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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
二章 リンク勧誘合戦~蒼銀の狼と黄金の狐~
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リンク勧誘開始

 早朝訓練を終え、街路を走って戻ったラルフは、朝食をたらふく胃に収めた後、ミリアを連れて普段よりも早い時間帯のトラムで学院に向かった。

 少しでもリンクの勧誘から逃れるためだ。

 ちなみに、ティアとアレットには事前に連絡済みだ。

 だが……その考えは上級生達には筒抜けであった。


「何ですか、あれ……」


 リンクの勧誘合戦は熾烈を極めるとは聞いていたが……その様子はトラムの中からでも確認することはできた。

 ラルフの隣で、ミリアが唖然とした表情でその喧騒を評する。

 まさにお祭り騒ぎ。

 一足先にトラム乗り場に到着したドミニオス寮発のトラムから降りてくる新入生が、次々と二・三年生に捕まっている。

 そして、捕まった新入生はその場で何らかの説明を聞かされたり、担がれてどこかへ連れて行かれたりしている。

 説明を聞かされる分にはまだいいが、担がれた連中は一体どこへ行ったのか……激しく不安である。

 ラルフだけではなく、同じトラムに乗っているビースティスの新入生たちも唖然としているなか、トラムは憎らしいほど普段通りに駅へ到着した。

 扉が開き、一歩、外へ踏み出した瞬間……雪崩のように上級生が乗り込んで来て、次々と新入生が捕まってゆく。

 上級生は終始にこやかな笑みを浮かべているものの……その勢いはまるで、肉食獣が草食獣を待ち構えているようだとラルフは思った。

 しかし……それが所謂、前座だと分かったのはミリアが外に出た時だった。


「やぁ、君が治癒師科のミリア君だね! 我らはリンク『救世騎士団』! ぜひ君の類まれなる力を我らに貸して――」

「ナルシー集団はアッチ行け! ミリアさん、私達は『ホワイトローズ』っていうリンクなんだけど、今、貴女みたいな優秀な治癒師がいないの。ぜひ私達のリンクに――」

「黙れ黙れ! お前らは白薔薇じゃなくて、白百合集団だろうが! ああ、騒がしくしてしまったね、俺達は『ライジングサン』。君が俺達のリンクに入ってくれたら特典として――」


 巻き込まれないようにとトラムの最後尾にいたのだが……それでもこの人気である。

 少なくとも、今ラルフ達の目の前にいる数十のリンクは全てミリアを目当てでここに陣取っていたのだろう。

 それだけ、ミリアが上級生たちに注目されていたということだ。

 そして当のミリアはというと……顔面を引きつらせてその場に立ち尽くしていた。

 聡明なミリアのことだ。自分が勧誘の的になることは十分に予想していただろうが、恐らく思っていた以上の勢いと数に圧倒されてしまっているのだろう。

 ミリアという少女は年齢以上に精神的に成熟しているため忘れがちだが……まだ十七の少女なのである。

 予想外のことが起これば動揺もするし、立ち止まる。

 だからこそ――ラルフは愛想笑いを浮かべながら、ミリアをかばう様に前に出る。


「あ、すみません。俺達、加入するリンクを決めているのでー。いやぁ、すみません。だから、ミリアには勧誘しない方向でお願いします!」


 その一言に上級生たちがピタリと動きを止め、その視線が一斉にラルフに集中する。

 胃が痛くなるような沈黙が双方の間にわだかまり、ラルフの全身から冷や汗が噴き出す。

 飛んでくるのは罵詈雑言か。それとも直接的な暴力か。

 そう思って覚悟を決めていたラルフだったが……ラルフを見ていた上級生たちが不意にニコッと笑みを作った。


「おぉ、君があの入学式の! ちょうどいい、君も我らのリンクに入りたまえ! あれだけの実力があればちょっと鍛えれば即戦力になる!」

「ふふふ、立派にお兄ちゃんしてるわ、この子。私、こっちの趣味に目覚めちゃいそう……!」

「引き締まった良い筋肉をしているな。よし、お前も今日から俺達のリンクの末席に加えてやろう。なに、二人で一緒に来れば不満もないだろう?」


 ――ミイラ取りがミイラになったー!!


 女性であるミリアには遠慮があったものの、男のラルフにはそれは不要だと思ったのか、ワラワラと手が伸びてきて群衆に引きずり込まれそうになる。

 不特定多数の手が一斉に伸びてくるという図は、控えめに言ってもトラウマものである。

 自分に需要などないと考えていたラルフからすれば、まさに不測の事態。

 今朝、アルベルトが予想した通りの事態になってしまったことに、ラルフ自身が驚きを隠せない。


「あ、兄さん!?」

「わーミリアー!!」 


 きっと、イソギンチャクに囚われた魚はこんな気分なのだろう――必死に手を伸ばしてくるミリアの手を掴み、そんな場違いなことを思いながら人ごみの中に埋もれていく……その時だった。



「私のお兄ちゃんを盗らないでぇッ!!」



 悲鳴のような声を上げてミリアが体ごとぶつかって来て、ラルフを強引に群衆の中から奪い返した。

 まるで、親に置き去りにされて泣きじゃくる童女のように、目いっぱいに涙をためながら、ミリアは群衆を睨み据え、ラルフをギュッと抱きしめる。

 あまりにも突然のことにラルフを含め、全員が唖然とする中……ハッとミリアが我に返った。

 ここにきて、ようやく自分が発した言葉と行動がどういうものなのか理解したのだろう……まるで、熱せられた鉄の様にその顔が真っ赤になる。

 抱きしめられたままのラルフは、ミリアを落ち着かせるようにぽんぽんとその頭を叩く。


「えっと……大丈夫か、ミリア? 兄ちゃんはここにいるから大丈夫だぞ」

「ば、馬鹿じゃないですか!? そんな、私は……別に……!」


 周囲から向けられるナマあたたか~い眼差しを受けて、これ以上ないほど赤くなったミリアはラルフを突き飛ばして猛烈な勢いで逃げ出した。

 唐突なことに完全に呆気にとられ、ラルフはその場に立ち尽くしていたが、不意に我に返ると上級生にぺこりと頭を下げた。


「すみません、俺、ミリアを追ってきます!」

「あぁ、そうしてやれそうしてやれ」

「ちょっとやりすぎたか……」

「お兄ちゃんを盗らないで~って……あの子可愛すぎ……!」


 背後から好き勝手な言葉が飛んでくるのを聞きながら、ラルフは全速力でミリアを追う。


『しかし、ミリアにもあのような可愛い所があるのだな。少し驚いた』

「いや、日曜学校に通っていた頃のミリアはあんな感じだったんだよ。ただ、周囲を取り巻く環境が、ミリアを今みたいに頑なにしてしまったと言うか……」


 アルティアの言葉にラルフは複雑な表情で答える。

 確かに、ミリアは昔からシッカリしていたが、それは他人の前だけだった。

 例外的にラルフに対しては我儘を言ったり、甘えたりしたのだが……大人になるにつれて、ミリアは少しずつラルフに甘えることを止めていった。

 その原因は何となく想像がつく。

 ミリアは自制心がとても強いものの、まだ、根っこには多分に子供の部分を残している。

 それが、ふとした拍子にああやって出てしまったのだろう。

 ラルフとしてはミリアが今回のように甘えてくる分には何の問題もないのだが……当の本人からすれば最大級といってもいいほどの不覚だったに違いない。

 そうこうしている間にミリアの後ろ姿を視界の中に捉えることができた。

 毎日鍛えているラルフの足なら、ミリアに追いつくのは造作もなかったのだが……問題なのは追いついてからだった。

 ミリアを発見したのは中央トラム乗り場から少し離れた校舎の影だ。

 だが……遠目から見ても分かるほど、背中が猛烈な怒りと羞恥を語っている。

 何だか、黒いオーラが漏れ出ているような気がしてしょうがない。


「おーい、ミリアー?」

「全部、兄さんのせいですからね……」


 軽く俯いているので表情は良く見えないが、前髪の隙間からこちらに向けられる眼光が完全に殺しに来ている。まるで手負いの獣だ。

 ため息一つして、ラルフは頭を掻きながらミリアの傍に近づいてゆく。

 そして、先ほどしたようにぽんぽんと頭に手を置いた。


「どうしたんだ、ミリア」


 ぐるるるる、と喉を鳴らして威嚇していたミリアだったが……ラルフが全く動じないと分かると、ふて腐れた様にそっぽを向いた。


「……兄さんには関係ありません」

「日曜学校の頃のこと、思い出したか?」

「分かっているなら聞かないでください」


 頭に置いた手を払いながら、ミリアは言う。

 やっぱりな、とラルフは内心で自分の予想が当たっていたことを確認する。

 幼い頃……父ゴルド・ティファートに拳術を習う前のラルフが、毎日のように日曜学校の男子生徒達に袋叩きにされていた時のことを、思い出してしまったのだろう。

 ラルフからすればもう当時のことは気にもしていないのだが……ミリアの中で、そのことがラルフに対する負い目になっているのは想像に難くない。

 ――気にしなくていいのになぁ。

 その分、ミリアはこうして甲斐甲斐しくラルフの身の回りの世話や、フォローをしてくれているのだ。

 相殺どころかお釣りがくるとラルフは思っているのだが……なかなかに難しいものである。


「ほら、ミリア行くぞ。騒ぎに巻き込まれないように遠回りして――」

「道分かるんですか、兄さん」


 ピタリとラルフが足を止める。

 最近になってようやく教室までの順路を覚えたが……別ルートを使って教室に辿り着ける自信はない。


「え、えーっと、ミリア……?」


 ラルフが頬を掻きながら振り返ると、ミリアは小さく嘆息した後――


「しょうがないですね、兄さんは。私がいないと何もできないんですから」


 そう言ってほのかに微笑んだのであった……。

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