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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十章 君の手を握って、離さないように~欲望の心~
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アルベルトの追想④ / エクセナ・フィオ・ミリオラ

 セシリーと一緒に過ごす楽しい日々は……少しずつ、少しずつ、まるで侵食されるかのように崩れていった。


 最初に起こった異変は、僕が階段を踏み外して、転がり落ちたことだった。

 横で見ていた友人が言うには、透明人間に足払いをされたかのように、見事に一回転してから、階段を転がっていったんだとか。

 全身を強打し、体中に青あざを作ったものの……幸いにも、骨に異常はなかったし、頭を打つこともなかった。むしろ僕は、セシリーに話をするネタができたと、呑気に考えていた。

 けれど……セシリーの反応は僕の予想を超えるものだった。


 僕が怪我をしたと聞いた彼女は、まるで、世界の終りが来たかのような表情で顔面蒼白になっていた。心配してくれるかも、とは思っていたけれど、そこまで顕著な反応が返って来るとは思っておらず、僕はその時、必死に彼女をなだめたのを覚えている。

 しかし……僕に起こった異変はこれだけでは終わらなかった。


 数日後の早朝、学園へ通学していた時に、覆面を被った男にすれ違い様に切りつけられた。咄嗟に身をかわしたから良かったものの、そうでなければ首筋を切り裂かれていた。犯人は今もって捕まっていない。


 更にその数日後、母が街中で馬車に撥ねられた。重症を負った母は、すぐさま病院に運び込まれたため、一命こそ取り留めたが……もう少し遅ければ、死んでいたという。


 そして、母の事故から数日も経たぬうちに……科学の実験実習で、使っていた試薬が引火・爆発した。先生が爆破する予兆に気が付き、風の霊術で試薬を窓の外に向かって放り出してくれたから良かったものの……そうでなければ、爆発に巻き込まれて大怪我を負っていただろう。

 後から聞いた話だが、この実験実習で使われていた試薬は、どうやっても爆発など起こりえない安全な試薬だったそうだ。そのため、先生もしきりに首を捻っていた。

 数日間の内に、これだけの不幸が僕の身を襲った。まるで、疫病神にでも憑りつかれてしまったかのような有様に、さすがに身震いした。

 そんな僕に誰もが言った――


 あぁ、やっぱりセシリア・ベルリ・グラハンエルクは呪われているのだ、と。


 「そんな馬鹿なことあるはずがない!!」と、そう叫んでも誰も耳を貸してくれなかった。それどころか、両親ですらもセシリアと接するのを止めるように言う始末。

 それでも僕は……セシリアの元に通うのを止めなかった。

 男としての意地もあったけれど、何より……僕が不幸に陥るたび、「ごめんね、ごめんね」とポロポロと涙を流しながら謝る彼女が呪われているなど、認められなかったんだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 総合病院での一件を終えて、その足で学院長室へと向かったラルフは、体が沈み込むほどにふかふかの椅子に座っていた。最近恒例となっている定期検診である。


「ラルフ君、顔中にキスマークをつけておるようじゃが、不純異性交遊はしないようにの」

「はい、本当にすみません……」


 いい加減時間も経っているので、消えたと思っていたのだが……まだ見えているらしい。もしかして、ここに来るまでの間、すれ違った人がクスクスと笑っていたのはそういうことだったのだろうか。

 ラルフに背を向けて、茶器一式で紅茶を入れながら、学院長であるイスファ・ベルリ・グラハンエルクは、ほっほっほっと笑い声を上げた。


「まぁ、若い時分では抑えきれぬ衝動があるのも理解しておるがの。しかし、籍も入れずに赤子でもこさえた日には、大問題じゃぞ。特に相手が他種族だった場合は、それこそ、余計な因習も多いからのぅ」

「き、肝に銘じておきます……」


 実際、他種族間で勢いのまま子供を作ってしまった例がいくつかあるのだが、それはもう面倒なことになったそうな。実際、この世界は他種族間交流が成されるようになってから、まだ日が浅い……まぁ当然、慣習からなにから色んなものが違うわけであって。面倒ごとになるのは自明の理であった。 


「ラルフ君も紅茶で良いかの?」

「あ、はい」


 高貴な香りをさせた白磁のカップが目の前に置かれる。

 見るからに高そうな茶器だ……下手をすれば、ヒューマニスの生涯賃金よりも高い可能性すらある。中に注ぎ込まれた紅茶も、恐らくは一級品の代物なのだろうが……あいにく、ラルフはそういったものとは無縁であった。

 容赦なく、これでもか! これでもか! と砂糖をぶち込み、ラルフは紅茶をすする。当然のことながら、ものすごく甘い。


「さて、君の神装<フレイムハート>の治療はこれで六度目かの」

「はい、そうなります」


 ラルフが頷くと、イスファは手元にあった数枚に羊皮紙を手に取り、しげしげと眺める。


「ふむ、この治療をするに当たって、君の神装について色々と調べさせてもらったが……<フレイムハート>は実に興味深い神装じゃの」


 そう言って、イスファは目を細める。


「感情を糧として、力を発揮する神装――各々の神装は特殊能力を持っており、一つとして同じ神装は存在しない。じゃが、ラルフ君の神装はもはや、他の神装とは一線を画しておる。言ってしまえば、無限の動力源を持つ神装じゃな」

「無限の動力源」

「そうじゃ。強く、複雑な感情とは人間のみに許されたものじゃ。そして、生きる上で感情とは切っても切り離せないもの……嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、頭に着たこと……<フレイムハート>はその全てを力へと変換することができる」


 そう言って、イスファは顔を上げる。


「君と<フレイムハート>の親和性が限りなく零に低いからこそ、今はそのぐらいの力に甘んじておるが……もしも、<フレイムハート>との完全同調を果たせれば、君は世界を滅ぼすことすらできるじゃろう」

「そんな、大げさな……」 

「大げさではない。君の神装は、言ってしまえば運命が生み出した一つの奇跡じゃ」

「…………」


 そう、ラルフと<フレイムハート>の親和性が絶望的に低いからこそ、他の神装と横並びになっているが……もしも、この親和性が高ければ、最終形態である【フレイムハート・リミットブレイク】の力も何倍にも高まったであろう。

 今の不完全な力であっても、第Ⅶ終生獣ジャバウォックを討伐することができたのだ……これが、もしも本調子だったのならば、イスファが言っていた『世界を滅ぼすことができる』ということも、世迷い言ではないだろう。


「さて、それでは今日も治療に移ろうかの」 

「はい。あ、その前に学院長に一つ質問したいことがあるんですが……」


 ラルフが控えめに言い出すと、イスファは人の良さそうな笑みを浮かべた。


「ん、なんじゃね? ワシで答えられることならば、答えよう」

「じゃあ、遠慮なく……」


 ラルフはそう言って、一つ咳払いをするとイスファをまっすぐに見据えて、口を開いた。




「どうして、お孫さんであるセシリア先輩を使って、チェリルを殺そうとしたんですか?」




 場に静寂が満ちた。

 先ほどとは打って変わって、剣のように鋭い眼光放つラルフに対し、あくまでもイスファは平静そのもの。ゆったりとした動作でヒゲを撫でると、口を開いた。


「唐突じゃの」

「はい、失礼なことは承知ですが、確信が持てましたので」


 これは、チェリルから指摘されて気が付いたのだが……イスファには不審な点がいくつかあったのだ。

 まず、一つ目はラルフの霊力パスの修復の件だ。

 ティアに霊力を探ってもらって分かったことだが、イスファの治療を受け始めてから、以前よりもラルフの霊力パスが酷くなってしまったという点。そして、そのことをラルフに一切知らせなかったということだ。もしも、ティアに教えてもらわなければ、ラルフはこのことに全く気がつかなかったことだろう。


 そして、二つ目は……この襲撃事件の解明に関して消極的だったこと。

 少なくとも、今回の事件解明に動き出したのはアルベルトと、グレン・ロードの指示を受けた特使の者達だけだ。学院からの動きと言えば、学院生達に注意を呼びかけるぐらいで、実際に動いている者は皆無であった。このことは、エミリーにも事情を聞いたため、裏がとれている。

 まるで……この襲撃事件を引き延ばそうとしているかのような対応。イスファが黒幕だと仮定すれば、ピッタリと当てはまる。

 だが、これだけでは杜撰な推論でしかない。


「ならば、ラルフ君。『私が犯人である』という確信を得たのはなぜだか、教えてもらえるかの。 人を罪人扱いしたのじゃ……それ相応の証拠はあるんじゃろうな?」

「それは――」

「それは、ボクが目を覚ましたことだ、イスファ・ベルリ・グラハンエルク」


 重厚な扉が音を立てて開き、その先に姿を現したのは……紫紺の髪と蒼い瞳を持ったツインテールの少女、チェリル・ミオ・レインフィールドであった。

 ただ、その表情に浮かぶのは太々しいまでの笑み。それは、その体に宿る人格がチェリルとは別の人間だということを示している。

 『チェリル』はイスファを見据えながら、口の端をつり上げ、皮肉ったような口調で言葉を続けた。




「あぁ、それともこう言った方が良いかい? ザイナリア・ソルヴィムから人造インフィニティー計画への参入を強要され、それを断ったエクセナ・フィオ・ミリオラを……背後から刺し殺した男――とね」




 その一言で、イスファの目が変わった。

 人畜無害で温厚そうな姿は鳴りを潜め……その瞳に宿る光が、見ている方がゾッとするほどに冷たく、鋭いものへと一変する。そのあまりの変わり様に、対面に座っていたラルフが、思わず腰を浮かして身構えたほどだ。

 イスファはその瞳を『チェリル』の方へと向けると、大きく吐息を付きながら、組んだ指を口元へと持ってくる。


「ふむ、それを知っているということは……ふふ、ふふふふふふ、そうかそうか、なるほど。いや、素晴らしい!! その姿を見るに、君が研究を進めていた自己転生術式を自身に施し、成功したと見える! 流石は天才と呼ばれていただけのことはある……のぅ、エクセナ・フィオ・ミリオラ君?」

「黙れよ、この老害め。よくも背後からボクを刺し殺してくれたな。刺されたのが後ろからだったから、姿は見えなかったものの……ラルフ君達が持ってきてくれた情報から、ようやくお前の姿を特定することができたよ」


 苦々しい表情で、親指を地面に向けて、チェリルは……いや、エクセナ・フィオ・ミリオラは悪態をつく。そんなエクセナに、イスファは笑い声を漏らす。


「ほっほっほっほ、なるほどのぅ。縁とは面白い所で繋がるものじゃ。まさか、君がまたゴルド・ティファートと、フェリオ・クロフォードの子供たちの力を借りて、ワシの前に立ち塞がるとはのぅ。ワシはつくづく君達と縁があるようじゃ」

「はっ! 口の減らないジジイだ。ラルフ君、さっさとこっちに来たまえよ」

「お、おう!」


 ラルフは椅子を蹴って瞬時にバックステップを踏むと、エクセナの隣に並ぶ。

 目の前の老人は、温厚そうな学院長の皮を被った凶人だ……傍に居るのは危険すぎる。 


 ――でも、エクセナさんが目を覚ましてから、本当に急展開だったな


 そう、目を覚ましたエクセナから聞いた言葉は、非情に衝撃的だった。

 何せ、チェリルの中にいた人格は、正真正銘、本物のエクセナ・フィオ・ミリオラであり……同時に、エクセナを殺した犯人は学院長であるイスファだというのだから。

 イスファと対峙しながら、ラルフは総合病院の病室で、エクセナから聞いた話を思い返す。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――


 浮遊大陸エア・クリアで、農地プラントのメンテナンスを行う傍らで、インフィニティーに関する研究を行っていたエクセナ・フィオ・ミリオラだったが……彼女は、長い研究の末、インフィニティーの因子が魂ではなく肉体にあるということを突き止めることに成功した。


 だが……以前、グレン・ロードも言っていたとおり、この研究成果を世に発表すれば、波乱を呼ぶのはまず間違いなかった。

 なぜならば、それは伝説であり、不可侵の存在である『インフィニティー』を暴く行為に他ならないのだから。神聖さをもって、王として祭り上げられるインフィニティーが、特殊な能力を持つ『ただの人間』だと知られれば、不利益を被る人間は腐るほどにいる。

 シルフェリスの民の団結力そのものに影響が出る可能性すらある。

 だからこそ、エクセナはこの事実を世に発表する前に、エクセナの研究を支援してくれていた、イスファ・ベルリ・グラハンエルクに相談をしに行ったのだ


 だが、それがいけなかった。


 イスファはこの時点で既にザイナリアと通じており、人造インフィニティー計画の一翼を担っていたのである。無論、この情報はすぐさまザイナリアに筒抜けとなった。

 そして……エクセナはこの数日後に、ザイナリアに呼び出されて、秘密の地下室へと招き入れられた。そこで、人造インフィニティー計画の全貌を知り、同時にこの計画への参加を強要されたのである。

 『君のような才能が散るのは非情に惜しい。是非、力を貸して欲しい』――と。


 無論、エクセナが首を縦に振るはずがない。

 なにせ、友であるエミリーの人生を散々に狂わせた計画だ。むしろ、エクセナは今回つかんだ情報を、グレンとフェリオに流し、この計画の息の根を完全に止めるつもりだった。

 だが……エクセナが否定の言葉を吐いた瞬間、背後から刃物で刺し貫かれた。この人物こそ、イスファ・ベルリ・グラハンエルクだったのである。

 ザイナリアとイスファは、エクセナがこの計画への参加を拒絶すること前提で、誘っただけであり……元々、知りすぎたエクセナを始末するのが本来の目的だったのである。


 だが、ここで、二人にも予想外な出来事が発生する。

 エクセナの神装<イルターニア>の特殊能力は、神装の中に複数の霊術陣を保存しておけるというものだったのだ。もともと、極めて怪しいザイナリアに誘いを受けていた時点で、エクセナは神装<イルターニア>の中に転送陣をセット……何かあった瞬間、すぐに逃げられるようにしていたのである。

 こうして、エクセナは神装に仕込んであった転送陣を使用して、瞬時にその場を離脱……浮遊大陸エア・クリアから、マナマリオスの大陸スフィアにある自宅へと転送したのである。

 エクセナが浮遊大陸エア・クリアに赴任していたにもかかわらず、スフィアにある自宅で大量の血痕が見つかったのはこのためだ。


 だが、この時点ですでにエクセナの命は風前の灯火……エクセナ自身、もう助からないと良く理解していた。

 だからこそ、彼女は一世一代の賭けに出る。

 もともと、本来の彼女の研究分野は、『神装、魂、肉体の三位一体』に関する研究。それは、転生という神のシステムに迫る崇高にして、高次の研究である。

 そして、彼女がこれから挑むのは、自身が解き明かした理論に基づいた……自己転生術式の起動だ。

 神装とは魂の鏡、そして、その大本である魂は不滅であり、肉体はその魂を入れる容器である――故に、神装の力で魂を保護した状態で、容器である肉体を再構築することができれば、死ぬことは避けられる。

 簡単に言えば……魂を、一時的に傷ついて使い物にならなくなった【容器=肉体】から取り出し、【新しく容器を作り替え=肉体を再構築し】、魂を再びに入れ替えるという荒技である。 無論、理論は完全に証明されてはいない。

 あやふやな部分や、ブラックボックス的な部分も多々ある。だが……それでも、このまま座して死を待つぐらいならばと、エクセナは激痛に耐えながら、術式の準備をし――そして、自己転生を敢行した。


 だが、当然と言えば当然のことだが……術式は半端にしか発動しなかった。

 肉体の分解から再構築までの補完術式が甘かったため、肉体の構成要素を大きく欠損……その結果、体は幼児にまで縮んでしまった。さらに、魂にも大きな傷を負ってしまったため記憶の大半を失った。

 こうして幼児となったエクセナは、何も分からず、自分が誰なのかすらも忘れ、ひたすら泣き声を上げながら街を歩き回り……そして、孤児院に保護されることとなる。



 その先で、彼女は新たな名を授けられる――そう、チェリル・ミオ・レインフィールドと。



 つまり、チェリルとエクセナは完全に同一人物なのである。

 チェリルが入学した時、他人の視線に恐怖を覚えていたのは、ザイナリアとイスファに殺された記憶を無意識に持っていたため、彼らに見つかるその恐怖に怯えていたからだったのだ。


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