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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
最終章 双天樹~灼熱無双のフレイムハート~
279/292

眠りについたままのラルフ

最終章開幕です。

一年以上続いた本作品ですが、もう少しで終わりと相成ります。

楽しんでこの作品を読んでくださる方々、もう少しだけお付き合いください。

 未踏大陸ファンタズ・アル・シエルの罪過の森での激闘から五日が経過した。

 フェイムダルト神装学院にある総合病院……その一室でラルフ・ティファートはベッドに眠らされていた。『眠らされていた』という表現はまさに的を射ており、ぼんやりと開いた目は何も映しておらず、その両手足にも力が入っていない。


 まさに、心ここにあらず、といった様子である。


 そして、そんなラルフが眠っているベッドの傍らには、ミリアが心配そうな表情で付き添っている。彼女はずっとラルフの手を握っており、時折、ぎゅっと握り返してくる感触だけを支えにしていた。

 まるで、洗脳されている頃のミリアと、立場が入れ替わってしまったかのようだ。


「……ミリア、いる?」

「あ、アレット姉さん。入っても大丈夫ですよ」


 ミリアが返事をすると、静かに扉を開けてアレットと、チェリルが入ってきた。アレットは入ってくると、お見舞いのゼリーを棚の上に置いて、ミリアの顔を覗き込む。


「……ミリア、付き添い、変わるよ? 顔が酷いことになってる。寝てないでしょ?」

「暗闇の中で目を閉じてると、悪い事ばかりが思い浮かんでしまって……寝れないんです。それぐらいなら、こうして兄さんの手を握ってる方が落ち着きます」

「……そう」


 そう言いながら、アレットはゼリーの蓋を開けると、スプーンで中身をすくってミリアの口元に持って行く。目を丸くしたミリアだったが……小さく苦笑をして、それを口の中にいれる。

 ほんのりとした上品な白桃の甘みが口に広がり、何だか幸せな気分になる。

 その間、チェリルはミリアとは別の方向に回り込み、ラルフの体や顔にペタペタと触れている。そして、まるで誰かと話しているかのように、うん、うん、と頷いては瞳孔を確認したり、脈を取り始める。


「……チェリル、ラルフはどう?」

「相変わらずだね。肉体は正常に動作しているけど、魂が死にかけている――って、お母さんが言ってる」


 どうやら、先ほどから自身の中にいるエクセナと交信していたのだろう……チェリルはそう言って、力なく首を横に振る。そんなチェリルの姿を見て、ミリアは大きくため息をついた。


「だから、私は兄さんに神格稼働【フレイムハート・リミットブレイク】を使って欲しくなかったんですよ……。こうなるのは、目に見えていたのに」


 そう言って、ミリアは視線を鋭くすると、棚の上からラルフの様子を無言で見つめ続けているアルティアを睨み付けた。ミリアに敵意を向けられていることは分かっているのだろう……アルティアは大きくため息をつくと、のろのろと顔を上げた。


『神格稼働の危険性はラルフにきちんと伝えていた。ただ……ミリアの言う通り、私の見通しが甘かったのは事実だ。すまなか――』

「謝ってすむ問題じゃないんですよッ!!」

「……落ち着いて、ミリア」


 激昂するミリアの叫びに、チェリルがビクッと震えて涙目になっている。そんなミリアを優しく宥めながら、アレットはアルティアに話しかける。


「……アルティア。私は遠回しに話を聞いただけ。ラルフのこと……詳しく教えて欲しい」


 アレットの言葉はこの場にいる者の総意でもあった。


 罪過の森でレニスが指摘した事実――ラルフ・ティファートは既に死んでいる、ということ。


 その事実だけは、罪過の森から何とか脱出したミリアの口から、全員に周知されてはいる。しかし、詳細は未だに謎である。

 ミリアですら、ラルフの体に異常があると知ったのは、彼が浮遊大陸エア・クリアから帰ってきた時だ。ラルフのことは、幼い頃から一番自分がよく知っていると自負しているミリアだが……ラルフが今の今までそんな素振りを見せたことは一度もない。

 全員の注目が集まる中、アルティアは静かに口を開く。


『ラルフが死んだのは……アレット、幼い頃にお前が誘拐された時だ』

「……え」


 アレットが絶句すると同時に、ミリアは椅子を蹴って立ち上がった。


「もしかして、兄さんが捜索隊に発見された時、怪我だけで済んでたのは……!」

『私が治癒したからだ。あの時、ラルフは暴漢によって殺されていたのだよ』


 アルティアの言葉に、ミリアはようやく合点がいった気持ちになった。


 アレット・クロフォード誘拐事件――それは、ラルフ達がまだ幼い頃に起こった事件だ。


 アレットが幼い頃……父であるフェリオの仕事の都合で、彼女はヒューマニスの大陸『ガイア』にやって来ていた。この時に、彼女はフェリオの親友であるゴルドの息子、ラルフとミリアに出会い一緒に遊ぶようになっていた。

 そして、悲劇が起きたのは三人が仲よく遊ぶようになった頃だった。


 近くの森に遊びに行った三人は、アレットの誘拐を目論むビースティス達の襲撃を受けたのである。命からがら逃げてきたミリアの言葉によって発覚したこの誘拐事件は、色々と謎が多く……捜索隊によって発見された時、アレットは泣きじゃくっており、ラルフは血だまりの上に傷だらけで倒れていた。

 彼らの周辺には誘拐犯が転がっており、見事に昏倒していた。


 ここで謎だったのは二つ。


 一つ目は、一体誰が誘拐犯を昏倒させたのか、一切不明だったことだ。さすがに拳術を覚えたばかりの幼いラルフが、大人に敵うとは思えない。


 そして二つ目は、出血の割にラルフの傷が浅かったことだ。


 血だまりができるほどだ。命に関わる傷を負っているのは確実だと思われ、半狂乱でゴルドが調べたのだが……この時、ラルフが負っていた傷はせいぜい擦り傷程度だった。そのため、この出血はどこから来たのか、という疑問が残った。

 調べようにも痕跡などどこにもなく、目を覚ましたラルフもアレットも、事件当時の記憶をスッパリと失っていた。そのため、首を傾げるようなことばかりだったものの、この時の疑問は過去に忘れ去られてしまったのだが……。


『当時、ラルフはすでに魂に<フレイムハート>を宿しており、私も自意識を取り戻す程度には、創生獣大戦の傷も癒えていた』


 過去を思い出すように、どこか遠い瞳をしたまま、アルティアは語る。


『本来ならば、創生獣として死んだ人間には関わるべきではなかったのかもしれない。それは、摂理に反することだからだ。しかし……私は、どうしてもラルフを死なせたくなかった』

「<フレイムハート>の適合者だからですか?」

『違う。その勇敢な魂の在り方が、どうしようもなく尊かったからだ』


 アルティアはミリアの言葉を即時に切って捨てた。


『幼い身でありながら、アレットを護るために凶器を持った大人達と戦う……そうそうできるものではない。手も足も震え、歯がガチガチと鳴っているにもかかわらず、それでも声を張り上げ、拳を掲げ、果敢に挑むその姿が、私にはとても眩しかった』


 一息。


『暴力に晒されながらも、命が尽きる最期の瞬間まで決して拳を解かなかった……あまりにも愚直で、勇敢なその姿を見て、私はこの少年を救うことを決めたのだ』

「……じゃあ、誘拐犯が昏倒してたのは……」

『私が顕現して気絶させた。ラルフの生命維持に霊力を回さなければ、自力で元の姿に戻ることぐらいは出来るからな。そして、ラルフの消えかかっていた生命の灯を消さぬため、私は自身の魂の半分を彼に分け与えた』


 その話を聞いていたチェリルが、ポンッと手を打った。


「もしかして、ラルフの神和性がずっと低かったのは、魂が自分の物じゃなかったから……?」

『正解だ。ラルフの魂は私の魂で何とか補完こそしているが……すでにボロボロだ。さしもの<フレイムハート>も、死にかかった魂では完全に力を発揮することはできない』


 そう、ラルフの神和性が低かった理由は至極簡単で……ラルフの魂が、半分近くアルティアのものだったからなのだ。神装は使用者の魂の状態を反映するもの……もしも、ラルフがこの事件で死んでいなければ、<フレイムハート>は常に十全の力を発揮することができていただろう。


「……なら、私はアルティアにお礼を言わないといけないんだね。ありがとう、アルティア」

『気にするな。私は私の意志でラルフを生かそうと決めたのだ。お前が気に病む必要はない』


 礼を言うアレットの顔は顔面蒼白だ。恐らく、責任を感じているのだろう。

 アルティアはそこまで説明をして、再度深いため息をついた。


『<フレイムハート>の神格稼働がラルフの魂に負荷を掛けていることは知っていたし、ラルフにも教えた。だが……それでも、ラルフは力を貸してくれると、そう言ったのだ。その言葉に甘えたのは私だ。責任は確かに私にあるのだろう』

「……そんな」


 場に重々しい沈黙が舞い降りる。

 誰もが次の言葉を模索し……けれど、この絶望的な状況の中で、言葉を紡ぐことの徒労感を覚えて口を噤むしかない。

 その時だった……ドタドタと誰かが騒々しく廊下を駆け抜ける音が聞こえてきた。

 一体何事か……眉をひそめてミリアが振り向いた瞬間、病室の扉が吹っ飛びかねないほどの勢いで開いた。全員がビクッと体を震わせる中、現れたのは――


「お、おい! グレンから聞いたんだが、ラルフが死んだってのは本当か!?」


 ラルフの父である、ゴルド・ティファートであった……。


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