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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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クラフト王城②~アンリミテッド~

 ひんやりとした空気が肌を撫で、等間隔で設置された霊灯がグレンの影を長く壁に映し出す。地下通路というものは、誰も人が来ないと換気がされず、温度の高低差による結露によって苔むすものだが……この階段は随分と綺麗だ。

 つまり、この階段は頻繁に利用されていたということになる。

 慎重に、けれど、同時に大胆に歩を進めたグレンは、大きな広間に辿り着く。広間の中に足を踏み入れたグレンは、その奇怪な光景を前にして、目を細めた。

 円形の広間の中心には巨大なトゥインクルクリスタルが鎮座しており、虹色の輝きを放っている。

 トゥインクルクリスタルと言えば、少量でも莫大な霊力を内包する物質だ。それがこれだけの質量あるのだ……その内に貯めこんだ霊力量は、相当なものになるだろう。

 そして、そのトゥインクルクリスタルには幾つも導線が貼り付けてあり、それが広間の床を張って四方八方に伸びている。

 一本一本の導線はガラス製の円柱に接続されており、その内部は不可思議な色合いをした液体で満たされている。一体何が入っているのか……そう思い、目をこらしたグレンは、思わず目を剥いた。

 人だ。

 長い髪を液体に揺蕩わせながら……全裸のシルフェリスが浮いていた。多少のことでは動じないグレンも、さすがにこれには顔を引きつらせた。

 微かな間、ガラスの円柱を凝視していたグレンだったが、冷静さを取り戻してくるにつれ、普段の鋭利な思考が回転を始める。


「……オルフィ・マクスウェルか?」


 そう、ガラスの円柱の内部で浮いているのはオルフィ・マクスウェルその人だったのである。グレンは眼を細めて、その整った顔を観察する。

 普通、水死体ともなれば肌が水分を吸って、直視するのが躊躇われるほど酷い状況になるのだが……液体の中にあるオルフィは綺麗なままだ。

 少なくとも、この液体……水ではないようだ。

 おかしなことはまだ続く。

 この広間に幾つもあるガラスの円柱だが、その全てにオルフィと顔立ちが似ている……どころか、瓜二つのシルフェリスが入っているのだ。すべてが同一人物だといわれても、納得してしまいそうだ。


 ――というよりも、全員が六枚の翼を持っている以上、同一人物ではないのか……?


 十近くある円柱全てにこれなのだ……専門家ではないグレンには、いまいち理解が及ばないものの、これが尋常ではないことだという理解はできる。


「一体、ここで何が行われていたというのだ」

『人は罪深いね-。本来、創造とは神光のリュミエールにのみ許された特権だというのに……神の領域にまで土足で踏み込むとは、その図々しさには頭が下がるよー』


 グレンの反応は早かった。

 瞬時に神装<アビス>を発現したグレンは、声の方向に振り向くと同時に、構えを取った。

 いつの間にいたのか……トゥインクルマナのすぐ隣に、一人のドミニオスが立っていた。少なくとも、グレンは今の今まで全く気配を感じなかった。

 警戒心を一気に引き上げながら相手を観察するグレンに構うことなく、目の前のドミニオスは、歌うように言葉を紡ぎ上げる。


『これは全てインフィニティーの紛い物。人が作り上げた偽りの生命。産み落とされるはずのない忌み子。命を道具にして、同族を殺す算段を付ける……罪深いねー。だからこそー人間は滅ぼさないといけないんだねー』


 見たところ、ごくごく平凡な……というよりも、むしろ、肉付きの薄いひょろっとしたドミニオスに過ぎないのだが、なぜか尋常ないほどに強烈なプレッシャーを放っている。

 グレンの内に潜む闘争本能が、最大級の警鐘を打ち鳴らしている。

 恐らく……この男が、城の近衛を残らず殺した張本人だろう。


「貴様、何者だ」

『レニス。君達を滅ぼす神の名さー』


 そう言って、ドミニオス――レニスは、うっすらと嗤う。


「大言妄想が激しいな」

『何とでも言えばいいさー。人間に理解してもらおうとは思っていないよー』


 レニスはそう言って、足下に転がっていた『それ』を担ぎ上げる。


『いやいやー。アルティアが、僕の思惑に気がついてやって来たと思って、慌てて隠れたけど……ビックリして損したよー』

「オルフィ・マクスウェル女王をどうするつもりだ」


 無造作に担ぎ上げた『それ』――本物のオルフィに特に思い入れもない様子で、レニスは肩をすくめる。


『さっきから質問ばっかりだねー。君の問いに答える必要はないんだけどねー』

「もっともだな。だが……はい、そうですかと見逃すわけにはいかん。オルフィ女王は返してもらうぞ」

『面倒だから、さっさと消えなよー。見逃してあげるからさー』


 そう言って、レニスはグレンに興味を失ったかのよう、背後のトゥインクルクリスタルにぺたぺたと触れ始める。その表面に何らかの文様を書いているようだが……何をしているのかまでは、グレンには分からない。

 グレンは小さく吐息をつくと―― 


「そうか、ならば遠慮なくやらせてもらう……ペンタ・ラッシュ」


 初手から最大。

 広間の床を割り砕く一歩目で、瞬時に最大速度に乗ったグレンは、振り上げた拳をレニスに向けて振り抜き――


「ッ!?」

『見逃してあげるって言ってるのにねー。人間は死にたがりが多いねー』


 霊術コーティングがなされた石材すらも破砕するグレンの拳が、極薄の霊力障壁によって受け止められてしまった。言ってしまえばそれは、風船で大砲の砲弾を受け止めるようなものだ。無茶を完全に通り越し、不可能の領域にある御技である。

 グレンの視線の先、レニスは大きくため息をつき、面倒そうに手を振った。


『まったくー、手を焼かせないでおくれよー』


 その動きに連動して……床材が牙を剥いた。

 比喩でも何でもなく、本当に床材が牙をむき出しにして、グレンに食らい付いてきたのだ。詠唱すらもない……まるで、手足を動かすように当たり前に発動した現象を前にして、グレンは瞠目する。

 恐らく、玉座の間で腹を食い破られた死体は、これでやられたのだろう。

 完全に不意を打たれたグレンの体に、床材の牙が食い込み、そして――




「アンリミテッド・オーバーブースト」




『え!? ぐぁッ!?』


 今まさに食らい付かんとしていた床材が、グレンの体から放出された膨大な魔力に吹き飛んだ。そして、驚愕と共に振り返ったレニスに向けて……グレンは渾身の力で拳を振るう。

 先ほど、グレンの拳を受け止めた霊術障壁が飴細工を割るように、呆気なく砕け散り、放たれた拳はレニスの顔面に直撃した。

 発生した衝撃波で周囲のガラス柱が次々に割れるほどの威力を秘めた拳打――にもかかわらず、レニスは微かによろめくだけで、すぐに体勢を整えた。

 そして、驚きを表情に浮かべながら、今度こそグレンにまっすぐに視線を向けてくる。


『おぉ、驚いたー。そうかー……君もインフィニティーと同じく、世界のバグかー』


 膨大な魔力を内より噴出させながら、グレンはレニスと真っ向から対峙する。あまりにも濃密な魔力を纏うが故に、グレンの周囲には漆黒のオーラがゆらゆらと揺れている。


 これぞ、グレンの正真正銘の全力――アンリミテッド。


 学院を卒業後、グレンは、レッカ・ロードと戦う際にこの状態に移行し、拳打の一撃でコロッセウムごとレッカを撃破したという逸話を持つ。

 レニスの言葉の通り、今の状態のグレンに限界の概念はない。

 外から無限の霊力を引き寄せて扱うのがインフィニティーならば、アンリミテッドは内から無尽蔵に沸き上がる魔力を繰る者のことを指す。

 簡単に言えば、ドミニオス版のインフィニティーという感じか。


 ――まさか、この状態の一撃を叩き込まれてなお、平然としているとは……。


 対して、グレンもまた内心で舌を巻いていた。

 レッカすらも一撃で戦闘不能に追い込んだアンリミテッドの一撃……それを、顔面に食らったにも関わらず、レニスは平然としている。

 一体、どれほどの耐久力を有しているというのか。

 だが、ここで引くことなど出来はしない。得体の知れない相手だが……この男は、確実にこの世界に害を引き起こす。ここで決着を付けねばなるまい。

 グレンが表情を引き締めるのに対し、レニスは残念そうに手を振る。


『んー相手をしてあげたいのは山々なんだけどね-。早くここを離れないと、『彼女』がここにやってきてるみたいなんだよねー。残念だけど、時間切れだねー』

「逃がすと思うか?」

『思い上がらない方が良いよ-?』


 ポンッとレニスがトゥインクルマナの結晶に手を当てると、先ほどまで書いていた文様がうっすらと輝きを放ち始めた。


『さてー目的は果たしたから、退却させてもらおうかなー。あぁ、そうそう。君達ドミニオスの、『夜の大陸』にもお邪魔することになると思うから、その時はよろしくねー』

「待て!」


 追いすがろうとしたグレンだったが……その拳が届くよりも早く、レニスの姿はトゥインクルクリスタルの大結晶と、オルフィともども虚空に消えてしまった。

 空しく虚空を切った拳を引き戻し、グレンは苦々しい表情で天を仰ぐ。


「何が起こっているというのだ……この世界に……!」


 世界にゆっくりと暗雲が立ちこめている……それを感じながら、グレンはただただ、その場に立ち尽くすのであった……。


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