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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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ミリアを護るという意味

 『―――』は混濁した意識の中からようやく抜け出し、その目を開いた。

 どうやら、当身をもらって昏倒していたようだ……自身の状態を客観的に分析し終えた『―――』は、ゆっくりと上体を起こした。


 昏倒していたのは恐らくほんの数時間といったところか。


 ただ、『―――』が昏倒する前と後では大きく状況が変わっているようだ。そもそも、先ほどまで森の中を歩いていたのに、今は随分と開けた場所に出ている。観察してみると、周囲の木々が燃え落ちて広場になっているようだ。


『む、ミリアよ。目が覚めたか』


 傍らから声がした。

 振り向けばそこには真紅の羽毛を持つ霊鳥――創生獣が一柱・灼熱のアルティアが静かにたたずんでいた。『不滅の真紅』と『勝利の黄金』の二つの概念を身に纏う、最強の創生獣なのだが……今のアルティアが『―――』の脅威になるとは思えない。


 『―――』は意図的にアルティアを無視すると、視線を頭上に上げる。

 そこには、大量のシルフェリス達が羽ばたきながら飛び交っており、空の月を覆い隠していた。鳥の翼を持つ醜悪な人間の姿……殲滅するべきだと本能が告げる。


 奴らは空を穢す者。


 放っておけば、この世界は人間達の手によって汚染され、生命が住めない世界へと変えられてしまう。それを防ぐために『―――』は創られ――


「…………?」


 本当にそうだっただろうか? 

 もっと大切な……そう、もっと切実で、儚くも美しい想いを託されて『―――』はこの世界に生まれてきたのではなかっただろうか?

 更に深く自身の記憶に踏み込もうとした『―――』だったが、不意に思考に激しいノイズが走った。それは、砂嵐のような暴虐さで『―――』の頭の中をグチャグチャにかき回すと、ゆっくりと消えて行った。


 そして、残っていたのは何も残されていない非常にクリアな思考――人間を殺せ、というもの。『―――』は己の中の霊力を腑活化し、広域殲滅霊術を持って目に見える人間どもを皆殺しにすべく行動を――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 不意に空を切り裂く咆哮が響き渡った。

 見てみれば……真紅の髪をしたヒューマニスが、紫紺の髪をした巨躯のドミニオスと戦闘を繰り広げていた。人間という水準から明らかに逸脱した速度で動き回りながら、拳打を用いて相手を打破せんと、戦い続けている。


 ただ……パッと見ただけでも、赤髪のヒューマニスが劣勢なのは分かった。

 恐らくは、すでに数発攻撃をもらっているのだろう……上着は既にボロボロで、全身が泥まみれ、口の端から真紅の血が流れている。

 それでも、その闘志は衰えないのか……もしくは、自身が劣勢であることを理解することができないのか、今も果敢にドミニオスの男に挑みかかっている。


「…………」


 『―――』は小さく首を傾げる。

 真紅の髪を持つヒューマニスの男。その男に、強い既視感を覚えるのである。どこかで会ったことある……どころではなく今までずっと一緒にいたような、そんな既視感。


 だからこそ、『―――』はヒューマニスの男と一緒に行動していても、攻撃することはなかった。何故か、そうしてはいけないと感じたからだ。

 何よりも見覚えがあるのは……その背中。

 気が付くとずっと目で追ってしまっている。何故なのか『―――』自身も理解できていない。

 今だって、ほんのつい先ほどまでシルフェリス達を皆殺しにしようとしていたのに、それすらも忘れて、ヒューマニスの男の背中をずっと目で追っている。


 理解不能な感情に囚われたまま、『―――』はひたすらにその背中を、視線で追い続けるのであった……。


 ――――――――――――――――――――――――――――


「ぐぁッ!」


 腕を引き寄せてスカーレット・スティールで防御を固めた瞬間、それをかち破らんばかり勢いでグレンの拳が叩き込まれる。

 巨岩がぶつかってきたような衝撃が全身を叩き、視界がガクンとぶれ、ラルフの体が塵のように軽々と吹っ飛んでゆく。


 地面に何度も叩きつけられ、何とか受け身を取って、ラルフはよろよろと起き上がる。

 まるで、電流を流されたかのように、全身が痺れてしょうがない。特に、ガードを固めた腕が悲鳴を上げている。

 直撃こそ何とかしないでいるものの……すでに、ガードの上からは何発か拳をもらっている。


 ガードを固め、さらにその上からスカーレット・スティールで防御力を上げているにもかかわらず……衝撃がガードを突き破って、体にまで浸透しているのだから恐ろしい。

 直撃をもらった場合を想像すると、身震いがする。


 ――くそ、何とか流れを変えないと……!


 ラルフも何度かグレンのガードの上から拳打を叩きこんでこそいるが……いかんせん、パワーに差がありすぎる。

 ラルフの方に向かって王者の如き歩みで近寄ってくるグレンに、ダメージを与えられている感じはしない。

 少なくとも、場の流れは完全にグレンに傾いている。

 ラルフは口の端から流れ出る血を強引に拭うと、拳闘の構えを取り、再び突貫を――


「ラルフよ、一つ問おう……お前は、それほどまでにあの娘が大切か」

「……? もちろんです。ミリアは、俺の大切な家族です」


 唐突に放たれた問いに、ラルフは軽く首を傾げるが、率直な意見を返した。


「そうか、確かに家族を護らんとするお前の決意は尊いものだろう。それは重々理解できる。だが……ミリア・オルレットを護るということが、どういうことを意味するか理解しているか?」

「……………………」 


 ラルフは無言。

 ラルフから十数歩距離を取ったところで、グレンは足を止めると、視線を鋭くする。


「ミリア・オルレットを護るということは……世界中の人間を敵に回すということだ」

「……分かって、います」

「それは理屈の上で、だろう」


 大切な家族を護りたい――ラルフの胸の内に抱える決意が、その実、どういうものなのか……グレンは、それを容赦なく暴き立てていく。


「ミリア・オルレットは操られている……なるほど、その娘の個の人格はそこに介在していない。だが事実、その娘は大量に人を殺したし、これからも殺すことだろう。そして、事情を知らぬ世界中の人間は、ミリア・オルレットをこう見るだろう――『純白の化け物』と」

「…………」


 ラルフは歯を食いしばった。

 グレンの言葉は正しい。自分を殺しに来る圧倒的な力を持つ存在……実は、それが操られているだけで悪気はないと説明しても、誰も聞き届けようなどとは思わないだろう。


「抗うことすら愚かしくなるほどの圧倒的な力を振るい、暴虐の限りを尽くして人間を皆殺しにするドラゴン……世界中の民が、己の明日を思うが故に『ドラゴンを滅ぼしてほしい』と願うだろう。生きたいという思いは、全生命に共通する願望だ。そこに醜美はない」


 滔々と紡がれる言葉は湖水のように波立たず、静謐で、透明で――そして、苛烈で。

 事実が事実であるが故の暴力性をもって、ラルフを責めたてる。


「生まれたばかりの赤子を抱いた若い女が、己の子の未来を救って欲しいと祈るだろう。年老いた夫婦がこれからもまだ生きたいと願うだろう。戦場に赴く神装者は、ドラゴンを殺して、家に残した妻と子を護りたいと奮起するだろう。為政者たちは民の安寧を守るために己を削って必死にドラゴンを倒す術を検討するだろう。誰もが必死に生き、誰もが大切な何かを護らんとし、誰もが死にもの狂いで明日を求め、そして――誰もがミリア・オルレットの死を願うだろう」


 静寂。

 ラルフの乱れた息遣いだけが戦場に木霊する中、グレンはどこか穏やかな口調でラルフに語りかけてくる。


「ラルフよ、お前が本当の意味で敵に回しているのは、武力をもってミリア・オルレットを殺しに来る神装者ではなく……その娘の暴虐に怯えながらも、明日を生きたいと願う無辜の民だ」


 そう言って、グレンは鋭く地を蹴った。

 すぐさま拳闘の構えを取ったラルフに、グレンの剛の拳が降り注ぐ。捌き、いなし、回避し、受け流すものの……ラルフの動きは明らかに精彩を欠いている。


「今一度、問おう」

「つ……ぐぅッ!!」


 回避不可能な軌跡で迫りくる拳打に、ラルフは防御を固め……その衝撃で後ろに弾き飛ばされた。


「お前は、必死に泣き叫んで己の生を主張する赤子の首に手を掛け、絞め殺す覚悟があるか?」


 完全にガードが外れた所に、グレンが瞬時に追撃を掛ける。

 ラルフが吹き飛ばされた速度よりも早く、距離を詰めたグレンが、大きく腕を振りかぶり……その拳をラルフの腹に叩き込んだ。


「年老いた妻の手を取り、ミリア・オルレットの暴虐から逃げようとする老人の背を、蹴り飛ばす覚悟があるか?」


 枯れ木がまとめて折れるような音が聞こえ、ラルフの口から血が溢れ出す。

 ガードをした時とは比較にならない速度で体が吹き飛び、受け身すら取れずに地面に何度も叩きつけられたラルフは、樹の幹に背中から叩きつけられて何とか止まることができた。


「愛する妻と子を護るため、今も死にもの狂いで戦って死んでゆく神装者達を、『無駄だ』と笑って切り捨てる覚悟があるか?」

「ごほっ……が……はぁ……はぁ……!」


 死に体で立ち上がったラルフは顔を上げ……そして、視線の先に静寂を纏って立つグレンの姿を見る。峻厳にして苛烈、一切の妥協を許さぬ王者の風格を纏い、グレンは最後通告を突きつけるようにラルフに問いかけてくる。


「ミリア・オルレットを護るということはそういうことだ。答えろラルフ……それでもまだ、お前はその娘を護ると、胸を張って叫ぶことはできるか」


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