編成
ただその場に現れた……それだけで、誰もが自然と視線をグレンに向ける。
高台に登ったグレンは、広場に集まった全員を見回すと、静かに口を開いた。
「我の招集に応じてくれた者達よ、まずは礼を言おう。そして、問おう――死ぬまで戦う覚悟はできているか?」
水を打ったように場が静まり返る。
異質な沈黙が場に満ちるにもかかわらず、グレンは朗々とした声で言葉を紡ぐ。
「我らはこれから敵の本拠地に限りなく近い場所へと乗り込むことになる。恐らく、終世獣と人類が接敵してから、初のこととなるだろう。故に、何が起こるか全く予想ができない。今から諸君らが赴く地は、安全からは最も掛け離れ、死に最も近い場所だ。心構えができていない者は、今すぐにこの場から去れ」
ラルフは反射的にチェリルの方を見ると……案の定、真っ青になってガタガタ震えていた。
「大丈夫か、チェリル?」
「だ、だだだ大丈夫じゃない……でも、ミリアさんのためだもん。頑張る……」
「……そっか」
ありがたい、そう思う。
危険を承知で死地に飛び込んできてくれる友人がいるということが、これほどまでに頼もしいとは思わなかった。
誰もがその場から動かなかったのを確認し、グレンは大きく頷いてみせる。
「諸君等の意志は見せてもらった。だが、歴戦の猛者である諸君等は重々知っての通り……本当の意志と覚悟は、生と死の瀬戸際において問われる。人類がいまだかつて遭遇したことのない絶望を前にしても、諸君等の足が後ろに下がらないことを切に願う」
まるで、この場に集まっている者達を挑発するような物言いに、場の空気が少しばかり上昇する。それを感じ取ったグレンは、むしろ、満足げな笑みを作って言葉を続ける。
「それでは、我の話はここまでにしておこう。今更、戦意を鼓舞されなければ、震えて歩けない、などということはないだろうからな」
――ここに一人いるんだけどね……。
チワワのようにぷるぷる震えているチェリルを横目で見ながら、ラルフは小さく苦笑する。
「それでは、これから編成に関する話を開始する。向かって右手に調査隊、向かって左手に護衛隊……各々、配属された部隊に従って集合して欲しい」
ざわざわと、ざわめきを残しながら移動を開始する集団を見ながら、ラルフはチェリルの方へと視線を落とす。
「それじゃ、俺はこれから護衛隊の集まりの方に行ってくる。チェリルは調査隊の方だよな? エミリー先生の後ろにしっかりついてくんだぞ」
「ら、ラルフもしっかりしなよ!」
「おう、分かってるよ。エミリー先生、チェリルをよろしく頼みます」
「ラルフ君も気を付けるのですよ。冒険者は荒くれ者が多いですから……」
心底心配そうなエミリーに頭を下げると、ラルフは小走りに集合場所へと向かう。
やはりマナマリオスは頭脳労働を担当するようで、その大半が調査隊に組み込まれているようだ。護衛隊は主にビースティス、シルフェリス、ドミニオスで構成されている。
そして、その中でただ一人のヒューマニスであるラルフは、何となく居心地の悪さを感じながらも、人の群れの中へと入ってゆく。
どうしてこんな所に学生が?――そんな視線をちらほらと受けながら、待つことしばし。
「待たせたな、諸君」
やってきたのは、グレン・ロードその人だった。
どうやら、護衛隊の隊長はグレン自身が担当するようだ。まぁ、当然と言えば当然の采配と言ったところか。
「さて、今回は各種族の猛者たちに集まってもらったわけだが……当然、フェイムダルト神装学院の全カリキュラムを修了している諸君等は分かっていると思うが、正直に言えば、この人数で探索に出るのは自殺行為に等しい」
「え゛」
ラルフの口から変な声が出たが、周囲の者達は特に動揺することなくグレンの言葉の続きを待っている。この場にいる全員は、一度は何らかの形で冒険者としてこの地を歩いたことのある者ばかりだ。その辺りの事情には詳しいのだろう。
「終世獣は人間を見つけると問答無用で襲撃を仕掛けてくる。しかも、際限なくだ。そのため、ファンタズ・アル・シエルを探索する際は、大人数での強行よりも、少人数での隠密が基本とされている。無論、その原則にのっとって今回の調査隊を少人数で行うことも考えられた……が」
そこでグレンは言葉を切ると、難しそうに眉を寄せて腕を組んだ。
「今回の件、大型終世獣が我々の調査を妨害するために出現する可能性が、極めて高い。そのため、相手に出方を知られるよりも先に、大人数で一気に調査を済ませてしまう、という方法を取らせてもらった。調査員を百名近く抱え込んでいるのがその証拠だ。そして、その調査員達を護るため、諸君等に集ってもらったわけだ」
グレンはそう言って、傍で控えていたドミニオスの女性達に目配せをする。彼女たちは手に持った大量の羊皮紙を参加者達に配り始める。
「調査員達が調査を行っている間、昼夜を問わず諸君等には戦ってもらう。実働は霊術を使えないビースティス、ドミニオスの二種族二百人で、数時間ごとにローテーションを組んである。詳細はその羊皮紙を見てもらえばわかるが、調査隊を護るように、ぐるりと布陣し――」
「ちょ、ちょっと待て!! ここに五百名いるのに、実働が二百ってのはどういう意味だ!?」
グレンの言葉を遮るように、シルフェリスの男――ジレッドが叫ぶ。
だが、彼が叫びたくなるのはもっともだ。何せ、グレンの話の通りだとジレッド達のシルフェリス部隊がここに集結している意味がないのだから。
霊術を使えるビースティス、マナマリオス達もジレッドと同じように困惑しているよう、納得いかない様子でグレンへと視線を送っている。
視線による圧力すら感じられる中にあって、グレンは平然とした様子で口を開く。
「待機だ」
何とも言えない沈黙の中、自身の感情を堪えるようにジレッドが目を細める。
「それは何か。シルフェリスなど信用ならないから待機していればいいと、そういうことか……?」
「むしろ、その方が幸運だったかもしれんぞ?」
威圧を多分に含んだジレッドの視線を受けながらも、グレンは淡い苦笑を浮かべるのみ。相変わらず、肝の据わり方が尋常ではない……グレンの器の大きさが知れるというものである。
グレンは自身に不信の視線を向ける者達を、ぐるりと見回すとスッと目を細めた。
「残り三百名……霊術を使えるものに関しては、大型終世獣が出現した場合に最前線に立ってもらうこととなる。具体的に言えば、大型終世獣が放つと思われる強力無比な霊術砲に対し、共同で障壁を展開……これを数分間、防いでもらう。諸君等が通常のローテーションに組み込まれていないのは、このいざという時に消耗されていては困るからだ」
ざわりと、ざわめきが辺り一帯を満たす。
それはそうだろう……多少の悪意を込めて意訳すれば、『殿を任せるから死ね』と言われているようなものだ。そんなこと、言われてすぐに許容できる者などいないだろう。
「少し質問をいいじゃろうか」
「なんだろうか、ピューレル血族族長……ヴァイゼル殿」
――うお、あの爺ちゃんもここに来ていたのか。
ヴァイゼル・バルクニル。
過去、アレット・クロフォードを巡る戦いで、桜都ナイン・テイルにてラルフとルディガーが戦う際に、見届け役としてその場に立ち会った老人である。
確か、武を司るピューレル血族の族長だったはず。そう考えれば、この場にいるのも頷ける。
「数分間、大型終世獣の霊術砲を防ぐと言ったが……防いでどうする? 撤退に成功しても、最悪、刺激した大型終世獣がそのまま南下し、ここアルシェールを襲撃する事態に発展する可能性も否定できん」
「確かにその通りだ。だからこそ、大型終世獣はその場で倒す」
再び、喧騒。
今度はそのざわめきが収まるのを待たず、グレンは言葉を続ける。
「対大型終世獣用の切り札を今回は用意している。ただ、これが起動するのに少し時間が掛かるのでな……その間の時間稼ぎをして欲しいのだ」
「その切り札とやらが、大型終世獣を倒せるという確証は?」
「ない。だが、これで通じなければ、どのみち人類は終わりだ。出現する大型終世獣は、その回数を重ねるごとに強力になっている……過去の大型終世獣ですら、世界中の神装者が総攻撃を仕掛けて、何とか倒せたような相手なのだからな」
気負いのない、けれど、誰もが視線を逸らしたくなるような事実をアッサリと言い放つグレン。誰からも反論の言葉がない時点で、それは明確だ。
ただ……暗くなりそうな雰囲気の中、ジレッドが一歩前に出る。
「しかし、その切り札が効かなかった時のために、アンタはもう一つ切り札を用意してるんじゃないのか?」
「もちろんだ。だが、そこは言葉を伏せさせてもらおう」
この場にいる人間の何割かの視線がラルフに向けられる。
グレンの用意した切り札が効かなかった場合――最後の保険として用意されたのが、恐らくはラルフということなのだろう。
だが、これはラルフにとっても悪い話ではない。
もともと、ラルフは全ての大型終世獣をその手で倒すつもりだったのだ……それを、グレン達が肩代わりしてくれるのならば、<フレイムハート・リミットブレイク>を使わずに済む。
意図したものではないのだろうが、この提案は双方に利があるのだ。
「さて、話が前後してしまったが今言ったことが今回の護衛隊の任務の全貌だ。待機を命じられた諸君は言いたいこともあるだろうが、最悪の事態を想定して体を休めて欲しい。それでは、次は布陣について説明するが――」
こうして、グレンが布陣について話を始める中、ラルフは頭の上にいるアルティアにそっと話しかける。
「なぁ、アルティア。相手に気が付かれないように罪過の森に近づくってグレン先輩は言ってるけど、どうだろう? レニスは俺達の接近に気が付くと思う?」
大地を司る創生獣にして、現在、未踏大陸ファンタズ・アル・シエルの中央にそびえる双天樹を占拠しているラルフ達の敵――レニス。何となく嫌な予感を覚えるラルフに同調するように、アルティアは肩まで下りてきて頭を振った。
『地の上を進む以上、レニスに気取られずに接近することは不可能だ。確実に何らかの攻撃を仕掛けてくると思っていいだろう』
「うぇ……」
アルティアの言葉を聞いて、ラルフはげんなりとした様子で眉をひそめた。
大型終世獣の襲来――その事実が極めて高い確率で待ち構えている。この事実をグレンに知らせるべきかと迷ったラルフではあるが……頭を振ってその考えを打ち消した。
この集会の最初にグレンが言っていた……死ぬまで戦う覚悟はできているか、と。つまり、グレンは大型終世獣が来ると、そう考えた上で行動しているのだ。今更報告したところで何も変わらないだろう。
「せめて、無事に終わればいいけれど……」
こうして、夕暮れまで編成と布陣そして行軍について説明が行われ、その後、解散となった。その日は用意された豪華な宿に宿泊し……そして、その翌日、一団は罪過の森に向けて出発したのであった。