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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
最終章 双天樹~灼熱無双のフレイムハート~
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為すべきことを、為すために

 ラルフは白の中に立っていた――まさにそうとしか言いようのない空間だった。

 天地すらも区別のつかない程に、見渡す限り白で埋め尽くされた、がらんどうな空間。明らかに普通ではない空間だが、ラルフはこの場所に見覚えがあった。


「確かここって……<フレイムハート>内部の空間だったっけ」


 そう、一度、ラルフは夏季長期休暇中にマーレによって殺されたことがある。

 その時は、アルティアによって助けられたのだが……今になって思えば、あの時、アルティアがラルフを蘇生させることができたのは、ラルフの魂が壊れていなかったからなのだろう。

 何せ、今のラルフは、アルティアの魂を半分もらうことによって生かされていた訳で、体それ自体は死んでいるのだ……肉の再構築なら出来るのかもしれない。

 ただ、今回はラルフの肉体だけではなく、魂まで完膚なきまでに破壊されている。その証拠に、ラルフが死んだことによってアルティアまで消滅してしまった。


「それで……確か、この空間で俺は以前……」

「やぁ、ラルフ君。久しぶりだね」


 すぐ傍から声が聞こえてきて、ラルフはハッとして体ごと向き直る。

 そこにいたのは……金髪碧眼の優男であり、同時に、過去の創生獣大戦でアルティアと共に数多の戦場を駆け抜け、英雄と呼ばれた神装者――クラウド・アティアスその人だった。


「あ、お、お久しぶりです」

「できれば、会わないに越したことはなかったんだけどね。ここは、君に何らかのアクシデントが起きなければ来ることができないような場所だし」

「俺、死にましたもんね……」


 結局、ティアを救うことができずに絶命してしまった。

 そして、同時にアルティアまで消滅に巻き込んでしまい……ラルフはそこまで考えて大きくため息をついた。

 誰も、何も、救えずに終わってしまった。

 結局、ラルフが死んだ後どうなったのか……それは分からないが、あの赤黒く染まったリュミエールは人間の街を襲うだろう。そして、間違いなくラルフの大切な人を殺す。

 それを思うだけで、どうしようもない気持ちにさせられてしまう。


「くっそ、何とかもう一回生き返る方法が……ッ!!」

「凄い無茶を言うね、君」


 ラルフの口走った言葉に、クラウドは苦笑を浮かべる。

 だが……彼はその苦笑を静かに消すと、手のひらを上にして、右手をそっと前に突き出す。すると、そこにリンゴのように真っ赤な果肉と、黄金の葉っぱを持った果実が現れた。

 唐突なことに、ラルフは目を丸くする。


「……何ですか、それ?」

「見覚えないかい? 病室で君のお父さんが、君に食べさせてくれたと思うけれど」

「あっ!」


 クラウドに指摘され、ラルフはようやくその果物が何なのか思い出した。

 そう、病室で意識のないラルフの口に、次々と果肉を突っ込まれ、最後には芯も丸ごと食べさせられた果物である。

 ただ……ピンときたものの、それがこの状況と何の関係があるのか、理解できない。

 その疑問が素直に表情に出ていたのだろう。クラウドはその果物をラルフに渡すと、優しい笑顔を浮かべた。


「それはね、千年に一度……この世界に生息する全ての植物から選び抜かれた、たった一本の樹だけが実らせることができる、『創世果』と言ってね。別名、『奇跡の実』と呼ばれている」

「奇跡の実……」

「うん。霊力のレイラインの副産物らしいんだけど……ま、それは置いといて。その果肉を口にすると、死者すらも蘇るほどの奇跡が与えられるって代物さ」

「はっ!?」


 ギョッとラルフがその果物に視線を落とす。

 そこら辺で売っているようなリンゴにしか見えないのだが……この果物には、それこそ計り知れないような価値が眠っているのだ。

 唖然として言葉を失っているラルフに、クラウドは笑いかける。


「君はお父さんに愛されているんだね。どんな経緯でそれを手に入れたのかは分からないけれど……君のお父さんは、欠片も躊躇うことなく、それを君に食べさせたんだから。それを手に入れるにはそれこそ、人生を投げ打たなければならないだろうしね」

「…………」


 ラルフの父であるゴルドは、ラルフが幼い頃からずっと家を空けていた。

 その間、ラルフはミリアの家に預けられており、そちらで過ごした時間の方が長いほどだ。ずっとゴルドがいないことを不満に思ったこともあったが……ラルフが駄々をこねる度に、ゴルドがとても申し訳なさそうに笑うので、『しょうがないんだ』と、幼心に諦めたことを覚えている。

 それは、ラルフが大きくなって学院に入ってからもそうで。私財も何もかも投げ打って、ただひたすらずっと冒険を続けていた。


 もしもそれが、この『創世果』を手に入れるためだったら?

 そして、ゴルドならば、それを誰に使おうとするだろうか?


「……母さん」


 ラルフを産んで、すぐに亡くなってしまった母親……アメリア・ティファート。

 もう、顔も声も覚えていないは母親だが、ゴルドが彼女のことを深く愛していたことはよく知っている。もしかしたら、ゴルドは最愛の人を甦らせるため、ずっとこの実を探していたのではないだろうか。


「俺……親父……」


 それを自分に使わせてしまった……その事に、強い罪悪感を覚えて、ラルフは軽く目を伏せた。そんなラルフに、クラウドが語りかけてくる。


「ラルフ君。そのことを君が気に病む必要はないよ。その選択をしたのは、君のお父さんだ。むしろ君は、お父さんの選択に誇りを持って前を向かないと」

「……はいっ!」


 ごしごしと目元をぬぐったラルフは、強い瞳で顔を上げる。

 それを確認したクラウドは、満足そうに笑うと、ラルフの胸元をトンッと押した。すると、ラルフの体が水中を移動するように、静かに後ろへと流れてゆく。


「う、わ……!?」

「さぁ、君はまだ生きてやることがたくさんあるんだろう。創生果によって、君は自分自身を完全に取り戻した。今の君ならば、<フレイムハート>と『君が本来持っていた神装』を使いこなせるはずだ。僕が<フレイムハート>と<イモータルブレイド>の二つを使いこなしたようにね」


 白の空間が少しずつ遠くなってゆく。

 そして、完全にその空間を脱するよりも前に、クラウドが小さく笑って口を開いた。


「君のその力で、リュミを助けてあげてくれ」


 その言葉を最後に、ラルフの意識は再び闇に落ちていったのであった――


 ――――――――――――――――――――――――――――


 ラルフが息絶え、アルティアが消滅したのを確認して、ロディンは大きく吐息を付いた。

 視線の先には、血だまりの中に沈むラルフの肉体。完全に体は冷たくなっており、絶命しているのは誰に目にも明らかだ。

 そして――


「や、やだ……やだよぉ……お願い、ラルフ。目を開けて……」


 そんなラルフの亡骸に縋り付いて泣いているのは、ティア・フローレスだ。

 リュミエールと同調させられていたのだが……ロディンがそこに割り込みを掛けて<ディザイアハート>をリュミエールの肉体に取りつかせたので、弾かれたティアは目を覚ますことができたのである。


 そして、目が覚めてからというものの、ああしてずっとラルフの亡骸を抱きしめて涙を流している。ロディンはいまいち分からないのだが……まぁ、人間的には、愛情を注いだ相手が死んだのなら当然の反応なのだろう、たぶん。


『ふぅぅぅぅ……ロディンよ、感謝する。ワシはようやく最強の神装と相成ったのじゃ……』

『そぅ、それはよかったわぁん』


 そして、<ディザイアハート>を媒介にしてリュミエールの肉体を乗っ取ったモノ……その正体は、過去、フェイムダルト神装学院の学院長をしていたマナマリオスの老人。


 そして、感情を司る第七の創生獣――イスファ・ベルリ・グラハンエルクであった。


 セシリア・ベルリ・グラハンエルクを肉の苗床として成長した<ディザイアハート>だが、これ自体は最強の神装ではない。これを媒介として『リュミエールの肉体そのものを神装とする』ことによって、イスファの野望は達成される。


 つまり、通常の神装者とは逆の状態が成り立っているのである。

 肉体の中に魂と神装があるのが通常ならば、今のイスファは神装のなかに魂と肉体を融合させたのだ。つまり、今のリュミエールの肉体の中に、完全に溶け込んでしまったのだ。


『おぉぉ、感じる、感じるぞ、この全能感! これこそが創造の力か!』


 イスファが声に喜色を乗せる。しかし、それも当然と言えば当然だった。

 リュミエールが持つ能力である創造は、無から有を生み出す力……それ自体が非常に強力なものだ。この世界に満ちる生命も、元はと言えばリュミエールの創造によって始まったのだから。


 全能感――その言葉には、決して嘘はない。


 だが、そんなイスファの隣にいるロディンは、何だか妙に冷めている。その視線は、イスファに対してではなく、じぃっと死んだラルフに向けられている。


『さて、手始めに……リュミエールの魂を潰すとするかの……』


 その言葉が自分を指していると分かったのだろう……ビクッとティアの体が跳ねた。

 だが、その瞳にあるのは恐怖ではなく闘争心だ。ラルフの体を抱きしめたまま立ち上がると、ティアは素早く右手をイスファに向ける。


「『ジャッジメント・ディバイン・レイ』!!」


 リュミエールの持つ固有霊術――ジャッジメント・ディバイン・レイ。

 無論、リュミエールの転生体として覚醒したティアに使えぬ道理はない。

 強力無比な霊術砲が、至近距離からイスファ目掛けて放たれるが……光がイスファに直撃寸前に、弾かれて消えてしまった。


「えっ!?」

『<ディザイアハート>によって、リュミエールの肉体に宿る力は、何倍にも高められているのだ……その程度の霊術で、ワシを倒せるわけがなかろう』


 その言葉と同時にイスファの眼前に、漆黒の霊術陣が出現する。

 驚愕に目を見開くティアに、粘つくような笑みを向け……イスファは口を開く。


『ディスピア・ディバイン・レイ』


 霊術陣から、漆黒の光の奔流が迸る。

 先ほどティアが放ったジャッジメント・ディバイン・レイよりも、更に凶暴に、圧倒的に、邪悪に、全てを破壊する破滅の光がティア目掛けて殺到する。


「……ッ! ラルフ……!!」


 ティアはラルフを護るように、ギュッと抱きしめ――




「させるかよ」



――――――――――――――――――――――――――――


 ラルフは目を覚ますと同時に、目の前に迫っていた破滅の光を、無造作に振り抜いた拳で弾き返した。ディスピア・ディバイン・レイは戦略級霊術すらも超える威力を持つ霊術砲だったのだが……今のラルフにはそれぐらいの芸当をやってのける力がある。


 ロディンを除く誰もが唖然とする中……ラルフは両脚で地面の感触をしっかりと確認すると、ゆっくりとティアから体を離した。いつかと同じように、この女性は身を挺してラルフを護ってくれていたようだ。


「ありがとう、ティア。もう大丈夫」

「え……あ、あれ?」


 ラルフはティアに優しく語りかけると、打って変わって、厳しい表情でイスファの前に立ち塞がる。

 その瞳には強い光が、両手足には力が、刺された箇所は完全に回復しており、全身から発散される覇気も十全。まさに、完全復活というに相応しい万全の状態だ。

 ラルフは鋭い眼光でロディンとイスファを睨み付けると、大きく息を吸い込んで、己の内側で燃え盛る【神装】の名を叫ぶ。

 そう、<フレイムハート>に代わる新たな神装の名を。





「来いッ!! 神滅無双のブレイブハァァァァァァァァァトッ!!」





 咆哮と共に立ち上がったのは黄金の炎。

 その黄金の炎に内包されている火力は、今までラルフが発現していた炎とは完全に別次元のものだ。対象を選別し、滅ぼすと決めた相手を、確実に消滅させる炎――それは、アルティアにのみ許された概念『勝利の黄金』だ。


 そこに例外は一切なく――黄金の炎は神すらも消し炭にする。


 今のラルフは、『勝利の黄金』によって燃え盛る炎を全身に纏っていた。言い換えればそれは、人の身にして神の領域に踏み込んでいることに他ならない。

 それを可能にしているのが、先ほどラルフが呼びだした神装<神滅無双のブレイブハート>だ。これこそが、新たにラルフが手に入れた神装である。

 ラルフが本来魂に宿していた神装と、<フレイムハート>が融合した新たな神装……その能力は『勇猛なる魂をその胸に抱く限り、使用者に無限の力を与える』という、かなりぶっ壊れた代物である。

 ラルフが先ほど、拳一つで霊術砲を吹っ飛ばしたのは、この能力に起因する。

 そして――


「いくぞ、アルティアッ!!」

『応ッ!!』


 ラルフの背後……そこに、炎が収束し巨大な火球を形成する。そして、ひときわ強く輝いた瞬間、内側から破裂するように火球が弾け飛ぶ。

 そして、その中から顕現したのは、真紅の翼と黄金の二枚翼を持つアルティアの姿。

 『不滅の真紅』と『勝利の黄金』……二つの概念をその身に宿した、正真正銘、真の力を取り戻した最強の創生獣・灼熱のアルティアだった。


 アルティアは大きく翼をはためかせてラルフの隣に降り立つと、小さく苦笑を浮かべた。


『まさか、創生果なんてものを食べていたとはな……なかなかの隠し玉だ』

「俺もびっくりしたよ」


 そう言って、拳と翼を軽く触れ合せる。

 これに対し、完全に浮足立ってしまっているのはイスファの方だった。


『ロディン、これは一体……!』

『もしかしてぇ、創生果とか食べたのかしらねぇ。息の根は確実に止めたはずだから、やっぱり蘇生したとしか思えないのよねぇ』

『馬鹿な、あれは伝説上の代物では……!?』

『伝説上になっちゃうぐらい、普通は手に入んないものなのよぉ』


 まぁ、イスファが焦るのも分かる。何せ、神を殺せる唯一の神装<フレイムハート>の所有者を殺せたと思ったら、更に強化されて帰ってきたのだ。


「よくもやってくれたな……! さぁ、お前ら覚悟しろよ!!」


 神すらも滅する概念『勝利の黄金』を纏った青年は、そう言って、イスファとロディンに灼熱の拳を突きつけたのであった。


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