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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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ラルフ、理性の限界を試される

 ラルフとティアが連れてこられたのは、保護された場所から少し離れたところにある小さな村だった。この村の最奥には一際大きな屋敷が建てられており、これこそがクレア・ソルヴィムが住んでいるソルヴィム家の別荘であった。


「ティアさんが首都クラフトで第二近衛と揉めた上で、首都から追い出されたと聞いて、急いで使者を出したのですが……」


 屋敷の中にある大広間で対面したクレアは、そう言いながら、ティアに痛ましげな視線を向けてきた。ティアの目の下にある濃いクマや、無残に破かれた服に泥だらけの体、そして、バッサリと切られた金の髪……一目見ただけで、ティアの辿ってきた苦難の道のりが想像できるというものだろう。


「大変でしたね……ティアさん」

「はい。でも……ラルフが来てくれましたから」


 ティアが弱々しくも笑みを浮かべると、クレアは視線を横にいるラルフへとずらす。

 どうしてラルフがここにいるのか……そう思うのが普通だろう。だが、クレアはその疑問をあえて黙殺して、小さく微笑んだ。


「ラルフさんは、ティアさんの騎士なのですね」

「いえ、そんな事はないですけど……」


 若干の照れくささを覚えて、ラルフは頬を掻く。そんなラルフに微笑みかけると、クレアは二人を見回して口を開く。


「今日は疲れたでしょう。色々とお話したいことはありますが……今日は体を休めてください。風呂を沸かしてありますので、まずはそちらの方へ」

「あ、あの、クレア先輩! その前に、私はお父様を――」


 ティアが言い切るよりも先に、クレアは小さく頷いた。


「大丈夫……と言って良いのか分かりませんが、ブライアン卿の断翼刑の執行日は無期限に延期されました。今は、処刑場に隣接する死刑囚用の刑務所に入れられたままになっているはずです」


 ちなみにだが、『断翼刑』とは両の翼を切り落とされ、このエア・クリアから突き落とされるという最も重い刑だ。死刑囚は、海面に叩き付けられるまでの間、死の恐怖に怯えることとなる。

 クレアの言葉を聞いて、ティアは目を丸くした。


「え!? ど、どうして……!?」

「……この大陸に、大型終世獣が迫っています。そのため、ブライアン卿の護衛をしていた第二近衛も引き戻し、首都クラフトに全戦力を結集させているのです」

「大型終世獣……!?」


 その単語にラルフとティアは目を丸くする。

 現状、稼働しているのは第Ⅶ終世獣ジャバウォックだ。恐らく、この大陸に近づいてきているのもジャバウォックだと思って間違いないだろう。


 ――アルティアがいればよかったんだけどな……。


 恐らく、今も非在化して話は聞いているだろうが、直接話をすることができるほどには、まだ回復していないのだろう。


「とはいえ、まだ大型終世獣が襲来するまで猶予はあります。とりあえず、今日は休んでください。急ぐ気持ちは理解できますが、休息も必要ですよ」


 クレアの勧めもあって、ティアとラルフは風呂に入って身を清めると、食事をとって各々客室へと通されることとなった。

 そこでフカフカのベッドの上に寝転がりながら、ラルフは天井を見据えていた。


「大型終世獣ジャバウォック……」


 過去、大型終世獣『ヤマタ』と『リンドブルム』の襲撃によって人類は甚大な打撃を受けた。この世界にいる神装者が総力を決して挑んだにもかかわらず……だ。

 つまり、それだけ大型終世獣が圧倒的な力を有していることを意味している。

 これだけ絶望的な力の差が人類と大型終世獣にはあるのだ。だが……大昔にあった創生獣大戦では、多くの大型終世獣が討滅されている。具体的に名を上げると――


 第Ⅰ終世獣 ファブニール

 第Ⅱ終世獣 ニーズヘッグ

 第Ⅳ終世獣 ヴリトラ

 第Ⅴ終世獣 ウロボロス


 これに加えて人間と敵対していた創生獣、悠久のレニス、蒼海のマーレ、神光のリュミエールを倒したのだ。尋常ではない戦果だ。

 ならば、何故、これほどまでの戦果を挙げることができたのか……それは、一人の英雄が、その身を削って激戦に身を投じたからに他ならない。

 最強の神装<フレイムハート>そして、真紅の大剣<イモータルブレイド>の二つの神装を操り、人類の未来を勝ち取った青年――クラウド・アティアス。

 彼とアルティアの活躍がなければ、人類はとうの昔に滅ぼされていただろう。

 そして、今、<フレイムハート>はラルフに受け継がれている。


「…………」


 ラルフの持つ<フレイムハート>は、今まで一度として真の力を解放したことはない。

 神格稼働――<フレイムハート>の創造目的である『神を殺す力』を発現させる奥の手である。代償を払う代わりに、圧倒的な力を振るうことができると……過去、ラルフは夢の中でクラウドに聞いたことがある。

 ラルフ自身、今までそのような事態に陥ったことがなかったため、使ったことがなかったが……その時が来たのかもしれない。


「神格稼働か……何にせよ、首都クラフトが襲われる前にケリをつけないとな」


 ラルフは天井に向けて拳を突き上げる。

 大型終世獣の打倒――それは、<フレイムハート>を受けついだ者の義務だ。

 否、義務ではない……ラルフは、自身の意志でそうするべきだと感じているのだ。

 確かに浮遊大陸エア・クリアに良い思い出はない。だが、ここに暮らしている人々を見殺しにして良いということにはつながらない。

 そう、ラルフには力がある。

 それを使わずに逃げるということは、『この大陸にすんでいる人を見殺しにする』ということを意味する。それに、ティアの故郷をこのまま易々と破壊させるわけにはいかない。


「まぁ、覚悟だけはしておこう」


 例え神格稼働を使ったとしても、今までにないほどの死闘になることだろう。ラルフはその時のことを想像して頬を軽く叩くと、もぞもぞとベッドの中に潜り込んだ。


「何はともあれ……今日はもう寝よう」


 今日は大使館を襲ったり、塔を爆破したりと本当に色々あって疲れてしまった。

 一応、この屋敷は一回りして安全を確認してある……ティアの部屋は隣だし、何かあればすぐに気が付くことができるだろう。

 ラルフは目を閉じると、静かに意識を闇の中に落として――


「…………!」


 弾かれたように起き上った。

 扉の外……誰かがラルフの部屋の中をうかがっている気配を感じたのである。

 この男、気を回したり、場の雰囲気を読んだりするのは致命的にヘタなくせに、気配や殺気といったものにはめっぽう敏感である。


 ――敵意は……感じないが。


 というか、この気配……とても馴染がある。

 ラルフは早足で扉の方へ向かうと、無造作に引き開けた。

 すると、そこには枕を胸に抱え、ノックの形に手を上げたティアが固まっていた。彼女も今から寝る所だったのだろう……ふわふわした可愛らしい厚手のネグリジェを着ている。

 こわばった表情のまま、珍妙な姿勢で硬直している所を見るに……きっとノックしようかどうか迷っていた所で、ラルフが先に扉を開けてしまったのだろう。


「何してんのさ。俺に何か用?」

「え……あ、ぅ……」


 ズバズバと自分の意見を言うティアにしては珍しく、あぅあぅと要領を得ない。ラルフはそんなティアを見ながら、小さく……意地悪く笑う。


「ははぁん、もしかして、一人が心細くて添い寝して欲しくなったんだなぁ」


 『馬鹿じゃないの!?』と突っ込みが来ると思い、身構えたラルフだったが……返ってきたリアクションは期待したものとはほぼ真逆のものだった。


「……うん」


 顔を真っ赤にして、ティアは小さく、けれど、ハッキリと頷いた。

 ラルフはそんなティアの返答を受けて一定時間固まっていたが、視線を左右に振って、無意味に天井を見上げ、腕を組み、大きく息を吸って、目を閉じて、息を吐きつつ頭を左右に振って……と、現実逃避を続けていたが、困ったように半笑いを作った。


「え……マジ?」

「……うん。ダメ……?」

「いや、別にダメってわけじゃ……ど、どうぞ……」


 ラルフが道を譲ると、ティアはうつむき加減になりながらも、トコトコと部屋の中に入ってきた。

 風呂に入った後で髪も手入れをしたのだろう……ザックリと切られていた箇所が、きれいに整えられていた。

 扉を閉めたラルフは、一応用心のために部屋の鍵を掛けて……そこで大きく深呼吸。

 『振り返る』という行為にここまでプレッシャーを感じることになるとは思いもしなかった。意を決して振り返ると、ティアがラルフの枕の隣に、自分の枕をセッティングしている所だった。


「いや、ストップ」


 自分でも驚くほどナチュラルにストップサインが出た。


「ティアさん、ティアさん! ラルフさんは床で寝るのでベッドはティアさんが使っていいよ!」

「そんな事できるわけないでしょ。私が押しかけてきたんだから」

「ティアさん、ティアさん! ぶっちゃけそれは、至近距離からノーガードの心臓にボディブロー連打するようなもんだから、手加減して欲しいかな!」


 魂の叫びであった。

 笑顔を浮かべながらも滝のごとく冷や汗をかいているラルフだったが……そんなラルフの言葉に、ティアはしゅんと翼を小さくたたむ。


「その……私と一緒に寝るの……イヤ……?」

「ティア、論点が違う。イチゴは果物だと思ってたけど、実は野菜だったことぐらい違う」


 必死である。

 そんな煮え切らないラルフにティアは不満げに頬を膨らませた。


「なによ、じゃぁ何が気にくわないってのよ」

「あのね、ティアは男を甘く見過ぎ。気になる子が隣で無防備に寝てたら、男の理性なんてあっさり壊れるもんなんだよ」


 ラルフがそう訴えると、ティアは頬を染めてネグリジェをギュッと握りしめた。


「ラルフは……私にイヤらしいことをしたいの?」

「はい。あ、いや、そうじゃなくて!」


 ――素が出た!


 そんなラルフとジトッと見ながら、ティアが口を開く。


「違うって、ミリアに誓える?」

「すんません、違わないです……」


 あの鬼妹の名を出されたら終わりである。

 終わったなーと、一人で黄昏れていると、ティアがゆっくりとラルフに近づいてきた。そして、その手を包み込むように握ってくる。


「私、こっちに来てから安心して眠れる日がなくて……一人で寝ると、誰かが襲ってくるんじゃないかって、凄く不安で……。その、ラルフが呆れているのは分かっているんだけど……貴方に、傍にいて欲しいの……」

「まぁ、その、なんだ……」


 ばりばりと頭を掻いたラルフだが、ヤケクソ気味に頷いた。ここまで女性に言わせて引いては、男の沽券にかかわるというものだろう。


「よ、よし、分かった。じゃあ、寝よう! よし、寝るぞー!」


 ラルフはそう言ってソッとティアの手を離すと、自分からベッドの中に飛び込み、端っこの方で丸くなった。そして、意識して呼吸を深くし、全身に巡る力を感じるように脱力。

 心頭滅却を体現するかのように、忘我の極致をその身に下ろす。


「あの……お邪魔します……」 


 どこか恥らうような艶のあるティアの声が聞こえてくる――しかし、ラルフは忘我の果てにいる。

 しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてくる――しかし、ラルフは忘我の果てにいる。

 ラルフの背にそっと暖かな掌が触れる――しかし、ラルフは忘我の果てにいる。

 両手が腹に回され、背中に極上の弾力と柔らかさを兼ね備えた二つの膨らみが押し付けられる――しかし、ラルフは忘我の果てにすみませんマジ無理。


「いや、あの、ティアさん、その、当たってる」

「ちょ、ちょっとぐらいならエッチなことしていいから……っ!」

「ブレーキ壊せってか?」


 鬼か、この少女。

 自身の中で遠吠えを繰り返す獣を必死に宥めすかしながら、ラルフは大きくため息一つ。『もう襲ってもいいんじゃない?』と誘惑してくる悪魔を追っ払いながら、ラルフは口を開く。


「それで、安心して眠れそうかい? 俺は不眠症に陥りそうだけど」


 ラルフが少し不貞腐れたように言うが……返答はない。

 ん? とラルフが疑問に思って耳を澄ますと、穏やかな寝息が聞こえてきた。


「嘘、この短時間で……」


 顔だけで振り返ると、ぐっすりと寝入っているティアの姿があった。

 その寝顔はどこかあどけなく、そして、安堵しきっている。心の底からラルフのことを信用しているというのが、ひしひしと伝わって来る。


「あ、あ~……」


 ラルフは何とも言えない表情で声を漏らすと、大きくため息をつく。


「ん……ぅん……ふぁ……」


 そんなラルフの動きに反応したのか、凄まじく色っぽいティアの吐息がラルフの首筋をくすぐり、背中に張り付いた二つの膨らみがぐんにゃりと形を変える。


「このまま朝日が拝めそうだなぁ……」


 完全に生殺し……だが、こんなにも安堵した表情をした最愛の人をどうして襲えようか。

 ラルフは大きくため息をつくと、脱力してベッドに体を預けて目を閉じたのであった……。

 この時小さく「ニブチン」とティアの声が聞こえたような気がしたが……きっと、気のせいであろう。


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