闇に葬り去られた真実
ラルフが欲望と理性の戦いに勝利した翌日……ラルフとティアは、屋敷の大広間に呼ばれ、机を挟んでクレア・ソルヴィムと向かい合っていた。
「おはようございます、お二方とも、よく眠れ……ラルフさんは凄く眠そうですね。寝具が体に合いませんでしたか?」
「あぁ、いえ……こう、夢のような感触に目が冴えたというか……」
あの後、一晩中ティアに引っ付かれたまま……というか、本格的に寝入ったティアは、更に容赦なくラルフに密着してきた。ネグリジェから伸びた艶のある足が絡みつき、甘えるように首筋に顔を寄せてきて……よくまぁ、手を出さなかったものだとラルフは自分自身を手放しで絶賛したかった。
まぁ、そのおかげで、ラルフは昨夜、一睡もしていない。
そんなラルフとは対照的に、ティアは肌がつやつやしており、目のくまもすっきりと消えている。
「あ、あの、ラルフ……その、ごめんね?」
「いぃえー。ティア様がよく眠れたのでしたら、よう御座いましたよー」
ほんのりと頬を赤くしながら言うティアに、ラルフは若干投げやりに返す。
しかし、ラルフは知らない……寝たふりをしていただけで、実はティアも夜遅くまで起きていたということを。そして、ラルフが必死に我慢しているのをいいことに、意図的に密着して甘えていたことを。まぁ、世の中には知らない方が良いこともあるのである。
そんな二人を、クレアは微笑ましそうに眺めてはクスッと笑う。
「本当にお二人は仲が良いですね。私もそんな殿方に出会えればいいのですが」
「あの、クレア先輩、ちょっと聞いていいですかね?」
「はい、ラルフさん。何ですか?」
ニコッと笑みを浮かべて言うクレアに、ラルフは視線の向きを変えて問い掛ける。
「あそこに立ってるメガネとクレア先輩ってどんな関係なんですか?」
「メガネっていうな、この山猿!!」
「うるっせぇ! メガネ割んぞ!」
「昨日もう割っただろ!」
大広間の入り口を護るように立つダスティン・バルハウスが、ラルフに噛みついてくる。
昨日、この屋敷を一通り見て回った時も、ダスティンは見回りのようなことをしていたのだ。一応、ダスティンも貴族の子のはずだ……普通なら、首都クラフトの学院に通っていなければならないはずである。
そんなラルフの質問に、クレアは少し困ったように笑う。
「それを話すには、私がこの別荘で謹慎を言い渡される経緯を話さなければなりませんね」
「え、クレア先輩、ここに謹慎されていたんですか!?」
クレアの言葉に、ティアが驚いたように声を上げる。
ラルフも驚いたが、同時に納得もしてしまった。本来なら、クレアは首都クラフトにあるザイナリア家の屋敷にいてしかるべきなのだ。それが、こんな田舎の屋敷に引きこもっている時点で、どう考えてもおかしい。
驚く二人をまっすぐに見据えながら、クレアは口を開く。
「御父様の書斎に秘されている資料を、許可なく閲覧してしまったため、こうして謹慎することになったのです。娘だったからでしょうね……本来なら、首を切られてもおかしくはなかったでしょうし。ダスティンは、私が謹慎を言い渡されたのを聞いて、こうして駆けつけてくれたのですよ」
クレアの言葉に、ダスティンは人差し指でメガネの蔓を押し上げる。
「クレア様には<再生>で父を救ってもらった恩義があります。この程度のこと、訳も――」
「それで、クレア先輩。極秘の資料を見たって、何を調べていたんですか?」
「最後まで聞けよ猿ぅッ!!」
ダスティンがギャーギャー叫んでいるが、ラルフは無視することにした。
クレアは苦笑を浮かべた後、その視線をティアへ向けた。
「ブライアン卿が投獄された、真の理由を探るために」
「……っ!」
ガタンとティアが椅子から立ち上がった。
小さく震えながら、目を大きく見開くティアとは対照的に、クレアの表情はとても穏やかだ。
波立たぬ湖水のような瞳にティアを映しながら、クレアは言う。
「学院から去る時、ティアさんと話して……やはり、どうしても納得ができなかったんです。私の御父様が、ブライアン卿を陥れる理由がないと。少なくとも、ブライアン卿は御父様と険悪な仲ではなかったはずです。それを探るため、こっそりと御父様の書斎に忍び込み、そこにあった極秘資料の中から、ブライアン卿に関わる書に目を通したのです」
「そ、それで……それで、何か分かったんですか!?」
勢い込むティアの言葉に、クレアは小さく頷く。
「ティアさん、貴女は一人っ子ですよね?」
「え……? あ、はい、そうですけれど……」
唐突な質問に、ティアが首を傾げる。
「でも、御父様の資料の中にあった出生書には、フローレス夫妻は、ティアさんの前に一人、女児を産んでいると記憶されているんです。これは、国で保管されている戸籍からは抹消されている名です」
「…………」
完全に凍り付くティアの目をまっすぐに目ながら、クレアはその名を呟く。
「その名はオルフィ・フローレス。どこかで、聞いたことのある名だと思いませんか?」