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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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追憶3 / 懺悔と後悔

 ねーちゃんを離せ――抗うために放たれた言葉は、けれど、あまりにも無力で。

 その小さな拳は空を切り、代わりに大人たちのつま先が少年の腹に食い込む。

 体が宙を舞って地面に叩き付けられる。

 再び小さな体に暴力の嵐が襲い掛かる。 

 お願い止めて――懇願の言葉が口をついた。

 お願いだから。何でもいう事聞くから。良い子にしているから。

 だから、お願いもう止めて。

 その言葉に大人達は暴力を止めた。

 少年は地面に転がっている。

 地面に土の色とは違う鮮やかな紅が広がっていく。

 あれはきっと、少年の命そのものだ。

 少年の命が……こぼれ出て地面に吸われてゆく。

 ごめんなさい。

 二人で遊んで、ごめんなさい。

 一緒にいて楽しいと思って、ごめんなさい。

 弟のように愛おしく思って、ごめんなさい。

 この子達は私が護ってあげなくちゃって思って、ごめんなさい。



 私と出会ってしまって――――ごめんなさい。



――――――――――――――――――――――――――――


 フェイムダルト神装学院の敷地のほぼ中央に、その名の通りトラム中央乗り場が設置されている。

 ここから各寮に向けて東西南北に線路が伸びているのだが……この線路によってフェイムダルト神装学院は四つの区画に分かれている。

 普段からラルフ達が通学している校舎などが建っているのが北西・北東の区画。

 入学式等で使った闘技場などの副次的な教育施設は南東の区画。

 そして、南西にあるのがリンク棟である。

 鍛錬場や歓楽街アルカディアもここに建っており、主に学生の自主的な活動を支援するための施設が集中する場所だ。

 そのため、この区画は放課後や休日に学生で賑わっており、人が絶えることがない。

 そして、まさにリンク勧誘期間である今現在……その喧騒はお祭り騒ぎと言うに相応しい勢いにまで加熱していた。


「うわぁ……凄い人ごみね」


 ティアが冊子を片手に呆然とリンク棟の方へ視線を向ける。

 本校舎に比べると少々チープな三階建ての建物が、コの字型に鎮座しており、建物に囲まれた中庭にひしめく様に人々が集まっている。

 この建物がリンク棟である。

 ティアと同じような冊子を手にしている者もいれば、新入生らしき学生を捕まえて熱心に説明をしている上級生の姿も見受けられる。

 まぁ……盛り上がってはいるものの、今朝のトラム乗り場のような暴動一歩手前のような状況ではないので、ラルフとしては一安心だった。


「アレット姉ちゃん、忙しい時に案内をさせてしまってごめんよ」

「……時間は余ってたから気にしない」


 ラルフの隣……そこで微笑んでいたのはアレット・クロフォードだ。

 アレットの話では自分が一緒にいれば人払いにもなるとのことだった。

 アレットが単独リンクを作っているのは有名な話だ。

 そのアレットが新入生と一緒にいるのだ……端から見ればアレットのリンクに入ったと見えるだろう。

 実際、ここに来るまでの間、声を掛けられそうになったことはあったが声を掛けられたことは一度としてない。

 さすがはアレット・クロフォードと言うべきか。

 ちなみに、ミリアは背後霊の様にアレットの後ろにぴったりとくっついている。


「いやぁ、本当にアレット姉ちゃんがいなかったらどうなってたことか」


 お気楽なラルフの言葉にアレットは笑顔を見せる。


「……皆、どこか見学したいところとか、ある?」

「その、どこから見学したものか……」


 ティアは手に持った冊子と周囲を見渡しながら困惑気味に言う。

 確かに、選択肢の幅が広すぎて、どれから手を付けたらいいのか分からなくなるのも頷ける状況ではある。


「……なら、花鳥風月を見に行ってみようか」

「アレット姉ちゃん。俺、シアって人苦手なんだけど……」


 アレットの提案にラルフは苦言を呈するが、アレットは首を横に振る。


「……シアはあんなんだけど面倒見はすごく良いし、強いし、リンクの人達からの人望は厚いんだよ」

「あの性癖が全てを相殺してますけどね」


 取りつく島もないほどミリアがバッサリ一刀両断にする。

 まぁまぁ、とアレットがミリアをなだめるその横で、ティアは考え込むように人差し指を顎に当てて空を眺める。


「でも、仕事先を紹介してくれたり、私の翼のことも気をつかってくれたり……少なくとも、悪い人には見えなかったよね」

「まあ、そりゃそうなんだけどさぁ」


 ラルフとしては出会い頭に、またちゃん付けで呼ばれるのは遠慮したい。

 アレットの先導でリンク棟の横を通り、更にその奥へと歩いてゆく。

 リンク棟に入らないのかと疑問に思いながらアレットの後ろに付いて歩いたラルフだったが……目の前に広がる景色に驚きの声を洩らした。

 リンク棟の背後には、一戸建ての小さな家が二十近く整然と建っていたのだ。

 造りはリンク棟よりもシッカリしている……と言うよりも、悲しいことにラルフの実家よりも造りが良い。


「アレット姉ちゃん、これは……?」

「……リンクハウスだよ。前年度の総合成績が二十位以内のリンクは、ここが使えるの」


 よくよく見てみると各リンクハウスの前ではメンタルフィールドが展開しており、そこで新入生が互いに戦っている。

 ここにいるリンクは全て上位リンク。

 つまり、グレンも言っていたが……今行われているのは入団試験なのだろう。

 この景色を見ると、やはり、上位リンクに入りたいと思う新入生は多いのだと実感する。

 きょろきょろと周囲を見回しているラルフの傍らで、ティアが何かに気が付いたようにアレットへと問いかける。


「クロフォード先輩。ここに来たってことは、花鳥風月は……」

「……うん、総合成績十八位。ほら、あそこだよ」


 アレットが指差す方向にある一軒のリンクハウス。

 そこには、流麗な文筆で『花鳥風月』と書かれた看板が掲げられている。

 何と言うか……らしいと言えばらしいのだが、自己主張の強いリンクハウスである。

 その時、ちょうどその扉が開いて中からビースティスの女の子が出てきた。

 扉の向こう側に向けて頭を下げているが……真新しい制服と、学年を示すリボンを見る限り新入生のようだ。

 新入生の姿を認めて、アレットは目を細める。


「……花鳥風月は募集とかしてないはずだけど」

「あの子……」


 その姿を見たミリアが反応する。

 どうしたのかとラルフが目線で問うとミリアは首を傾げた。


「『輝』ランクで同じ教室の友人です。なんでこんなところに……ちょっと行ってきますね」


 そう言ってミリアはその女生徒の方へと駆けだす。


「なんか、当然のように『輝』ランクとか口に出てくるあたり、私達って落ちこぼれなのね……」

「ティア、それ言っちゃあ終わりだ」


 ボソッとこぼすティアに、ラルフはストップをかける。

 何だかんだで忘れがちだが、ミリアは『輝』ランクなのだと今更ながらに思い知らされる。

 視線の先、女生徒は嬉しそうにミリアと喋ると、ラルフ達の方にも一度お辞儀をして、スキップしそうな軽い足取りで去っていった。

 その後ろ姿を見送っていたミリアが帰ってくる。


「……どうだった?」

「何でも、隠れて自主練習している所をシアさんに見つかって、そのままスカウトされたらしいです。有名どころのリンクには入れたって喜んでいましたよ」

「……ん、花鳥風月は強い弱い関係なく、シアが直々にスカウトした人しかいないから」

「そうなんだ?」


 ラルフの言葉に、アレットは頷く。


「……シア、小さい子とか好きだけど、努力家な人はもっと好きだから。花鳥風月にいる人達は、皆、頑張り屋さん」


 そう言って微笑みながらアレットは扉を叩く。

 すると扉がゆっくりと開き、そして……ラルフの見慣れた顔が出てきた。


「はい、何か聞き忘れたことでもあったかい……って、おや、ラルフ君じゃないか」

「え!? アルベルト先輩!?」


 そう、リンクハウスから顔を覗かせたのは、最近、毎朝ラルフが世話になっているマナマリオスの青年……アルベルト・フィス・グレインバーグだったのである。


「知り合いですか、兄さん?」

「あ、あぁ。毎朝、鍛錬場でお世話になってる先輩だよ。アルベルト先輩って、花鳥風月に所属してたんですか?」


 ラルフの言葉にアルベルトは朗らかに笑いながら頷いて見せる。


「そうだね。シアから君のことは聞いていたんだけど、きつく口止めされていたんだ。結果的に騙すようなことになってすまなかったね。気を悪くしたかい?」

「いえ、そんなことは!」

「なら良かった。あぁ、そっか。シアに用事があるんだよね?」


 そう言ってアルベルトはリンクハウス内へ振り返る。


「シアー! ラルフ君たちが訪ねてきてるよー!」


 アルベルトが大声でそう呼びかけると、ガシャーン、パリーン! と何かが割れる音がして中から複数名の悲鳴が上がった。

 戦々恐々としているラルフの前で、アルベルトは呆れたようにため息をついた。


「さっきの新入生さんをもてなす時、大皿にクッキーを広げてたんだけど……さては落としたな」

「ラ~ル~フ~ちゃ~ん!! きちんと来てくれたんですのねー!」

「うわ、こんにちっわっ! シアせんっぱい!!」


 ハートマークが飛び交うような声色で叫びながら、シアが表に出てきた。

 相も変わらず大胆に着物を着崩し、その豊満な体を惜しげもなく晒している。

 そして、そんなシアがラルフを抱きしめようと近づいてくるのだからたまったものではない。

 巧みなフットワークでシアの腕を回避したラルフは、挨拶をしつつ距離を取った。

 何と言うか……男としては嬉しいのだが、さすがにこんな衆人環視の中で抱きしめられるなど罰ゲーム以外の何物でもない。

 あと、小さい子扱いされるのも勘弁してほしい。


「むぅ……つれないですわぁ……ほら、クッキーもありますわよーおいでおいで」

「うわぁ、これ美味しそうぐほっ!?」

「撒き餌に群がる魚よりも簡単に釣られてどうするんですか」


 簡単に釣られそうになるラルフの横腹に、無言で肘鉄を叩き込んだミリアは、その襟首を引っ掴んで、シアと距離を取った。

 不満げな表情でラルフを見つめるシアの表情は、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供のそれだ。

 捕まったらどうなってしまうのか想像するだけでも恐ろしい。

 シアは気を取り直すようにコホンと咳払いし、金色の髪を掻き上げた。


「何はともあれ、こうして来てくれたことは素直に歓迎しますわ。さぁ、ラルフちゃん、ここに申請書類がありますから、さっそく名前を――」

「シア、気が早いって」


 シアの手から申請書類をヒョイッと取り上げ、アルベルトはラルフ達の方へ一歩。


「個人的にはリンク加入希望だと嬉しいけれど、今日、君たちがここに来たのは見学が目的だよね?」

「は、はい」

「なら、お客様を外に立たせたままなのは礼を逸する行為だね。さ、中へ――」

「アルベルト、少しお待ちなさいな」


 中へ案内しようとしたアルベルトだったが……それを止めたのは、シア本人だった。

 彼女は手の中で扇子を弄びながら一歩前へ出る。

 そして、視線をまっすぐに向ける先は――アレットがいる。


「アレット、貴女がここにいる理由を聞いてもよろしくて?」


 字面だけ聞けば冷たい言葉だが……アレットを見るシアの眼光は強い。

 アレットはその視線に少したじろいだ様子だったが、すぐに真っ向からシアの眼光を受け止める。


「……私は、ラルフ達にリンクの案内をしていただけ。そして、花鳥風月を案内して――」

「あわよくば、そのまま、わたくし達のリングに加入させようとしていた……ではなくて?」

「え……?」


 シアの言葉を聞いたラルフが振り返れば……そこには気まずそうな表情をしたアレットの姿。

 その姿が何よりも雄弁にシアの言葉を肯定していた。


「やっぱりそうですのね」


 シアはさらに一歩前に出る。


「もちろん、ラルフちゃんは花鳥風月に入ってもらいますわ。ただ……それとこれとは話が別です」


 一息、間に挟んでシアは扇子をアレットに向けて突きつけた。


「いつまでそうやって他人を遠ざけて、一人でいつづけるつもりなのですか、貴女は。貴女がどれだけ天才であろうとも……そう、ちょっと、ほんのちょっとだけ、それこそ、わたくしとはドングリの背ぐらいの差しかないけれど!」

「シア、くどい」


 思わずと言った様子でアルベルトが突っ込みを入れる。

 だが、当の本人たちには聞こえていないようだ。


「一人ではやれることに限りがある。貴女が何を思って一人でいることを選んでいるのかは知りませんが、いい加減にしなさいな! アレット、本当は貴女だって分かっているのでしょう?」


 まさに一喝。

 気迫すら込められた言葉がアレットを叩く。

 アレットは黙ってその言葉に撃たれるままになっていたが……ゆっくりと息を吸うとシアに向かって強い視線を返す。


「……シアには関係ない」

「……!」

「……何も知らないシアにどうこう言われる筋合いはない。私は、一人でも大丈夫」


 ラルフも初めて見るほどに……アレットの表情は険しい。

 先ほどのシアの言葉がアレットの逆鱗に触れたのだと、その場にいるだれもが理解した。


「……ラルフ達も私なんかよりもシア達と一緒にいる方が絶対に良い」

「アレット……姉ちゃん……」


 心のどこかで『そうではないか』と思っていた疑惑が確信へと変わる。

 アレットが発した言葉を信じることができず、まるで縋るような視線を向けるラルフだが……アレットは何も答えない。

 対するシアも引かない。

 むしろ、互いに手を伸ばせば届きそうになるほどの距離まで歩を進めてくる。

 そして、胸元を探るとそこから生徒手帳を取り出し――


「ならば貴女の限界を教えて差し上げます。ここに、シア・インクレディスがアレット・クロフォードに決闘を申し込みますわ!」


 アレットに決闘を申し込んだのであった。


シアさんポンコツ可愛い。

二章もいよいよ佳境です。後五話ほど続きます。

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