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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
九章 第Ⅶ終世獣ジャバウォック~本当の翼~
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黒鎧王グレン・ロード

 シルフェリス達が住まう浮遊大陸エア・クリア。

 その首都であるクラフトの中心には木材を主として建てられた城が鎮座している。

 ドミニオスやマナマリオスは木造建築を軽んじる傾向にあるが、シルフェリスに伝わる伝統技巧を駆使して建てられたこの城は、石材建築と比較しても全く遜色ない堅牢さを誇る。

 石材よりも木材の方が霊術との親和性が高いこともあって……使用された木材一つ一つに丁寧に霊力によるコーティングが施されたこの城は、炎や衝撃、果ては霊術にも強い耐性を持っているのである。

 もちろん、木造建築としての長所――通気性や、調湿性も確保されており、石材で作られた城にありがちな空気が滞留して淀むことも滅多にない。住むにしても非常に快適なのである。

 そして……本日、一人の男がこの城を訪れていた。


「王が代替わりし自国の統治も不安定な中……我らが浮遊大陸にわざわざ足を運ばれるとは、話に聞いていたよりも随分と悠長な性格をしているようだ」


 迎賓室で対応に出たザイナリア・ソルヴィムは、冷淡な声でそう告げる。

 だが、その痛烈な皮肉を、対面にいた男は涼しい顔をして受け流す。


「自国の統治も重要ではあるが……大型終生獣の活発化が危惧される現状、周辺諸国との連携は自国の防衛にも繋がる。それに、我の部下は優秀な者が多くてな。下を信じて仕事を任せるのもまた、王の器量というものよ」


 そう言って、男は口の端を歪めて笑う。

 学院を卒業するやいなや凱覇王レッカ・ロードを打破して王位に就き、時に狡猾に、時に穏便に、時に冷酷に、周辺の実力者達を平伏させていった若き王者――黒鎧王グレン・ロード。一癖も、二癖もあるドミニオスの諸侯を瞬く間に黙らせたその手腕は、国内外に瞬く間に認知され、次代の新たなる英雄が生まれたと噂されている。

 そんな、やっかい極まりない男がこうして首都クラフトまで乗り込んできたのである。


 ――噂には聞いているが……果たして。


 周知の通り、シルフェリスとドミニオスは犬猿の仲と言っても過言ではないほどに仲が悪い。それは、もはや原因がなんだったのかすら分かるほど昔から続く因縁である。

 そのため、こうして互いのトップが顔を合わせる際は、他の国を間に挟んで、会談が行われるのが一般的であった。

 だが……このグレンという男、そんな前例など知るかと言わんばかりに、ごく少数の護衛だけを引き連れ、この地に乗り込んできたのである。

 護衛を少数しか連れてこなかったのは、シルフェリス側を刺激しないための配慮だろうが……それにしても、あまりにも突飛すぎる行動だ。鉄血の鉄面皮と呼ばれるザイナリアですら、最初は何かの聞き間違いではないかと疑ったものだ。

 まあ、だからこそ、ザイナリアはこの新たなる王の人柄を知るためにも、こうして会談の許可を出したのだが……。


 ――己の実力を過信した愚か者か、真に英雄たり得る器を持っているか、見極めさせてもらおうか。


 グレンを前にして、ザイナリアは警戒の度合いを高める。

 これに対し、グレンはあくまでも自然体で、悠長に出された茶などを飲んでいる。毒でも入っていればこの時点でアウトな訳だが……グレンは特に気にした様子もない。


「して、グレン王、この度の来訪……どのような目的があってかお聞かせ願おうか」

「先ほど貴殿が言ったように、顔見せが主な目的だ、ザイナリア殿。前王が随分と馬鹿だったのでな……周辺諸国の代表者には多大な迷惑を掛けてしまったことだろう。我としては、これからはシルフェリスとも友好的な関係が築けていければと考えている」

「……………………」


 正気か? という言葉が出てくるのをすんでの所で止める。

 ぴくりとも表情を動かさずに、けれど、無言となったザイナリアに、グレンは自然な笑みを浮かべてみせる。


「王が替われば国の指針も変わる。当然であろう」

「シルフェリスは四国同盟から抜けた……それを知っての発言だろうか?」

「無論。だが、それは即座に他国との交流を打ち切ったこととは同義ではないはずだ」


 沈黙――だが、その裏では言葉を介さぬ激しい攻防が繰り広げられている。

 シルフェリスの住まう浮遊大陸エア・クリアは、国土が最も小さく、土地も痩せ、地下資源も乏しい。確かに、即座に他国との交流=輸出入を打ち切れば、この国は国民を食わせていけなくなる。

 この問題は長い間、シルフェリス達の統治者達の頭を悩ませていた。

 だが、今は違う。そう、手つかずの資源と大地を有する大陸――ファンタズ・アル・シエルがあるからだ。このまま開拓が進み、土地を確保することができるようになれば、そこから資源や食料を供給することができるようになる。

 他国に頼らず、自給自足で国を賄うことができるようになるのだ。


 ――少し、揺さぶってみるか。


「確かにそうではあるが……将来的に他国との交流は必要最小限ですむようになるかもしれない。困ったことに、シルフェリスは気位が高い者達が多い……その時の統治者次第では、交流しても益の薄い国とは国交を断絶する可能性もある」


 ザイナリアがそう言うと、グレンは目を丸くした。


「国交断絶とはまた大仰なことを言うのだな」

「ぼかしたり、誤魔化してもしょうがあるまい」


 益の薄い国――つまりは、ドミニオスのことを言っているわけだが、グレンはそれを表情に出すことなく、笑みを深くする。


「しかし、それならば我が国との交流は今後も安定して行われると思ってよいのだな」

「…………ふむ、なにをもってそう思われるのだろうか?」

「我が国は屈指の採掘資源国であり、他国では決してお目にかかれぬ物も多い。ファンタズ・アル・シエルでもまだ、ロウェル鉱石、アジィール鉱石、ギアニウムは産出されていない……相違ないだろうか?」

「……違いない」


 鉄面皮と言われているザイナリアの顔が、一瞬、本気で引きつりかけた。

 現在、シルフェリスはマナマリオスと共同で極秘に開発している兵器がある。

 それは、去年の秋に四国同盟を蹴った根拠の一つであるのだが……それの開発に必須と言われている鉱石が、先ほどグレンが口に出したロウェル鉱石、アジィール鉱石、ギアニウムの三つなのである。

 この鉱石は、現在、ドミニオスの大陸『シャドル』でしか産出されていない。

 ザイナリアは、他国に弱みを握られぬよう、マナマリオスを経由してこれらの鉱物を分割して買い占めていた。無論、このことを知っている者はごく限られている。

 にもかかわらず、グレンは敢えてこの三つの鉱物を例に挙げてきた――つまり、ザイナリアの目の前にいる男は、シルフェリスが秘密裏に進めている兵器のことを知っているのだ。

 グレンがその気になれば、この三つの鉱石を世界市場から全て引き払うこともできる……そう、このプロジェクトの喉元に刃物を突きつけたようなものである。


 ――見誤ったか。


 ドミニオスの前王レッカ・ロードは己の意のままに、欲望のままに突き進む男であった。それが通じていたのは、レッカ自身が絶大なカリスマと、行動力を有していたからこそだ。

 まぁ、あとはドミニオスの『力こそ正義』という国民性も理由の一つだろうが……。

 だが、グレンという男はそれとは比較にならないほどに面倒な相手のようだ。

 静かに裏で牙を研ぎ澄まし、相手の喉笛に食らいつけると分かった瞬間、一切の容赦なく襲いかかってくる――まるで、理性ある獣だ。

 かすかな焦りを覚えながらも、けれど、それを完全に切り離してザイナリアは次善を探る。相手はドミニオスだ……これを弱みに畳みかけてくる可能性が高い。

 最悪、このプロジェクトを破棄しなければならないが――

 しかし、そんなザイナリアに対し、グレンは面倒そうに手を振る。


「あぁ、一つ誤解しないで欲しい。我は決してこれらの鉱物を市場から引き上げるつもりもないし、税を掛けるつもりもない。そちらに干渉するつもりもまた同様にない」

「ふむ、なら、なにが目的でわざわざその情報をこちらに提示したのだろうか」


 ザイナリアがそう言うとグレンは一口、茶を口に運ぶ。


「互いに刃物を突きつけて、友好を叫ぶことほど馬鹿らしいこともあるまい」

「………………」

「阿呆と思ってもらっても結構。自覚はしている。だが……我は全ての種族が垣根なく暮らせる世界を実現したいと思っている。そのためには、全ての国と友好関係を結ばなくては始まるまい」

「それは本気で言っているのか?」

「無論」


 絵空物語を、一切躊躇いもなく肯定してみせた。 

 空気が帯電したかのように張り詰める。互いの視線が切り結び、ザイナリアが仕掛けようとしたが……それよりも先に、グレンが窓の外へと視線を向ける。


「ザイナリア殿。今日はこれぐらいにして切り上げてはいかがか。そちらも色々と考えることがあるだろう。続きは明日にしてはどうだろうか」


 かすかな沈黙を挟み、ザイナリアは頷いた。


「そうだな。歓待の宴を用意させているので、少しだけ時間をいただいても良いだろうか」


 ザイナリアの言葉に、グレンは頷いて答えた。


「分かった。では、それまで首都クラフトを見て回りたいのだが……よければ、案内をつけてはもらえないだろうか」

「ふむ。準備させよう」


 グレンはその言葉に満足そうに頷くと、マントを翻して迎賓室を出て行った。

 たった一人、迎賓室に残ったザイナリアは小さくと息をつくと、先ほどのグレンと同じように窓の外へと視線を移す。


「次代の英雄……か」


 もしも、グレンの言うとおり、誰もが垣根なく平和に暮らすことができる世界ができれば、確かにこの世界から争いはなくなるだろう。

 だが……。


「終わらんよ、人が人である限りは」


 ザイナリアはそう呟くと、踵を返して迎賓室を後にしたのであった……。


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