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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十章 君の手を握って、離さないように~欲望の心~
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一つの終わり

 絶句とするアルベルトの視線の先、荒っぽい方法でセシリアの胸から手を引き抜いたイスファは、彼女が倒れ伏すことなど眼中に入れることなく、血塗れになった己の手に視線を落とした。

 そこには、セシリアから摘出した心臓が握られている……いや、心臓というには、それはあまりにも無機的なものであった。

 よくよく見てみれば、それはルビーを思わせる深紅の輝きを秘めた、真円形の鉱石のような物体だと気が付くことができるだろう。


「おぉぉ……やはり、苗床用に調整した個体からは安定したモノが採取できたか。ふむ、まだまだ試行錯誤は必要じゃが、『目的』を果たすためにはこのぐらいで良いか」

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁ……」


 倒れ伏したセシリアを、顔面蒼白で抱き上げるアルベルトへ顔を向けることなく、イスファはラルフに向けて己の手の中にある物を示して見せる。


「見てみたまえ、ラルフ君、アルティア君。これこそが最強の神装……その、雛形ともいえる代物<ディザイアハート>じゃよ。どうじゃ、美しいじゃ――」


 だが、イスファの言葉が全て言い終えるより早く……地を蹴って近接したラルフの拳打が、凄まじい勢いで炸裂した。真紅ではなく、憎悪の漆黒に塗り替えられた灼熱が、イスファが展開した障壁と相克する。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「なかなかに心地よい憎悪じゃのぅ。ただ、ラルフ君……この程度でいちいち激怒していては、身が持たぬぞ?」

「精神の創生獣とほざきながら、貴様はッ!!」


 ラルフはイスファの非道な行いに対して吼えるが……その咆哮は、やはり届くことはない。


「君は食べ終えた果実の皮を大切に取っておくかの? 捨てるだろう。それと同じことじゃ。何度も言うように、セシリア・ベルリ・グラハンエルクは<ディザイアハート>を作るためだけに生み出された肉の苗床。もともと、人ではないのじゃよ」

「意志があって、感情があって、泣いて、笑って、誰かに想いを寄せることができるセシリア先輩は、立派な人間だッ!! それ以外の、なんだっていうんだッ!!」

「やれやれ、相変わらず平行線じゃのぅ」


 イスファはそう言って、<ディザイアハート>をラルフの前に掲げた――その瞬間。


「ぐあっ!?」


 何の前触れもなくラルフの体が猛烈な勢いで背後に吹っ飛び、霊術の詠唱をしていたチェリルを巻き込んで倒れ伏した。


『ラルフ、しっかりしろ!』

「ぐ……大丈夫だ。チェリルも大丈夫か?」

「う、うん~。目は回ってるけど~」


 ぐるぐると分かりやすく目を回しているチェリルを脇に避け、ラルフは拳を握りしめて拳闘の型を取る。恐らく、先ほどの不可視の一撃は<ディザイアハート>による一撃だったのだろうが……あの神装の能力は完全に未知数だ。

 警戒心と闘志をマックスまで引き上げるラルフだったが、対するイスファは逆に<ディザイアハート>を懐に収めた。


「さて、目的は達した。先ほどのチェリル君の霊術で人払いの結界が破壊されてしまったからの。そろそろ異変を察した教員達が来るころじゃろう。ワシは引き上げさせてもらうよ」

「逃がすか!」

「逃がしてもらうとも」


 二言目は要らない。

 軽く身を屈め、疾走のタメを作ったのは一瞬だけ。

 瞬時にトップスピードに乗ったラルフは、イスファの顔面目がけて拳打を振る……が、その拳が穿ったのは虚空であった。


「なに!?」


 驚いて振り返れば、うっすらと輪郭が曖昧になったイスファの姿があった。まるで、今まで立っていた老人は、幻であったと言わんばかりに。


「ではの、ラルフ君。アルティア君。ワシの目的を果たす時、再び会い見えることもあるじゃろうて。それまで……しばしのお別れじゃ」


 イスファはそう言い捨てると、フッと……その場から完全に消えてしまった。

 幻影の霊術なのか、それとも、転送系の霊術なのか……仕組みはよく分からないが、なんにせよ逃げられてしまったのは確かなようだ。


「くっそ、逃がした……」

『第七の創生獣か……また、厄介な手合いが現れたな』


 ラルフの頭の上では、アルティアが大きくため息をついている。

 確かに厄介な相手であることは確かなのだが……それよりも、その一切不純物のない邪悪さが何よりも不気味だ。あの手の輩は、己の行動を正義と信じて疑わず、迷わない。

 他者を巻き込んでの盲信的な前進というのは、暴走となんら変わらない。


「あ、そ、それよりもアルベルト先ぱ――」


 急いで振り返ったラルフは……けれど、そこで言葉を切ってしまった。

 アルベルトの腕の中――セシリアの体が、端の方からゆっくりと色を失い、灰のように砕け散り始めたからだ。それは、人としてありえない最期であり……同時に、『セシリアは普通の人ではない』と言っていたイスファの言葉を肯定する何よりの証明でもあった。


「せ、セシリー……僕は……僕は……」

「アル……」


 ボロボロと涙をこぼす満身創痍の剣士に、セシリアは淡く微笑みかける。その瞳には理知的な光が宿っており、彼女が正気を取り戻したのだと分かった。


「こんなに……傷だらけになって。また、私のせいで怪我、しちゃったのね」

「君のせいなんかじゃない!!」


 涙を振り切るように叫ぶアルベルト。

 一言一言……セシリアが言葉を紡ぐ毎に、パキッという乾いた音が鳴り響き、腕が、足が、崩れて灰となってゆく。アルベルトも彼女が長くないと理解しているのだろう……己の無力さを呪うように、歯を喰いしめて俯いている。


「ねぇ、アル……最期に、一つだけお願いしていい?」

「……なに?」


 アルベルトが問い返すと、セシリアは今まで見たことなの無いような柔らかな笑顔を浮かべた。いや……もしかすると、これが何のしがらみもないセシリアの本来の笑顔なのかもしれない。


「私を……忘れて」

「え……?」

「貴方は優しいから……私が死んだら、前に進めなくなってしまう。だから……私のことは忘れて……違う誰かと幸せになって……お願い」

「嫌だ……」

「アル……ね……? お願い……」

「嫌だッ!!」


 大粒の涙を次から次へと流しながら、アルベルトは血を吐くように叫ぶ。

 まるで、聞き分けのない子供のように首を振るアルベルトに、セシリアはただただ慈しむような微笑を向ける。


「……きっと、それは辛いよ……?」

「僕にとって……忘れる方がもっと辛い……」

「…………そっか」


 セシリアはそういうと、ほぅ、と吐息を付いて空を見上げた。


「とても……辛い人生だったけど……最期の最期に……アルに看取られて逝ける……。それだけは……救いだったな……」


 セシリアはそう言って、アルベルトに微笑みかけた。



「ごめんね、アル……意地なんて張らずに、もっと……一緒に――」



「セシ――」


 バキリと、致命的な音とともに彼女の全身にヒビが広がり――声を出す間もなく、その体が完全に色を失って砕け散った。


「あ、あ、あ……」


 アルベルトの両腕からボロボロと、『セシリアだったモノ』がこぼれてゆく。アルベルトは必死にそれをかき集めようとするが……突如として吹き抜けた風が、灰を空高くへと舞い上げてゆく。


「…………」


 両手を地面に付き、声もなく身を震わせていたアルベルトは、両の手に灰を思いっきりつかむと、まるで天に向かって挑みかかるように顔を上げ、そして――


「―――――――――――――――――――ッ!!」


 咆哮。

 己の弱さを、世界の不条理を、行き場のない感情を、全てを呪うようにただただ吼える。

 ラルフとチェリルは、一人慟哭し続けるアルベルトの傍で、静かに俯くことしかできなかった……。



 こうして、イスファ・ベルリ・グラハンエルクの謀反はひとまずの終わりを見せる。

 表の歴史には、今後、彼の姿は一度として現れることはなく、結局、なぜこのようなことをしたのか、永遠の謎とされるのであった……。


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