アルベルトさん式デートプランニング
小鳥たちが歌い、涼やかな風が木々を揺らす爽やかな朝。
「なにとぞ、なにとぞ、御教授の方を……」
「うん、アドバイスをするのは構わないから、とりあず土下座は止めようか、ラルフ君?」
鍛錬場にて見事なまでの土下座を決めるラルフに、アルベルトが少し呆れたように声を掛けてくる。ラルフが顔をあげれば、そこには苦笑を浮かべたアルベルトの姿がある。
ラルフとアルベルトは、早朝の鍛錬場で毎朝顔を合わせている。
ラルフの強さは主にこういった、表に見えない地道な努力の上に成り立っている部分が大きいのだが……それは、アルベルトもまた同じだ。
何でも爽やかにこなすように思えるアルベルトだが、その実、見えないところで人一倍研鑽を積んでいるのがこの青年なのだ。そういうところも、ラルフが彼を尊敬するポイントになっている。
普段は、互いに模擬戦をして切磋琢磨しているのだが……今日は少しだけ毛色が違う。
「あ、ありがとうございます!」
「ラルフ君にはリンクフェスティバルでもお世話になったしね。それくらいなら、お安い御用なんだけども……それにしてもラルフ君がデートかぁ」
アルベルトがしみじみといった感じでそう呟く。
そう、ラルフは本日のお昼に組み込まれている特大イベント――ティアとのデートについて、アルベルトにアドバイスをもらいに来たのである。
昨日、一晩中かけて歓楽街アルカディアの地図を前にして、うんうんと唸っていたラルフだったが……結局、何も決まらずにドロップアウトしてしまった。
生まれてこの方、デートなどしたことがないラルフからすれば、何をすればいいのか皆目見当もつかないのだ。
一応、アルティアにも相談したのだが『うむ、まずはこの酒蔵にだな……』という一言で、あ、これダメだ、と見切りをつけた。
そこで、ラルフが頼ったのが学院きってのイケメンであり、モテ男のアルベルト・フィス・グレインバーグであったという訳である。
「でも、ラルフ君。君、以前に確かロッティ・マリエラさんとデートしてなかったっけ?」
今は自主退学してしまった一年『煌』クラスのロッティ・マリエラ――そう、確かに、ラルフは彼女に頼まれて、偽の恋人を演じたことがあった。その時、確かにラルフはウィンドウショッピングをしたりしたのだが……。
「えーいや、あの時は……特に気負いもなかったんですが……」
「そっか。つまり、今回の相手は強く意識している相手……と言う訳か」
「…………」
ラルフは頬を染めながら、何も言えずに無言になってしまう。
そう、ロッティとのデートはいわゆる仮面恋人だったため、『遊びに行く』という感覚だったのだ。ラルフとしては、ロッティに異性を感じていなかったのも原因の一つだ。
だが……今回は違う。
「ちなみに、デートのお相手は誰なんだい?」
「……………………その、ティア、です」
「ふふ、そっかそっか」
まるで微笑ましいものを見るように、アルベルトは表情を緩めている。
「アルティアさん、保護者としての御心境は?」
『うむ、ラルフもティアも私からすれば我が子のようなものだからな。上手くいって欲しいのだが……いかんせん、二人とも素直ではないからな……』
「うっさいよッ!?」
ため息交じりの的確なアルティアのコメントに、ラルフが声を荒げる。
ぐぬぬ、と歯噛みしているラルフに苦笑を向けながら、アルベルトは腕を組んで考え込む。
「相手がティアさんのデート……か。そうだな、ラルフ君が考えたデートプランをベースに考えてみようか。もしよければ、どんなところを回るつもりか教えてくれないかい?」
「あの、それなんですけど……俺、どこ回っていいか全然分かんなくて」
「うんうん」
情けないラルフの弱音にも、アルベルトは律儀に相づちをうつ。
「おしゃれなお店って、どこなのかなって……ヒューマニスは基本的に貧乏で、あんまりお金使って遊んだこと無くて。食事とかもほとんど自炊ですし。食べても学食とかですから、外食とかほとんどしたこともなくて、デートの時に使うレストランも分からず……」
「そこら辺はあんまり気にしなくていいんじゃないかな」
「え?」
アルベルトの発言に、ラルフは気の抜けた声を出してしまった。
「僕が見る限りじゃ、ティアさんも散財して遊びまわるタイプには見えないんだけど、どうかな?」
「えぇ、ティアもいろいろ事情があって、倹約して生活してますから」
「そっか。それにティアさんもラルフ君の事情は知っているんでしょ? なら、むしろ高いお店に行ったら、逆に彼女に気を遣わせてしまうと思うよ。基本的に、デートはお金を使うものだからね。君がお金持ちで全額負担できるなら良いけど……割り勘だったら、ティアさんにも負担を掛けてしまう。彼女のことを思うんだったら、それは止めた方が良い」
「うぐ……」
全くもっての正論に、ラルフは二の句が告げなくなってしまう。
そんなラルフの前で、アルベルトはぱらぱらと生徒手帳をめくって、メモ用紙のページを開くと、ペンでさらさらと何かを書いている。
「とりあえず、僕が知ってる安くてお洒落なカフェを何件か書いておくね。たぶん……ティアさんが相手なら、お茶しながら一緒にお喋りをするだけでも満足してくれるとは思うんだけどね」
「え、それだけでいいんですか!?」
「そりゃ、好きな相手と二人っきりで楽しくお喋りできれば、大抵の人は満足すると思うんだけどなぁ」
「へ? 今なんて……?」
「ああいや、こっちの話だよ。ともかく、はい、これ」
「あぁ……ありがとうございます!」
まるで、天からの授かりもののように、ラルフは両手でそのメモ用紙を受け取った。
「丸で囲っている所は、持ち込み可能だから。ティアさんがお弁当を作って来てくれるならそこを選ぶといい。三角で囲っているのは外食中心の所で、四角で囲ってあるのは最近女性誌の『ミューシュー』で特集が組まれたところだ。たぶん、ティアさんも知ってるだろうから、話題の一つにすれば……ラルフ君、泣かなくていいから」
「ありがてぇ、ありがてぇ……」
目の幅涙を流しながら、アルベルトを拝む。拝まれているアルベルトは、苦笑を浮かべているが。そんなアルベルトがラルフをまっすぐに見据えながら口を開く。
「ちなみにこれは興味本位なんだけど……ラルフ君は、ティアさんのことを女性としてどう思ってるのかな?」
「え!? いや、それは……」
改めて聞かれると返答に困ってしまう。
ティア・フローレスという個人に対してならいくらでも返答できるが……女性としてのティア・フローレスをどう思っているかという問いを前にして、ラルフは口ごもってしまった。
――どうなんだろうか……。
ティアのことは好きだ。だが、それが一人の女性としてなのかは少し曖昧で。
ただ、ティアと一緒に過ごしてきたこの一年……彼女がクラスメイトで良かったと思う。
たくさん喧嘩もしたし、くだらない事で言い合いすることも多かったけれど、だからこそ、お互いに遠慮なく接することができたのもまた事実。
と、そこで今更ながらにラルフは気が付いた。
――あ、そうか……ティア、来年からいなくなるんだ……。
彼女の今後のことばかり考えて気が回らなかったが、来年からティアはこの学院にいないのだ。そのことを思うと、何故だかたまらなく寂しく感じてしまって……。
一人で百面相をしているラルフを、アルベルトとアルティアが笑いながら眺めているのだが……当の本人は気が付く様子はない。
『ふむ、ドツボにはまってしまったようだな』
「そうみたいですね。まぁ、これも良い思い出です。ところで、ラルフ君達がデートしている間、アルティアさんはどうするんですか?」
『流石に二人の邪魔をするほど無粋ではない。ラルフの部屋で時間を潰すつもりだが……』
「最近、歓楽街アルカディアの隅に、ドミニオス産の美味い火酒を置いてる店ができたらしいんですが……もしよければ、ご一緒にどうです?」
『なぬ、アルベルト殿……もしかして、わりとイケル口か?』
「えぇ、そこそこに嗜んでいますよ。人生の先達であるアルティアさんのお話を、酒を呑みながらお聞かせ願えれば、僕としては嬉しいんですが」
『ふむ、そうかそうか! 折角、誘われたのだからな……行くしかあるまい!』
「それはよかった。楽しみです」
こういうことをサラッとしてしまうから、アルベルトという青年はモテるのであろう。
ちなみに、この呑み会――結論だけ言うと、そもそも酔いやすいアルティアに火酒など無理な話なわけで……入店して三十分経たず、アルティアは泥酔状態に。
千鳥足になる赤いヒヨコを、アルベルトが介抱するという珍妙な光景が展開されることになるのであった。こんな体たらくであったにもかかわらず、アルティアの満足度は高かったらしく……また行きたいのだとか何とか。
閑話休題。
「ラルフ君がティアさんのことをどう思っているのか……それは、君にしか分からないだろう。でも、折角デートをしてくるんだ……楽しんでくるんだよ」
アルベルトの言葉に、ラルフはハッと顔を上げる。
そうだ。今はラルフ自身の気持ちはともかく、落ち込んだティアを励ますという大切な任務があるのだ。それを忘れてはいけない。
「アルベルト先輩……分かりました! 俺、頑張ってきます!」
「あ、それと避妊は忘れずにね?」
「しませんから!?」
「え、生でするのかい?」
「そういう意味じゃないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
ひっくり返った叫び声は、どこか遠くて。
こうして、ラルフはこの後もいくつかアルベルトからアドバイスをもらった後、万全を期して昼からのデートに臨むのであった。