広場にて
「ほんとだ、四種族が集まってる」
中央に噴水が据えられた大きめの広場には、ヒューマニスを除いた各種族の参加者達がひしめき合っていた。今回の過酷な調査隊に選抜されただけあって、ここにいる全員が猛者なのだろう……ピリピリと肌を刺すような緊張感が漂っている。
「チェリル、マナマリオスの集まりに行ってくる?」
「……ボクは、ラルフと一緒で良い」
こそこそとラルフの背中に回り込んだチェリルが、ボソッと呟く。学院で起きた様々な出来事を経て成長を遂げたチェリルだが、人見知りは相変わらず改善されていないようだ。
出来る限り目立たないように広場に隅に陣取ったラルフとチェリルは、ホッと吐息を付く。
「確か、出発は明日だったよな」
「そだね。今日はグレン・ロードによる発起式と、編成の発表が終わったら、各自割り当てられた宿で休息を取って、明日、出発になるはず」
「ふむふむ……む?」
チェリルと一緒に本日の予定を確認していたラルフは、不意に視線を感じて首を回す。
気配の先は――シルフェリス達が固まっている地点だった。
「あの鎧……第一近衛か」
シルフェリスの近衛隊にあって実力・品格・忠誠心が特に優れた者達だけが所属することができる部隊――第一近衛。本来ならば、女王の身辺警護を任されているはずの彼らが、この広場の一角に陣取っていた。
彼等はラルフ達の方を見ながら、盛んに何かを話し合っているようだ。
――まぁ、当然と言えば当然かな。
ラルフにとって、シルフェリスの大陸エア・クリア――そして、その首都であるクラフトとは、色々と因縁がある。その中で近衛とぶつかったことも一度や二度ではない。
オマケに、一度はティアを護るためとはいえ、第二近衛を半殺しにした上、貴族の息子であるドミニクをボッコボコにしたのだ。目を付けられるのも当然と言えば当然だった。
ラルフは自然な動きで、チェリルを第一近衛の者達の視線から遮り、牽制するように視線を返す。すると……第一近衛の者達の中から、一人の男が歩いてくるのが見えた。
――見覚えがある。確か、名前は……。
『ジレッド・エシュロットと言ったか、あの男』
ラルフの頭の上で、アルティアがぼそりとそう呟いた。
そう、エクセナと一緒に首都クラフトのど真ん中で戦うことになった第一近衛の一人だ。巨大なバトルハンマー型神装を軽々と振り回し、ラルフを窮地に陥れたのは記憶に新しい。
「…………」
「よう、久しぶりだな、少年に嬢ちゃん。まぁ、そう身構えんなよ。別に危害を加えようとは思っちゃいねえから」
「第一近衛が俺に何の用だよ。報復にでも来たのか」
剣呑な雰囲気を纏うラルフに対し、ジレッドは軽く肩をすくめてみせる。
「あぁ、俺を含めたここにいる奴らは、全員、近衛を辞めている。エア・クリアとは完全に無関係だから、気にするな」
「は……?」
呆気なく放たれた言葉に、ラルフはポカンと口を開いた。
シルフェリスの第一近衛と言えば、実利と栄誉の両方が一度に手に入る武官の最高峰だ。それを自分から辞めるなど、そうそう考えられない。
ラルフの懐疑の視線を一身に受けながらも、ジレッドは笑う。
「第一近衛が忠誠を誓うのは、国ではなく女王オルフィ・マクスウェル陛下ただ一人だ。その女王を護れなかった俺達に、第一近衛を名乗る資格はない。斯くなる上は、女王の命を奪った終世獣をこの身命を賭して滅ぼすのみ……ってな」
「……そうか」
想像を絶する忠誠心と覚悟に、ラルフはそれしか言えなかった。ただ……それを聞いてもまだ完全には警戒を解くことはできない。
体の重心を前方に傾け、最悪の状況を想定して待機しているラルフに対し、ジレッドは己の肩を軽く回しながら口を開いた。
「少年、ちょっと聞きたいんだがな」
ジレッドはそう前置きして、親指でシルフェリス達の集団を指してみせる。
「あの中に、対大型終世獣の戦略級霊術部隊に配備され、何とか生き残った奴がいるんだがな? そいつが、『あそこにいる学生が、大型終世獣を倒した噂のヒューマニスだ! 俺はこの目で見たんだ!』って騒いでいてな。ちと、真偽を確かめに来たんだわ」
「じゃあ、その人に伝えてくれ……よくも俺ごと大型終世獣にギンヌンガガプを撃ってくれたな。危うく死ぬところだった、と」
ラルフの言葉を聞いたジレッドは、軽く口笛を吹いて仲間たちの方へと手を振ってみせた。
ラルフとジレッドの会話を静かに見守っていたシルフェリス達は、ジレッドの合図を見て、にわかにざわつき始めた。
「正直言えば信じられないが……よく考えりゃ、学生の身分で、お前がこの調査隊に呼ばれているという事実が、何よりの証拠だな。カエルの子はカエルとは言うが……英雄の子は、英雄って事なんかね」
ジレッドの言葉に、ラルフは首を振ってこたえる。
「別に英雄になりたい訳じゃない。ただ、俺は俺の大切な人には笑顔でいて欲しいから、戦っただけだ」
「それを、女王陛下を護れなかった俺の前で言うか……」
軽く顔を引きつらせてジレッドがため息をつく。
と……その時、一人の女性が、強引にラルフとジレッドの間に体を割り込ませた。
ふわりと目の前で桃色の髪を見て、その人物が誰なのか、ラルフはすぐに分かった。ただ、あまりにも予想外の人物だったので、一瞬言葉を失ってしまった。
「私の生徒に何の用でしょうか、第一近衛」
「別に危害は加えてねーし、加えるつもりもないっての。どうしてどいつもこいつも喧嘩腰なんだよ」
「そのセリフ、今までの近衛の行いを省みてから言ってください」
人差し指でメガネを押し上げながら、ジレッドを威圧するのはラルフ達の担当教員……エミリー・ウォルビルだった。心胆寒からしめる気迫を受け、ジレッドは軽く頭を振って背を向ける。
「怖い怖い保護者が来たことだし、俺は退散することにしよう。そいじゃーな、少年」
ジレッドはそういうと、呆気ないほど簡単に身をひるがえして去って行った。相変わらず、さばさばとした男である。
鍛えられたジレッドの背中を見送ると、エミリーはクルっとラルフとチェリルの方に向き直り……額を抑えて大きくため息をついた。
「チェリルさんはともかく、ラルフ君まで召集されていたなんて……召集の件、先生に隠していましたね、ラルフ君。休学届が来た時は何事かと思いましたが……」
「う゛……」
『エミリー女史、あまりラルフを責めないでやってくれ。ラルフも周囲にあまり心配を掛けたくないという一心なのだ』
「それでも、です」
ジト目のエミリーに対して、ラルフの頭上でアルティアがフォローを入れる。
実はラルフ、今回の召集の件は周囲に隠してここまで来ていたりする。実はこれ、アルティアと一緒に決めたことだったりする。
最近、大型終世獣関連の出来事で注目を集めたばかりのラルフとしては、これ以上、噂になることは控えたかったのである。そのため、ごく身近な人以外には、今回の召集の件は伏せることにしたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁん、エミリー先生、怖かったよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「はいはい、チェリルさんは甘えん坊さんですね」
ポフッと抱きついたチェリルをあやしながら、エミリーはラルフをまっすぐに見つめてくる。ラルフは誤魔化すように頭を掻いていたが……観念してガックリと両肩を落とした。
「その……すみませんでした、先生」
「はい、よろしい」
頭が上がらないとはこのことを言うのだろう……入学してからずっと世話になりっぱなしの身としては言い逃れなどできない。
『こんなことなら、エミリー先生には一言言っておけばよかったなー』などと、ラルフは内心で反省しながらも、疑問を口にする。
「ところで、エミリー先生がここにいる理由は……まさか、俺達を連れ戻しに来たんですか?」
「本当なら、そうしたいところなんですけどね」
ジトッとした視線を向けられ、自身の言葉が藪蛇だったことを悟ったラルフだったが……エミリーは小さく嘆息して、笑みを浮かべる。どうやら、見逃してもらえるようだ。
「私も調査員として召集されたんですよ。これでも一応、多数の論文を発表してる身ですからね……全部、ゴルド先輩から一方的に投げられたものばかりですけど」
最後の部分は、妙に私怨混じりだったような気がしたが、ラルフはあえて聞き流すことにした。ただ、エミリーのセリフを聞いて、ラルフはこの場に父であるゴルドがいないことに気が付いた。
フェリオのように責任ある立場だったら無理だろうが……少なくとも、フリーのS級冒険者であるゴルドが招集されていないのは違和感がある。
「先生、そう言えば親父は今回の調査隊に召集されていないんですか?」
「先輩は今、ちょうど船に乗ってビースティスの大陸から帰ってきている途中で、今回の調査隊には間に合わなかったんですよ」
「そうだったのか……間が悪いなぁ、親父」
正直に言えば父であるゴルドがいるだけで、メンタル的にも戦力的にも安心できたのだが……ラルフの男のプライドがそれを口に出すことだけは許さなかった。
そうしてエミリーと会話をしていると、不意に、広場の会話がピタリと無くなったことに気が付いた。一体何が起こったのかと……ラルフは周囲を見回し、そして、すぐにその原因に気が付いた。
広場の一段高くなっている所に、真紅の外套を纏った一人の男が姿を現したのだ。
紫紺の髪に、鮮血を思わせる瞳を持つドミニオスの王――黒鎧王グレン・ロード。
彼の二つ名となっている『黒鎧王』……それはドミニオスの王座を賭け、彼がレッカ・ロードと戦った際、その全身を包み込んだ莫大な漆黒の魔力が、まるで鎧のように見えたことから、畏怖と敬意を込めて名付けられたと言われている。
普通、魔力量が全種族の中で最も多いと言われているドミニオスだが……それでも可視化するほどに莫大な魔力を有しているという時点で、色々とおかしい。ラルフは痛いほどに良く知っているが、その魔力を霊術として攻撃に転化できるグレンは、本当に規格外の存在なのだ。