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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十章 君の手を握って、離さないように~欲望の心~
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引き継がれてゆくもの

「ボクは……消えるの?」


 チェリルの口をついて出た言葉は、エクセナにとってあまりにも予想外な質問だったのだろう。常に余裕綽々な彼女にしては珍しく、キョトンと首を傾げ……そして、笑みを深めた。


『なんだい、そんなことを気にしていたのか。チェリル、もうすこし論理的に考えてもみたまえ。ボクと君の神装が異なるということは、魂もまた別物だということに他ならない。君とボクは同一人物であり、同時に別人だ。まぁ、一種の二律背反といった所かな?』


 そう言って、エクセナは小さな手を拳の形に固めると、トンッとチェリルの胸を突いた。


『君が歩んできた道のりは、君だけのものだ。それは同時に、ボクの歩んできた道もまた、誰のものでもないボクだけのものだ。それを誇りたまえよ』


 エクセナの持つ神装は<イルターニア>、チェリルの持つ神装は<ルヴェニ>……共に、形状も、特殊能力も、性能も、まったく異なる神装だ。それは、二人の魂が別物だということを如実に証明している。

 チェリル・ミオ・レインフィールドという人間は、確実にここに存在しているのだ。


『それに……だ。どちらかと言えば、この世界から退場するべきはボクの方だ』

「え……な、なんで……」

『簡単なことさ。君が生まれた瞬間、事実上、ボクは一度死んでいる。ボクはね、亡霊なのさ』


 言い辛い事実を軽々と言って、エクセナは肩をすくめる。


『だからこそ、この先は君の道だ。君が育んだ絆をその胸に、護るべき大切な友人達のために、まっすぐに歩いて行きたまえよ。今を生きるのは誰でもない……チェリル、君だ』

「でも、でもエクセナさんは!!」

『なぁに、ボクも消えるという訳ではない。君の生活は何も変わらない……君が表を生き、ボクはそれを裏から見守るだけさ』


 そう言って、にやりと笑う。


『最初はもう一人自分がいるような気がして不思議だったが……君が必死に生きるのを見ている内に、愛着がわいてしまったようだ』

「エクセナさん……」


 チェリルが何も言えずにまごまごしていると、エクセナが右手を上げてチェリルの頭を柔らかく撫でてきた。


『ほら、もう行きたまえ。君の大切な友人が、今頃、死にもの狂いで、ボク達の体を守ってくれているはずだ。早く行ってやらないと怒られるぞ?』

「う、うん!」


 先ほどまでエクセナが見て、聞いて、感じた情報が流れ込んでくる。

 なるほど、確かにこれは死闘というに相応しい戦いだ。今頃、ラルフとアルベルトは傷だらけになりながらも、律儀にチェリルの体を守ってくれていることだろう。

 チェリルは意識を浮上させようとして……けれど、一瞬だけ足を止めると、振り返った。


「あ、あの、エクセナさん」

『ん、何かね?』


 一瞬言いよどんだチェリルだったが、けれど、意を決すると目を閉じて大きく息を吸った。

 そして――


「お、『お母さん』って呼んでも良いですかッ!!」

『…………』


 恐らく、エクセナの古い友人であるエミリー達ですら、このように呆けたエクセナの顔は見たことはあるまい。大口を開けて、目を丸くしていたエクセナだったが……やがて、言葉の意味を理解したのだろう。腹を抱えて大笑いし始めた。


『あ、あははははははははははははは!!』

「わ、笑わなくても!!」


 火が付いたように顔を赤くしたチェリルが、必死に訴えるが……エクセナは目じりに浮かんだ涙を人差し指で拭いながらも、まだ笑っている。


『い、いやいや、まさか、セックスどころか恋の【こ】の字も知らないボクがママになる日が来るなんて、想像もしていなかったよ! なるほど、確かにこの世は予想もつかないことだらけだ』

「む、むぅ……」


 顔を赤くし、視線を下に置き去りにしたままモジモジとしているチェリルに、エクセナは無造作に近づいてゆくと……そのまま、大きく手を広げて、その体をギュッと抱きしめた。


『行っておいで、ボクの可愛い娘。頑張るんだよ』

「……ッ! う、うん! 行ってきます、お母さん!」


 こうして、チェリルの意識は浮上する――膠着した戦況に、反撃の楔を打ち込むために。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 ラルフは拳を固め、迫り来る血色の刃を弾き返す。

 硬質な音を響かせ、火花を散らしながら、血色の神装が弾かれるが……それと入れ替わるように次の鎖が迫り来る。


「だぁぁぁぁ、きりがない!!」


 右の拳で打ち上げ、上体を入れるようにして左の拳を打ち込む。

 リンクフェスティバルの時と同じように……否、それ以上に鎖の硬度は高い。一点に集中して乱打を叩き込み、破壊を狙ったものの、破壊どころか傷ついた様子すらない。

 ラルフの拳打は、これまでも学院で戦った相手の神装を、幾度となく破壊してきた。基本的に、神装は最硬度鉱物であるオリハルコンを超える硬度を有する……それを、破壊できる拳打を持つラルフの乱打を喰らっても、傷一つつかないのだ。

 一体どれだけ硬いのか、想像もつかない。


 ――気力法は……まだ、使えないか。


 チェリルがいつ目を覚ますか分からない現状、気力法を発動させるのは抑えた方が良い。

 鍛錬に鍛練を重ねた結果、今のラルフは気力法を一時間以上持続させることができるようになっているが、消耗が激しいのは相変わらずだ。

 下手な消耗は避けたい。


「アルベルト先輩、そっちは大丈夫ですか!?」

「何とかね!」


 背後から迫っていた鎖に、裏拳を叩き込みながらラルフが叫ぶと、呼気の荒い答えが隣から帰ってくる。

 ラルフの隣、チェリルを護るように壁を作りながらアルベルトが双剣を振るって、鎖を弾き返していた。デュアル・ブーストによって機動力を向上させ、風を双剣にエンチャントすることによって、斬撃の速度そのものを向上させている。

 まさに、一陣の疾風を言うにふさわしい速度で、次々と鎖を弾き返している。

 更に、双剣を振るいながらも、合間合間を縫って初級霊術を織り交ぜ、血の神装本体への攻撃も試みている。


 ――いやいや、強すぎでしょ、アルベルト先輩……『輝』ランクの強さじゃないぞ。


 この男……明らかに、三獣姫であり『煌』クラスであるシア・インクレディスや、ジャンヌ・ベルトワーズよりも強い。近接戦闘が苦手なマナマリオスでありながら、単純な動きだけで言うなら、アレットに迫る速度である。これに黄金眼というチートじみた能力を加味して考えると、総合力でアレットの上をいく可能性すらある。

 まあ、黄金眼という特殊能力を持ったアルベルトと互角に戦えるアレットが、どちらかと言えばおかしいのだが。


「ラルフ君、エクセナ女史は起きたかい!」

「まだです!」


 背後にちらりと視線を向けると、相変わらずすぴーすぴーと心地よさそうな寝息を立てて眠っているエクセナの姿がある。この切迫した状況であるにも関わらず、膨らむ鼻チョウチンを見ていると和む。


「あーもう寝ぼすけめ! 早く起きて手伝ってくれー!」

「……寝ぼすけで悪かったね」

「え?」


 八つ当たり気味の言葉に、思わぬ返答が来た。

 驚いて振り返れば、ぱちっと目を見開いたエクセナがいた。彼女は立ち上がると、軽く首を回し、次いで両手足首をほぐすと……両手を前に。

 その動きに呼応するように黄金と白銀の球体、神装<ルヴェニ>が出現する。まるで、主人の帰還を喜ぶように、二つの球体がエクセナの周囲をぐるぐると回る。


「よっし、事情は理解してるよ。逆転への道筋はボクが作ってあげる!」

「お、おう、エクセ……いや、チェリルか?」


 むふーと鼻息を荒くしている様子や、どこか幼さの残る得意げな笑み――見慣れたそれは、エクセナのものではなく、ラルフのよく知るチェリル・ミオ・レインフィールドのものだ。

 彼女はこくんと頷くと、少し照れくさそうに笑う。


「うん、お母さんが、友達を助けてやれって……そう言って、送り出してくれたの」


 チェリルはそう言って、眼前にそびえ立つ異形の存在へと、強い視線を向ける。彼女が見ているのは、威嚇するように金属音を連ならせる鎖ではなく……その向こう側。

 セシリア・ベルリ・グラハンエルク本人だ。


「セシリア先輩、こんな形で決着をつけることになって残念です。でも……貴女の妄執がどれだけ強固であっても、ボクはそれを乗り越えて前に進む! ボクにはボクの辿り着く先があるんだ! 貴女の妄執に引きずられて沈められるわけにはいかない!」


 前方に突き出したチェリルの両手――そこに、光が集まってゆく。

 それは次第に形を、質量を、感触を、力を得て、顕現する。

 チェリル・ミオ・レインフィールドと、エクセナ・フィオ・ミリオラ……分かたれたはずの二つの人物が、一つへと回帰したその証明として。



「おいで! 神装<イルターニア>!!」



 チェリルの声に呼応して顕現するは、過去、エクセナ・フィオ・ミリオラが使っていた杖型神装<イルターニア>。

 チェリルの背丈ほどもある杖型の神装は、まるで、木々から削り出してきたような木目を有し、先端に瑞々しい新緑の葉を生い茂らせている。そして、その枝には果実を実らせたかのように、虹色の球体が六つ付属している。

 だが、何よりも特筆すべきは――


「神装を……同時に二つ操っている……!?」


 過去、英雄であるクラウド・アティアスのみが成し遂げた奇跡――二つの神装の同時使用。

 己の周囲に黄金と白銀の神装<ルヴェニ>を付き従え、杖型神装<イルターニア>をその手にしたチェリルは、杖の先端を地面に突き立てた。


「アルベルト先輩! ラルフ! 射線を開けて!」

「おう!」

「わかった」


 弾かれたように、ラルフとアルベルトが両左右に退避すると……まるで、その瞬間を待ちわびたかのように鎖が一斉にチェリルへと殺到する。

 気丈にそれを睨み据えたチェリルは、両手で杖を握りしめながら詠唱を開始する。 


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