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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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エピローグ②~奇跡~

 ビースティス達の大陸『ナイル』――そのレオニス領にあるフェリオ・クロフォードの屋敷に、ゲイルゴッド攻防戦の顛末についてまとめられた報告書が届けられたのは、終生獣襲撃から八日ほど経った頃だった。


「まさか、マジでエア・クリアが狙われるとはな……」

「そうだな。正直、この大陸が狙われるものだと覚悟していたからな。完全に予想の斜め上を行った形だ」


 柔らかいソファーに座り、足を組んで報告書に目を通しているゴルド・ティファートに、執務机についたフェリオが答える。

 色々と対応に追われていたのだろう……フェリオの目の下には、濃いクマが浮かんでいる。


「しかし、レッカの息子は随分と有能だな。ザイナリアとオルフィ女王の二本柱を失って、シルフェリスの内部が完全に混乱しているのを見透かして、援助という名の干渉を行ったかぁ……」

「シルフェリスの側は今回の襲撃で多大な人的被害を受けただけでなく、物的被害も大きかったそうだからな。相手の狙いが干渉だと分かっていても、受けざるを得なかったのだろう」


 あとは、グレンが援助に際して提示した条件が、予想に反して緩いものだったことも、援助を受ける要因の一つとなったのだろう。


 その条件が――『ザイナリア卿が開発していた対大型終生獣兵器の譲渡』だ。


 正直、この兵器はザイナリアが独自に開発していたものであり……国には一切関係の無い代物だった。そのため、シルフェリス側としては、喜んで厄介払い出来たようなものなのだろう。


「ところで、当のレッカはどこ行ってんだよ?」

「息子に復讐を誓って、修行の旅に出ているそうだ」

「せめて、リベンジって言えよ……」


 ゴルドとしては、息子が自分を超えてくれるのは喜ばしいことだと思うのだが……やはり、ドミニオスの価値観は独自すぎて理解に苦しむときがある。

 まぁ、レッカが変人という線も捨てきれないが。

 ゴルドは再び報告書に視線を落とし……そして、ある一節を追う。


「『なお、大型終生獣討伐に関しては謎が多く、目撃者の話では、炎を纏った霊鳥と赤髪の青年が空を飛び回ってこれを仕留めた言われている』か……」

「どう思う、ゴルド」


 フェリオもその一節は気になっていたのだろう……ゴルドに意見を求めてくる。これに対して、ゴルドは何とも言えない嫌そうな顔をする。


「俺の息子ではないことを切に願うばかりだ……」

「確か……ラルフ君の傍にいる赤いヒヨコは、創世獣だという話だったな」


 創世獣関係の話は、フェリオにもあらかた話してある。

 ゴルドは頭痛をこらえるように、額に手を当てる。


「あんな得体の知れないもんと関わっている時点で、碌なことになりゃしねーとは思っていたがな……本当に勘弁してくれよ……」

「だが、もしも、この赤髪の青年がラルフ君ならば、彼はまさに世界を救った英雄といったところだな」

「あーそういうのはいらんいらん。俺は息子には平和に、安全に、人並みに幸せを甘受して欲しいんだ。こんな世界の命運を左右する戦いに身を投じて欲しいわけねーよ」


 ゴルドのぼやきに、フェリオは苦笑を返すのみだ。彼も娘がいる手前、ゴルドの言いたいことがよく分かるのだろう。

 ゴルドは勢いを付けて、ソファーから立ち上がると大きく伸びをする。


「少し外を散歩してくる。明日の船でファンタズ・アル・シエルに帰ることにするよ」

「分かった。すまないな……今回は結果的に無駄足を踏ませることになってしまった」

「気にすんなよ。親友の頼みを聞くぐらいの甲斐性は持ってるつもりだ」


 ゴルドはそう言って気負い無く手を振ると、扉を開けて外へと出る。

 凍えるような外気が服の隙間から入り込んできて、ゴルドは思わず首をすぼめた。相変わらずこの一帯は積雪がすごいが……幸いにも、空は眩しいほどに晴れている。

 雪掻きをする街の者達に挨拶をしながら、街中をぶらぶらと歩く。ビースティスは基本的に豊富にある木材を使った建築を得意としているのだが……ここ一帯の家々は石材建築が多い。積雪が多い関係で、木造だと雪の重さで家が壊れることがあるからだ。

 特徴的な傾斜のついた家の屋根を眺めながら、ゴルドは懐から遠距離通信用の金属塊を取り出すと、エミリー・ウォルビルへと思念を飛ばす。

 先ほどの一文が気になり、ラルフの様子を聞こうと思ったからだ。

 何度かの呼びかけの後、思念が繋がる感触を得て、彼女の声が聞こえてくる。


『あ、先輩、こんにちは。丁度私からも連絡を入れようと思っていたんです』

「おう、エミリー……って、何かあったのか?」

『はい、実はラルフ君のことに関して何ですが――』


 そこから聞かされたエミリーの報告に、ゴルドは思わずその場で頭を抱えた。

 何でも……ラルフは友人を助けるために、大使館を襲撃し、無断で転送陣を使用し、クラフトの王城の尖塔を爆破した罪に問われてしまったのだとか。

 エア・クリアに引っ捕らえられそうになったラルフだったが、これに対して異を唱えたのは、インフィニティーとして覚醒したティア・フローレスだった。


 彼女曰く――『大型終生獣を撃退したのはラルフであり、彼の功績を考えれば、この罪は許されてしかるべきである』と。

 普通に考えれば一蹴されてもおかしくないのだが……大型終生獣討伐に向かった生き残りの者達の証言や、クレア・ソルヴィムの証言、更に実際に大型終生獣が『赤髪の青年と真紅の霊鳥』によって討伐されているという事実も踏まえ……ラルフの立場は限りなく黒に近いグレーの状態で放置されているのだとか。


「ヤンチャってレベルじゃねーぞ……」

『若い頃の先輩でも、ここまではやりませんでしたからねぇ』


 しみじみと言うエミリーの言葉に、ゴルドは表情を渋くする。


「まあ、俺も若い頃は色々とやらかしたからな。あんまり人のことは言えねーけどさ」

『先輩、校舎を半壊させましたもんね』

「それはともかく」


 『あ、誤魔化した』とエミリーがジトッとした声を出すのを聞きながら、ゴルドはバリバリと頭を掻いた。


「俺もそっち帰ったら様子見に行くわ……」

『はい、お願いします。なんか、ラルフ君、エア・クリアから帰ってきてから記憶が不安定みたいで……是非会ってあげてください』

「マジかよ……分かった。急ぐ」


 遠距離通信を切ったゴルドは、大きくため息をついた。

 ともかく、早く戻らなくてはならないだろう。ザイナリアがいなくなったとはいえ、ラルフが首を落とされても文句は言えないことをやらかしている事実に変わりはない。


「近道するか」


 明日、船に乗って帰るつもりだったが、予定を切り上げて今日の夕方に出航する船に乗ることにした。

 ゴルドは、早くフェリオの屋敷へ向かうために、林を突っ切るルートを選ぶことにした。鬱蒼と生える木々の下を、ゴルドは足早に進む。

 時期は春とはいえ、このあたりの冷え込みはまだ厳しい。木々の芽吹きにはまだ早く、もの悲しく寒空に向かって枝を伸ばすに留まっている。


「まったく、あのヤンチャ坊主め……」 


 正直、心配でたまらないのだが……愚痴ることで不安を紛らわし、ゴルドはザクザクと雪を踏みしめながら帰路を急ぐ。

 この時、ふと、ゴルドが周囲を見回したのは、単に落ち着かない内心を誤魔化すためだった。



 だが、この動作が、彼のこの後の運命を――もっと言えば、この世界の運命を大きく変えた。



「………………っ?」


 ピタッとゴルドの足が止まった。

 あり得ないものが見えたからだ。

 寒々しく、何も纏っていない枝からぶら下がる『ソレ』。

 ゴルドが冒険者を続ける理由であり、今の今までずっと求め続けてファンタズ・アル・シエルを旅してきた……それが、何の前触れも無くゴルドの前に現れたのだ。

 言うなればこれは……奇跡だった。


「……嘘だろ……?」


 震える声を発し、雪を踏みしめ、枝からぶら下がる『ソレ』に近づくと、ゴルドは手袋を投げ捨ててゆっくりと手を伸ばす。まるで、触れてしまえば儚く消えてしまう幻なのでは無いかと、疑うかのように。

 だが、手に返ってくる感触は確固としたもので。


「てっきり、ファンタズ・アル・シエルにあるものだと思っていたが……こ、こんな所にあったとは……」


 ゴルドは呆然と『ソレ』を見つめ続ける。

 奇跡の体現をその手に、ゴルドは夕方までただただ、その場に立ち尽くしていたのであった……。


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