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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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クラフト王城①~惨劇~

 ラルフ達がジャバウォック&マーレと激闘を交わしている頃――首都クラフトも終生獣の襲撃を受けていた。黒き雲霞の如く押し寄せる、中・小型終生獣……一国の軍隊程度では、その勢いは止められるものではない。

 防衛ラインは易々と食い破られ、首都クラフトは瞬く間に血に染まる……はずだった。


「なるほど、アレが、ザイナリア殿が他国に対して強気に出られる理由か」


 迎賓館の屋根に登って、戦場を俯瞰していたグレン・ロードは、目の前で繰り広げられる光景に強く納得していた。

 怒濤の勢いで押し寄せる終生獣の群れを切り裂く、強大な霊術……それが、同時に四つ。どういった仕掛けなのかは分からないが、通常ならば十数人の霊術師を集めた上で、霊術陣を用いなければ発動できないレベルの霊術が、これでもかと連射されている。

 戦略級とまでいかずとも、限りなくそれに近い霊術だといっても良いだろう。

 この霊術のおかげで、近衛兵を中心としたシルフェリス軍の戦線は善戦していた。


「まるで、インフィニティーが数人いるようだな」


 鋭い観察眼で、限りなく正解に近い予想を立てるグレンの隣に、音もなくメイドのシエルが姿を現す。その手には、マナマリオスが開発した、『鷹眼の双眼鏡』が握られている。


「グレン様。どうやら、大型終生獣は何者かに足止めされているようです」

「ふむ」


 『何者か』――大型終世獣を相手に、個人を指す言葉が、どれだけ馬鹿らしいか……理解しながらもグレンは否定しない。シエルもそのぐらいのことは分かっているだろう……その上で、『何者か』という言葉を使ったのだから。


「どうも、頻繁に炎が上がっているように見えましたが……立ちこめる水蒸気で、詳細までは見えませんでした。申し訳ありません」

「いや、良い」


 普通ではない神装を持つ、赤毛の青年の姿が脳裏を過ぎる。

 根拠も確信もないのだが、グレンにはなぜだかあの青年こそが、大型終生獣を足止めしている本人だという確信があった。あの青年には、そう思わせるだけの何かがある。


「しかし、解せんな」

「私がこんなにも美しいことが、でしょうか?」

「その根拠もない自信を、もっと別の方向に向けられんのか、お前は」


 くねっとセクシーポーズを取るシエルに、冷め切った視線を向けたグレンは、気を取り直して再び戦場を見下ろす。


 ――終生獣が秩序だった行動を起こしている……にもかかわらず、目的が不明瞭だ。


 終生獣の大群を二つに分け、同時二方向から攻撃を仕掛ける――今まで、人間を見つけてはガムシャラに食らい付いてきた終生獣にあるまじき、統制のとれた行動。

 考えたくはないが、恐らく、指揮官なりなんなりがいるとみて間違いない。

 だが……だからこそ、疑問が出てくる。

 戦略があると言うことは、その戦略をとるに至った『目的』があるはずなのだ。

 それが人間の殲滅、あるいは建築物の破壊ならば、肝心要の大型終生獣を、首都から遠い方の群れに配置するのはおかしい。人間の密度が最も多いのは、この街なのだから。


 ――ラルフをあちらに引きつけるために大型終生獣を配置した……?


 仮にラルフが個人で大型終生獣に対抗できる人材であったと仮定した場合……そう考えるのが妥当だ。つまり、ラルフにこの首都クラフトにいて欲しくないと、指揮官は考えているのだろう。


 ――この近辺で大規模戦闘が繰り広げられるのを避けている……? まるで、『壊されたくない物がある』かのような……。


 グレンは眉をひそめる。

 だが、そう考えると一本の筋が通る。

 『壊されたくない物』がこの近辺にあったとして、それを奪うために、邪魔な人間の眼を他に向けさせる必要がある。その役目を果たしているのが、今、首都を襲っている終生獣の群れだと仮定すればどうだ。


「ふむ」


 人間を生かさず、殺さず、けれど、十分に苦戦する量の終生獣をぶつける。そして、戦いが長引いている間に、『壊されたくない物』を奪取すれば良い。

 そして、今、大量の終生獣に対応するため、最も手薄になっている場所は――どこだ。


「…………」


 グレンは、無言で王城へと視線を向ける。

 確か、第一近衛も必要最小限を残し、そのほとんどが戦場へと向かっているはずだ。


「シエル、お前はここに残れ」

「分かりました。ベッドメイクをして、身を清め、すけすけのネグリジェと勝負下着を身につけて、寝室で筋トレしながら待っています」

「誘惑したいのか、体を鍛えたいのかどっちかにしろ」


 若干げんなりしながら立ち上がったグレンは、軽く助走を付けて跳躍。

 屋根から屋根へと飛び移り、瞬く間に、クラフト王城へと辿り着く。門番に軽く挨拶をして中に入ったグレンは……すぐさま違和感を覚え手足を止めた。


「静かすぎる……」


 もっと言えば、『生』の気配がしない。

 なまじ、居住区間に生活感が残っているからこそ、それが際立つ。まるで、生きとし生ける物が一瞬にして消失してしまったかの如く。

 静寂に包まれた空間に、グレンの靴音が高らかに鳴り響く。まず、グレンが向かったのは玉座……インフィニティーであるオルフィ・マクスウェルが坐す場所である。

 終生獣に対して徹底抗戦を決断したオルフィは、あの部屋に陣取っているはずだ。少なくとも、あの部屋には誰かがいるはずだ。

 だが……グレンのその予想は、最悪の形で的中する。


「……エグいな」


 煌めくシャンデリアに、豪奢な調度品で飾られた室内を穢す――血、血、血、血、血、血。

 壁面と床面に容赦なくぶちまけられた赤黒い血の上には、折り重なるように近衛兵の死骸が山となって積まれていた。

 相当に酷くやられたようだ……首から上が切り落とされた者や、必要以上に八つ裂きにされた者など、死体の状況は凄惨を極めている。

 生臭い匂いに不快感を顔に出しながら、玉座の間に踏み入ったグレンは、死体を手早く検分してゆく。これだけ凄惨な場にいながら、物怖じ一つしないこの男の肝の据わり方も、大概おかしい。


「死んでからそう時間は経っていない……」


 体に微かに熱が残っている。

 つまり、この惨劇はつい先ほど繰り広げられたということになる。

 死体の中には第一近衛の者も多く混じっている……これだけの数を一気に相手にし、かつ、勝利を収めたとなると、相手は相当に腕が立つと考えて間違いはない。

 そして、気がついたことはもう一つ。


「オルフィ・マクスウェルの死体はない……か」


 そう、この国の女王であるオルフィの死体がないのである。

 この玉座の間に攻め入ったということは、目的はオルフィである可能性が高い。にもかかわらず、その死体がないということは……。


「誘拐か……?」


 現段階では、もっとも可能性の高い選択肢はそれだろう。だが、終生獣がオルフィを誘拐して何になるというのだろうか。


 ――分からないことが多すぎるな。情報が足りん。


 グレンは足早に玉座の間を出ると、次はザイナリアの執務室を目指して移動を開始したが……ここからが酷かった。

 恐らく、玉座の間の騒ぎを聞きつけて多くの者が集まってきたのだろう。廊下のそこかしこに死体が転がり、臓物と血液をぶちまけている。その中には、文官やメイドといった者まで混じっており……完全に見境がない。 

 グレンは死体の顔を一つ一つ確認しながら、足早に廊下を抜けると、ノックもせずにザイナリアの執務室を押し開けた。


「…………」


 豪奢なカーペットを鮮血で塗らして倒れ伏している……ザイナリアの姿。

 遅かったか、と悔いたグレンだったが、ふと、小さくその胸が上下していることに気がつき、足早にその傍へと歩を進める。


「気をしっかりと持て! ザイナリア殿!」


 至近距離で見れば分かるが、深く腹を抉られている……完全に致命傷だ。もう助からないのは誰の目にも明らかだった。

 グレンの呼びかけに、ザイナリアはうっすらと目を開け……自嘲気味に笑みを浮かべた。


「グレン王……か…………」

「何があった」

「……わから……ぬ……。背後から……腹を……掻っ捌かれ……」


 完全な不意打ちだったようで、ザイナリアも犯人の顔は見ていないようだ。

 渋面を作るグレンの前で、ザイナリアは肺の中身を吐き出すように、大きく吐息を付く。


「……私も……終わりか……ふっ、ふふ……なんと……呆気ない……幕切れよ……」

「遺言があるなら聞く」


 簡潔に言い渡すグレンに、ザイナリアは虚ろな目で天井を見ながら、口を開く。


「言い渡す言葉など……ない」

「そうか」


 憎々しい言葉に、グレンは簡素に返す。確かに、看取る相手が不倶戴天の国の王など、ザイナリアからすれば不本意の極みだろう。


「……グレン王よ……死出の土産に……一つ……聞き……たい……」

「答えられることならば、答えよう」

「貴殿は……本気で……全ての種族が手を取り合えると……そう、思っているのか……」

「無論」


 虚飾なく断定するグレンに、ザイナリアは血泡を吹きながら、弱々しく笑う。


「なんと……幼稚な……夢か……。なんと……儚い……夢想か……」

「………………」

「グレン王よ……一つ……言って……おこう」


 ヘドロのような濁った光を宿したザイナリアの瞳が、ぎょろりとグレンを睨み据える。

 それは……この世界に膿み、疲れ果てた者の瞳だった。


「人間の本当の敵は……終生獣などではない…………人間自身だ……」

「人を殺すのは人だと、貴殿は言うのか」

「然り……。終生獣は……人間を殺すためだけに生まれ……その至上目的のためだけに……生き、死ぬ……。なんと純粋で……シンプルな生き様……よ……。その分かりやすさに……愛おしさすら……覚える……」


 ザイナリアは咳き込み、口から血の塊を吐きながら……世界を呪うように嗤う。


「それに比べ……人のなんと醜悪で、奇怪で、愚昧な生き様よ……。自身の都合で……同族を陥れ、小さな差異を見つけては……それを理由に、集団で嬲り……時には、理由すらなく……他者を傷つける……」

「そうだな。だが……貴殿もまた、人間だ」

「かっかっか……然り、然り、然り。私もまた……人間。己の利己のため……他者を陥れ、罠に嵌め、無実の罪で多くの首を……落とした……」


 もはや、その瞳は何も映していない。朦朧とした意識の中、ザイナリアは虚空に何かを見いだしながら、弱々しく手を伸ばす。


「すまない……クレア……。お前が……大人になる前に……この国を……他国の脅威に……怯えることのない……強国に……。私と……アンジュの……可愛い娘の……お前が……安心……して……暮らせ……る…………世界……」


 そして、最後まで言い切るよりも前に、ザイナリアの伸ばした手はパタリと地に落ちた。

 最後の最後まで、決して閉じることなく、世界を見据え続けて事切れた男の最期に、グレンは小さく黙祷を捧げると、そっと、その目を閉じてやった。


「さて……黒幕は、この奥か」


 グレンはそう呟いて、立ち上がる。

 ザイナリアの執務室の壁に設えた本棚……それが、大きく横にスライドしており、その奥に、地下に通じる階段が姿を見せていた。恐らく、犯人はここに地下に通じる階段があると分かっていて、執務室まで押しかけたのだろう。

 グレンは躊躇いもなくその階段へと足を踏み入れる。


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