陽を見上げながらそう呟いた。


 アルベルトは、学院を脱出してから、ずっとイスファを探し続けていた。マナマリオスとして様々な霊術に精通しているイスファのことだ……指名手配をされた以上、姿を変えて行動していることは容易に想像がつくことだった。

 だからこそアルベルトは、一度マナマリオスの本国であるスフィアに戻ると……過去に起こった事故を再現し、左目も黄金眼へと変化させた。


 無論、凄まじい痛みと、日常生活に支障が出るほどの障害を負った。だが、アルベルトは執念でこれらの障害を短時間で克服してみせた。そのおかげで、以前とは比べ物にならないレベルで、霊力の流れを読むことができるようになった。


 そして、その結果……こうして、イスファを見つけ出し、復讐を成功させることができたのだから。ちなみにだが、彼がここにいたのは単純に総力戦に参加したためだ。


 つまり、今回イスファを見つけることができたのは、本当に偶然だったのである。


「さて……これからどうしようかな……」


 封印処理を受けることなく学院は脱走した……つまり、アルベルトもまた罪人だ。

 目的を果たした今のアルベルトは空っぽだ。正直、次にやりたいことも特になく、今の心は限りなく空虚で……。


「自首、するか」


 恐らく、今、フェイムダルト神装学院に行けば、捕まることができるだろう。

 まぁ……捕まったところで、大した罪の重さにもならないだろうが、少なくともこの神装とはお別れになってしまうだろう。


「ごめんな、<ヴァリアブルスラスト>」


 長い間苦楽をともにした神装にそう語りかけ、アルベルトは顔を隠して、表通りを学院に向かってゆっくりと歩いて行く。幸せそうに語らう人々の傍を通る度に、自分がずいぶん遠い所に来てしまったように感じてしまう。


 道を踏み外した自覚はある。だが、そのことを後悔はしていない。

 それでも、心が空虚に感じるのは、この選択が間違っていた何よりの証拠なのだろう。


「アルベルトッ!!」


 その時だった。背後から、大声で名前を呼ばれた……とても、懐かしい声で。


「…………シア?」


 振り返れば案の定、そこには見慣れた金色の毛並みを持ったビースティスの女性……シア・インクレディスが立っていた。驚きに目を丸くするアルベルトとは異なり、彼女は物凄い勢いでアルベルトに突進してくると……ガシッと両肩を掴んだ。


「ようやく……ようやく見つけましたわよッ!!」

「お、おぉう。久しぶりだね……」

「久しぶりだね、じゃありませんわ! このおバカ!!」

「あはは、返す言葉がないね」


 あはははは、と笑うアルベルトだったが、シアの顔が本気で怒っていることに気が付いて、笑みを引っ込めた。


「……ごめん」

「ごめんじゃありませんわよ……一緒にリンクを作る時、わたくしのことを補佐してくれると言ったじゃありませんの! あれは嘘だったんですの!?」

「い、いや、そんなことは……」


 言葉に困るアルベルトだったが、そんな彼の手を強引につかむと、シアがズンズンと歩き出す。そんなシアに引きずられるように、アルベルトも歩き出した。


「ちょ、し、シア、どこに行くのさ!?」

「学院ですわ! 学院に行って……事情を説明しますわよ! そして、もう一度、学院生を始めるのですわ!」

「え、えぇ!? 流石にそれは無理じゃないかな……」


 アルベルトが気弱に言うと、キッとシアから睨み付けられた。


「何か言いまして!?」

「いえ、何も……」


 美人は怒ると怖いというが、本当なんだなぁと、改めて思わされた。


「どんな手を使ってでも、わたくしがもう一度、貴方が学院生活を始めることができるようにしてあげます! だから……黙ってついてきなさい」


 とんでもなく無茶苦茶で、強引な言葉を受けてアルベルトは目を丸くしたが……その後ろ姿を見て、何だか昔のことを思いだしてしまった。


 アルベルトが一年生だった頃の話だ。

 マナマリオスであるにもかかわらず、近接系の神装が発現してしまったことで、アルベルトは、ずっと苦労していた。毎日毎日、血の滲むような訓練をして、けれど、誰にも認められることがなくて。もちろん、成果を出すこともできなくて。

 そんな中、訓練をするアルベルトの傍に近づく者がいた。


「貴方、毎日毎日、頑張っていますわね! そのひた向きに努力する姿勢、気に入りましたわ! わたくしと一緒にリンクを組んで這い上がりますわよー!」


 そんな一方的な宣言を受け、勢いでリングの創設メンバーになって、それからも彼女に右に左に振り回されて……でも、初めて人に評価されたことがとても嬉しかったことを覚えている。


 今もまた、彼女の我が儘で振り回されている。

 そして同時に……嬉しいと思っていることも。


「ねぇ、シア」

「なんですの?」


 振り返ったシアに、アルベルトは頬を掻きながら笑いかけた。


「これからもよろしく」

「……ふふん、もちろんですわ!」


 得意満面な笑顔を浮かべた彼女は、アルベルトから見てもとても魅力的だった……。


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