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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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黄金の灼熱、紫紺の魔力

「………………ぁ」


 ピシリと、己の中の暗闇にヒビが入った。

 その暗闇は『―――』の心の中を覆いつくし、外界から入ってくる情報を全て遮っていた。もちろん、『―――』は己の心に暗闇があったことなんて気が付かなかったし、それが当然のように思っていた。

 けれど、そこにヒビが入り……そして、外界の光が入ってきた瞬間、とても小さな、そして、何よりも大切なモノの一端が『――ア』の心に触れた。


「……あ……れ……」


 それが何なのか……ハッキリと認識する前に、するりと手のひらを抜けて行ってしまったため、理解することはできなかった。

 だが……これだけは分かった。

 目の前で戦う真紅の髪のヒューマニスは――ラルフ・ティファートは自分にとってどうしようもなく大切な存在であったということを。そして、その背中がずっと自分を護ってくれていたということを。


 どうして忘れていたのだろう。


 どうして忘れることができたのだろう。


 今までだって、そして、きっとこれからだって、ずっと『――ア』を護ってくれていたのは、あの小さくも大きな背中だったというのに。

 『――ア』は不意に頬に熱さを感じて、そっと手で触れてみると、湿り気を感じた。


「…………」


 涙。

 ぽろぽろと、透明な涙が静かに頬を伝って地面にこぼれていた。

 涙で歪む視界の中、ラルフは咆哮をあげながらグレンに向かって果敢に挑んでいる。すでに体はボロボロで、いたるところから血を流しているにもかかわらず……その瞳に宿る闘志は、いささかも翳ることがない。

 それは何のためなのか、考えるまでもなく明白だ。


「私を……護る……ため……」

 

 『この約束は絶対に嘘なんかじゃないッ!!』


「約束……」


 約束。大切な……約束。

 きっとそれこそが、『―リア』の手のひらからすり抜けていったものの正体なのだろう。

 『―リア』はそれを掴むために、再び自身の思考を探り始める。そうすると、すぐさま砂嵐のようなノイズが邪魔をし始めるが……『―リア』は、頭を振ってノイズを強引に押し返す。

 自分自身を探すために。

 今も死にもの狂いで、『―リア』のために戦い続けている彼のために。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 ラルフとグレンの決闘は、激しく苛烈な死闘へと変貌を遂げていた。


「『マキシマム・アクセル』!!」


 魔術の発動と共にグレンの速度が爆発的に上昇する。

 第十階位『マキシマム』……事実上、魔術の最高位に位置する身体強化術式である。

 過去、凱覇王レッカ・ロードですらも手の届かなかった、前人未到の身体強化術を、呆気なくグレンが使用した理由はただ一つ。

 そうでもしなければ、今のラルフの動きに付いていけなかったからだ。


「ぬぅぅぅぅぅんっ!!」


 グレンの鋭くも、重い剛拳が虚空を穿ってラルフに襲い掛かる。

 拳圧だけでも凄まじい迫力だ。達人の拳は、あまりの拳圧にその大きさが何倍にも見えるというが、それは何の脚色もされていない事実なのだと痛いほどに分かる。

 だが、それほどのプレッシャーも今のラルフには意味をなさない。


「……ふっ!」 


 グレンの拳が顔面に直撃する……その寸前、『ラルフが横にずれた』。

 まさに、そうとしか言いようがない移動。真っ直ぐにグレンに向けて疾走していたにもかかわらず、慣性や重力といったものを一切無視して真横に跳んだのである。

 あまりにも常識外れな軌道でグレンの拳を回避したラルフは、すぐさま切り返し、上体を捻りざまにグレンに拳打を叩き込む。

 確実にラルフの拳打がグレンに直撃するタイミング・速度・角度だったが……グレンは、自身の身体能力でこれをねじ伏せた。

 強引に腕を引き戻し、ガードを固めてラルフの拳打を防御したのである。

 だが――


「ぐぅっ!!」


 ラルフの拳がガードに直撃した瞬間、真紅の火炎を巻いて爆発。

 グレンの体が大きく後方に吹き飛ばされる。烈魂法によってラルフの拳打も重さを増している中、さらに爆発による衝撃が加わったのだ……その威力は相当なものになる。


 烈魂法――それは、魂の限界を超越した末に会得することができる技術。魂の限界を超えることで、人間という存在自体から昇華するものである。

 更に高次元への昇華を果たすということは、この世界の法則から片足を抜け出すことを意味するようで……烈魂法を発動することにより、物理法則による縛りが軽減する。

 さきほど、ラルフがありえない軌道でグレンの拳を回避したのがそれだ。


「まだまだ!」


 そして、烈魂法のもう一つの特徴は……肉体限定で影響を及ぼす気力法とは異なり、魂にも影響を及ぼすという点である。つまり、魂と密接な関係にある神装にも影響を与えるのだ。

 今の<フレイムハート>が通常とは比較にならない性能を発揮しているのは、これが原因だ……まぁ、<フレイムハート>に関しては、ラルフの神和性が低すぎるため通常時は実力が発揮できていないと言ったほうが正しいのだが。


「はぁッ!!」


 吹き飛び、姿勢を崩しているグレンに向けてラルフは一気に近寄ると、追撃の拳打を繰り出す。その拳は一直線にグレンの顔面目がけて突き進む――が。

 ラルフの拳打が直撃する瞬間、グレンの姿がぶれ……ラルフの顔面に拳が突き刺さった。


「ごふっ!」

「カウンターを狙うのはお前の得意技だっただろう?」


 ラルフの拳打をスウェーで回避しつつ、一歩踏み込んで、逆に拳打を叩き込む……惚れ惚れするような見事なクロスカウンターであった。

 だが、ラルフもこれで終わるはずがない。

 グレンの拳が顔面に突き刺さった瞬間、ラルフの左手がグレンの腕を鷲づかみにする。

 そして、次の瞬間……ラルフの手を中心にして爆破。


「がぁぁぁぁあっ!!」


 グレンの咆哮を耳に聞きながら、ラルフの視界が二転三転し、地面に叩き付けられる。

 額が切れたのか、盛大に出血し始めたが……今更それぐらいで止まれるほど、諦めが良い訳ではない。

 ラルフはすぐさま立ち上がると、瞬時にグレンとの距離を詰める。

 先ほどの爆破の一撃で、グレンは微かに体勢を崩していたが……今のラルフにとって、この『微かな隙』は決定的な隙になりえる。


「だぁぁぁりゃぁぁ!! ブレイズインパクトォォォォォォォ!!」


 グレンのガードを弾き、一瞬で懐まで踏み込むと、右半身を前方にいれながら、灼熱の拳打で渾身のレバーブローを叩き込む。拳打の炸裂と同時に、衝撃が背後に抜ける感触が確かに拳に返ってくる。

 明らかに致命打。

 一般人相手なら絶命していてもおかしくはないクリティカルヒット。

 にもかかわらず……グレンは、その衝撃と炎の熱を両の足で踏み耐えた。常軌を逸した耐久力……さすがにこれには、ラルフも唖然とした。

 だが、それがいけなかった。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅありゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 グレンの右手がラルフの顔面を鷲づかみにする。

 そして、熊すらも軽々と超える膂力で空中に振り上げられると――そのまま、高所から地面に叩き付けられた。後頭部から広がった、脳天を粉々にされたような衝撃で一瞬、意識が断絶する。


 だが……この時、グレンは見たことだろう。

 ラルフの顔面を掴んだ指と指の間――そこから一切衰えることのない、殺気と紙一重の闘気を宿したラルフの真紅の瞳が、グレンを睨み据えていることを。


 ラルフは地面に叩き付けられた頭を支点にして、足を思いっきり振り上げた。

 そして、左足の爪先をグレンの首の後ろに引っ掛けると……残った右足で、下から渾身の力をもってグレンの顎を蹴り抜いた。

 顎は人体急所の一つとして数えられる場所であり……ここに強い衝撃を与えられると、脳を直接揺さぶられて意識を失うというのは有名な話である。

 それはグレンとて例外ではなかったのだろう。ラルフを抑えつける力が、明らかに弱まった。

 ラルフはグレンの手を弾き飛ばすと同時に、足を回転――首の後ろに引っ掛けていた左足で、グレンのコメカミを蹴り抜いた。

 脳を揺らされている最中に、頭蓋の中で最も脆い場所を、蹴り抜いたのだ……さすがのグレンもこれは効いたのか、真横に吹き飛んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 何とか立ち上がったラルフだが、さすがにここまでの累積ダメージがデカい。足元がふらつくし、何よりも頭部からの出血がひどい。視界が霞み始めた。


 だが、それはグレンも同じことだろう。なにせ、筋肉の付きが薄いレバーにブレイズインパクトの直撃を受けたのだ……直撃を受けた瞬間こそ、何とか踏みとどまったが、かなり大きなダメージが入っているはずだ。

 双方共に満身創痍だが……その目に宿る気迫は全く衰えを知らない。


「お前ほど諦めの悪い男は見たことがないぞ、ラルフ。追い詰められれば、その分、限界を破って喰らいついてくる……何と戦いがいのある男よ」

「褒めても何も出ませんよ」


 ラルフはそう返しながら、右拳を握りこむとそれをグレンに向かって、まっすぐに前へと突きだす。そして……そこに、今の自分の全力を注ぎこみ始める。

 右拳に灯った炎は、その火力を極限まで上げてゆき、やがて金色へとその色を変えてゆく。

 ラルフの視線の先……グレンもまた、ラルフと同じように拳を前に付きだし、そこに限界まで魔力を注ぎ込んでいる。

 見るだけで寒気がしてくるような濃度の魔力が、そこに集約されている。

 ラルフもグレンも、何かを示し合わせたわけではない。

 だが、それでもこれ以上ないほどに理解していた……これが、最後の一撃になると。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 同時に地を蹴ると、咆哮をあげ、拳を振り上げながら彼我の距離を一気に踏破する。

 そして、互いの間合いに入ると同時に、地面を踏みしめ――



「バーストブレイズ――インパクトォォォォォォォォォォォッ!!」

「ディザスカタストロ――フィストォォォォォォォォォォォォッ!!」



 渾身の一撃が相克した。

 紫紺の魔力の濁流と、黄金の火力の奔流が集約された一点から吹き荒れ、二人を中心にした一帯を一掃する。空を飛んでこれを高みの見物していたシルフェリス達が、一斉に吹き飛ばされ、悲鳴を上げて森へと落下してゆく。


 だが、落下したシルフェリス達はまだよかっただろう。

 二人の近くにあった木々は、吹き付ける黄金の炎を浴びて一瞬で灰となり、灰となった木々は荒れ狂う魔力の奔流に飲み込まれて一瞬にして粉みじんになったのだから。

 見届け役のエミリーは障壁を張ることでこれを防御しているが……これは、エミリーだからこそできる技であり、普通の神装者だったら余波をもらっただけで木々と同じ結末を迎える羽目になったことだろう。

 黄金と紫紺――二つの力が激突するその中心地で、ラルフとグレンは至近距離から視線で切り結ぶ。


「どうしたラルフ……ッ!! もう終わりかッ!!」


 紫紺の奔流がかぶさる様にしてラルフを圧し始める。

 ラルフの足が徐々に、徐々に、押し込まれ地面に溝を刻み始める。

 ラルフ自身の火力が負けている訳ではない。烈魂法を使っているラルフの能力は格段に上昇しており、それは『マキシマム』の階位を使っているグレンにとて負けてはいないのだから。

 だが……いかんせん、ラルフの消耗が激しかった。


 ――くそ、意識が……霞む……!


 烈魂法は、気力法の更に先にある技法だ。それゆえ、その消耗もまた気力法とは比べ物にならない程に大きい。

 ゴルド曰く――『魂を削るほどに消耗する』とのこと。

 そして、今回の戦いで、初めて烈魂法を発動させたラルフは、未だにこの技法を完全に使いこなせている訳ではない。今の今まで、気迫だけでこの消耗を無視して戦っていたが……この土壇場に来て、それがラルフの勢いにブレーキを掛けた。

 怪我と疲労――その二つが、徹底的にラルフを追い詰めていた。

 一瞬でも気を抜けば、その瞬間にも膝を折ってしまいそうになる中、それでも精神力だけでグレンの魔力の濁流に抗い続ける。

 しかし、それでも完全に趨勢は傾いてしまっている。この勝負の天秤を再び傾けるには、決定的な『何か』が必要になることだろう。


「まだ……だ……! <フレイムハート>……もっと力を……。ここで……負ける……訳には……」


 眼前、圧倒的な魔力を繰る男を見て、改めて思う――やはり、強いと。

 単純な身体能力だけの話ではない。その心が、生き様が、覚悟が、押しつぶされてもおかしくない程に様々な物を背負い込んでも、胸を張って前を向ける在り様が。

 ラルフはそんな男を越えようとしているのだ。

 生半可なことではないと……そんなことは分かっている。それでも、越えなければならないのだ。ラルフだって、その背に護るべき者を背負っているのだから――


「―――――ないで――――」


 その時、ほんの微かだが……その『護るべき者』の声が聞こえた。

 一瞬、聞き間違いだと思った。この激闘の最中でありながら、ラルフは己の耳を疑ったが……。


「―――負けないで―――」

「…………ッ!?」


 はっきり聞こえた声に、ラルフは顔を上げる。

 吹き荒れる黄金と紫紺の奔流のその向こう側……そこに、しっかりと地面に立つ純白の髪を持つ少女の姿を捉えた。

 茫洋とした瞳で虚空を眺めているのではなく、しっかりと知性を持った瞳でラルフを……ラルフだけを見つめ、ギュッと両手を握っている。

 そして、彼女は――ミリア・オルレットは大きく息を吸い込むと……



「負けないで! お兄ちぁぁぁぁぁゃんッ!!」



「ッ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ぬぅっ!?」


 黄金の炎が息を吹き返す。

 大地をマグマへと変貌させながら吹き荒れる黄金――その中央で、真紅の瞳を持った青年はその身に残った全身全霊を振り絞って立ち上がる。


「兄ちゃんは……兄ちゃんはぁ――負けねぇって言ってんだろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 その瞬間、趨勢は決した。

 ラルフが拳を振り抜くと同時に、黄金の炎が紫紺の魔力を飲み込み、グレンの巨躯をも吹き飛ばしたのだ。暴走した魔力が大爆発を起こし、もうもうと砂煙が立ち上がる。

 それを確認したラルフは、足元に広がるマグマから両足を引き抜いて、ヨロヨロと後ろに下がると……そのまま、ばったりと後ろに倒れた。


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