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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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ゲイルゴッド攻防戦④~ヴォーパルブラスト~

 まるで、映像を逆再生するように……ジャバウォックの胴体の亀裂が、焼けただれた口が、猛烈な速度で治癒しているのである。

 ジャバウォックを覆い尽くしていた紫色の力場は、片っ端から分解され、その体に吸収されてゆく。なまじ、その力場の力が強かっただけに、阻止する暇すら無く、傷が完治してしまった。

 そう、インフィニティー部隊である【リベリオン・クレスト】の存在が、完全に裏目に出てしまったのである。

 そして、最後の一片まで霊術を食い尽くしたジャバウォックの傍に寄り、マーレは満足そうにほくそ笑む。


『ジャバウォックの特殊能力は――霊術吸収。正直、アルティアと<フレイムハート>の炎が霊術じゃないと分かったときは焦ったけれど、計画に何の支障も無かったし! これで、ジャバウォックは霊力の供給抜きで数年は稼働できるし!』

「嘘……だろ……」


 奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、ラルフは強く拳を握りしめる。それは、アルティアも同様のようで苦虫を数十匹まとめて噛みつぶしたように、表情が渋い。

 勝ち誇った様子で艶然と笑うマーレは、前足でジャバウォックの頭をぽんぽんと叩く。


『ただまぁ、アタシはレニスのように甘くないし。やられたら、数倍にしてやり返すのがモットーだし? だから、ジャバウォック……やれ』


 マーレの指示を受け、ジャバウォックの口が開く。

 口腔内に今までとは比較にならないほどの霊力が収束してゆく。やめろ、とラルフが声を放つよりも早く……ヴォーパルブラストが放たれた。

 今までの攻撃とは天と地ほども差がある一閃が、天地を断つ。

 ゲイルゴッド監獄から少し離れた場所――恐らくは、シルフェリスの陣地があると思わしき場所にヴォーパルブラストが突き刺さり、そこにあった一切合切が音も無く蒸発する。

 土も、木々も、動物も、そして、人も。

 ジャバウォックはヴォーパルブラストを撃ったまま、無造作に首を横に振る。大陸を貫通していた破滅の閃光が、大地を横断……一瞬の静寂の後、浮遊大陸エア・クリアの一部分が『切り取られた』。

 アルティアとマーレの戦いで外縁部が削り取られた時とは訳が違う。

 そこにあった大地が、森が、湖が、山が、村が、街が、生命の営みが……無情にも海へ没してゆく。あまりにもスケールが大きすぎて、現実感がごっそりと欠落した光景に、ラルフは唖然とするしかない。


『あ、馬鹿、や、やり過ぎ……やり過ぎだし……』

『き……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』


 ラルフよりも先に激昂したのは、アルティアだった。

 血反吐を吐かんばかりに咆哮しながら、ビクッと身を縮こまらせたマーレに向かって、苛烈な眼光をたたき付ける。


『人間を殺すためだけに、大地を切り崩し、海を穢し、数多の生命を殺すなど創世の獣にあるまじき愚行! 『海を、大地を、穢す人間を許せない』と宣った貴様達の言葉は偽りだったというのか! もはや、人間を殺すことしか頭にないか! 答えろ、蒼海のマーレッ!!』

『あ、アタシだってここまでするつもり無かったし! ただ、その、人間だけ焼き尽くせば、そ、それで満足するつもりだったというか……』


 これほどまでに怒り狂ったアルティアは初めて見た。それは、マーレも同じことなのだろう……アルティアの怒気に完全にタジタジになっている。

 元々、『世界の害悪となりうる人間を生かすか、殺すか』という一点において創生獣達は対立しているだけで、行動原理の根っ子は世界をより良い方向へと導くという点で共通している。

 レニスとアルティアが、対立しながらも互いを認め合っているのは、その辺りをよく理解しているためだ。だからこそ……私情によって、無為に破壊と殺戮をばら撒く行為は、創生獣として絶対に許されない行為なのである。

 突如として豹変した神光のリュミエールでさえ、終世獣を創造する際には、人以外には一切危害を加えない生命と定義したぐらいだ。

 だが、今回、マーレは絶対ともいえるその掟を破った。アルティアがここまで激昂しているのは、そういった理由があるからだ。


『貴様は、レニスとリュミエールを貶めた。ただで済むと思うな……』


 狼狽えるマーレを前にしても、アルティアの怒りのボルテージは一向に収まる様子が無い。

 だが……怒りのボルテージが急上昇しているのは、何もアルティアだけではない。


「お前……よくも……ッ!!」


 ガッと拳を握りしめ、ラルフが殺気立った目をマーレに向ける。こちらはこちらで、大量に人間を殺されたことに怒り狂っている。

 元々、義理深く、熱しやすい性格をしているラルフのことだ……ゴミを焼くように人を殺す光景を見せられれば、激昂するのは当たり前のことだった。


『ラルフ』

「……なに?」

『マーレを討滅する』

「おう、全力だ」


 握りしめられた拳が、真紅の翼が、燃え盛る炎に彩られる。

 <フレイムハート>に過剰供給された闘志が激しく燃焼し、ラルフとアルティアに莫大な力を与えているのである。

 ラルフとアルティアの逆鱗に触れたと理解したのだろう……マーレの顔が盛大に引きつる。


『く、こ、この……ジャバウォック! あいつらを倒せ!』


 単純明快な指示を受け、ジャバウォックが口腔に霊力をチャージし、そして――浮遊大陸エア・クリアに向けて、ヴォーパルブラストを撃ち放った。

 再度まき散らされる破壊と虐殺。木々が燃え盛り、人々の住む村が、街が、一瞬にして蒸発して消え去る。

 この事態に最も驚いたのは、恐らくマーレ自身であろう。何せ、ジャバウォックは、指し示した方向とは明後日の方向に攻撃を加え始めたのだから。


『え、ちょ、ジャバウォック!? あっち! あの二人を狙うんだし! そっちじゃない!』


 必死にジャバウォックの頭を叩いて指示を飛ばすマーレだが……先ほどまで従順だったとは思えないほど、マーレの存在を完璧に無視し、ジャバウォックはエア・クリアの方角へと高速で移動を開始する。


「あ、アルティア!」


 ラルフが切羽詰まった声でアルティアを呼ぶと、彼は顔を引きつらせながら、マーレに声を掛ける。


『……マーレ、ここに来るまでに一度でもジャバウォックは人を殺したか?』

『え? い、いや、ガイア大陸でトゥインクルマナを強奪した時に起動したぐらいで、実戦投入したのは今回が初だし……』


 完全に挙動不審になっているマーレの言葉を聞いて、アルティアが小さく舌打ちをする。


『先ほどの一撃で、人を殺す悦楽を思い出したか……』

「……マジかい」


 一度でも人の味を覚えたクマは、頻繁に人里に下りてくるようになるというが……それと同じようなものだろうか。何にせよ、厄介極まりない事態になったようだ。


『小、中終世獣はいざ知らず、大型終世獣は創造主であるリュミエールにしか従わないということか……』

「悠長に構えてる場合じゃ無いぞ、アルティア。これ以上アレを撃たせたら、大陸が分割されちまう!」

『無論だ。行くぞ、ラルフ! 乗れ!』

「おう!」


 ラルフが勢いよく答えて、ひらりと背に飛び乗ると、アルティアは急発進。大陸へと接近してゆくジャバウォックを追跡する。


「あのデカブツ、意外と速い……!」


 そう、ラルフの言葉の通り……ジャバウォックの飛行速度が速い。

 無論、速度で言うならアルティアの方が速いのだが、あの図体でこの速度は驚異的ですらある。もしかしたら、先ほどの戦略級霊術を吸収して、本調子に戻ったのかもしれない。

 ジャバウォックの背中を睨み付けていたラルフだったが……ふと、あることに気がついた瞬間、顔から血の気が引いた。


「なぁ、アルティア……ジャバウォックが狙っている方角って、ティアがいる方角じゃないのか……?」

『……先ほどと同じように霊術砲が放たれれば、切り取られた大陸ごと、海に沈んでしまう可能性が高い』


 アルティアの肯定の言葉に、ラルフはぎゅっと拳を握りしめる。


「ふ、ふざけんな!? くそ、もっと速度は出ないの!?」

『やっているが……く……ッ!!』


 視線の先、ジャバウォックが飛翔しながら大きく口を開き、口腔に霊力をチャージ。そのまま、ヴォーパルブラストが大陸に向かって――


『易々とさせん! 焼き尽くせ! エクスブレイズ!』


 アルティアの力ある言葉に感応し、眼前に火球が出現……それが、矢の如く鋭い軌跡を描いて飛翔し、ジャバウォックに直撃した。空気を激震させながら大爆発を起こし、ジャバウォックの体が大きく吹き飛ぶ。


「ナイス、アルティ――」


 勢い込んで賞賛の声を上げたラルフの声は……しかし、次の瞬間、盛大に回転したジャバウォックの首を見て途切れた。 

 白い巨人の見る先にあるのは――先ほどまで、ジャバウォックが狙いを定めていた地点。


「や……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 ラルフの悲痛な叫びを無情にも掻き消して……霊術砲が空気を抉り抜きながら放たれたのであった……。


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