幕間① それぞれの動向
『さて、そろそろ出発だね』
『くひひひひひ、人間達が恐怖に引きつる顔をするの、すごい楽しみだし!』
『そうだね、「ヤマタ」と「リンドブルム」は倒されてしまったけれど……まあ、「ジャバウォック」は今の神装者がどれだけ集まろうとも倒せないだろうね。ただ、問題があるとすれば……』
『フレイムハート?』
『フレイムハートというよりも灼熱のアルティアだね。武闘派な彼のことだ……大人しく滅ぼされるぐらいなら、僕たちを巻き込んで自爆することを選ぶだろうからね。不滅と勝利を象徴する創世獣は伊達じゃないってことだね』
『うぅ、アタシ、アルティア嫌いだし……』
『あはは、彼は寡黙でありながらも激情家だからね。君とは相性が悪いだろうね。まぁ、僕は僕たちの目的を果たそうじゃないか』
『うん!』
『この作戦が成功すれば全ての準備が整う。その時こそ……人間達がこの世界から一掃されるときだ』
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オルフィ・マクスウェル女王は夢を見ていた。
自身を包み込むのは巨大な虹の奔流――その中を、オルフィはふわふわと漂っていた。圧倒的でありながらも、どこか儚げな印象を受ける虹の奔流が一体何なのか……オルフィには予想が付いていた。
これは、世界を巡る霊力の流れだ。
世界中の草木が空気中の霊力を吸い上げ、それをレイラインを通じて、ファンタズ・アル・シエルの中央に座する双天樹が吸収、濾過して再び世界に放出――オルフィがいるのは、双天樹が世界中から吸い上げた霊力の流れの中なのだ。
これは、オルフィが夢の中にいる間だけ有している知識。不思議なことに、目が覚めれば、すぐさま忘れてしまうのである。
ちなみにだが……インフィニティーであるオルフィは無限に霊力を行使することができるが、その霊力はこのレイラインから引っ張ってきているのである。インフィニティーとは、言ってしまえば『レイラインに干渉することができる能力を持つ者』と言い換えることができるのである。
「何度見ても綺麗……」
幻想的なその光景を前に、オルフィはただただ感嘆のため息を漏らす。これほどの絶景を見ることができるのは、世界広しといえどもオルフィぐらいなものだろう。
オルフィがぼんやりと目の前の景色を眺めていると……不意に、誰かが近づいてくる気配を感じた。
『よく来たな、オルフィ。歓迎するぞ』
「おじさま!」
聞こえてきたのは、低く、耳に心地よいバリトンボイスだ。
包容力を感じさせるその声を聞いて、オルフィは声を弾ませる。声の方向に顔を向けてみれば……そこには、夏の陽炎を思わせる『揺らぎ』が存在していた。
明確な姿形は無い……にもかかわらず、圧倒的な存在感と威容を併せ持つその揺らぎは、オルフィの方へとふわふわと近づいてくる。
『今度はどんなことに頭を悩ませているのだ? ワシが今度も華麗に解決してみせよう』
身が竦んでしまいそうになるほどの威圧感があるにもかかわらず、その声はどこか優しく気安い響きが含まれている。
実はこの『揺らぎ』……オルフィとは顔なじみなのである。
オルフィが悩みや、誰かに相談したい案件などを心に抱いて眠ると、決まってこうしてやってくるのである。その悩みがどれほどくだらないものであっても、じっくりと時間を掛けて、話を聞いてくれるこの『揺らぎ』に、オルフィは完全に心を許していた。
何を隠そうこの『揺らぎ』――オルフィが聖誕祭でラルフとチェリルに話した、夢に出てくる相談役、『おじさま』その人である。
一度、その正体について尋ねたこともあるのだが、はぐらかされてしまったため、正確なことは分からない。だが、オルフィはそれでもよいと思っていた。
なぜならば、これは夢なのだから。
「あの、おじさま。実は今、王宮にドミニオスの王、グレン・ロードがやってきているのです。それで、その……見識を広めるためにも、是非一度お話ししたいのですが……」
『周囲が許してくれないと?』
言葉を継いだ『揺らぎ』に、オルフィはこくりと頷いて応える。
『ふむ、汝の超強力な霊術で片っぱしから、消し炭にしてゆくというのは――』
「おじさま、それはかなり強引です!!」
『む、むぅ、駄目か……。では、女王としての権限を使い、邪魔をする者を片っぱしから断頭台に並べて、一斉に首ちょんぱを――』
「お~じ~さ~ま~!!」
『だ、駄目か……汝にはそれだけの力と権力があるのだ。それを存分に使えば良いとワシは思うのだがな』
「そ、それは……」
確かに、『揺らぎ』の言っていることは正しい。
オルフィは浮遊大陸エア・クリアを統べる女王なのだ……その権威にものを言わせてしまえば事足りるはずなのだ。それに踏み切れないのは、純粋にオルフィの気質によるところが大きい。
もごもごとオルフィが言葉を濁していると、『揺らぎ』が小さく笑みをこぼした。
『それはオルフィの悪いところではあるが……同時に良いところでもあるな。ならば、そうだな……偶然を装って接触するというのはどうだろうか』
「偶然を……ですか?」
オルフィが首を傾げると、『揺らぎ』はうむ、と頷く気配を見せる。
『そうだな……例えば、グレン・ロードとすれ違う際、わざとハンカチを落とすのだ。それに気が付いた相手は、落ちたハンカチを拾い、オルフィに話しかけてくることだろう。切っ掛けさえつかんでしまえばこちらのものだ……あとは、多少強引にでも、対話へと持って行けばいい』
「な、なるほど! 落とすハンカチはどのようなものが良いでしょうか」
『ふむ、目立つものが良いな。金色の刺繍に、ラメをデコ盛りするとよい』
――で、デコ盛……?
よく分からないが、たくさん盛れという意味なのだろう。
『揺らぎ』のアドバイスを聞いたオルフィはグッと拳を握って、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、おじさま。わたくし、頑張ってみます!」
『おお、その意気だ。頑張るのだぞ、オルフィよ』
「はいっ!」
気合を入れ、オルフィは『揺らぎ』に向かって大きく頷いた。
こうして悩みに一応の決着がつくと、オルフィの意識はゆっくりと浮上する。こうして、オルフィは夢の世界から目覚め、現実へと帰還するのであった。