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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十章 君の手を握って、離さないように~欲望の心~
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幕間 絶無結界

 未踏大陸ファンタズ・アル・シエル――その中央に座する双天樹。

 その名が示すとおり、天へと届かんばかりの規模を誇り、空を隠すほどに枝葉を茂らせた世界を支える大樹である。霊力の循環を一手に引き受けており、この大樹がなければ霊力は濁り、歪み、世界は生命が住めない地へと変貌してしまうであろう。

 この大樹はあまりにも巨大であるため、冒険者達の拠点アルシェールからも観測することができる。

 そのため、浮島でこの大樹に直接乗り込もうと試みた冒険者達もいたのだが……大樹をぐるりと囲む巨大な山脈と、不可思議な力場によって、全ての試みが失敗に終わっている。

 冒険者であれば誰もが興味を抱くこの大樹の根元……そこには濃紺の水晶によって包み込まれた一体の龍が安置されている。美しい純白の体毛に、頭部から延びる黄金の色をした流線型の二つの角――枠に収めればそれだけで名画になってしまうほどに、その姿は麗しい。

 この龍こそ、人を誰よりも愛し……そして、同時に人を誰よりも憎んだ創世獣。

 神光のリュミエール――その肉体である。

 彼女を包みこんでいる濃紺の水晶はデッドマテリアルと呼ばれ、霊力を一切通さない特性を持っている。このデッドマテリアルの特性を利用して、リュミエールの体を完全に封印しているのである。

 そして――デッドマテリアルに包まれたリュミエールを護るように、周囲に結界を展開している創生獣が一柱。

 風を織って作られたような、新緑の色をした体毛を持つ一体の牝鹿。

 彼女こそ、かつて、夏期長期休暇中にアルティアへと助けを求め、人へと変化してラルフ達に接触してきた創世獣――翠風のフィーネルの真の姿である。


『何度言われようが私の意見は変わりません。私はアルティアと同じく人間を護りたいと、そう決断したのです。だからこそ……この絶無結界を解くわけにはいきません』


 外部からのありとあらゆる攻撃を、限りなく零へと分散させる強固極まりない結界――絶無結界を展開しながら、フィーネルは決意を言葉とする。

 フィーネルが視線を向ける先……結界を挟んだ向こう側にいる黄金の獅子――悠久のレニスはやれやれとばかりに嘆息した。


『アルティアも、フィーネルも、どうして人間を護ろうなんておもうんだろうねー。あれは害悪だよー? 存在するだけで地を、海を、空を、穢す。そんなものを護る価値がどこにあるっていうのさー?』

『それは違います、レニス。人は周囲の環境を変えることができる存在……人間もまた自然の一部であるなら、その変化は受け入れるべきものであるはずです!』

『平行線だねー。その変化が大多数の生命を脅かしているというのにー。しょうがないねー。できれば、手荒な方法はとりたくなかったんだけどねー』


 レニスはそう言って背後を振り返る。 

 その視線を追って顔を上げたフィーネルは、見上げるほど巨大な漆黒の体躯を目の前にして小さく息を呑んだ。

 先ほどから、レニスの背後に立っていたのは、漆黒の鱗と、漆黒の瞳、そして、漆黒の翼を持つ龍――第Ⅹ終生獣バハムートだ。

 創世獣大戦最終局面に創り上げられたこの終生獣は、リュミエールが倒されてしまったため、起動されることなく封印されてしまったのだが……その実力は神光のリュミエールに比肩するほどと言われている。

 創世獣の中で最も戦闘能力の低いフィーネルでは、勝つことは難しい。

 おまけに、相手はそれだけではない。

 まるでバハムートと対比するように並んでいるのは、神光のリュミエールに似た純白の体毛を持つ龍だ。体毛も、翼も、角も、全てが白の中、一点だけ真紅の瞳が印象的だが……その瞳はどこか濁っており、虚ろだ。

 かつて、ミリア・オルレットと名乗っていた存在。

 そして今は……レニスの傀儡へと成り下がった存在。


『どうかなーバハムート。この結界、割れる?』

『そうさな。ワシとレニス、そして、このお嬢ちゃんの力を合わせれば無理ではないと思うがな。やってみないと分からぬ』


 何気ないレニスの問いかけに、バハムートは事も無げに答えてみせる。

 人間を殺すことだけを目的とした終生獣には、基本的に知性というものは存在しない。だが、バハムートの言葉は極めて流暢であり、その瞳には理知的な光が宿っている。

 終生獣と言うよりも、一個の生命といった方が適切であろう。


『なるほどねー。その調子で、人間の住む大陸の一つでも沈めてくれれば、うれしいんだけどねー』


 ぼやくように言うレニスに対し、バハムートはゆるりと首を振る。


『ワシは人に問わねばならぬことがある故、今はまだ人に手を出すつもりはない。ワシを起動してくれたことに感謝はするが、貴殿の言うことは聞けん』

『それは、君が喰らったインフィニティーを生かしていることと、関係するのかなー?』 


 ジト目を向けるレニスに頷いた後、バハムートは己の胸に手を当てる。


『ワシはこの子にとって、【おじさま】であるが故に』

『?? まぁ、いいや。戦ってくれるなら好きにしていいよー』


 レニスは投げやり気味にそう言うと、ゆっくりと絶無結界から距離を取り、バハムート達と並ぶ。そして……静かに、けれど、確実に霊力を練り上げ、高めてゆく。


『それじゃぁ、一点突破でー。絶無結界は弱点という弱点がないから、超火力で強引に押し通るよー』

『承知した』


 バハムートは簡潔にそう答えると、フィーネルに向けて大きく口を開いた。

 そして……その口腔に莫大な霊力が収束されてゆく。際限なく集まってゆく霊力の流れに、フィーネルはぞくりと背筋に寒気が走るのを感じた。

 ジャバウォックのヴォーパルブラストなど目ではない……創世獣であるアルティアが放つ始原の炎、エクスブレイズにも匹敵するエネルギーだ。


『くっ!!』


 フィーネルはきたる衝撃に備えて、前足を突っ張り、絶無結界に注ぎ込む霊力を前面に集中。完全防御の構えを見せる。

 レニス、バハムート、ミリアが、それぞれに莫大な霊力を収束させ、そして――


『行け』


―――――――――――――――――――――――――――― 


 その日、双天樹を中心として莫大な霊力が膨れあがったのが観測された。

 しかし、それはあくまでも一瞬であり、次の瞬間には普段の平静さを取り戻したのだという。だが……誰も気がつかないだけで、事態は大きく動いていた。

 レニス、バハムート、ミリアの同時攻撃により絶無結界は崩壊。これに巻き込まれるような形で翠風のフィーネルは消滅し、神光のリュミエールの体は、レニスに手に渡ったのであった……。


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