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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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スレイプニル

「ミリ……ア…………」


 かすれた声がラルフの口から零れ落ちる。

 視線の先、巨大な転送陣の上に出現したのは……この暗闇に満ちた森の中であっても、それ自体が光を放っているかのように美しい純白の体毛を纏った、ドラゴンであった。

 そして、このドラゴンこそ……ラルフがずっと探し求めていた、浮遊大陸エア・クリアで消息を絶ったミリア・オルレットその人であった。


「ど、どういうことだよ、アルティア! ミリアは神光のリュミエールの転生体で……なのに、何でこんな所に単独で……!?」

『わ、分からん! 分からんが、今は気を引き締めろラルフ! 少なくとも言えるのは、今、目の前にいるドラゴンは私達の敵だということだ!』


 アルティアの言葉を合図としたかのように、ミリアが大きく翼を広げる。

 次の瞬間、まるで空間を埋め尽くすように、一つ一つが上級霊術に匹敵する緻密さで描きこまれた大量の霊術陣が出現する。

 先ほど、護衛隊の者達が放った中級霊術の一斉掃射が、児戯に思えるほどに圧倒的な火力が胎動する。罪過の森に満ちる霊力が根こそぎミリアによって吸収され、霊術陣に注ぎ込まれてゆく。


「総員、障壁展開! 防衛線を形成している者達も、戦闘を放棄して急ぎ障壁の内側へ!」


 グレンの咆哮を聞き、この場にいた全員が障壁の内側へと逃げ込む。

 無論……それをただ見逃す終世獣達ではない。崩壊した防衛線に雪崩れ込むように、調査団を囲んでいた終世獣達が殺到する。


『あれは広域殲滅霊術……オーラ・ミルアドル・レイか! ラルフ、もっとも防壁の厚い地点に飛び込め! これなら人類の障壁強度でも何とか防げる!』

「お、おう!」


 全力で地を蹴ったラルフは、調査団が密集する地点に走り込むと、死にもの狂いでその中に飛び込んだ……その次の瞬間、罪過の森に沈殿する闇が一瞬にして消し飛んだ。

 網膜を焼く圧倒的な白。

 世界が一色に塗り替えられ、轟音というのも生ぬるい音の暴力が鼓膜を叩く。


「ぐ…………」


 激しい耳鳴りに顔をしかめながら、ラルフは回復した視界で周囲を確認し……そして、顔を引きつらせた。

 先ほどまで周囲は鬱蒼とした木々に囲まれていたはずだ。

 にもかかわらず……今、目の前にあるのは、無残にも粉砕された木々の破片が無秩序に散らばる荒野であった。少なくとも、見渡す限り似たような光景が延々と続いている……一体どれだけ広範囲に破壊をばら撒いたというのか。

 無論、先ほどまで群がっていた終世獣も巻き込まれて完全消滅している。


『まずいぞ、ラルフ』

「うん、まずいのはもう、これ以上ないほどに感じてる」


 ラルフは障壁を展開していた護衛隊の方を見ながら、そう呟く。

 先ほどのオーラ・ミルアドル・レイを何とか防ぐことができた障壁だが……ほぼ壊滅状態にあった。

 調査隊の者達も合同で展開し、計四百名近くが霊力を注ぎ込んだにもかかわらず……である。その中の、数人はミリアの攻撃の反動を受けて気を失っている者もいる。

 更に、畳み掛けるようにアルティアが口を開く。


『オーラ・ミルアドル・レイは広域殲滅霊術――効果範囲は尋常ではないものがあるが、威力そのものは抑えられている。それで、これだけの被害が出たのだ。もしも、ディバイン・ジャッジメント・レイのような強烈な霊術砲が来たら……いや、もう一度オーラ・ミルアドル・レイが来てもひとたまりもないぞ』

「く……」


 ラルフが絞り出すような声を出す。

 やはり、ラルフが神格稼働【フレイムハート・リミットブレイク】で、直接ミリアの相手をしなければならないのだろうか。

 眼前、ミリアは転送陣の上から一歩も動く様子はなく……そして、再度、同じオーラ・ミルアドル・レイの霊術陣を展開し始めた。人間を掃討するならこの程度で十分――まるで、そう言っているかのようである。

 分かってはいたが……人と大型終世獣の間には、これだけ絶望的な力の差があるのだ。


「しょうがない、こうなったら……!!」


 ラルフはそう言って【フレイムハート・リミットブレイク】を発動させようとして……その動きを止めた。必死に体勢を整えんとしていた調査団の中から、グレンが進み出たからだ。

 大型終世獣の前にその身一つで出ていくなど、自殺行為以外の何物でもない。

 あまりにも唐突なことに、誰もが言葉を失い、唖然とその後ろ姿を見送る。

 着々と霊力が充填されつつある霊術陣を展開するミリアの前に歩み出たグレンは、天高く右手を突き上げ、そして――


「第一射、撃て」


 右手をまっすぐに前へと振り下ろした。

 その一言によって引き起こされた現象を正しく理解できた者は、恐らく、グレンただ一人であったことだろう。

 音もなく、光もなく……本当に一切何の前触れもなく、ミリアの翼が消し飛んだのだ。


『…………ッ!!』


 悲痛な叫びを上げ、ミリアの体がよろめく。

 恐らく、この場にいては危険だと思ったのだろう……ミリアの背に広がった残り三枚の翼が大きく虚空を打ち、その体が瞬く間に空へと打ちあがる。

 そして……再び空を覆い尽くさんばかりの密度で展開される霊術陣。

 今度は本気なのだろう。霊術陣に充填される霊力が、以前に比べて格段に速い。

 だが……それでも、グレンに焦りの色は一切ない。


「射撃地点は未踏都市アルシェール上空に浮かべた浮島ラグーンなので、実際に目にすることはできないが……過去、ザイナリア・ソルヴィムが極秘裏に開発をしていた超々遠距離霊術砲『スレイプニル』の初お披露目なのだ。そう焦らず、もっと腹いっぱいになるまで喰らっていけ」


 この現象を引き起こしたのは、過去、グレンがザイナリアと交渉をするにあたって話題に上がった対大型終世獣用の兵器――それこそ、超々遠距離霊術砲『スレイプニル』であった。


「浮遊大陸エア・クリアから回収した『クローンインフィニティー』を射手に据え、限界まで圧縮させた霊力を、光の速さすら超えた弾丸として打ち出すのだ……例え大型終世獣であろうとも、避けることも耐えることもできまい」


 大型終世獣はほぼ例外なく圧倒的な霊術耐性を有している。

 これに対し『スレイプニル』のコンセプトは非常に簡素であり――「霊術耐性があるなら、それ以上に威力と速度で打ちぬいてしまえ」というものだった。

 そんな無茶苦茶な……と、普通ならば一蹴されてしまってもおかしくないのだが、これを可能にしたのが、同時進行していたプロジェクト『人造インフィニティー計画』であった。

 そう、無限に霊力を扱うことができるインフィニティー……クローンオルフィを射手に据えることで、この無茶苦茶な一撃を可能にすることができるのだ。

 つまり、この『スレイプニル』は、『人造インフィニティー計画』の副産物として生まれたプロジェクトなのである。

 まぁ、そのためには砲身に尋常ではない強度が求められる羽目になり……その結果、砲身を作るための稀少鉱石を手に入れるため、地下資源大国であるドミニオスから鉱石を輸入しなければならなくなったのだが。

 結局、この『スレイプニル』は完成の日の目を見ることなく、第Ⅶ終世獣ジャバウォックの襲撃により未完成のままプロジェクトは終了した……はずだった。

 ザイナリア以外にもこの兵器の有用性に目を付けた者がいたのだ……それが、若き英雄グレン・ロードである。

 ゲイルゴッド攻防戦終了後、彼は浮遊大陸エア・クリアに援助をする代わりに『スレイプニル』を引き受け、それと同時に射手である『クローンオルフィ』をも入手したのである。

 そして、グレンによって開発が引き継がれた対大型終世獣兵器が、今、その圧倒的な破壊力を発揮していた。


「第二、三、四、五射。一斉掃射」


 残りすべての翼が、そして、ミリアのわき腹が……大きく抉り抜かれる。

 血が風に巻かれて流れ、純白の美しい体毛が禍々しい紅に染まる。誰もが言葉もなくその光景を眺める中、グレンが小さく笑って口を開く。


「さぁ、これで仕舞いだ……第六射、撃て」


 まさにグレンの説明通り……人の目ではとらえられない速度まで加速された霊力弾が放たれる。そして――


「み……ミリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 恐ろしく呆気なく……ミリアの胴体に大穴があく。

 今や真紅に染まったその体が、ゆっくりと揺らぎ……森の向こう側へと消えて行ったのであった……。


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