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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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悲壮な決断

 ティアが学院を離れ、エア・クリア行きの浮島(ラグーン)に乗って七日。

 ようやく、浮島は浮遊大陸エア・クリアへと着岸した。


 学生達は、ここから大型の馬車に乗って首都クラフトを目指して移動。そして、王立の教育機関に入り、神装者としての訓練を受けることとなっていたのだが……ここまでの旅程だけでもティアは疲労しきっていた。


 学院からエア・クリアへ移動する際に乗った浮島は、割と大型のものだったのだが、その間だけでもティアはまともに眠ることができなかった。

 ラルフやアレットなど、ティアを護っていた強者がいなくなったからだろう……時折、男子学生から飢えた獣のような、ぎらついた視線を向けられていたのである。

 正直、片黒翼であるティアは全くといっていいほどに後ろ盾が無い。そのため、暴行を受けたとしても泣き寝入りするしか無い。

 さらに言えばティアは、片黒翼を除けば並外れた美少女であり、スタイルもかなり良い……血迷った男子生徒がいてもおかしくは無い。


 だが幸いにも、最近の終生獣の活性化を受け、浮島にはフェイムダルト神装学院の女性教員が乗り込んでいた。ビースティスであり、同時に教師になる前は一流の冒険者として名を轟かせた彼女は、ティアの相談を快く聞いてくれて、常にそばに付いてくれていた。


 そのため、ティアは憔悴こそすれ、何とか無事にエア・クリアに到着することができた。

 だが、ここからが本当の地獄だった。

 馬車は男女別で分かれて乗り込んだのだが、この中でもティアはまさに針の筵で、ひたすらに陰口を言われ続け、クスクスと嘲笑の対象となった。

 今後のことを想像して、心底うんざりしていたティアだったが……ここで思わぬ情報を耳にすることになる。


 『大罪人ブライアン・フローレスの処刑日が決まった』というのである。


 恐らく、これ見よがしに馬車の中で口にした貴族の子女は、イヤミを言ったつもりだったのだろうが、ティアからすればお礼を言いたいほどだった。

 それから、ティアは馬車の中でひたすら父のことを……正確に言えば、首都クラフトに到着してから、父を助けるためにどう行動するかを考え続けた。


 そして、日が暮れて夜の帳が降り始める時間帯になり……馬車が宿場にたどり着いて、学生が割り当てられた宿屋に泊まり込むことになった。

 だが、このとき、ティアは猛烈に嫌な予感に駆られた。ほとんどの者が三~四人部屋だったにも関わらず、ティアの部屋だけ個人部屋だったのである。

 直感は時として理屈を凌駕する――ラルフを見て、そう学習していたティアは、その日のうちに毛布と荷物だけを持ち、宿屋を脱出。

 近くの森にたどり着くと、宿屋が見える位置にはえていた大きな木の下に陣取り、毛布にくるまって息を殺した。


 そうして、真夜中になった頃、ティアが泊まるはずだった部屋の明かりが唐突に点灯した。浮島の中でティアに脂ぎった視線を向けてきた男子生徒達……合計七名が部屋の中に押しかけてきたのだ。

 彼らは血眼になってティアを探し、その姿が無いとみるや部屋の中に潜伏し始めたのである。ティアがどこかに出かけていると考え、待ち伏せすることにしたのだろう。

 その光景を目の当たりにして、ティアは血の気が引く思いだった。もしも、何の疑問も抱かずにあの部屋で寝ていたら……そう思うと、怖気がする。


 この一団にいたら遠からず襲われると確信したティアは、単身で首都クラフトを目指すことにした。

 普通ならば、何を馬鹿なことを、と一笑に伏す考えだが……ティアは神装者だ。神装を発現した彼女の身体能力は、常人とは比較にならないほどに高い。生徒達が馬車で移動しているのは、あくまでも楽をするためなのだ。

 ティアは毛布にくるまったまま森の中で一夜を明かすと、日の出前に起床。荷物を必要最小限にまとめると、首都クラフトに向けて駆けだした。

 幸い……というべきか、体力作りはしっかりしていたおかげで、思った以上に道のりは順調であった。まぁ、風呂には入れないし、毎日野宿だしで大変だったが……。


 馬車で六日間かかる道のりを、わずか三日で踏破し、ティアは首都クラフトに到着した。

 だが、ここからが大変だった。

 学院生達の集団から脱走したティアでは、首都クラフトの検問を通り抜けることができなかったのである。おまけに悪いことは重なるもので……門番を務めていたのは、ドミニク・ボンドヴィルだった。

 ティアは知らないことだが……この男、ティアが学院生達の集団から脱走したと連絡を受けて、彼女の身柄を捕らえるために、この場所で張っていたのである。もしも、ティアが少しでも検問に近づいていたら、直ちに捕縛されていたことだろう。

 ともかく……郊外にある下水道が、街の中に繋がっているということをティアが突き止めるのに三日もかかってしまった。


 こうして、下水道から何とか街に忍び込んだティアだったが……もうこの時点で、ブライアンの輸送は始まっていた。このままでは父は処刑場に送り込まれ、数日後に処刑されてしまうだろう。

 ティアは救出する算段をつけるため、再び下水道に戻ろうとしたが……それよりも先に、第二近衛に発見されてしまった。ティアの片黒翼は嫌でも目に付く……様子をうかがうために、護送車に必要以上に接近しすぎたのがマズかった。


 「何をしている!」と必要以上に高圧的に接してきた第二近衛に対して、ティアは「父と話をさせて欲しくてここまで来ました」伝えた。これならば、ティアがここにいることに不自然な点は無い……そう思ったティアだったが、それは甘い考えだった。


 本当に何の前触れも無く、第二近衛の男が神装を発現して殴りかかってきたのである。これに面食らったティアは、反射的に<ラズライト>を発現……カウンター気味に男の顔面を殴り返したのだ。

 これに激昂したのは、殴られた第二近衛の男だった。護送車に随伴していた第二近衛達が一斉に霊術を詠唱し始め、近接系の神装を持つ者はティアに向かって殴りかかってくる。

 こうして……市街地で望まぬ戦いが始まったのであった……。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――


「これが、ここまでに至る経緯です」


 ティアが語り終わって顔を上げると……グレンが頭痛をこらえるように、額に手を当てていた。


「シルフェリスのことを悪く言うつもりは無いが……どうして、気位が高い者に限って、そういった低俗な行動に走るのか理解に苦しむ……」


 そんなグレンの隣に、シエルが無言で立つ。


「グレン様、気位が高いからこそ自身の行動に根拠の無い正当性を抱くのですよ。自身を省みることが無いから、どんなことでもイケイケゴーゴーなのです」

「まあ、そういうことなのだろうな……」

「ちなみに、私は特に気位は高くないですが、どんなことでもイケイケゴーゴーです」

「首輪をつけるぞお前は。ともかくだ……そうして第二近衛と戦うことになり、我が通りかかることになった、ということか」

「はい」


 なるほどな……そう呟いて、グレンは小さく吐息をついた。

 窓の外をみれば、すでに日は高い。その光景を見た後、ティアはベッドから降りて居住まいを正し……深く頭を下げた。


「グレン先輩、折り入って頼みがあります」

「……聞くだけ、聞こうか」


 まるで、これからティアが何を言うか予想しているかのように、若干渋い顔をしながらも、グレンは腕を組んで傾聴の姿勢を見せてくれる。

 ティアは頭を下げたまま、意を決して口を開く。


「父を助けるために、力を貸してください」

「断る」


 にべもないとはまさにこのことか。

 反射的に頭を上げたティアの視線の先……透徹した表情をしたグレンがそこにいる。

 ティアは膝を崩すと、カーペットに額を当て、深く、深く頭を下げる。


「お願いします……!! 私だけでは父を取り戻すのは難しい……いえ、無謀であることぐらい分かっているんです!! でも、だからといって私は父がこのまま無実の罪で処刑されることを見過ごすなんてできません! 私はどうなっても構いません……どうか、どうか!!」

「自分はどうなっても構わないなどと、軽々しく言うな、馬鹿者。ドミニオスの娼館に沈められても文句は言えんぞ」

「父が助かるなら……私は……私は……」


 はぁ、とグレンが大きくため息をついた。

 このまま自分が潰れてしまうのではないかと思えるほどに、重い沈黙が場を支配する。その沈黙を崩したのは、グレンが椅子を立つ音だった。


「シエル、この者にユニコーン亜種を一頭と、我等が大陸『シャドル』への渡航許可証を用意してやれ」

「はい、分かりましたが……ユニコーンは処女じゃ無いと乗れないんじゃありませんか? ちなみに私は処女です」

「誰もお前の性経験など聞いとらんわ。ユニコーン純血種は処女でなければ乗れんが、亜種はシルフェリスが軍事転用するために生み出した交雑種だ。男でも乗れる」


 そう言ってグレンはティアへと視線を向ける。


「二つの選択肢をやろう。ユニコーン亜種に乗って父の乗る護衛者を追って、勝ち目の無い奪還戦に挑むか……もしくは、父の奪還を諦めて我等の大陸に亡命するか」

「グレン先輩!!」

「好きに選ぶが良い」


 悲鳴のようなティアの声を聞きながらも、グレンはマントを翻すと、無言で部屋から出て行ってしまった。その姿を見て、ティアはその場で崩れ落ちてしまった。護送車を追う手段を用意してはもらえたものの……『それ以外は自力で何とかしろ』というグレンからの無言のメッセージである。

 そんなティアの肩に、ポンッとシエルが手を置く。


「申し訳ありません、ティア様。ただ……グレン様の双肩にはドミニオスの未来が掛かっています。黒翼の案件は非常にデリケートな問題です、グレン様のお立場では動くことが難しいのです。理解しろとは言いません。ただ……知っておいてくださいませ」

「……はい」


 よろめきながら、ティアは立ち上がる。

 そんなティアに素早くシエルが寄り添い、肩を貸す。ティアは頭を下げて無言で礼をすると、外へと繋がる扉を見据えた。


「それでも、私は行かなくちゃ……お父様を見捨てることなんてできない」

「……分かりました。それでは、ユニコーン亜種を用意しますので、今しばらくこのお部屋でお待ちください」


 悲壮な表情で断言するティアを、どこか哀れむように見ながら、シエルはそう言ったのであった……。


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