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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
十章 君の手を握って、離さないように~欲望の心~
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幕間 彼女の背後にいる誰か

 ラルフとティアの決闘が大盛り上がりを見せているその時……総合病院の傍に植えられている木々の一つに潜む『影』があった。

 その『影』が見る先にあるのは、チェリル・ミオ・レインフィールドの病室。

 窓越しに穏やかな寝顔を晒して眠るチェリルの姿を確認した『影』は、淡々と手に持っていたボウガンに矢をつがえる。この距離ならば霊術の方が確実なのだが……多くのマナマリオスが勤務しているこの病院で霊術を使うのは得策ではない。

 最悪、察知される可能性すらある。

 粛々と、そして、確実に対象の命を奪うために準備を進めた『影』は、鏃の先をチェリルの額に狙い定める。そして――『影』の指先が、欠片の躊躇いもなくトリガーを引いた。

 放たれた矢は、チェリルの命を奪わんと一直線に飛翔し、彼女の頭蓋を貫通して脳に致命的なダメージを与えんとした……が。


「やっぱり、もう一度チェリルさんの命を狙いに来たね」


 横合いから投げ放たれた神装<ヴァリアブルスラスト>が、狙い違わずに矢を切り落とした。まるで、己の意志を持っているかのように、放物線を描いて飛翔した<ヴァリアブルスラスト>は、回転しながら持ち主の――アルベルト・フィス・グレインバーグの手に戻る。


「……ッ!」


 『影』は素早く木から下りて、逃走を図らんとするが……それよりも速く、アルベルトが前方に回り込んでくる。

 すでに彼は眼帯を外している。それは、霊力の流れを把握し、その先にある未来すらも見通す力を持つ瞳――黄金眼を解放していることを意味している。

 今のアルベルトに一切の不意打ちは意味を成さない。それどころか……未来予知の領域にまで踏み込むほどの霊力把握能力を有する黄金眼の前では、『影』が得意とする霊術すらも効果が薄い。

 どんな霊術であろうとも、射程、方角、威力、効果、その霊術を構成する全てを見抜かれてしまうからだ。対霊術戦では圧倒的とも言えるチェリルの先読みすらも凌駕するのだ……当然と言えば当然だった。


「君の目的は分からない。けれど、神装者が集まるこの島で誰かを殺そうとしたんだ……それ相応のリスクを背負ってでも、チェリルさんを殺さなければならない理由があるとみた」


 アルベルトはそう言いながら、油断なく双剣型神装<ヴァリアブルスラスト>を構える。


「前回は逃がしてしまったけれど、今度はそうはいかない。事情を聞くためにも、確実に捕縛させてもらうよ」


 同じく神装者だが、対霊術師に特化したアルベルトを相手にするのは分が悪すぎる。 

 真っ向から戦えば『影』は確実に敗北してしまうことだろう。ジリジリと下がる『影』に対して、アルベルトはゆっくりとその分だけ距離を詰めてくる。

 停滞は一瞬。先手を取ったのは『影』だった。


「『ダブル・ラッシュ』」

「『ダブル・ラッシュ』!!」


 『影』が身体強化魔術を使用するのとほぼ同時に、アルベルトもまた魔術を行使する。

 『影』が魔術によって脚力を強化し、逃げると考えたからだろう。だが……だからこそ、『影』はその逆を突く。

 逃げんとする『影』を追うために、駆け出そうとしたアルベルトとは逆に……『影』はアルベルトに向かって飛んだのだ。完全なる不意打ち……アルベルトに一撃を叩き込み、戦闘不能にしてこの状況から脱却せんと『影』は考えたのだ。

 だが……『影』はアルベルトの黄金眼を少々甘く見ていた。


「『視えてる』よ」


 くるんと、アルベルトの手の中で<ヴァリアブルスラスト>が回転。

 不意を突いた『影』の更に不意を突き、アルベルトは前のめりに加速して『影』の懐に入ると、<ヴァリアブルスラスト>の柄を『影』の腹に叩き込んだ。 

 かはっ、と『影』の口から呼気がこぼれる。アルベルトは、その場で上体を捌くと、続く動きで『影』の足を鋭く払った。カミソリのように鋭い足払いを受けて『影』が転倒すると、アルベルトはその上に乗って、<ヴァリアブルスラスト>の切っ先を喉元に突きつけた。


「チェックメイトだ……セシリー」

 

――――――――――――――――――――――――――――


「チェックメイトだ……セシリー」


 アルベルトの視線の先……フードが脱げて露わになったその顔は、まさにセシリア・ベルリ・グラハンエルクその人であった。

 その素顔を確認したアルベルトは、ほぅっと吐息を付いた。

 セシリアがもう一度襲撃してくるだろうと予想を立て、学院を休学し、ずっとチェリルの病室に張り付いていたアルベルトだったが……その予想は当たっていたようだ。


「セシリー、君がチェリル君を嫌っているのは知っている。けれど……だからといって、君はここまでするような子じゃなかったはずだ。一体何があったのか、僕に教えてくれないか?」


 アルベルトの問いかけに、セシリアは何も答えない。

 ただ、ぼんやりとアルベルトを眺めるだけだ。その姿に、微かに胸の内が痛むのを感じながらも、アルベルトは再度口を開こうとして……ふと、違和感に気がついた。


「……セシリー?」


 その瞳は何も映していない……まるでガラス玉だ。

 押し倒され、喉元に刃物を突きつけられているにも関わらず、セシリアはぴくりとも動かずに、茫洋とアルベルトを見るだけ。

 今、押し倒しているのは、セシリアそっくりの人形だと言われても信じてしまいそうだった。


「セシリー、君は一体――」


 だが、アルベルトが最後まで言葉を発することはできなかった。


「……ッ!!」


 アルベルトは弾かれたようにセシリアの上から飛び退る。その瞬間、先ほどまでアルベルトがいた場所を、高速で『何か』が通過する。

 それは地面に着弾すると同時に爆発を起こし、盛大に周囲に土煙をばらまいた。


「くっ!?」


 降り注ぐ土を払いのけ、アルベルトは直ちに土煙の中から離脱。鋭く周囲を警戒するが……どうやら、第二射は来ないようだ。

 そして、土煙が晴れたその先……セシリアの姿は、忽然と消えてしまっていた。


「協力者か、別に黒幕がいるのか。ことは彼女一人ではない……か」


 さきほどの人形のような様子だったセシリアのことを心配しながら、アルベルトは歯がみしたのであった……。


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