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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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幕間② 大型終世獣、襲来の予兆

「ふむ」


 浮遊大陸エア・クリアにあるドミニオス迎賓館で、グレン・ロードは眉をしかめていた。グレンの傍にある手すりには、巨大な一羽の鳥が止まっている。

 ウィスパードロックバードと呼ばれるこの鳥は、一日の約四分の三が夜の闇に閉ざされているドミニオスの大陸『シャドル』に生息する猛禽類だ。鳥でありながらも夜目が利き、超々距離飛行を可能とする強靭な翼を有している。

 そして、何よりも凄いのは……自身が生んだ卵の場所が、どれだけ距離が離れていようとも探知することができるということだ。特殊な訓練が為されたウィスパードロックバードは、大陸間の移動をも可能にする……この習性を利用し、諸外国へと向かう使節団は、本国との連絡を行うために、ウィスパードロックバードの卵が複数持っていくのが通例となっている。

 そして、グレンの元にやってきたこのウィスパードロックバードも、その足に伝言を括りつけられていた。

 先ほどから、グレンが眉をしかめていたのは、この内容についてだ。


『ヒューマニスの大陸『ガイア』より。大型終世獣と随伴の多数の中・小型終世獣が高速で飛行しているのを確認。方角から、浮遊大陸エア・クリアへ向かっていると思われる』


 ヒューマニスの大陸『ガイア』にあるドミニオス領からの伝言だ。

 ファンタズ・アル・シエルの最も傍にある、フェイムダルト島の大使館から伝言が来ていないのは謎だが……ともかく、これは由々しき事態だ。

 伝言には、直ちにエア・クリアから脱出して欲しいと書かれている。


「滞在日数を伸ばした方が良いかもしれんな」


 明日にはエア・クリアから出る予定だったが……そうも言ってられない。

 何せ、四国同盟を蹴ってからというものの、浮遊大陸エア・クリアと直通を結んでいる転送陣は、フェイムダルト神装学院のものを除いてすべて撤去されている。

 この島は完全に世界から孤立しているのである。


「ひとまず、ザイナリア殿と話をした方が良いな」


 飛んできたウィスパードロックバードを籠に入れるように指示を出し、グレンは王城へと視線を向ける。恐らく……ザイナリアもザイナリアで、情報は掴んでいるのだろうが、そうでない可能性も否定できない。

 本来、会談をする場合は、事前に連絡を入れ、場を整えてから行うのが通例なのだが……今回は一分一秒を争う。グレンはメイドのシエルを含めた数名の護衛を引きつれ、ザイナリアへ会うために王城へと向かうことにした。

 いきなり現れたグレンを前にして目を白黒させる門番たちを説き伏せ、グレンは城内へと足を踏み入れる。案内の者に連れられ、城内を移動している最中……通路の向こう側から、第一近衛に護られながら、女王オルフィ・マクスウェルが現れた。

 その瞬間、グレンの周囲を固める護衛達と、オルフィを護る第一近衛達の間に緊張が走る。

 双方共に神装者であり、王の護衛を務めるだけあって凄腕揃いだ。

 もはやメンチ切りの勢いで、視線と視線で壮絶に切り合う護衛達を見ながら、グレンは内心でため息をついた。

 仲が悪いのは理解しているが、この有様ではまともに挨拶すらできない。

 軽く頭を下げ、グレンとオルフィがすれ違おうとした瞬間……視界の端でキラリと輝く何かが、地面に落ちた。

 一体何事かと、グレンは振り返って地面に落ちたものに手を伸ばし――固まった。

 純白の絹の布に、精緻な刺繍が縫いこまれた上品そうなハンカチ……なのだろう。

 断言できないのは、もはや布地が見えぬほどにラメが盛られているからである。

 上品だったハンカチの面影はなく、ギラギラとドキツイ輝きを放っている。こんなもので汗でも拭おうものなら、ラメがじょりじょりと肌を削ることだろう。


 ――砂ヤスリか、これは……。


 このハンカチの用途に思いをはせたグレンだったが、すぐさま立ち上がって辺りを見回す。


「このハンカチは誰のものだろうか」

「あぁ、ありがとうございます、グレン王。それはわたくしの私物です」


 そう言って涼やかな笑みを浮かべたのは、なんとオルフィ・マクスウェル女王であった。さすがにこれには、この場にいた全員がギョッと目を剥いたのだが、オルフィはそんなことは気にした様子もない。

 気安く近づいて来ようとしたオルフィだったが、それよりも先に、第一近衛の蒼髪蒼瞳の女性――以前、ラルフと戦ったことのある霊術師サフィール・アンが前に出た。


「ありがとうございます、グレン王」


 そう言って、グレンの手からハンカチを受け取った。

 恐らく、オルフィをグレンに近づけまいとしたのだろう……オルフィ自身も少し残念そうな顔をしている。本来なら、ここで互いに何事もなかったかのように、すれ違うところだろうが……今回ばかりは少し違った。


「グレン王、これも何かの縁……少し、わたくしとお話などしませんか?」

「ふむ」


 オルフィの言葉に慌てたのは第一近衛だ。


「オルフィ女王陛下! その、それは――」

「何を慌てているのです? わたくしはこの王宮に閉じこもってばかりで、外のことを何も知りません。聞けば、グレン王は昨年までフェイムダルト神装学院にて、学友たちと切磋琢磨されていたそうで……わたくしとしては、ぜひ、お話を聞いてみたいのです」


 まさか、グレンの目の前でドミニオスを悪しざまに言うこともできず、困り果てる第一近衛の心情を思い、グレンは小さく吐息をつく。


「オルフィ女王よ、申し訳ないのだが、今から急ぎの用件でザイナリア殿に会わねばならないのだ。次の機会でもよろしいか」

「あ……そうですか、残念です」


 しゅんと項垂れるオルフィをみて……グレンの口が自然と動いていた。


「オルフィ女王、一つお聞きしたい。今、この地に大型を含む終世獣の群れが迫っているのは、御存じか?」

「え……?」


 オルフィだけではなく第一近衛達も知らなかったのだろう……その表情に一様に緊張が走るのが見えた。その中で、グレンはただ、眼前のオルフィだけを見て問い掛ける。


「この世界で王制を敷いているのはドミニオスとシルフェリスのみ……つまり、この世界で王は我と貴殿だけだ。故に、王として問う――」


 そこで一度言葉を区切ると、戸惑いを浮かべるオルフィの目をしっかりと見据える。


「貴殿は、王としてこの国の窮地に何を為す?」

「……わたくしは……」


 一切の妥協なき、苛烈と言ってもよいグレンの視線に射抜かれ、オルフィは一瞬たじろいだが……すぐさまその瞳に強い光を宿した。


「わたくしは民のために一振りの剣となりましょう。インフィニティーの力は、人には過ぎた力です。なればこそ、この窮地に力を振るわずして、いつ振るうというのでしょう」

「己が身を剣とするか、異能の女王よ」


 グレンの言葉に、第一近衛の面々が色めき立つ。


「我らが女王の力を異能というか!」

「異能であろうよ。神装ですら人には過ぎた力……それすらも超える力を異能と言わずして何という。お前達が騒ぐのは勝手だが、オルフィ殿はそのことをよく理解しているようだぞ」


 グレンの言葉通り、自身の力を『異能』と評されたオルフィの表情は穏やかだ。

 そして、彼女はグレンを見て、小さく微笑んだ。


「凱覇王レッカ・ロードを打破して王位に着いた若き英雄グレン・ロード……どのような人なのかと思いましたが、とても誠実な方なのですね」

「なに、思ったことをすぐに口に出してしまうだけだ」


 グレンの言葉に、小さく笑みをこぼした後、オルフィは表情を引き締める。


「グレン王、私も王として貴方に問いたい。敵国といっても過言ではない我が国が窮地にいる中……貴方の足は今、どこに向かっているのでしょうか」

「この国が落とされれば、世界の空は終世獣に握られるにも等しい。我が民が安心して日々を過ごせるよう、我も最善を尽くそう」

「ありがとうございます……」


 オルフィの微笑に小さく頷き返すと、グレンは踵を返して廊下を進む。

 シルフェリスの一団から少し離れた所に来て、メイドのシエルがスススッとグレンの傍に寄ってきた。


「グレン様、本当にこの国を救うつもりですか?」


 シエルの言葉に同意するように、他の護衛達もグレンの方へ視線を向ける。

 彼らの無言の異議申し立てに、グレンは大きくため息をついた。


「目先の感情に囚われず、大局を見ろ。エア・クリアが終世獣に落とされるということは、この世界の制空権を握られるに等しい。この地を落とされた場合、次に襲われるのは我らが大陸だ。なんとしても阻止せねばなるまい。それに……『ザイナリア殿が四国同盟を蹴った理由』も確かめることができる」


 そう、大型終世獣がこの国に来るということは、ザイナリアが四国同盟を蹴るに至った『理由』を目の当たりにすることができるということだ。

 それがどのようなものであろうとも、目にしておいて損はないはずだ。


「ところで、オルフィ女王のおっぱい大きかったですね?」

「お前は話の脈絡というものを意識して口を開け。しかし……オルフィ女王か……」


 ザイナリアに操られるだけの傀儡――そんなイメージを持っていたグレンだったが、思った以上にしっかりとした芯を持った女性であった。


 ――だが、どこか脆さを感じたな。


 脆いというよりも、柔軟性がないというべきか。

 どれだけ硬い信念であろうとも、硬すぎれば大きな衝撃を受けた時に容易く折れてしまう。

 オルフィの場合、『インフィニティーである』という事実が、彼女が王であるアイデンティティーとなっているのだろう……もしも、それが折れてしまった場合、彼女は己を支えるものを失う。

 その時こそ、彼女の王としての資質が問われることになるだろう。


「グレン様は、オッパイよりも尻派と……」

「馬鹿なことを言ってないで行くぞ」


 メモ帳に走り書きしていたシエルの頭を叩いて、グレンは足を速める。

 ともかく、一刻も早くこの状況をザイナリアに伝えねばなるまい。対応を決めるのはそれからだ。


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