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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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闇の中の暗殺者②

 ――なにッ!?


 ダガーに光が収束……現れたのは、ダガーの刃を基部とした光の刃。

 それにより刃渡りが変化し、射程が伸長――その刃先の軌道は、確実にラルフの肉を裂き、致命傷に至らせるモノだった。


 これこそ、シエルの神装<シュナーベル>だ。


 <シュナーベル>自体には明確な形がなく、光の粒子として存在しているのだが……この粒子が通常武器に収束することで光の刃と化す。そのため、武器の種類を選ばずどのような武器をあろうとも、神装として運用することが可能なのである。


 だが、シエルはこの<シュナーベル>を普通の状態では用いらず……奥の手として運用していたのだ。

 最初、シエルはラルフとのやり取りで『ダガー以外に神装を持っている』とラルフに思いこませた。更に戦いの中では一度も<シュナーベル>を発動せずに、通常状態のダガーを使い続けたのだ。これによって、少なくともラルフはダガーそれ自体には注意を払わなくなっただろう。

 それどころか、戦いの中で間合いを読み、ダガーの軌道を予測するようにすらなった。

 だからこそ……そこで<シュナーベル>の特性が活きる。

 シエルへの反撃を狙ってラルフが必要最小限の回避運動を取った瞬間、何の前触れもなく<シュナーベル>を発動。

 光の粒子がダガーの間合いを大きく広げることによって、必要最小限の回避運動しかとっていなかったラルフに刃が届く。ラルフのような見切りや読みが鋭い近接強者ほどハマりやすい奇襲だ。


 ――完全にやられた……ッ!!


 スローモーションの視界の中、確実にラルフの肉を裂く軌道で迫りくる光の刃。

 この一撃をもらえば、ラルフは確実に戦闘不能に陥るだろう……そうすれば、ミリアとラルフは調査団の元までひっとらえられることになる。

 その後、ミリアがどのような道をたどることになるのか……想像に難くはない。

 ならば――


「させるかぁぁぁぁぁッ!!」

「なっ……!」


 普段から無表情なシエルがその顔に驚愕を浮かべた。

 それはそうだろう。なぜならば……ラルフは自ら進んで刃に刺されに来たのだから。

 刃物が肉を裂くゾッとする感覚。痛みというよりも寒さが全身を駆け巡る。だが、ラルフはそれを、歯を食いしばって黙殺すると、全身全霊で拳を握り――渾身の拳打を放った。


「かふ……ッ!」


 ラルフの拳打を真っ向から浴びたシエルが盛大に吹き飛び、ラルフもまた大量に流血しながらその場に崩れ落ちた。

 双方、戦闘不能。

 激しく咳き込んで喀血しながら、シエルはラルフの方へと鋭い視線を向けてくる。


「まさか……相打ちを……狙ってくるなんて……」

「は……はは……避けれない、防げない……なら……ぶん殴った方が……良いでしょう。少なくともそうすれば……貴女に……ミリアを連れて行かれるのを防げる……」


 傷口を抑えながらラルフは言い、視線を横に向ける。そこには、まだ昏倒して倒れているミリアがいる。


「それに……俺には……ミリアがいます……から。怪我を負っても……」

「『再生』……っ!」


 そう、ミリアがいる以上、ラルフはいくら怪我を負っても再生によって治癒することができるのだ。だからこそ……あのタイミングでシエルを戦闘不能にする必要があった。


「といっても……まだ目が覚めてくれる様子はないですが……」


 ギシギシという重い音ともに炎に巻かれた木々が倒れ、崩れてゆく。

 ラルフは意地でもミリアを連れてここを脱出するが……動けないシエルはこの中に巻き込まれた以上、生きて帰ることはできないだろう。それは、シエルも分かっているのか……彼女はフッと笑みを浮かべ、全身から力を抜いた。


「私も……ここまで……ですか……。思えば……短い……人せ――」



「生憎ですが、私の生徒を人殺しにはさせませんから」



 第三者の声が響き渡ると同時に、周囲であれほど燃え盛っていた炎が――否、燃え盛っていた木々が丸ごと消滅した。その影響でラルフ達の立っていた場所は、開けた広場になってしまったほどだ。

 一体何が起こったのか……少なくとも、ラルフにもシエルにも分かりはしなかった。

 だが、それでもラルフはこれほどの絶技を行使しうる存在を知っている。何より……空より降ってきたその声を、ラルフは毎日のように聞いていた。

 木々が燃え尽きたことで空から月光が降り注ぎ、一段高くなっている岩の上に降臨したシルフェリスの姿を浮き彫りにする。

 桃色の髪に、小さな丸眼鏡を付けたその姿……身に纏っているのは、フェイムダルト神装学院で正式採用されている、各種防御能力に優れた教員用の制服だ。

 そう、彼女の名は――


「エミリー……先生……」


 ラルフには彼女が救いの女神に見えた。

 これで現状を打破できる……少なくとも、光明が見えたと思った。いつだって、どんな時だって、エミリー・ウォルビルはラルフ達の味方で……助力をしてくれた。

 だから――



「さぁ、ラルフ君。帰りますよ――ミリアさんをこちらに渡しなさい」



 一瞬、彼女が敵に回ったことを理解することができなかった。

 


「そ……んな……エミリー先生……」

「言いたいことは分かります。ラルフ君の考えていることも理解できます。けれど……今、ミリアさんを連れて逃げても、何の解決にならないことは、ラルフ君だって分かっているのではないですか?」


 ラルフがあえて考えないようにしていたことを、エミリーは単刀直入に突きつけてくる。


「これから、永遠に日陰の中で生活し続けるつもりですか? いえ……もっと正確に言えば貴方は国という単位を甘く見過ぎている。今は五国が連携する時代……例えどこに逃げたとしても見つかってしまうことでしょう。何より、逃亡をすればするほどに貴方とミリアさんの立場は悪くなる。貴方の先輩でもあるグレン・ロードならば、悪いようにはしないことでしょう」


 エミリーはそう言って、心配そうに眉を寄せ、手を差し伸ばしてくる。


「ラルフ君、貴方が負っているキズも酷い……早急な手当てが必要です。だから――」

「『悪いようにはしないことでしょう』――かもしれない、でミリアの命を危険に晒すことができるわけないじゃないですか。絶対に安心だという保証がどこにあるんですか……」


 だが、ラルフはその手を握らない。

 彼女がラルフやミリアのことを想って言っているのはよく分かっている。少なくとも……目の前の女性が、ラルフ達を陥れようとするような相手ではないことは、重々承知している。

 それでも。


「確かに、今回の騒動をミリアが意図的に起こしたのならば、その罪を償わせるべきだと、俺も思います。でも、ミリアは洗脳され、操られているだけなんだ……そこにこの子の意志は一片たりとも介在していない! なのに、それでも断頭台に頭を乗せろと、そういうんですか!」

「ラルフ君……落ち着きなさい。先生の話を――」

「確かにそれは証明できません! ハッキリとした証拠を提示することもできません! でも、だからこそ……世界中の誰もがミリアを悪だと断じている今だからこそ、俺がミリアの味方になってやらないといけないんだ!!」


 流血しながらも、ラルフは右の拳を握りこむ。

 ラルフの闘志に呼応して<フレイムハート>が灼熱の炎を右拳に灯らせる。

 それは、ラルフにとっての宣戦布告だ。

 『たとえ力づくになったとしても、貴女を倒しても押し通る』――鋭い闘気の秘められた瞳、燃え盛る真紅の炎が、何よりも雄弁にラルフの覚悟を語る。

 ラルフの決意を前にして、エミリーの顔が強張る。


「ラルフ君、私と戦うつもりなんですか……?」

「そこを退いてくれないのなら」

「それだけ深い傷を負っている状態で、私に敵うと……本気で思っているのですか?」

「勝ちますよ。勝たなければ、俺とミリアに明日はない」


 教師でありながら、同時に歴戦の冒険者であるエミリーですら、肌が粟立つほどに凄絶な覚悟を秘めてラルフは語る。

 この男……すでに完全に腹が据わっている。


「ラルフ君、聞きなさい。先生は君と戦うつもりはないんです。ただ――」

「エミリーさん、そこを退いて下さい。退かないなら……俺は貴女とでも戦います」

「ラルフ君……」


 エミリーが悲しげに眉を落とす。

 緊迫した沈黙が辺りに満ち満ちる。まさに一触即発……もしも、エミリーに少しでもアクションがあれば、ラルフは攻撃に乗り出すことだろう。

 だが……ラルフがエミリーを攻撃するよりも先に、彼女の背後に空から別の闖入者が降りてきた。その人物はポンッとエミリーの肩に手を置くと、首を横に振る。


「それが、この男にとっての譲れない一線なのだろうよ。万の言葉も、千の理屈も、この男を動かすには足りまい。教え子と戦う覚悟がないのなら下がっていてくれないか、エミリー女史」

「………………ッ!!」


 その人物の姿を見た瞬間、ラルフは頭上を見上げ……絶望的な気分になった。

 眼前のエミリーに集中しすぎたことと、血を失って意識が若干朦朧としていたことで、接近に気が付かなかったのだろう……空には百名近いシルフェリス達が待機していた。

 だが、空に舞う百人のシルフェリスよりも、なお圧倒的な存在感を放つ眼前の男こそが、ラルフにとって一番の脅威だった。


「グレン先輩……」

「こうして言葉を交わすのはリンクフェスティバル以来か。久しいな……ラルフ」


 ラルフの頼れる先輩にして、全世界をその双肩に背負う次代の若き英雄。そして……ミリアを断罪する権利を持つドミニオスの王――黒鎧王グレン・ロード。

 真紅の外套を風に揺らしながら、二人の男はこうして数か月ぶりに対峙することになったのであった……。


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