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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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ゲイルゴッド攻防戦②~ジャバウォック~

 ジャバウォックは目が無いため、なにを考えているのかよく分からないが……その総身から発せられる殺意は、びりびりと肌に突き刺さるほどに鋭利だ。


「くる……!」


 殺意がその圧力を高めた瞬間、ジャバウォックが動き出す。

 巨大な体からは想像も付かぬほどの俊敏さを発揮し、握りしめた拳が振り抜かれる。暴風を纏って接近してくる拳を、ラルフは空を疾走して何とか回避する。

 ちょっとした建物が猛スピードで迫ってくるようなものだ……神格稼働で強化されたラルフであっても、直撃すればただでは済むまい。


 ――それでも、見切れないほどじゃない!


 ジャバウォックを中心に円を描くように疾走しながら、ラルフはその背後に回り込む。

 確かに、ジャバウォックはその巨体からは想像も付かないほどの速度で動くが……しかし、ラルフにはそれを更に上回るスピードと、足回りがある。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 疾走の慣性を脚力で強引に殺し、ラルフは直角に曲がると、ジャバウォックの背中に取り付く。そして――その勢いのまま、一気に頭に向かって背を駆けてゆく。

 ネズミが体を這っていると気がついたのだろう……ジャバウォックが強く体を揺するが、ラルフは小揺るぎもしない。 

 今のラルフにとって、空間の全てが足場だ。一度、背後を取れば振り落とされることは無い。


「ふっ!」


 ジャバウォックの首元まで来て、ラルフは跳躍すると同時に空中で一回転。

 天に向かって両足をつき、グッとめいっぱい膝をたわめる。

 天地が真逆になったラルフの眼前には、ジャバウォックの頭頂部が一杯に広がっている。それをにらみ付けながら……ラルフは、渾身の力で天を蹴る。

 砲身から打ち出されたかのような加速を得たラルフは、拳を引き絞り――


「エクスブレイズ・インパクトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 ジャバウォックの脳天目掛けて、灼熱の拳打を叩き込んだ。

 戦略級霊術にも匹敵する一撃――直撃すれば、地形すらも変えてしまえるほどの威力が込められた拳をもらい、ジャバウォックの頭が、半分以上胴体に沈み込む。

 灼熱の花弁を散らしながら紅蓮の大華を虚空に咲き、ジャバウォックの体が猛烈な速度で海中に向かって吹っ飛んで行く。

 まさに、会心の一撃……なのだが、ラルフの表情は冴えない。


「手応えがなさ過ぎる……」


 警戒心を解かぬまま、そう呟く。

 そう、直撃した際のインパクトがあまりにも無かったのである。上手く例えられるものが無いが、語弊を覚悟で言うなら……ゴムの塊を殴ったようなものだ。

 ラルフの拳打による衝撃が、ほとんど受け流され、殺されてしまった。


「絶対に仕留められていない! 追撃を――」


 そう言って、ラルフが駆け出したその瞬間……こちらに背を向けて吹き飛んでいたジャバウォックの首が、ギュルリと百八十度回転した。

 ぎょっと目を剥いたラルフを嘲笑うように、左右に裂けた口が更に吊り上がる。

 ジャバウォックの口腔に剣呑な輝きを認めた瞬間、ラルフの背筋に、えも言われぬ悪寒が駆け抜ける。空間を全力で蹴り、疾走の勢いを殺さんとするが……遅い。


「―――――――――――――――――ッ!」


 大出力の霊術砲が天を突いた。

 霊術に転化されていない純粋な霊力を、そのままぶっ放すという単純極まりない……だが、それ故に誤魔化しのきかない大威力。それは、なすすべも無いラルフをいとも容易く消し炭に変えて――


『させぬ!』


 直撃の瞬間、真紅の影がラルフを掠め取るように過ぎる。

 霊術砲は空を突き抜け、天を覆っていた雲を一瞬にして吹き散らし、消えてゆく。その一部始終を、ラルフはアルティアの背中につかまりながら、血の気の引く思いで見ていた。


「た、助かったよ、アルティア……というか、首は真逆まで回るわ、ビームを吐くわ、なんだよ、あのトンデモ生物は」

『終生獣に常識は通じんと言っただろう』

『アルティア―!! アタシを無視するとかいい度胸だし! ジャバウォック! あのクソ生意気な鳥に向かって、もう一発ヴォーパルブラストをお見舞いするし!』


 海中に落下しようとしていたジャバウォックだが……マーレが軽く手を振るった瞬間、海水の質が変化。海面が柔らかく巨体を受け止め、その弾性を存分に発揮して、ジャバウォックを空へと弾き返したのである。


「うわ、ずるい!」

『海はマーレの体の一部だ! 来るぞ! しっかりつかまれ!』


 その声を合図に、アルティアが一気に加速する。

 真紅の残像を描きながら天空を飛翔するアルティアに向かって、海面近くに立ったジャバウォックが、霊術砲――ヴォーパルブラストを連射する。

 まるで、天に向かって幾つもの光の柱が並び立つかのような幻想的で……破滅的な光景が展開される。光の柱を縫うように飛ぶアルティアは、大きく弧を描いて、ジャバウォックから距離を取る。


『突貫する! ラルフ、火力を私に!』

「おうともさ!」


 ラルフはアルティアの背に手のひらを当てて、一気に力を注ぎ込む。

 瞬間、アルティアを包み込むように真紅の業火が燃え上がる。灼熱の炎がアルティアの翼に重なるように燃え上がり、尾が伸張したかのように棚引く。

 その姿……まさに火の鳥。

 全身に燃えさかる炎を纏いながら、アルティアは水面近くまで下降すると、ジャバウォックに向かって大きく翼をはためかせた。


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

『いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!』


 乾坤一擲の飛翔――音の壁を容易く破り、アルティアの姿が霞の如くぶれる。

 遅れて付随した衝撃波が海を真っ二つに割る様子は、まさに神話の一ページに語られるように勇壮で。ジャバウォックが急いでアルティアを補足し、ヴォーパルブラストを放とうとするが……それよりも早く、アルティアとラルフが飛翔の勢いのままにジャバウォックの腹に突き刺さる。

 そしてそのまま、二次曲線を描くように、急激に上昇を開始。

 『く』の字に折れ曲がったジャバウォックを更に空に向かって突き上げる。

 ラルフの拳打すらも吸収する、驚異的な耐久力を誇ったジャバウォックの皮膚だが……さすがにこれを防ぐことはできなかったのだろう。ミギミギミギと異音を発しながら、その体に亀裂が入ってゆく。


「いけるぞ、アルティア! このまま突き破っちまえ!」

『任せろ! これで決着だ!』


 そして、アルティアのクチバシがジャバウォックの胴体を完全に貫かんとした……その時だった。


『だー! いい加減にしろぉぉ! レニスに任されたジャバウォックをこんな所で失うわけにはいかないし!』

「うわ!?」

『ぬぅっ!?』


 ドンッ! と横殴りの衝撃が襲いかかり、アルティアとラルフは宙に弾かれてしまう。纏っていた炎が霧散し、ジャバウォックが力なく空で停止する。

 そして、ジャバウォックとラルフ達の間に立ちふさがったのは……目が覚めるような鮮烈な蒼の体毛を持つ、雌獅子だった。

 炯々とした闘志を宿した瞳を向けた雌獅子は、大きく前足を振り上げると、それをラルフ達に向かって力一杯振り下ろした。振り下ろす動作に連動し、空気中の水分が収束、結合……瞬く間に、五つの巨大な水刃と化して襲いかかる。


『マーレも本性を現したな……なりふり構ってられなくなったか』

「アレが蒼海のマーレの創生獣形態……」


 刃を何とか回避したラルフは、そう言いながら体勢を整える。

 シルフェリスの姿が仮初めの姿だとは知っていたが、改めて彼女が人にあらざるものなのだと理解が及んだ。 


『よりいっそう気を引き締めろ、ラルフ。あの姿になって更にこの世界との親和が進んだはずだ。言ってしまえば、先ほどまでのマーレの攻撃は様子見に過ぎん』

「マジかよ……まぁ、いいさ。こっちだって、ようやく体が温まってきた所なんだ」

『それは心強い限りだな』


 苦笑交じりのアルティアの声を聞きながら、ラルフは構えを取る。 

 対するマーレも獲物を前にしたかのように姿勢を低くし、ジャバウォックが胴体の傷を庇いながらもラルフに向かい合う。

 かすかな沈黙を挟み……双方は、再び激突を開始したのであった。

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