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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十一章 罪過の森~純白の龍と約束~
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幕間 第Ⅸ終世獣イシュタル

『ふーむ。人間達が罪過の森に来たかー』


 未踏大陸ファンタズ・アル・シエルのちょうど中央にそびえる双天樹に背を預け、大地の創生獣レニスは呑気にそう呟いた。

 大地を司る創生獣レニス……彼にとって、大地とは自身の体の延長線上にあるものだ。その上を伝い歩いてくる者を察知できない道理はない。

 まぁ、罪過の森にある転送陣が人間に見つかってしまったという情報はすでに手にしている。遅かれ早かれ、人間達が大挙してやって来るであろうことは容易に想像がついた。


『人間……か』


 レニスはそう呟き、頭上を見上げる。

 天高く、それこそ空の全てを覆い尽くしてしまうのではないかと思えるほどに枝葉を広げる双天樹。その枝葉の隙間から木漏れ日がこぼれ、芝の上に光と影のまだら模様を落とす。

 柔らかい芝の感触を右手に感じながら、レニスは視線を前へ。

 そこには未だ、人の手が入っていない雄大な自然が存在している。眩しいほどの緑にあふれ、鳥たちが好き勝手に歌をさえずり、涼やかな音色を奏でながら清廉な水が大地を流れ、のんびりと雲が青い空の上を漂っている。


『あぁ……世界はこんなにも美しい。そう思わないかいー、バハムート』

『そうだな』


 レニスの言葉に頷くのは、すぐ傍で静かに控えていた巨大な漆黒のドラゴンだ。

 その名は第Ⅹ終世獣バハムート。『終焉』の名を冠する大型終世獣の最終ナンバー。

 全体的に鋭角なフォルムをしており、その色合いも相まって一目見ただけでは非常に攻撃的にすら見える。実質、その能力は極めて高く、今まで人類が戦ってきた大型終世獣が可愛らしく思えるほどの性能を誇る。

 だが……同時に、情緒についても他の終世獣とは一線を画しており、非常に理性的な性格をしている。こうして会話をすることができるほどに高度な知性を有する終世獣は、バハムートを含めて二体しかいない。

 レニスはぼんやりと目の前の光景を眺めながら、バハムートに語りかける。


『僕はさー。こうして世界のありのままの姿を……調和の上に成り立つこの世界を眺めるのが大好きでさー。全ての生命が、自身の全力を賭けて日々を生きているのを見ていると、愛おしさすら感じるのさー』


 レニスはそう言って、芝を撫でながら言葉を続ける。


『けれど、人間はその調和を致命的なレベルで乱すんだよねー。森が焼けたとか、川が干乾びたとか、そういうレベルじゃなくて、世界のサイクルそのものを壊してしまうのさー。生態系を一つ滅ぼすなんてザラだよー』

『ふむ』

『その存在は、この世界が患った病みたいなものさー。病気に罹ったら治すだろうー? それと同じさー。人間という存在がこの世界の病ならば、早々に駆除しなければならないわけさー。なのに……どうしてアルティア達は分かってくれないのかなー?』


 それは、レニスの愚痴だ。

 答えは知っている――人間も世界の一部であり、創生獣として手を出すべきではない。

 それが、アルティアの答えだ。知っていてなお、レニスは疑問として口に出さずにはいられないのである。

 正直に言えば、レニスはアルティアのことが割と気に入っている。

 謹厳実直、頑固一徹等々……なかなかに頭が固く、柔軟性に若干難ありの性格をしてはいるものの、アルティアは紛れもなくこの世界を愛している。

 にもかかわらず、レニスとは『人間』という一点において致命的に意見が食い違っており……こうして戦う羽目になっている。

 それが、レニスとしては悲しい。可能ならば、争いなどない方が良いのだ。

 ちなみに……アルティアはマーレを討滅しているのだが、レニスはその点に関しては全然気にしていない。どうせ、時間が経てば再び蘇るのだ……死んだわけではない。

 悠久の時を生きる存在であるレニスの時間の感覚など、とうの昔に摩耗している。喧嘩してるんだからしょうがない……程度の認識なのである。


『ふむ、だがレニスよ。ワシはアルティアという創生獣の言葉も少しは分かるぞ』

『……君が取り込んだ『娘』に関係しているのかいー、それ』


 レニスは怨めしげにバハムートを睨み付けると、彼は訳知り顔で頷いて見せる。


『そうだ。ワシは永遠の時間を無為に過ごす中で、この娘との会話によって心を救われた。人間もそう悪いものではない』

『バハムートまでそんなことを言うー。もー、とっとと罪過の森に行って、人間達を消し飛ばしてきなよー』

『それはできないと言っている。ワシは人間と対話しなければならない……この娘が目を覚ますまで、この場を動くつもりはない』


 そう、圧倒的な能力を有するバハムートが、なぜ人間を滅ぼしに行かないのかというと……レニスの命令を断固として拒否し続けているからである。

 バハムートを起動させるために、レニスはインフィニティーであるオルフィ・マクスウェルを喰わせたわけだが……どうも、彼女とバハムートの間には何らかの繋がりがあったようなのである。 

 その関係で、バハムートはオルフィに対してとても強い愛着を持っているようで、オルフィが今一番望むことをしてやりたいと、一歩もこの場を動こうとしない。

 もしも、バハムートがレニスの命令を聞いて動いていたのなら、今頃、人類は絶滅一歩手前まで追い込まれていたことだろう。ある意味、人類はオルフィのおかげで、首一枚で繋がっているようなものなのだ。

 レニスは頑ななバハムートの言葉を聞いて、大きくため息をついた。


『ぶっちゃけー、僕よりも君の方が強いからねー。腕づくでいうことを聞かせられたら楽なんだけどねー』

『もしも、そうできたとしても、汝はそれを望みはしないだろうに』

『見透かしたこと言うねー』


 目をつぶったまま呟くバハムートに、レニスは苦笑を浮かべて返す。


『んーどうしたものかなー。とりあえず、周辺にいる終世獣を罪過の森に集中させようかー。人間の強さがどのくらいのものなのか分かんないけど、とりあえず数で圧殺してみようー』


 そう言って、レニスは右手を地に当てて目をつぶる。

 次の瞬間、目に見えない波動が地面を伝い、放射状に広がってゆく。その波動は一切減衰することなく突き進み……そして、見えなくなる。

 これが、レニスが終世獣に指示を伝える方法である。本来ならば、もっとスマートな方法があるのだろうが……少なくとも、正規の創造主たるリュミエールではない身としては、叶わぬことである。


『さて、これでも人間が潰れない場合は……次の手を打つしかないねー』


 そういって、レニスは視線をバハムートとは逆の方へと向ける。

 そこには、バハムートとは真逆の外見をした純白のドラゴンが無言で佇んでいた。

 柔らかな体毛が風の戯れでふわふわと動く中……その体はピクリとも動かない。生物がいるというよりも、出来の良い人形がそこにあると言われた方がまだ信頼できるだろう。

 一切動かないドラゴンを見て、レニスは憐憫を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


『まぁ、その時は頼むよー。第Ⅸ終世獣イシュタル』


 第Ⅸ終世獣イシュタル――過去、ミリア・オルレットと呼ばれていた純白のドラゴンは、ただ静かに、その場にたたずむだけであった……。


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