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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
最終章 双天樹~灼熱無双のフレイムハート~
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総力戦、開始

 終世獣の本隊が視認できたのは太陽が丁度頭上に来るころだった。


「……まさに、雲霞の如くとはこのようなことを言うのだろうな」


 グレンは多重背障霊防壁アイギスの上に登り、そう呟いた。

 黒い波が押し寄せていた。

 それはよくよく見てみれば……地面を埋め尽くすほどに密集した終世獣の群れだということが理解できるだろう。しかも、それが延々と続いていて、終わりが見えない。

 だが、それよりも目を惹くのは……その頭上に浮かぶ第Ⅷ終世獣ヨルムンガンドの圧倒的な存在か。まるで、大陸が丸ごと一つ浮いて、それが意志を持って迫ってきているかのような圧迫感。人間の士気を挫くのに、これほど絶望的な光景はあるまい。


 あまりの密度と規模に誰もが絶望的な表情を浮かべる中……グレンは大きく息を吸い、そして、号令を発した。


「これより、総力戦を開始する!! 事前の打ち合わせ通り行動を開始せよ!! 腰が引けている者、震えが止まらぬ者、足が前に出ぬ者、武器が握れぬ者、奮起せよッ!! 必ず生きて家族の元に帰るぞッ!!」


 グレンのこの咆哮が総力戦の開始を告げた。


 先制攻撃は人類。


 事前に準備していた戦略級霊術『メギド』が、遥か彼方にある終世獣の群れの、ほぼ中央に着弾。圧倒的な火力で終世獣を焼き尽くした。


 更に引き続き、超重力を引き起こして対象範囲を抹消する『ギンヌンガガプ』、千を超える光条が無差別に地上を走り対象を焼殺する『プロミネンス』が地形を変動させる程の威力をもって終世獣を消滅させたが……。


「減った気がしねぇ……」


 誰かが呟いた言葉通り、確かに大量の終世獣を屠ったにもかかわらず、まったく減った様子がなかった。『攻城戦をする際は、相手の数倍の物量が必要になる』という攻城戦の定石を、奇しくも相手方が実践する形となった。


「そろそろ行ってきます。余裕があれば援護はしますが、あまり期待はしないでください」


 戦略級霊術を打ち尽くしたのを確認し、ここでミリア・オルレットが出陣。

 ちなみにだが、ドラゴンの姿で出陣すると色々と問題があるので、対衝撃・対霊術の加護をエンチャントされた蒼の鎧を着こんでの出陣と相成った。


 ミリアは、広域殲滅霊術オーラ・ミルアドル・レイを連射し、地上の終世獣を一掃しながら、ヨルムンガンドに接近……交戦に入った。

 これにより、ヨルムンガンドの足が止まる。


 少なくとも、アルシェールに落下してくるという最悪のシナリオは回避することができた。この時点で、終世獣の群れは既に目視で個体の識別が可能なほど、近くまで迫って来ていた。


「アイギスに描いた霊術陣を一斉起動! 同時に霊術師による霊術の斉射を行う!」


 そう、チェリル達、マナマリオスの智者がアイギスに描いた霊術陣を起動させたのである。

 大人数の霊術師がアイギス上の歩廊に登ると、一斉に霊力を注ぎ込んだ。それに連動し、アイギスの表面に描かれた霊術陣が眩いばかりの光を放ち――まさに、雨霰としか表現できない勢いで霊術を射出した。


 それと同時に、手の空いた者は自前の霊術を放ち、遠距離神装を持つ者も、無差別に攻撃を行った。まさに、霊術の壁というに相応しい密度の攻撃に、終世獣の群れの足が止まる。

 このままここで押し留められるか……誰もがそう思った時、事態が動いた。


 第Ⅹ終世獣バハムートの出現である。


 以前来た時と同じように、猛スピードでアイギスへと接近してきたバハムートを阻む術は人類にはなく……アッサリと接近を許してしまった。


『城壁の歩廊にいるものよ。退くがよい。十分後、その城壁を破壊する』


 ご丁寧な申告を受けてから、バハムートに攻撃を集中させたが……まさに、動く要塞とでも言おうか。どれだけ攻撃を叩きこんでも一向にダメージが入らない。

 バハムートもそれが分かっているようで、まるで動こうとしないのだ。


 そして十分後――大きく空を旋回したバハムートが、一直線にアイギスへと突進。アイギスと平行になるように飛行しながら……その翼をアイギスへと刺し込んだ。まるで、バターにナイフを入れるように、するりとアイギスを切り崩した翼が、横一直線にアイギスを切断した。


 この壁が崩れた時こそ人類敗北の時……そうとまで言われた金剛不壊の城壁が、アッサリと崩れ去ってしまった。石材の山と化してしまったアイギスを、呆然と眺めていた人類だったが……そのような時間を終世獣が許すはずがない。


「くっ! 最悪の事態になった……! 各員、事前打ち合わせの通り、隊列を組んで突撃せよ! 前衛、後ろに終世獣を通すなよ!」


 アイギスの内側でいつでも出陣できるように控えていた神装者達が咆哮をあげる。

 開戦から五時間後……こうして、人類と終世獣は本格的な激突へと移行したのであった……。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 場所は変わって、フェイムダルト島にある総合病院のラルフが眠っている病室。

 戦場となっている未踏都市アルシェールから、ある程度距離のあるこの病院だが……それでも、戦場で打ち鳴らされる音が微かに聞こえてくる。


 それを耳に入れながら、アルティアはガリガリと病室の床に霊術陣を描いていた。


 いや、正確に言うなら霊術陣ではなく転送陣……しかも、罪過の森に描いてあった代物を簡便にしたものだった。

 器用に両の翼で、ミリアが置いて行ったトゥインクルマテリアルを掴んでゆっくりと、しかし、丁寧に床面に幾何学模様を描いてゆく。

 本来、転送陣を描こうと思ったら十数日かかる代物なのだが……今、アルティアが描いているのは、今の世界に失われてしまった転送陣の原型となる代物だ。これならば、もっと簡単に、しかも素早く書くことができる。


『罪過の森にあった転送陣……どこかで見覚えがあると思ったら、私とクラウドが敵陣に切り込む際に使った転送陣と同じであったか』


 そう呟きながら、小さな体を精一杯動かして、ガリガリと転送陣を仕上げてゆく。ちなみにだが、この転送陣が繋がる先は、双天樹の根元……つまりレニスがいる敵の本拠地である。

 アルティアがこのような行動に出た理由はたった一つ――相打ち覚悟でリュミエールとレニスを討つためである。


 恐らく、このままでは人類は負ける。


 第Ⅹ終世獣バハムートは、全盛期のアルティアでも手こずるような相手だ……人間がどれだけ束になって掛かったとしても、倒せるはずがない。ならば、その創造主であるリュミエールと、レニスを倒すしかない。

 少なくとも、終世獣を操っている存在がいなくなれば、攻撃も止む可能性がある。

 まぁ……『可能性がある』と言っている段階でかなり絶望的ではあるのだが。


『よし、できた』


 そう呟くと同時に、トゥインクルマテリアルから虹色の光が消えた。アルティアが、トゥインクルマテリアルの内部に貯蔵されていた霊力をすべて吸収し終えたからである。これで、少なくとも元の姿には戻ることができる。

 アルティアは描き上げた転送陣を前にして、満足げに吐息をついた。


『では、行く――』

「アル……ティア……」

『……ッ!? ラルフ!?』


 背後から、聞こえるはずのない声が聞こえ、アルティアがギョッと目を剥いて振り返ると……そこには、虚ろな表情ながら上体を起こしたラルフがいた。

 目には未だに力が戻っておらず……死人と紙一重な状態だが、意志疎通すらできなかった状態と比較すれば格段の回復だ。


『目が覚めたのか!』

「う……あ……頭が……ボーっと……するけ……ど……」

『そうか、ゆっくりと休んでいると良い。今のお前には休養が必要だ』

「ティアを……助け……ないと……」

『ラルフ……』


 翼を振るわせてラルフの肩に止まったアルティアは、その頬をそっとなでてやる。


『もうよいのだ。お前は十分戦った。今はゆっくりと休め……これ以上、ラルフが壊れるのを見るのは、私が辛い……』


 だが、アルティアの言葉が聞こえていないかのように……ラルフはベッドから出ると、ノロノロと着がえ始める。耐衝撃・対霊術に優れた制服を身に纏い、彼のトレードマークとも言える力場を展開するオープンフィンガーグローブを装着。


『ラルフ……』 


 死と生の狭間に立ちながらも、誰かを護らんとするその姿が……今は、逆に痛々しい。


「いこ……う……アルティア……」

『………………』


 何も言うことができず、そして、止めることもできず。

 アルティアを肩に乗せたまま、ラルフは転送陣へとフラフラと踏み込む。そして……その姿が淡い煌めきに包まれた瞬間、病室からラルフの姿は消え去ったのであった……。



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