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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
最終章 双天樹~灼熱無双のフレイムハート~
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急接近

 それから、瞬く間に五日が過ぎ去った。


 各国からは次々と神装者が未踏大陸ファンタズ・アル・シエルへと集まり、首都アルシェールは大量の神装者で溢れるようになった。

 その代わり、アルシェールに住んでいた神装者の家族や商人などの一般人は、急ぎ船で本国へと送還されることとなった。街を取り巻く巨大な多重障霊防壁『アイギス』も相まってか、今のアルシェールは『街』というよりも、『要塞』という趣の方が強い。


 そして、このアイギスの上に、グレン・ロードは立っていた。

 遥か眼下には四割の大地と……六割の終世獣の群れが見える。種類は恐らく、もっともポピュラーな小型終世獣ヘルハウンドだろう。


「散発的な襲撃が増えているな」


 グレンは苦々しげにそう呟く。

 浮島ラグーンからの報告によると、ここから徒歩で約四日程度の地点で、数え切れないほど大量の終世獣が集結しているらしい。恐らく、これこそがレニスの言っていた本隊なのだろう。そう考えれば、今、眼下にいる終世獣達は先遣隊か、あるいは先走った輩なのか……。


「数はどうだ」

「はっ! 朝からずっとこの調子です。増えこそすれ、減ることはありませんね」


 グレンと同じようにアイギスの上に立っている神装者達が、絶えず終世獣に霊術を放っているものの、次から次へと集まって来るのできりがない。

 まぁ、集まってきていると言っても、精々小型の終世獣ばかりだ。この程度でアイギスが突破されるようなことはないが……夜中、絶えず咆哮や遠吠えが聞こえると、中の神装者達の士気が下がる恐れがある。

 撃破しておくに越したことはない。

 グレンが腕を組んで考えを巡らせていると、不意に背後に誰かが立った気配がした。グレンはふむ、と小さく吐息を付くと背後を振り返る。

 そこには、純白の髪に真紅の瞳を持った……ミリア・オルレットが立っていた。


「突然呼びだしてすまんな」

「いえ、今の私はドミニオスの虜囚ですから」

「これほど手に負えん虜囚も珍しいがな」


 そう言ってグレンは笑う。

 そう、現在、ミリアはドミニオスに身柄を差し出しており……虜囚となっているのである。

 本来なら、大々的に公表された後、処刑されてもおかしくはないのだが……グレンは、この事実を隠蔽することに決定した。民衆には、『あの純白のドラゴンは超々遠距離霊術砲によって撃破された』と伝えられている。

 そのため、ミリアが純白のドラゴンだったと知っている者は、罪過の森に調査に行った者の中でも更にごく一部の者だけに限られる。

 グレンがこのような判断を下すことにした理由は三つ。


 一つ目はラルフとの約束を履行するためだ。

 あれだけの死闘を繰り広げ、勝利をもぎ取ったのに『本人が身柄を差し出したので、処刑します』となるのは流石にグレンのプライドが許さなかった。ラルフは、生死を賭けてミリアのことを護り抜いた……ならば、グレンもそれに答える義務があるはずだ。


 そして、二つ目はミリアが理性を取り戻したためだ。

 これに関しては曖昧で……また再び理性を失わないとも限らない。だが、少なくともこうして会話の受け答えができるまでには回復したのは大きい。マナマリオスの精神霊術専門家にも見てもらったが、問題ないとの太鼓判ももらっている。


 最後の三つ目だが――


「それでだ、ミリア・オルレット。お前は『アレ』を倒せると言っていたが……」


 そう言ってグレンが視線を向ける先……遥か遠くに、空中でグルグルと円を掻くように飛び回る蛇のように細長い物体が見える。

 地平線が見えそうな距離でも、こうして目視できるのだ……どれほどの大きさか、想像してもらえるだろう。あの物体こそ第Ⅷ終世獣ヨルムンガンド――大質量による大量殺戮を目的として創造された終世獣だ。

 山脈と評されたその質量は圧巻の一言に尽き……あんなものが突っ込んで来ようものなら、さすがのアイギスも一巻の終わりだ。人の手には余る。

 そう、三つ目の理由とは、あのヨルムンガンドの相手をミリアに任せるためだ。


「具体的にはどうするつもりだ?」

「そうですね。とりあえず――」


 そう言って、ミリアは眼下の終世獣達に無造作に手のひらを向ける。

 すると、次の瞬間、ミリアを取り囲むように数え切れない霊術陣が展開――壮絶な物量の光弾が放たれる。まさに一斉掃射というに相応しい光景……眼下で群れを成していた終世獣達が、悲鳴を上げて瞬く間に消滅してゆく。

 唖然としている神装者達を尻目に、シレッとした表情でミリアがグレンの方を向く。


「持ち得る霊術を片っ端から叩きこみます」

「兄貴仕込みの脳筋か」

「兄さんと一緒にしないでください」


 本人がいたら、たぶん泣いている。


「ヨルムンガンドの攻撃力は確かに脅威ですが……その質量から動きはかなり愚鈍です。ヨルムンガンドの攻撃を回避しながら、ひたすらに霊術をぶつけます。私の霊術なら、恐らく時間こそ掛かりますが撃破できるはずです」

「どのくらい掛かりそうだ」

「それは、実際に戦ってみないことには何とも……」

「ふむ、そうか……だがまぁ、心強い言葉ではある。あんなものが落下して来たら、正直、抵抗のしようもない」


 そう言って、グレンはもう一度、ヨルムンガンドを睨みながら口を開く。


「ともかく、この件に関して上層部の人間と意見をすり合わせる必要がある。そのために、今回の作戦会議にはお前も参加してもら……ぅ……」


 滑らかに出ていたグレンの言葉だったが、唐突に言葉尻が小さくなってゆく。


「グレン先輩、どうしたんですか?」

「いや、あれは何かと思ってな……」


 グレンの視線の先、ヨルムンガンドのすぐ傍に、漆黒の点が一つポツンと出現したのである。何事かと目を凝らしたグレンだったが……すぐさまそれの正体に気が付き、顔色を無くした。


「哨戒ッ!! あの黒点が何か見えるかッ!!」


 突然咆哮したグレンに、周囲の者達がビクリと身を固くしたが、哨戒の任を負った神装者が慌ててグレンの指した方角を見て……ひっ! と小さく息をのんだ。


「う……あ……」

「報告しろ! アレはなんだ!」

「ほ、報告します! し、漆黒のドラゴンが、物凄いスピードでこちらに来ています!」

「バハムートかッ!!」


 『バハムート』という単語が何を指すのか分からない者達は、首を傾げるばかりだが……その脅威を知っているグレンとミリアはそれどころではない。


「グレン先輩、迎撃します!」

「頼む!」


 背中に光の六枚翼を顕現したミリアが、虚空に身を躍らせるのを見送り、グレンは急いで兵達に声を張り上げる。


「総員、あの黒点に向けて霊術一斉掃射の準備だ!! 哨戒の者は急ぎ鐘を鳴らせ! 大型終世獣が来るぞ!!」


 『大型終世獣』という単語に、ようやく事態が切迫していることを理解したのだろう……全員が顔色を変えて霊術の準備を始める。

 だが……バハムートの飛行速度が尋常ではない程に速い。

 最初は黒点だったにもかかわらず、グングンとその姿が鮮明になってゆく。一体どれ程の速度で飛行しているというのか……そのプレッシャーに、全員が一気に平静を失ってしまう。


「『オーラ・ミルアドル・レイ』!!」


 ミリアが虚空に大量の霊術陣を展開……罪過の森を一掃した広域殲滅霊術が火を吹く。

 だが……バハムートは驚くべき旋回性能をもって、これを一つ残らず回避してゆく。その巨体からは俄かには信じがたい機動力である。

 そして……瞬く間に、アイギスの目と鼻の先まで接近してきた。


「くっ……!!」


 今から放たれるであろう霊術砲を覚悟し、グレンが身を固くした……が、事態は想像の斜め上を行った。

 バハムートが、アイギスの目の前で急制動を掛けると、静かな声で語りかけてきたのだ。


『小さき人の子達よ、そして、イシュタルよ。私に交戦の意志はない……汝達との対話を望むべく、私はここまでやってきた』

「……対話、だと?」


 無意識にグレンが視線をミリアの方に向けると、彼女も困惑しているのか、盛大に眉を寄せている。


「すみません、バハムート。いかんせん、意図が読めないのですが……」

『言葉のままだ、イシュタルよ。私に交戦の意志はなく、ただ、対話による相互理解を望むと言っている。私からは、一切の攻撃をしないとここに宣誓しよう』


 相互理解……あまりにも終世獣の持つイメージから掛け離れた単語だ。

 正直に言えば、とてもではないが信じられるものではないが……しかし、同時にその申し出を断る選択肢は、人類にはない。

 もしも、下手のバハムートの機嫌を損ねた場合、アイギスを越えて街中に霊術砲を叩きこまれてもおかしくないからだ。第Ⅶ終世獣ジャバウォックが可愛く思える性能――そんな規格外の終世獣による霊術砲など、想像すらしたくない。

 相互理解といいつつも、これは事実上の脅しだ。


「……分かった。会談の場を準備しよう。少し待たれよ」


 内心、苦々しい思いを抱きながら、グレンはバハムートに向かってそう答えたのであった……。


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