プロローグ――記憶の底にあるモノ
今回で第11章となりますが、次章の12章と合わせて2つで最終章のような形式となります。そのため、11章、12章を単体で見ると短めになるかもしれません。
世界は悪意に満ちている。
人は平然と人を傷つけるし、己の欲望のためならば他者の不利益を簡単に容認してしまえる。そして、他人の不幸を見て、善人面して同情しながらも、心の中ではほくそ笑んでいるのだ。
私がそれに気がついたのは、幼い頃だった。
白髪お化け――そう呼ばれて、周囲の子供達から迫害されていた頃だ。私の髪をつかんで引っ張って、大声で怒鳴りつける男の子達は本当に楽しそうで……幼いながらに、人は本当に怖い生き物なのだと、強く思った。
当時の私は気が弱く、そんな男の子達の意地悪に泣きじゃくるしかなかった。そして、それが余計に面白かったのだろう……男の子達は私が泣くのを見て、いじめを加速させた。
本当に辛かった。
止めてと行っても止めてくれなくて、心と体の痛みは、幼い私には耐えきれないほどだった。それでも、結果的に耐えられたのは……そんな中でも私の味方になってくれる人がいたから。
「ミリアをいじめるなッ!!」
叫びながら教室に入ってきた、赤毛の男の子。
彼は全速力で突っ込んでくると、思いっきり拳を握りしめて、私の髪を握っていた男の子の顔を殴りつけた。火がついたように泣きわめく男子に、鋭く一瞥を送った赤毛の男の子は、大きく両手を広げて彼らの前に立ちふさがった。
「文句があるならかかって来いよ!」
小さな体に、威勢の良い啖呵。顔や足や腕の至る所に絆創膏が張ってあり、それが全て、私を護って他の子供達と喧嘩してできたものだと、よく知っている。
ラルフ・ティファート……私が兄と慕う、赤毛の男の子。
いつだって私がいじめられていると、風のようにやってきては護ってくれた小さなナイト様。
教室の男の子達が口々に威勢の良い言葉を吐く中、それでも兄さんは一歩も引かずに拳を固めて構えを取る。
私はそんな兄さんの背中を、ずっと見てきた。
小さい体の小さな背中。
けれど私には、その背中がとてもとても大きいものに見えていた。
まるで、大樹の下で護られているかのように強い安心感を覚える。この人がやってきてくれたなら大丈夫だと、そんな風に思えた。
ただ、現実は厳しく……大体の場合は、兄さん一人に対して四、五人がかりで襲いかかってくるので、ボコボコに殴られてしまう。そのため、兄さんの生傷はいつも絶えなかった。
「何でいつも助けてくれるの? 痛くないの?」と、兄さんに聞いたことがある。そう聞くと兄さんは決まって不思議そうに首を傾げてこう言うのだ。
「ミリアは俺の妹だろ? 兄ちゃんが妹守るのは当たり前だろ」
兄さんが余りにも当然のように言うものだから、幼い頃の私は、兄というのはそういう存在なんだと、納得してしまった。
それから時が経って、私は大きくなり、そして、強くなった。
今では、兄貴風を吹かせていた兄さんを、正座させて叱りつけるようになったほどだ。何だか立場が逆転しているような気がするけど、気にしたら負けだと思う。
ただ……それでも、私が危なくなると、いつだって兄さんは護ってくれる。
その時は、やっぱりあの大きな背中が目の前にあって。その背中を前にしたら、どうしようもなく安堵してしまうことも変わらなくて。
きっとそれは、これからも変わらないのだろうなと……私はそんなことを思う。
例え、私と貴方が殺し合うような関係になったとしても。