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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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チェリル・ミオ・レインフィールド

「……ラルフ、基礎実力試験の方、大丈夫?」

「んぐっ!?」


 何気ないアレット・クロフォードの一言で急所を串刺しにされたラルフは、思わず手に持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。

 ここは喫茶店『ディープフォレスト』。

 ラルフ・ティファート、ミリア・オルレット、ティア・フローレスがバイトでお世話になっている店である。

 高級な原料を使用している関係上、メニューの一つ一つが馬鹿みたいに高いため、普段はお客がほとんどおらず、閑古鳥が鳴いているこの店だが……今日は、学院が終わってから、客としてアレットがやって来ていた。

 ちなみにだが、この喫茶店の店主であるレオナ・クロフォードは、現在大使館が忙しいらしく不在だ。

 ちなみに、ウェイターはミリア、皿洗いやその他力仕事はラルフ、厨房はティアが担当している。まさに、適材適所である。

 そしてミリアが、注文を受けた十五段重ねのホットケーキと珈琲を持って行った時に、アレットの口から先ほどのセリフが放たれたのである。


「いや、まぁ、うん、実技の方は問題ないかと……」

「……うん。アルベルトをあそこまで追い詰めたラルフなら、実技は私も心配してない」


 優雅な手つきで――だが高速で――ホットケーキを切り分けて口に放り込みながら、アレットは頷く。

 基礎実力試験では筆記試験と実技試験の二つが用意されている。

 筆記試験は簡単な計算や読み書きに始まり、神装にまつわる歴史や、ごく初歩的な霊術理論についてのペーパーテストがある。

 実技試験はメンタルフィールドを展開した上で、洞窟を利用した人工ダンジョンにチームで潜るというものだ。

 今まで学習したレンジャー技術を駆使して罠を破り、仮想終世獣を倒し、最奥に辿り着くタイムを競う。

 大抵の生徒は筆記試験よりも実技試験の方に戦々恐々していることだろう。

 なぜならば、筆記試験は本当に基礎的な部分しか問題に出ないからだ。

 しっかりと復習をすれば確実に高得点を狙うことができる。

 だが、実技試験に関してはタイムを競う以上……他人と比較され、順位が出るのは必定。

 その為、有力な学生と手を結ぶために水面下ではすでに熾烈な競争が始まっている。

 だが、ラルフはそれどころではないのだ。

 筆記試験という……最強の敵が立ちふさがっているのだから。

 その時、背後から少し呆れた声が聞こえてくる。


「ラルフは真面目に授業を受けないから、そうなるのよ」


 振り返ると、そこにはエプロンを脱いだティアの姿があった。


「きちんと授業を受けて、復習すれば特に苦戦するようなこともないでしょ? 筆記試験でそんなに苦戦するのは、いっつも授業中に船こいでるラルフが悪い」

「そ、それはそうかもしれないけど……!」


 不満そうなラルフにティアはどこか不遜な笑みを浮かべる。


「じゃぁ、筆記試験で勝負でもする? まあ、ラルフが私に勝てるわけないけど」

「な……!」


 さすがにこの言葉にはカチンときた。


「い、言ったな! じゃぁ、負けた方は勝った方の言うことなんでも聞けよ!」

「へー。随分な自信じゃない。良いわよ、やってあげる。あとで後悔しても知らないわよ」

「それはこっちのセリフだ! え、えええええ……エッチな要求とかするからにゅわ!」

「そういうセリフは、平常心で、どもらず、噛まずに言ってちょうだい……」


 流石に恥ずかしいのか、ティアも少し頬を染めてそう言い返してくる。

 対する、ラルフは無言で背後から近づいてきたミリアに頚動脈を締め上げられ、顔面を青くしている。

 足音どころか気配すら感じさせなかったのはどういうことなのか。


「……でも、本当にラルフ、筆記、大丈夫? お姉ちゃん、お手伝いするよ?」

「ぶっはぁ! だ、大丈夫。俺一人の力でもティアぐらい、こう、ガツーンと抜いてみせる!」


 何とかミリアを振りほどいたラルフは拳を握りしめて宣言する。

 ちなみに、頭の上にいるアルティアがやれやれと言わんばかりに頭を振っているのだが……ラルフはもちろん見えない。


「やれるもんならやってみなさいよ! ラルフなんて敵じゃないわ!」

「んだとぅ!?」


 ティアとラルフが額を付き合わせてギャーギャーやっている間……アレットはどこか物憂げな瞳でラルフを見つめる。


「……ミリアも、ラルフの手伝いしなくていいの?」


 ホットケーキの最後の一欠けらを口の放り込んだアレットは、ミリアに心配そうな視線を向ける。

 ミリアはアレットの言葉を受けてしばし沈黙を保っていたが……感情を移さない静謐な目でラルフを見つめながら頷いた。


「私がとやかく言う問題でもありませんから」

「……そっか」


 ミリアの言葉にアレットは珈琲に軽く口を付ける。

 同レベルで言い争うティアとラルフの口げんかをBGMにして、ミリアとアレットはどこか相通じる苦みを噛みしめたのであった……。



――――――――――――――――――――――――――――



 筆記試験で打倒ティア! という目標を掲げたはいいものの、現実は常に非情だった。


「ぐうぅぅ……」


 放課後……学院の図書館で、児童用の絵本と辞書を前にして唸るラルフの姿があった。

 集中できる静かな環境と辞書の二つが容易に手に入る場所、ということで図書館を選んで、バイトがない日は毎日勉強に来ているのだが、これが全くもって進まない。

 そもそもラルフ、周囲には秘密にしているが、実は読み書きの時点で躓いている。

 日常会話はできる。

 だが、読みについては単語レベルでの理解はできるのだが、これが長文になったり、専門用語が入ってきたりすると途端に読めなくなってしまう。

 書きについても同様だ。

 文法の時点で躓いている……と言えばいいのか。

 つまり、『教科書を読んで勉強』という段階よりも遥か前……『文章を読む勉強』から始めなければならないのだ。

 完全独学で文法を学ぶのは非常に難しい。

 おまけに体を動かすのは得意でも、頭を動かすのがとても苦手なラルフのことだ……すぐに煮詰まってしまう。

 そのため文章を読もう、勉強をしよう、と思っても集中力が途切れて、結果的に文章を目で追うだけで頭にさっぱり入ってこない……という悪循環に陥っているのである。

 アルティアが文字を読めるなら教わろうかとも思ったのだが……ラルフと同じく読み書きはできないらしい。

 今はラルフの頭の上で鼻チョウチンを膨らませて安らかに眠っている。

 呑気なものである。


「あ゛―」


 引き潰されたカエルのような声を出しながら、ラルフはその場に崩れ落ちる。

 ティアに啖呵を切った手前、何とか勝ちたいのだが……この体たらくでは、それ以前の問題だ。

 ちなみに、基礎実力試験の筆記、または実技であまりにも悪い点数を取った場合、この先にある夏季長期休暇中に補習を受けなければならない。

 ラルフとしては実技の補習は進んで受けたいぐらいなのだが……休みの間もずっと勉強をしなければならないのは、ごめん被りたい。

 長期休暇――やりたいことがたくさんあるのだ。

 勉強で潰してしまうにはあまりも惜しい。

 そんな風に考えながらも、全くやる気が出ないラルフだったが……ふと、最近お馴染みになった気配を感じ取る。


 ――また、こっち見てるな。


 前方の机、右斜め前。

 そこに座っている少女が本を盾にして、ラルフの様子をこっそりと覗き見ているのである。

 本人は気付かれていないと思っているのだろうが……全く気配を消せていないのでバレバレである。

 あの人、実技は苦手なんだろうなーと、ラルフは他人事のように思う。

 特徴的なその青みがかった髪の色と、メガネのレンズ越しに見える瞳の色からして恐らくはマナマリオス。

 身長はラルフよりもさらに小柄。

 少し大きめの制服を着ているのか、服の裾の部分を少し余らせているのも含めて、全体的になんだか幼い印象がある。

 本の上から覗くクリクリっとした大きめの瞳は愛嬌があり、顔立ちも綺麗と言うよりも可愛いという方がしっくりくるような造りをしている。

 基本的にこの学院に来るのは十七歳になった神装を持つ男女なのだが……とてもではないが十七歳には見えない。

 学院関係者の子供かとも思ったラルフだったが、身に着けている制服は紛れもなくこの学院のものだ。


 ――でもまぁ、なによりすごいのは、あの読書量だよなぁ。


 ラルフは、彼女の机の上に積んでいる本の柱を横目で見る。

 明らかに異質ともいえる本の量。

 おまけに、一冊一冊が人をぶん殴れるぐらい大きく分厚い。

 もはや、本という森の中に彼女自身が埋もれている。

 しかも、驚くべきことにこの少女……この量の本を一日で読破してしまうのである。

 信じられない速度でページをめくり、次々と分厚い本を読破してしまう。

 本当に内容を理解できているのかラルフからすれば甚だ疑問だが……『ページをめくる』という作業をするためだけに、毎日図書館に通ったりはしないだろう。

 もしも、ラルフもあれだけのスピードで本が読めれば――


「あちらも何故だか知らないけど俺に興味があるみたいだし、勉強のコツを直接聞いてみようかな」


 ポツリとラルフは呟くと、顔を上げて少女と視線を合わせた。

 まさか、見られるとは思っていなかったのだろう……ビクッと少女の体が小さく浮き上がる。

 そして、すぐに本の影に隠れてしまうのだが……まるで、水平線から太陽が出てくるように、ゆっくりと顔を覗かせ、ラルフがまだ自分を見ていると気が付くと慌てて顔を引っ込めた。


 ――なんか面白いな、あの子。


 再び本に隠れてしまったのを確認したラルフは、素早く椅子を下りると気配を殺し、姿勢を低くしたまま足音をたてることなく移動する。

 筆記に関しては壊滅的だが、こと実技に関してはラルフの実力は本物だ。

 少女に気づかれることなく、ラルフはあっさりとその背後に回り込むことができた。


「あ、あれ?」


 当の本人はラルフがいなくなったことに気が付き、驚いている。

 そして、ラルフは気配を殺したままそっと少女の背後に近寄ると……ポンッとその肩を叩いた。


「やぁ」

「んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 静謐な図書館の雰囲気を一瞬にして破り捨てるような悲鳴が響き渡る。

 さすがにこれにはラルフもぎょっとしたが……それ以上に驚愕しているのは、少女の方だ。

 メガネが盛大にずり落ちているにも関わらず、息を荒くして、胸を抑えている。


「ボ、ボクに何の用さ!?」

「しー! しー! 声が大きい……っ!」


 周囲からの視線が痛いのもあるが、それ以上に司書さんの殺意の籠った視線の方が恐ろしい。

 ここの司書さんを務めているのが、筋肉お化けみたいなビースティスなのは何故だろうかと常日頃から思う。

 あの人は読破した本の数より、撃破した人の数の方が多いに違いない。


「み、見知らぬ人がボ、ボクに何か用……?」


 ようやく落ち着いたのだろう。

 平坦な胸に手を当てながら、少女は小動物の様にラルフを警戒しながら声を掛けてくる。

 驚かしてしまったことに罪悪感を抱きながら、ラルフは頭を掻く。


「いや、むしろ俺の方に何か用でもあるのかな、と思って。普段からよくこっち見てたし」

「…………知らないぁ」

「……さいですか」


 物凄く気まずそうにシラを切られた。

 まあ、別にラルフも見られたことに関してどうこう言うつもりはない。

 知りたいのはもっと別のことだ。


「なら質問を変えて……君、頭良いの?」


 本の柱を見ながら質問すると、少女はぴくっと反応する。

 ラルフが視線を戻してみれば、そこには小憎たらしいほどに自信満々で平坦な胸を張る少女の姿があった。


「ふ、ふふん、やっぱりボクのインテリジェンスな雰囲気は隠しきれないみたいだね」

「い、いん、いんてる……なにそれ?」

「イ・ン・テ・リ・ジ・ェ・ン・ス。頭がいいってことさ。ま、確かに君が言うとおりボクはとても頭がいいよ、うん!」


 字面だけみれば嫌みったらしい言葉なのだが……この少女が言うと、どうしても幼児が背伸びをして自分を大きく見せようとしているようで、何だか微笑ましい。

 ラルフが苦笑を浮かべていると、今度は逆に少女がラルフを見上げてくる。


「そういう君は随分と勉強に手こずっているみたいだね」

「俺はバカだからなぁ。基礎実力試験の筆記試験も全然わからなくてさ」


 やっぱりこっちのこと見てたんじゃないか!? と言いたくなるのをグッとこらえてラルフはため息をつく。

 事実、勉強ができないと言う自覚は痛いほどある。

 この少女にそれを指摘されたとしても、否定する気は起きない。

 だが……。


「いや、それを決めつけるのは早計というものだよ」


 ラルフの言葉を否定したのは、目の前にいる少女だった。


「君の場合、勉強の方法を知らないだけだ。基礎実力試験に向けて勉強をしているんだろうけど、テストの勉強なんて所詮ルーチンワークに過ぎない。もっと効率的な勉強法さえあれば――」

「あ、いや、そうじゃなくて、俺……読み書きが不自由でさ。それ以前の問題なんだ」

「読み書きって……ヒューマニスには義務教育がないのかい?」


 不思議そうに尋ねてくる少女から目をそらし、ラルフは頭を掻く。


「いや、日曜学校には行ってたんだけどさ。とある事情で退学になっちまって……だから、本当に簡単な読み書きだけしかできないんだ」

「そっか……」


 言いよどむラルフに何かを感じ取ったのだろう。

 少女はそれ以上深く突っ込まずに、なにかを考え込むように口元に手を持って行っていたが……うん、と小さく頷いた。


「なら、ボクが教えてあげよう」

「え? 俺としては願ったりかなったりだけど……でも、君のテスト勉強はいいのか?」


 ラルフの言葉に少女は軽く手を振る。


「あんな薄っぺらい教科書なんて、当の昔に全部暗記してる」

「うぉ……凄いな」

「ふふん」


 ラルフが素直に感嘆の言葉を述べると、彼女は鼻孔を広げて得意そうに笑った。

 どうもこの少女、おだてられるのに弱いようだ。


「まあ、なんだい。このボクが君に勉強を教えるんだ。君が何を不安に思っているのかは知らないが、読み書きの段階からスタートしてテストまで、見事にクリアさせてあげようじゃないか」

「え、でもテストまであんまり時間はないけど……」


 ラルフの弱気な言葉に、少女はチッチッチと人差し指を振る。


「学院のテストに必要とされる能力は根本的な理解力じゃない。要領と、情報収集力、そしてちょっとの根気だ。なぁに、ボクに任せれば何の問題もない」

「お、おぉぉ……おぉぉぉぉ、なんかよく分からないけど頼もしい!」

「ふふ~ん、いいよいいよ。そうやってもっとボクを褒めるといいよ!」


 少女はそう言って嬉しそうに笑った後、ラルフの顔をまっすぐに見つめてくる。


「そう言えば君の名前を知らないね。ボクの名前はチェリル・ミオ・レインフィールド」

「俺の名前はラルフ・ティファート。じゃあ、これからよろしく、レインフィールドさん」

「チェリルで良いよ、ラルフ君」


 そう言って差し出された小さな手を、ラルフはギュッと握ったのであった。

 こうして……ラルフは思いがけないところで助っ人を手に入れたのであった……。

何とか本日三回投稿完了。

読んでくださった方は、ありがとうございます!

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