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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十章 君の手を握って、離さないように~欲望の心~
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アルベルトの追想⑤ / イスファ・ベルリ・グラハンエルク

 僕に降りかかった度重なる不幸を前にして、セシリーは、もう会わないようにしようと……そう提案してきた。対して、彼女にそう切り出された割に、僕はあまりショックを受けていなかった。

 何故なら、彼女はうつむいて、小さく震えて、涙をこらえていて……その提案が、彼女の本心じゃないと、ありありと分かってしまったのだから。

 だからこそ、僕は躊躇うことなく彼女の提案を蹴ることができた。


 好きな人に会えないのは辛いよ……って。


 僕がそう言うと、彼女は最初信じられないと言うように目を見開き……けれど、すぐに嬉しさに顔を綻ばせて抱きついてきた。僕に縋り付きながら何度も「好き」と言われたことは、とても恥ずかしかったけれど……それでも、互いの気持ちが通じたのはとても嬉しかった。

 更に偶然は重なるもので、そこから僕に降りかかる不幸はピタリと止んだのだ。まるで、今までの不幸は、神様が僕とセシリーに課した試練であったかのように。

 このことに、僕も彼女も本当に喜んだ。これで、また今までのように楽しく一緒に、寄り添うことができるって思ったんだ。

 けれど、この時の僕は知らなかった。

 不幸とは、幸福の絶頂にあってこそ最も強く突き刺さるものなのだと。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――


 ラルフが脳裏で、病室で告げられた真実を回想している横で、エクセナはイスファと対峙を続けていた。彼女は不敵な笑みを浮かべると、自身の頭を人差し指でトントンと叩いてみせる。


「グレン王が持ってきた資料は一言一句、ボクの頭の中に入っている。人造インフィニティー計画について記されたものも、ボクの研究成果を流用して、女王オルフィ・マクスウェルのクローンを作成したこともね。よくもまぁ、人様の研究を使って、好き勝手にやってくれたもんだ、このクソジジイが」


 エクセナは隠すことなく表情に嫌悪感を浮かべながら、吐き捨てる。

 そんなエクセナを前にして、イスファもまた椅子からゆっくりと立ち上がると、軽く肩をすくめた。


「やれやれ……随分と口が悪いのぅ。年長者には敬意を払えと、学生時代に教えたと思うのじゃがの」

「はっ! 敬意を払う相手ぐらいこちらで選ばせてもらうさ」

「ふむ、なるほど。じゃが……敬意を払っていない相手とはいえ、暴力はいけないと思うがの。そうは思わんか……アルベルト君?」


 イスファが言葉を発すると同時に起こった出来事は二つ。


 一つ目は……イスファの背後にあった窓を体でぶち破って、双剣<ヴァリアブルスラスト>を構えたアルベルトが飛び込んできたこと。


 二つ目は……イスファの私室に繋がる扉が吹き飛び、そこから疾風の如く飛び出してきたセシリア・ベルリ・グラハンエルクが、双剣を振り上げたアルベルトに霊術を放ったこと。


「ぐっ!? セシリー……ッ!!」


 イスファに、剣の腹で打撃を叩き込もうとしていたアルベルトは、唐突な乱入者の一撃に引かざるを得なかった。ラルフの視線の先……まるで、イスファに従う従者の如く、傍らに立ったのは漆黒の外套を纏ったセシリア・ベルリ・グラハンエルクその人であった。


 ――話には聞いていたけど、本当に人形みたいだ……。


 怜悧なセシリアの美貌……だが、その肌には生気が欠片も感じられず、瞳は光を失い、虚の如くぽっかりと穴が空いているようにすら見える。なまじ、顔立ちが整っている分、等身大の人形が動いているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 セシリアを前にして、息を詰まらせるアルベルトに対し、イスファは両の手を叩いて拍手を送る。


「いやいや、今回の功労者であるアルベルト君のご登場じゃ。君のおかげで、ワシの計画が全て頓挫してしまったよ。幼い頃から強運を味方につけている子じゃと思っていたが……まさか、これほどとはの」

「貴方は……貴方は、セシリーを何だと思っているんだ!!」


 右に持った<ヴァリアブルスラスト>を突きつけながら、アルベルトが怒りの形相で叫ぶ。

 温和の代名詞と言っても過言ではないアルベルトが、これほど率直に怒りを露わにすることなど、ラルフは今まで見たことがなかった。


「関わった全ての人に不幸を振りまいてしまうセシリーにとって、貴方だけが唯一、不幸に襲われずに普通に接することができる人物だったはずだ! それなのに、セシリーに人を殺めさせようとするなんて……貴方は、自分の孫を道具か何かだと思っているのかッ!!」

「何を言っているんじゃ、アルベルト君」


 理解できないと言わんばかりに、気負いなく笑ったイスファは、右の手を掲げると、それをセシリアの頭の上にポンッと乗せた。


「コレは紛うことなく『道具』じゃよ」

「……この外道がッ!!!」


 その一言で、アルベルトは右の目につけていた眼帯を握りつぶすと、破り捨てんばかりの勢いで地面に叩きつけた。黄金の瞳には憎悪の炎が猛り狂っており、今にもイスファに斬りかからんばかりである。

 そんなアルベルトの様子を見て、ラルフの隣に居たエクセナが、息を吸い込んで声を上げる。


「アルベルト君! ラルフ君! ボクがセシリア君を押さえ込んでおくから、君達はイスファを倒したまえ!」

「は、はい!」


 ラルフが返事をすると同時に拳を構え……そして、アルベルトは返事の代わりにイスファに斬りかかった。セシリアがすぐさま妨害に入ろうとするが、それよりも先に、エクセナが放った風の霊術が彼女の体を外にはじき飛ばす。


「セシリア君、女二人でゆっくり歓談と行こうじゃないか! 君と決着をつけたがっている子が、いるものでね! 『風よ、射貫け!』」


 学院長室の外壁をぶち破り、エクセナとセシリアが外へと飛び出してゆく。それを視線で追ったラルフは、改めて眼前へと意識を集中。


「はぁぁぁぁぁぁッ!!」


 <ヴァリアブルスラスト>の水晶の如く澄んだ刀身は、すでに真紅の色に染まっている――炎がエンチャントされているのだ。

 双剣に属性をエンチャントし、黄金瞳を解放した完全なアルベルトの本気だ。

 気が遠くなるほどの鍛錬の先にのみ行き着くことができる、ブレのない、身震いするほどに鋭い斬撃がイスファを襲うが……しかし。


「無駄じゃ、無駄じゃ」


 イスファに刃が届くほんの数センチ……そこで、不可視の壁に阻まれたかのように、<ヴァリアブルスラスト>の刃が止まっていた。


『バカな、圧縮霊力障壁だと!?』


 眼前の光景を見て、ラルフの頭上で事態を静観していたアルティアが悲鳴のような声を上げる。

 そう……イスファは、空気中の霊力を収束・凝縮して障壁を展開したのだ。

 霊術を使用し、霊力を力場に加工して、障壁を展開するのとは訳が違う。

 例えるなら……力場を展開するのが、水に土を混ぜ、コンクリートで防壁を作ることとするならば、イスファが展開している障壁は水そのものを超凝集させて防壁を作るようなもの、と言えば分りやすいか。

 眼前のイスファは、その圧縮霊力障壁で事も無げに、アルベルトの斬撃を防いでいるのだ。

 これは、尋常ではない霊力の収束能力と、高度なコントロールがあってようやく可能となる御技である。それこそ、創世獣クラスの能力がなければ、無理なレベルで……だ。


「く……ッ!」


 アルベルトは歯がみをすると、次々と障壁に向かって斬撃を放つ。だが……その全てが軽妙な音と共に弾き返されてしまう。


「そもそも、おかしい話じゃと思わんかね、アルベルト君。君が言うところの『呪い』などという不確かで、曖昧なものを、なぜ存在すると考えるのかね?」


 イスファの言葉に耳を貸さず、障壁に攻撃を繰り返すアルベルト。そして……その反対側から、ラルフも灼熱の炎を纏わせた拳を障壁に向かって叩き込む。


「『呪い』などというものはこの世界に存在しない」

「ならば、セシリーの周囲の人々が悉く不幸に襲われたことは、どう説明をつける!」


 アルベルトの言葉に、まるで、覚えの悪い教え子に諭すように、イスファは言葉を紡ぐ。




「簡単じゃ。あれは全てワシがやったことじゃからな」




「………………は…………?」


 ぴたりと、アルベルトの攻撃の手が止まった。 

 驚愕を浮かべるアルベルトの表情に満足したのか、イスファは笑みを浮かべながら、暢気にヒゲを整えている。


「アレの友人だったウィルエットの両足を折ったのも、アムイルの顔面に火傷を負わせたのも、ミンフィアが建材に押しつぶされて死んだのも、全部ワシがやったんじゃよ。不思議に思わんかったか、アルベルト君。なぜ、大人になったセシリアは周囲を不幸にすることがなくなったのか? なぜ、幼少の頃、君にはすぐに不幸が襲いかからなかった? なぜ、ワシには呪いが発動しなかった? 考えれば考えるほどに穴だらけじゃ」

「じゃ、じゃあ……僕が階段から転がり落ちたのも、通り魔に襲われたのも、母さんが馬車に撥ねられたのも、授業中に試薬が爆発したのも……この、右目も……」


 茫然自失のアルベルトに対し……イスファは笑う、嗤う。


「そうじゃ。不可視の術式を使って君の足を払って階段から突き飛ばしたのも、他人の意識を乗っ取って君を襲わせたり、君の母を馬車で轢いたのも、試薬を入れ替えて誘爆を誘ったのも……そして、アレの神装に介入して君の右目を潰したのも――ワシじゃ」

「ふっっっっざけるなぁぁぁぁぁぁッ!!」


 咆哮。

 凄絶な憤怒を乗せて放たれた咆哮が、イスファを打ち据える。激昂するアルベルトの意志に呼応するように、その手に持っている神装<ヴァリアブルスラスト>が激しい光を放ち、明滅する。

 だが、その怒りは自分が傷つけられたことに対してではなく……アルベルトの心の中で、今も泣いている小さな女の子のために燃え上がったものであった。


「あの子は……あの子は、自身の『呪い』のせいで、多くのものを失ったんだぞ!! 友人を作ることを諦めて! 皆で学校に通う姿を遠目に見るだけで! 本当は誰よりも人の温もりと優しさを求めていたのに、ずっと一人で寂しさを抱え込みながら、けれど、それを誤魔化すように生きてきたんだ!」

「あぁ、知っておるよ。だから、存在しない『呪い』を演出するために、ワシはわざわざあのような回りくどいことをしたのじゃよ。アレは、不幸でなければならなかった」


 アルベルトの咆哮に乗せた訴えは、けれど、欠片もイスファには響かない。

 当然だ……鐘がなければ音は鳴らないように、イスファの中には響くものそれ自体が存在しないのだから。


「アレは、苗床であるが故に。全ては……神装<フレイムハート>を超えるために」

「えっ……?」


 唐突に話の矛先を向けられたラルフが、小さく声をこぼす。

 そんなラルフに……いや、正確に言えばラルフの心の中にある<フレイムハート>に向けて、ぎらついた視線を向けながら、イスファは夢を見るかのように語る。


「ワシはの……魅入られたのじゃよ。遙か昔、大型終生獣に挑みかかる英雄クラウド・アティアスがその身に纏っていた炎の煌めきに……<フレイムハート>の煌めきに!」


 そう言って、イスファは大きく両手を広げる。


「その真紅の輝きの何と美しいことか! 感情を炎に変え、力に変え、希望に変える! まさに、至高の神装! 数多の芸術品など、あの炎に比べれば塵芥と同じよ!」

『貴様……一体何者だ……?』


 英雄クラウド・アティアス――遙か昔の創世獣大戦において活躍した英雄の名前。そして、今、それを知る者は創世獣に携わる者だけだ。

 そして、この老人はクラウドの名を知っている。

 つまり……イスファの中には神代の時代の記憶が、存在しているということに他ならない。


「しかし、残念なことに創世獣大戦が終了すると同時に<フレイムハート>は行方が分からなくなってしまった。ワシは失望したものじゃよ……何としても<フレイムハート>を手に入れんとしていたからの。ならばと……ワシはこの手で、<フレイムハート>を超える『神装』を作ろうと考えた」


 臨戦態勢を整えながらも、得体の知れない老人を挟み込むようにして身構えるラルフとアルベルトに、イスファは笑いかける。


「人間に疑似神装の種を埋め込み、どのように成長するか、どのように神装が形成されるか……26035人の被検体から得たデータによって、ワシは確信したのじゃ……人の最も強い感情である『欲望』よってこそ、神装はもっとも育つのだと!」

「狂ってる……」


 おぞましいその行為に、ラルフは顔を引きつらせながら呟く。

 少なくとも、外部から強引に神装を埋め込まれた人間は、無事では済むまい。精神を汚染されて廃人になったか、発狂して狂い死んだか……碌な死に方ではなかったことだけは確かだ。

 

「ザイナリアに協力したのも、元々は双方に利があったためじゃ。ザイナリアはインフィニティーを使って国を盤石にしたい、ワシは<フレイムハート>を超える神装を育てるための、最適な苗床を作りたい……とな」


 そこまで話が進んだ時点で、アルベルトは何かに気がついたかのように、ハッと顔を上げた。そして、自身でも信じたくないという様子で、言葉を発する。


「じゃ……じゃあ、もしかして、セシリーは……」


 何かに感づいたアルベルトに、イスファはうなずき返す。




「そうじゃ。セシリア・ベルリ・グラハンエルクは、クローンオルフィと同じく、ワシが今まで得たデータの集大成。最強の神装を育てるための、ヒトの形をした『肉の苗床』じゃよ」

 





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