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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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VS 黒鎧王グレン・ロード

 ラルフの炎によって鬱蒼と茂っていた木々は燃え落ち、辺り一帯はまるで設えたかのように開けた場所になっていた。少なくとも……二人の神装者が真っ向から殴り合うのに支障がない程度には。

 空にはシルフェリス達が物見気分で漂っており……ざわざわとざわめき合っている。ちなみに、現在終世獣が襲い掛かってこないのも、彼等が総出でここ周辺に結界を張ってくれているからだ。


 ラルフが決戦の舞台へと足を踏み入れると、そこにはすでにグレンが待ち構えていた。

 完全に戦闘態勢に入っているのだろう。風になびいていた真紅の外套や、装飾のついた衣服は無造作に脱ぎ捨てられており、非常に身軽になっている。

 そして……何より違うのはその身に纏う覇気か。

 先ほどとは異なり、話しかけることすら躊躇われるような威圧感が全身から発せられている。心身ともに完全に戦闘態勢にシフトしているということに他ならない。

 ピリピリと肌を刺すような気迫を身に受け、ラルフは大きく深呼吸を一つ。この時点で弱気になったら、そこで負けは確定する。確実に、純粋な実力で比較するならグレンの方が上だ。ならば、気迫で負けた時点で完全に勝ちの目は無くなる。


 目を閉じ、己の雑念をゆっくりと消してゆく。


 世界に色は必要ない――『敵』と『己』のみでいい。残りはすべて雑念だ。


 全身を感覚器として世界を捕えろ――できなければ置いて行かれるのみ。


 目に見える更に先の光景に喰らいつけ――グレンの拳は今の先にあるのだから。


 己の中の感覚を、自身の芯に束ねるように意識を収束してゆく。意識的に、戦いに必要ない機能を余分なものとして切り落とし、それと同期して呼気を絞り込んでゆく。


 ゆっくりと、目を開く。

 五十歩近い距離を置いて、ラルフはグレンと対峙する。

 双方、無言。ただ、この時点ですでに眼光は数千、数万の斬り合いを演じている。


「両者、準備はよろしいですか?」


 そして、ラルフとグレンの間に立ったエミリーが声を上げる。

 二人とも返事はなかったが……空気が息苦しくなるほどに高まり、爆発寸前になっている状況を見て、エミリーは頷く。


「それではここにラルフ・ティファートと、グレン・ロードの決闘を開始します。両者構えて!」

「気力、解放」

「『ペンタ・ブースト』」


 ラルフは真紅の闘気を身に纏い、グレンは紫紺の魔力で腕力を強化。ゆっくりと前傾姿勢へと移行し、両足に力を行き渡らせる。

 そして――


「決闘、開始!」


 地を蹴った。

 双方にあった五十歩距離は……ほんの数秒でゼロになる。

 ラルフとグレンは二人とも、示し合わせたかのように一直線に相手に向かって駆ける。そこに小細工や、策略は存在しない。正真正銘、真っ向勝負であった。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 初手はグレン。

 腕の長さからリーチはグレンの方が長い。その差は、数字にしてみれば微々たるものかもしれないが、コンマゼロ以下の中で拳を交わし合う世界において、決定的な差となりうる。


 その拳、まさに、立ちはだかる一切合切を打ち砕く剛の拳……例え、ガードの上から受けようとも大ダメージとなりうる威力を秘めている。

 以前、リンクフェスティバルで戦った時よりも、さらに速く、重く、鋭くなっている。ラルフと同じように、グレンもまた強くなっていたのであろう。

 これに対し、ラルフはグレンの体の外へと踏込み、紙一重でこれを回避する。その直後、グレンの剛拳によって風が巻き起こり、ラルフの体が持っていかれそうになる――が、ラルフはこれに逆らわずに、その場で高速回転。


「ふっ!!」


 グレンの側頭部目がけて、回転の勢いを利用した裏拳を放つ。

 だが、グレンはこれを左腕で弾く。それと同時に、拳打を放った右腕を強引に畳むと、無防備に晒されているラルフの後頭部に向けて、肘打ちを見舞う。


 しかし、ラルフもこの程度は予想済みだ。


 裏拳を弾かれた勢いを利用して高速逆回転。肘打ちを回避しつつ、グレンの懐に潜り込むとレバーに向かって抉り抜くような一撃を――


 ――いや、これはマズイ!


 打ち込むよりも前に、ラルフは直感に従ってバックステップ。

 次の瞬間、先ほどまでラルフの顎があった場所を、グレンの左掌底が高速で通過した。もしも、グレンにレバーブローを入れていたら、カウンターで顎に掌底をもらって一発で意識を持って行かれていたことだろう。


「俺の裏拳を弾いた左手を、体で隠していましたね……」

「よく見ているではないか」


 ラルフの言葉に、グレンが唇の両端を釣り上げるようにして笑う。

 ほんのまばたき二回分の時間……この間に交わされた攻防は四合。どの一撃も、直撃すれば意識を持って行かれるか、重篤な怪我を負って戦闘不能になるものばかりだ。

 とてもではないが、現役学院生と、学院を卒業したばかりの者の駆け引きとは思えない、あまりにも高レベルのやり取りだ。


 その証拠に、頭上のシルフェリス達が、今の一連の攻防を見て完全に言葉を失っている。彼らの中にはAランクの冒険者も多数混じっており……そんな彼らですら、信じられないと言わんばかりの表情をしているのだ。

 だが、それ以上に――あのグレン・ロードと真っ向から打ち合えているラルフの力量に、誰もが驚愕していた。

 そして、それはグレン自身もそうだ。


「よほど修羅場を潜ったとみえる」

「何度も死に掛けました。でも、その分強くなったつもりです」


 ラルフは大きく深呼吸をすると、烈火の如き眼光を宿した目でグレンを見据える。


「貴方にだって、負けない」

「久しく感じていなかった心地良い気迫だ……くくくくく、そのような場合ではないというにも関わらず、血が滾ってしょうがない……ッ!!」


 グッとグレンは体を前傾姿勢に。


「振り落されるなよ、ラルフ。『ヘキサ・アクセル』」

「……スカーレット・スティールッ!!」


 気力を前方に集中して壁を作り上げると同時に、後方に飛んだ――その瞬間、意識が揺さぶられるような衝撃を受けて、ラルフの体がゴミ屑のように吹っ飛んだ。


「つ……くそっ!」


 地面を転がったラルフは、ハンドスプリングの要領で大地を両手で押すと……空中で一回転して、両足から着地した。直撃を回避できたのはラルフの格闘センスと、今まで積み上げた努力と経験の賜物だろう。

 グレンが使用したのは腕力、脚力と全体をまんべんなく強化するアクセル系身体強化魔術……そして、以前のグレンが扱うことができなかった、第六階位強化『ヘキサ』。


 たった一階位上がっただけと侮るなかれ。もともと、身体強化魔術は素体となる術者の身体能力に乗算される形で、能力を強化する。

 つまり、極めて身体能力が優秀なグレンが一階位、魔術の強度を上げるだけで、発揮される能力はバカにならないレベルで跳ね上がるのだ。


 ――腕力は『ペンタ・ブースト』とそう変わりはない……問題は速度か!


 その速力たるや凄まじい……なにせ、あのグレンの巨体が残像を引きながら猛烈な速度で接近してくるのだから。

 これは、動体視力が極めて高いラルフだから視覚に捉えられているのであって……もしも、一般人が今のグレンを見ようとしたら、地面に次々と深く靴跡が穿たれている……としか映らないだろう。


「くぅッ!!」


 回避……否、その拳圧に巻き込まれて体勢を崩すだけだ。


 ――なら、受け流すまで!


 意識を極限まで集中。繰り出される拳打の軌跡を見切り、その側面にこちらから拳を当てて軌道を逸らす。

 その目論見自体は成功した……が、グレンの拳打の威力が余りにも高く、逸らしきれない。


「ぐ……ぅぅぅぅぅッ!!」


 グレンの腕に当てた己の拳を押しこみ、ラルフは自分の体を外に――グレンの真横に逃がす。グレンの真紅の眼光が、線を引いてラルフを捕えるよりも早く、ラルフが一歩大きく踏み込み、一打を放つ。

 しかし、これは鋭く返されたグレンの右腕に弾かれる。

 そして――


「カラミティア……フィストォォォォォォォォッ!!」

「いッ――――!? す、スティール!!」


 腕を顔の前でクロスして気力の壁を作った瞬間、グレンの魔力が爆発的に膨張した。

 まるで、巨大な化け物が身を起こしたように、尋常ではない魔力がグレンの拳に収束。そして、グレンはそのまま……その魔力の塊を解き放った。


 その様、まさに嵐の日の津波だ。


 人間の営みを一瞬にして壊滅させる大自然の暴虐――それと、何ら変わらない圧倒的な魔力物量がラルフに叩き付けられる。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 両足が地面を抉り、全身が猛スピードで後退してゆく。もしも、一瞬でも気を抜いてスカーレット・スティールが解除されようものなら、その瞬間、ラルフは魔力の塊にのまれて消し飛ぶことだろう。


「このまま……負けるか……ッ!!」


 上半身に力を込め、両腕を突き飛ばすように前へ押し込む。それと同時に、地面を削っていた足で、力の限りサイドステップを踏んだ。


 全身を投げ出すようにカラミティアフィストの射線上から脱出したラルフは、その場で二転、三転と転がり……背後で起こった大爆発で吹き飛ばされた。

 驚いて見てみれば、カラミティアフィストが背後の大岩に直撃し、これを木端微塵に吹き飛ばしたところであった。更に、周囲の木々もまた無残な姿になっている所から見て……やはりというか、壮絶な威力が込められていたのだろう。


 ――バーストブレイズインパクトなら打ち合えたんだろうけど……。


 さすがに、あれだけの魔力量に対し、ブレイズインパクトで対抗しようとは思えない。


 ――分かっていたことだけど……強い。


 月光を浴び、王者の威容を纏うグレンは、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりとラルフの方へと歩いてきている。ラルフは立ち上がると、再び拳を構えた。


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