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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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郷愁の夢と現実

「こりゃまた、随分と派手にやらかしてきたな、ラルフ。今日は何人と喧嘩して来たんだ」

「…………四人」

「おお、いつもの二倍の人数か。大立ち回りだな」


 太陽がゆっくりと山の稜線へと沈み、茜色に照らされた村の様子が、何だか優しく映る時間帯。海に面した小さな漁村の入り口で、一組の父と子が向かい合っていた。

 泥まみれになった服に、スリ傷だらけの両手両足、ホコリだらけになってくすんだ赤髪、そして、目元に見事な青あざをこしらえた少年――ラルフ・ティファートは、苦笑交じりの父ゴルドの言葉から逃げるように、視線を地面に落とした。


 何かを必死に堪えるように唇を噛みしめるラルフの視線を追うようにゴルドは屈むと、ラルフと目線の高さを同じにして口を開く。


「何かあったか?」

「…………アイツら」


 そこで言葉を切り、ラルフは震える唇で息を吸うと、ため息とともに言葉を吐き出す。


「ミリアの事、寄ってたかって『お前は生まれてきちゃいけなかったんだ、この白髪化け物』って……だから、オレ……」

「カッとなってぶん殴ったか」


 途切れてしまった言葉に継ぎ足された父親の言に、ラルフは無言で頷いた。

 ラルフの住んでいる小さな漁村には学校など存在しない。子供が二人しかいないということも原因ではあるが……日々の生活を送るために必要なのは、文字の読み書きや数字の計算ではなく、魚をいかに多く捕るかの技術だからだと考えられていたからだ。

 ただ……冒険者という特殊な職業についているラルフの父親は、必要最低限の教養は絶対に自分のためになると主張。そこで、ラルフは幼馴染であるミリア・オルレットと共に、歩いて少ししたところにある隣村の日曜学校へ通うことになった。


 だが、そこで問題が発生した。


 ミリア・オルレットの白髪は不吉の象徴だ――誰が言いだしたのかは分からないが、そんな噂が囁かれるようになったのだ。

 子供は純粋すぎるがゆえに残酷だ。一度深くまで浸透してしまった噂は、根拠のない真実へと姿を変えてミリアに襲い掛かった。ミリアへの嫌がらせを先導していたのが、村で一番力を持つ商人の息子であったことも拍車をかけた。


 誰もこの嫌がらせを止めることができなかったし、止めようとも思わなかった――ラルフを除いて。

 毎日毎日、殴り合いの喧嘩をした。

 もちろん、日曜学校にいるほとんどの男子生徒が敵になっているのだ……多勢に無勢が常だった。二・三人を相手にする時はまだ少ない方で、多い時は五人以上を同時に敵に回した。当然のようにラルフは毎日のようにボコボコにやられ……そして、ミリアの手を繋いで、泣きながら村に帰ってきた。

 ラルフとミリアが、毎日のように泣きながら帰ってくる姿を見て、村の者達は「日曜学校に行かなくてもいいんじゃないか?」と、疑問を呈したが……それでも、ゴルドは頑なに首を縦に振ることはなかった。

 ただ……普段は冒険にばかり出ているゴルドだったが、この時期だけはずっと家にいて、ラルフとミリアが帰ってくるのを毎日のように出迎えてくれた。


「ねぇ、父ちゃん」

「なんだ、ラルフ?」

「俺……やっぱり強くなりたい」


 ごしごしと涙を拭いながら、ラルフはゴルドに向けてそう訴える。

 実はラルフ……以前にも、同じことをゴルドに訴えていた。

 『あいつらを殴り返してやりたい!』……その時、ラルフはゴルドに向けてそう咆えた。負けたのが悔しくて、悔しくて、煮えたぎるような屈辱がラルフのその言葉を言わせた。相手にも同じ屈辱を味あわせてやりたくて、しょうがなかったのだ。

 ラルフは、ゴルドが冒険者をしていることは知っていたし、とても強いことも知っていた。だからこそ……父親に師事すれば、強くなれると思っていたのだ。


 だが、ゴルドは頷いてくれなかった。


 なんで? とラルフが尋ねると、ゴルドは『このままじゃ、俺はお前に暴力を教えることになっちまうからな』と、優しい顔で言ったものだった。

 強くなることは、腕っぷしが強くなることとイコールなのだと……ラルフはそう思っていたから、ゴルドの言葉の意味が全然分からなかった。

 でも、今日は違った。


「俺……ミリアのこと、護ってやりたいんだ。もう、ミリアが泣いてるのに、何もしてやれないのは嫌なんだよ……」


 今日、ラルフが殴られ地面に倒れた時……彼を嘲笑う同級生の悪意から必死に護ってくれたのは、誰であろうミリア本人だった。

 『もう止めて……止めて……』と。誰よりも怯え、誰よりも震えているくせに、ラルフの前に立って、両手を広げて必死になって護ってくれた。もちろん、そんなミリアを同級生たちは囃し立て、悪意のない悪口を平然と浴びせかけた。


 それでも……ミリアは泣きながらも、ラルフを庇う事を止めなかった。

 だからこそ、地面に倒れたままのラルフは思ったのだ。

 護るために強くなりたいと。

 相手を叩き潰すために強くなるのではなく、己の弱さが原因で大切な人が泣くことが二度とないように、強くなりたいと。

 似ているようで……けれど、絶対的に異なる理由を聞いて、ゴルドが小さく笑った。


「ミリアを護ってやりてーか?」

「うん……」

「そっかそっか。うし、分かった。父ちゃんに任せておけ」

「…………?」


 なぜ以前は断ったのに、今度は頷いたのか……幼いラルフには分からなかった。ただ、今思い返しても、この時ゴルドはとても嬉しそうにしていたのを覚えている。

 まるで……ラルフが大切なことに気が付いたのを、喜んでいるかのように。


「俺、強くなれるかな……」

「もちろんだ。父ちゃんがお前を、滅茶苦茶スゲー奴にしてやる!」


 そう言って……ゴルドはニッと笑ったのだった。


 ――――――――――――――――――――――――――――


「…………夢か。随分と懐かしい夢を見たな」 


 罪過の森の奥深く……そこにある、大樹の洞で目を覚ましたラルフは、目を擦りながら大きく欠伸をした。すでに周囲は漆黒に覆われており、一寸先も見えない状態にある。

 空が見えないため、正確な時間は分からないが……フクロウの鳴き声が聞こえる所からして、夜なのだろう。

 ラルフが視線を横にずらすと、そこには丸くなって眠るミリアの姿がある。まるで、見知らぬ土地に来た猫のようなミリアの様子に、ラルフは思わず苦笑をした。

 そして、自身の頬を両手で張ると、しっかりと目を開ける。

 頭がある程度すっきりしている所からして、恐らく数時間は眠ることができただろう……あとは、見張りの時間だ。


「アルティア……気配はどうかな」

『うむ、つい先ほどまでその辺りをウロウロしていたようだが……終世獣に襲われたようで、退いたようだ』

「場所は割られてるのか……」


 寝ずの番をしてくれていたアルティアの言葉に、ラルフは思わず舌打ちしそうになりながら、荒っぽく頭を掻いた。

 ヴァイゼル・バルクニルが率いるビースティスの戦士達との戦闘後……罪過の森の中に逃げ込んだラルフとミリアだったが、すぐに捕捉されてしまった。

 まぁ、森の中での行動に慣れているビースティスがいる上に、探査系から攻撃系まで何でもござれな霊術師であるマナマリオスがいるのだ……当然といえば、当然だった。

 だが、補足されても相手から攻撃してくることはなかった。

 その大きな理由はミリアだろう。

 あれほどの強大な攻撃に、圧倒的な防御力を見せつけたのだ……大人数で襲い掛かったとしても、大規模霊術砲の反撃を喰らったら罪過の森ごと消し飛ばされかねない。


 そのため、相手も手を出しかねているのだろう。


 ラルフも可能な限り、相手の補足を振り切るように移動したのだが……完全に振り切ることはできなかった。そして、そうこうしている内に夜になってしまったのである。

 ただ、ここで予想外の出来事が起こった。

 ミリアを連れているラルフは、まったく終世獣から襲われないのである。例え遭遇したとしても、終世獣がミリアを認めた瞬間、アッサリと引いていくのだ。

 これに対して、ラルフ達を追跡している者達には、終世獣は容赦なく襲い掛かってゆく。寝込みを襲撃されていないのは、そこら辺も関係しているのだろう。


「結果的にとはいえ、まさか、終世獣に助けられるとはなぁ……」

『何とも皮肉だな』

「今のうちに移動しておこうか。朝になって視界が良くなら、即襲撃してくる可能性もあるし」

『うむ、それについては賛成なのだが……ラルフよ、この後、お前はどうするつもりなんだ?』

「…………今は、目の前のことが一杯一杯で、あんまり考えてない」

『そうか。だが、しっかりと考えておくのだぞ』

「分かってるよ」


 もしも、ここから無事に脱出できたとしても、ラルフは世界中でのお尋ね者になることだろう。それこそ、以前のような日の当たるところでの生活は望めなくなる。

 ミリアを連れて、日陰を生きていくことになるだろう。

 おまけに、レニスとの決着もつけなければならない……やることは山のように在る。


 ――どうしたもんかなぁ……。


 脳裏に、今も自分の帰りを待っているであろうティア・フローレスの姿が浮かぶ。逃亡生活になるからには、彼女とは遠く離れてしまうだろうが……それはつまり、彼女を裏切ることに等しくて。


「胃が痛い……」


 だからと言って、ミリアを見捨てることができるはずもない。

 ごちゃごちゃになりそうな思考を一度脇に置いて、ラルフは大きく深呼吸。ともかく、罪過の森を何とか無事に脱出することを第一に考えなければならないだろう。

 話はそれからだ。


「ミリア、ゆっくり寝ている所悪いけど、起きてくれないか」

「…………」


 ぼんやりとした表情のまま、ミリアが上体を起こす。ぼんやりしているのは、眠り足りないからなのか、それとも、もともとこうなのか……。


「大丈夫か? 疲れてないか?」

「…………」


 相変わらずの無言。

 ラルフは苦笑を浮かべると、ミリアの手を握って樹の洞から外に出る。

 暗闇に目が慣れているためか、何とか足元は分かるが……正直、視界は相当に悪い。ラルフはミリアが転ばないように、慎重に歩を進めてゆく。

 地図もコンパスもないが、空を飛べるアルティアが森の出口を目視してくれたおかげで、どの方角に向かって歩けば良いかは分かっている。

 ただ、追手を撒いてこの森を脱出しなければならないし、その出口に至るまでの食料も確保しなければならないしで、出口が分かっていても割と前途多難だ。

 幸い、水はいたる所に流れている小川で補給できるので、そこだけは助かったが……。


「直近の問題は食い物だよな……」


 未踏大陸ファンタズ・アル・シエルの植生はほとんど解明されていない。学院のサバイバル実習である程度の知識は持っているラルフだが、それでも、どれが食べていい植物なのか、見分けるのは難しい。


「ごめんな、ミリア。お腹減ってるだろ?」


 むしゃむしゃと美味しそうにハンバーガーを食べているミリアに向かって、ラルフは苦笑を向ける。自分はともかくとして、ミリアには何か食べさせておくべきだろう。

 昼夜を問わずに歩き続けなければならない時もあることを考えれば、少しでも食べ物を胃の中に収めておくべきだ――


「いやいやいやいやいやいやいや。え、ミリアさん何でハンバーガー食ってるの!? トマトにハンバーグパティ、ベーコンと卵とレタスに、タルティアソースって……それ、歓楽街アルカディアのサボテンハウスで売ってるデカ盛バーガーだよね!?」

「…………」


 ラルフの盛大な突っ込みにも答えることなく、もくもくとミリアはハンバーガーを食べ続けている。その姿を見ているラルフの腹が盛大に鳴る……ちなみにだが、ラルフも丸一日、何も食べていない。


「なぁ、アルティア……これ、何?」

『う、うむ、分から……いや、待て。もしかしたら、リュミエールの『創造』か?』

「特殊能力みたいなもの?」


 ラルフの言葉に、肩まで下りてきたアルティアが小さく頷いた。


『うむ、私の『不滅の真紅』と『勝利の黄金』と同じものだな。その名の通り、無から有を創造する強大な力であり、この世界の生命を生み出した力でもあるのだが……』


 すると、まるでアルティアの言葉を肯定するように、ハンバーガーを食べ終えたミリアの左手が輝き始める。その光は形を取り、そして……キュウリとなった。


「これを、俺に……?」

「…………」


 こくんと頷き、キュウリを差し出してくる。


「あの、ミリアさん。サッパリしてるのは大変結構なんですが、こう、もっと力が付くような脂っこくて、喰いごたえがあるものをですね――」

「…………」

「分かった! 食べる! 食べるから無言で光に戻そうとしないでくれ!? わぁーうめぇー! ほろ苦い水分がマジで体に沁みるわー!! 塩が欲しくなるわー!」


 ヤケクソである。


『ふむ、もしかしたら……ミリアの治癒能力は『再生』ではなく、その実、『創造』なのかもしれないな。『創造』で欠損部分を再度作り直していると考えれば、あるいは……』

「アルティアもキュウリ食べる?」

『いらん』


 素っ気なく断られ、ラルフは最後の一欠けらを口の中に押し込む。まぁ、栄養価の低いキュウリでも、食べてしまえば空腹感は誤魔化せる。


「さて、食糧問題が解決できたのなら、残るは……追手か」

『そうだな。何とか撒いてこの森を脱出できればいいのだがな』


 アルティアの呟きに、ラルフもまた頷いて答える。


「うん、ミリアがいる限り相手もそう手出ししてこないと思うけども――」


 と、ラルフがそこまで言った瞬間、ミリアがゆっくりと体を預けてきた。唐突なことに目を白黒させたラルフだが……小さく苦笑を浮かべる。


「なんだ、ミリア。眠くなったのか? なら、兄ちゃんがおぶって……」


 だが、その瞬間、ラルフは違和感に気が付いた。

 ミリアの体が完全に脱力しているのだ。眠くて寄りかかった……どころではなく、まるで、一瞬で意識を刈り取られてしまったかのような……。


「……ッ!!」


 ラルフの生存本能に根差した部分が、激しく警鐘を鳴らす。

 微かな気配すらも逃がさぬように、瞬時に意識を研ぎ澄ました……それとほぼ同時、風を切って『見えない何か』が穿たれたのを肌で感じた。


「くっ!」


 身を捩り、その反動を利用して蹴りを放つ。

 不安定な体勢から放たれた蹴撃は、けれど、確実に虚空を捕えて見えない何かを補足する。返ってくるのは明確な手応え……それはつまり、『そこに何かいる』という証明に他ならない。


「さすがはラルフ様。一気にケリをつけてしまいたかったのですが……ま、ミリア様を無力化できただけでも良しとしましょう」


 ぼんやりと、眼前の闇が揺らぐ。

 闇より出でたのは、なお深き黒。漆黒の髪と瞳と角を持ち、頭部にはホワイトブリムを装着、そしてメイド服を可憐に着こなしたドミニオスの女性……見覚えのある人物を前にして、ラルフは拳闘の構えを取りながら、呻き声を漏らす。


「シエルさん……」

「はい、そうです。マジカルパーフェクトメイドのシエルちゃんです。この度は、グレン様より密命を受け、貴方とミリア様を生け捕りに来ました」


 過去、アルベルトやラルフに力を貸してくれた、グレンの側近にしてメイドである女性――シエル。腰に下がっていた二本の肉厚なナイフ……否、戦闘用ダガーを両手でするりと抜き放つと、彼女は優雅に一礼。


「ラルフ様におかれましては、下手な抵抗は為されないことをお勧めいたします」


 シエルはそう言って、ラルフの前に立ち塞がったのであった……。


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