表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
267/292

逃走

 戦闘において、数は力そのものだ。

 例えばだが……その場にいる全ての人間の戦力が、等しいと仮定した上で考えてみよう。


 一対一の状況が、突然二対一になる……これだけでも、彼我の戦力差には大きな隔たりができる。相手が二人になったから、戦力が二倍になった……などと単純なものではないのだ。

 相手が二人になれば、その内の一人は自由に動き回ることができる。

 敵の背中に回りこんで死角から挟撃するもよし、二人同時に攻撃して手数の差で相手を圧倒するもよし……戦闘の中で取ることができる戦略の幅がぐんと上がる。多方面から攻撃に晒される方はたまったものではないだろう。


 数の差を覆そうと思ったら、相手の数倍の力量差を必要とするのだ。


 そして、これを踏まえたうえでラルフの現状を考えてみよう――現在、ビースティスの戦士二十名に対し、ラルフ一人だ。

 この時点で、個人の力量差でどうにかなる状況ではないというのが、分かってもらえるだろう。無論、神格稼働【フレイムハート・リミットブレイク】を使えば、この人数差でも圧倒することはできるだろうが……さすがに、人間相手に使う気にはなれない。

 おまけに、ラルフはミリアを護りながら戦わなければならない……完全に、八方塞だ。


「く……ッ! ミリア、しっかりつかまっていろ!!」


 故に、ラルフが逃走を選択したのは、至極当然のことであった。

 ラルフはミリアを小脇に抱えると、全力で地面を蹴って森の中へと突っ込んだ。足場の悪さに辟易しながらも、全速力でただひたすらに前へと突き進む。

 幸いにも、ラルフが対峙しているビースティスの戦士達は、霊術が使えなかったため、背中に霊術が飛んでくることはなかったものの……。


「くそっ、速い……!!」


 ビースティスの住まう大陸『ナイル』は緑深き地……当然のことながら、そこに住むビースティスの戦士達は、障害物の多い森の中での戦闘を十八番としている場合が多い。

 そして……武を司るバルクニル家が率いるピューレル血族もまた、例に漏れることなく、森林での戦闘に慣れ親しんでいた。


「……ッ!!」


 木々の間を縫い、背筋が寒くなるほどの精度をもって矢が飛翔してくる。ラルフは間一髪で矢を掴み止め、へし折ったが……危なかった。

 これだけ遮蔽物に溢れた森の中で――しかも、全力で走りながら――正確に飛び道具を当ててくるなど、尋常ではない。相当に修練を積んでいるのだろう。


「はっ! 逃がすかよ!」

「させるかっ!!」


 樹から樹へと飛び移り、斜め上方から大剣を持ったビースティスの戦士が襲い掛かってくる。ラルフもまた、樹を蹴って旋回……これを間一髪回避する。

 そして、旋回の勢いを利用した裏拳を相手に叩き込む。大剣を引き寄せてガードされたものの……拳と剣がぶつかり合う激音とともに、双方の距離が開く。

 だが、そのタイミングを見計らったかのように、矢が、投槍が、短剣が、凄まじい速度で飛んでくる。明らかに、ラルフの体勢が崩れるのを狙ったタイミング……敵ながら見事な連携だった。


「ぐっ……ッ!?」


 旋回、回避、迎撃。無数に飛んでくる矢と短剣は拳で叩き落とせたものの……その隙を縫って飛翔してきた投槍は回避できなかった。恐らく、短剣や矢はあくまでもブラフであり……この投槍が本命だったのだろう。

 ラルフの肩に槍が突き刺さり、貫通。そのまま、背後の樹に縫いとめられてしまう。


「さて、勝負あったか」


 ラルフが縫いとめられた樹を囲むように、ビースティスの戦士たちが集合する。

 肩から全身に流れ込んでくる激痛に顔をしかめながら、ラルフは槍を引き抜いて放り投げる。


 ――肩は……上がる。拳も握れる。まだ戦える。


 数多くの修羅場がラルフを成長させてきたのだろう……絶体絶命の状況であるにもかかわらず、ラルフの頭の中は驚くほど冷静に現状を分析し、最善の策を探っていた。

 そして、それは相手にも分かったのだろう……眼前に立った老人ヴァイゼル・バルクニルが、ラルフの顔を見てそっと目を細めた。


「死地の中にあって怯懦に溺れず、最善を持って己の信念を貫く道を模索するか。なるほど、ルディガーが敗北するのも止む無しかな」


 一歩、ヴァイゼルが前に出てくる。


「惜しい。ここでその芽を潰すのは実に惜しい。天性の気質とは磨けぬが故に、それそのものが天賦の才よ。この手で鍛えてみたかったものじゃが……しょうがあるまい」

「勝利宣言するには早すぎるんじゃないのか。俺はまだ負けてないぞ」

「言いよるわ」


 肩から激しく出血しながらも、拳闘の構えを取るラルフに、ヴァイゼルが笑みを浮かべる。

 ただ……ヴァイゼルが勝利宣言するのも当然と言えば当然であった。

 包囲され、傷を負ったラルフが、ここからヴァイゼルを含む合計二十名の精鋭達を全て倒せるなど……奇跡という言葉ですら生ぬるい結果であろう。

 ラルフ自身、そんなこと分かっている。

 分かっているが……それは、諦めていいということには直結しない。この背には護るべき者がいるのだ。諦めるということは、即ち、その者の死を意味する。

 眼前にいる相手に飛びかからんと、ラルフが己の内圧を高めた……その時だった。


「…………」

「み、ミリア?」


 ラルフが背にかばっていたミリアが、むっくりと立ち上がると、何気ない仕草で真っ直ぐにビースティスの戦士たちに手を向けた。

 この緊迫した状況の中で、その動作が余りにも自然な……そう、攻撃というにはあまりにも無防備すぎる動作であったため、誰もが呆気にとられた。

 だからこそ……それが致命的な隙となった。


「『アスガルド』」


 その瞬間、世界が分断された。

 ラルフと、ビースティスの戦士達――その間に目には見えない、けれど、絶対的な隔たりが出現したのである。まるで、それは次元を分割してしまったかのように。


「仕留めろ!」


 もっともはやくショックから立ち直ったヴァイゼルが、叫びながら、己もまた剣型の神装を手にラルフに向かって斬り掛かったが……その神装は硬質な音をたてて弾き返されてしまう。


『アスガルド――次元の断裂層を作り上げ、如何なる攻撃をも強制的に「終了させる」、絶対不貫の防御霊術……リュミエールが得意としていた霊術だが、ミリアも使えたのだな……』


 唖然としているラルフの頭の上で、アルティアがぼそりと呟く。

 そして、変化は終わらない。

 ミリアが真っ直ぐに向けた手を、そのまま空へ。その瞬間、天に巨大な純白の霊術陣が展開される。巨大でありながらも、美術品を想起させる精緻な紋様が描かれた霊術陣……それを、ラルフは過去に一度見たことがある。


「ジャッジメント・ディバイン・レイ……ッ!!」

「退避! 全員、全力で退避せよ!」


 まさか、手負いになったはずのミリアが、ここまで圧倒的な力を残しているとは思っていなかったのだろう……その力を目の当たりにしたヴァイゼルは、すぐさま撤退の指示を出す。

 退くべき時は退く……鮮やかなまでの判断だ。さすがは数多の戦場を駆け抜けた古強者、その判断は極めて合理的である。

 だが……。


『い、いかん! 今更人の足で撤退したところで、ジャッジメント・ディバイン・レイが発動すれば、須らく消し炭になるぞ!』


 そう、アルティアの言うとおり……相手が悪かった。

 もしも、ジャッジメント・ディバイン・レイが発動すれば、辺り一帯は瞬時に灰燼に帰すことであろう。天を裂き、地を割り、地形すらも変えてしまうリュミエールの固有霊術……そんなものが発動すれば、人の足でどれだけ逃げようとも無意味でしかない。


「み、ミリア! ダメだ、止めるんだ!」


 ラルフがミリアの両肩に手を置いて、必死に訴えるが……茫洋とした瞳のまま、ミリアはラルフの言葉を聞く様子がない。いや……聞こえてすらいないのかもしれない。


「人を殺せば殺すほど、戻れなくなってしまう! ミリアだって、誰かを殺したい訳じゃないんだろう!?」

「…………」


 ラルフが必死に訴える間も、天に瞬く純白の霊術陣はその輝きを強めてゆく。

 『アスガルド』で護られているラルフ達は大丈夫だろうが……もしも、ディバイン・ジャッジメント・レイが放たれれば、ここから少し離れた所にある調査団の者達も巻き添えを喰らうだろう。

 それどころか、罪過の森自体がこの世界から消滅してしまうことであろう。


「頼むミリア! これ以上、罪を重ねたくはな……痛っ!」


 力んだためだろう……肩に負った傷が疼き、ラルフは思わず顔をしかめた。

 だが、結果的にそれがミリアの行動を止めた。


「…………ぁ」


 ガラス玉のようなミリアの視線が、ラルフの方へ……正確には、血を流し続ける肩へと注がれる。意識が外れたためだろうか……空に輝いていた白の霊術陣はゆっくりとその輪郭を虚空に溶かし、消えてゆく。


「何とか……なった……?」


 今更になってドッと冷や汗が噴き出した。

 体から力を抜いて、大きくため息をついたラルフだったが……不意に、ミリアがゆるりとラルフの肩へと手を伸ばしているの視界にとらえた。


「ミリア?」

「…………」


 ミリアの右手が傷口にそっと触れる。ピリッと微かに痛んだものの……次の瞬間に、その痛みを上書きするように、暖かな感触が流れ込んできた。驚いて見てみれば、傷口に触れたミリアの手が、淡く輝いているではないか。


「再生……治療してくれるのか?」

「…………」


 相変わらず反応はない。だが……それでも、『再生』を施してくれているという事実を前にして、ラルフは少し胸の内が軽くなるような思いだった。


「ありがとな」


 肩を回して調子を確かめたラルフは、二カッと笑ってわしわしとミリアの頭を撫でる。彼女は為されるがままに頭をガックンガックンと両左右に揺らす……ちょっと怖い。


『ラルフよ、ミリアに戦う力が残っていると分かった以上、追撃隊を編成して追ってくるのはまず間違いない。すぐにここから離れた方が良い』

「うん、分かった。ミリア、少し抱き上げるけどいいか?」

「…………」

「ん、ちょっとゴメンな」


 返事がないのは分かっていたことだ。

 ラルフはヒョイッとミリアを小脇に抱えると、再び森の中へと駆けこんでゆくのであった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ