アレットの真意
ラルフがアルベルトと親しげに会話をしている頃――普段よりも早く起きてきたミリアは、ビースティス女子寮の一室を訪れていた。
その扉に下げてあるプレートには『アレット・クロフォード』と名前が彫り込まれている。
「起きていればいいんですが」
そう一人ごちながらミリアは扉をノックする。
まだ太陽が水平線から顔を出して少ししか経っていない。
眠っていても仕方のない時間帯だ。
無駄足だったか――そう不安に思ったミリアだったが、扉の向こう側から物音が聞こえてきたことで杞憂だと分かった。扉の前で待つこと少し。蝶番の軋む音と共に扉が開かれ……ミリアは顔面を引きつらせた。
「……あ~ミリア、おは――」
「姉さん。とりあえず中で話しましょう」
ミリアは問答無用でアレットを部屋の中に押し込むと、自分も中に入り扉を閉める。
その上で再びアレットと向き合ったミリアは、大きくため息をついた。
「アレット姉さん……何ですか、それは」
「……んー?」
恐らく、つい先ほどまで寝ていたのだろう……目が半分しか開いていない上に、表情が気だるそうだ。
だがまあ、それは良い。それよりも問題なのはその髪だ。
四方八方に好き放題跳ねている上に、ぼっさぼさになっているためかボリュームが凄いことになっている。
髪が爆発している……という比喩表現はたぶん、こういう事を言うんだろうとミリアは変に納得してしまった。
アレットの髪が『その髪はまるで清流の流れの如き澄み切った蒼銀の色』と評されるのを小耳にはさんだことがあるミリアだが……清流の流れというより、これでは入道雲である。
ともあれ、自分の身なりに気を遣わないとはいえ、アレットをこの状態で衆目に晒すわけにはいかなかったため、ミリアは速攻で部屋に押し込んだのである。
髪がこんなになるほど寝相が悪いのかと思ったミリアだったが……それが間違いであるとすぐに気が付いた。
今の時期、まだ朝は肌寒い。
にもかかわらず、薄手のシャツがべったりと肌に張り付くほど、アレットは汗をかいていた。
よくよく顔を見てみれば、ほつれた髪が頬に付き、目の下のはうっすらとクマができている。
視線をベッドのある位置にずらしてみれば、シーツが盛大に乱れ、枕も明後日の方向に吹っ飛んでいる。
「…………」
探るようなミリアの視線に気が付いたのだろう。
アレットはどこか気まずそうに視線を逸らした。だが……逆にその動作がミリアに確信を抱かせることになった。
「嫌な夢でも見てるんですか、姉さん」
「……ん、ちょっと」
アレットは手櫛で髪を整えながら、そう言い淀む。
だが、ミリアも追及の手を休めるつもりはない。
「どんな夢ですか?」
「…………」
湖水のような静謐な瞳でアレットを見据えるミリア。
対するアレットは何も答えず、無言で手を動かし続けるだけ。
ミリアの無言のプレッシャーの中、アレットはただ無言を貫き続ける。
ただ、互いに気が付いている。その無言こそが最大の答えなのだと。
そのまま、どれだけの時間が経ったのか……最初に折れたのはアレットの方だった。
「……ねぇ、ミリア。このままじゃ時間もったいないし、一緒に朝ごはんを食――」
「姉さんが誘拐されかけた時の夢を見ていたんですね」
疑問など挟む余地もない断定の言葉。
不意打ちと言うにはあまりにも威力のある一言に、アレットの表情が強張る。
その表情を見たミリアが、肺の中に溜め込んでいた空気を吐きだした。
「夢でうなされるほど、まだ……あの時のことを気にしてたんですね」
「…………」
「兄さんを自分のリンクから引き離そうとするのは、また兄さんを巻き込まないようにするためですか?」
「…………」
ミリアの言葉にアレットは小さく頷く。
――正確には『兄さんを』ではなく『他人を』なんでしょうけど。
これだけ美人で、地位もあって、実力もあるアレットに近づくものは――下心の有る無しに関わらず――男女問わずに多かったはずだ。
そうであるにもかかわらず、今まで一人でリンクをしていたという時点で色々とおかしいのだ。
「……もう、私に関わることであんなことが起こるぐらいなら、一人の方が良い」
「そうですか」
沈痛なアレットの言葉にミリアは頷くことで応える……だが。
「でも、無駄なあがきだとは思いますよ、姉さん」
「……え?」
驚いた様子のアレットに、ミリアは笑って答えてみせる。
「どれだけ拒絶しても、距離を置こうとしても、アレット姉さんが本気で兄さんのことを嫌ってない限り、あの人はそういうのをまとめて飛び越えてきますから。『あぁ、なんでこんなこと悩んでたんだろう』ってそう思っちゃうような方法で……。それとも、アレット姉さんは兄さんのこと、嫌いですか?」
「……そんなこと、ない」
この時だけは、強い表情でミリアを見据えて、アレットは答える。
その表情に、その声の強さに満足したミリアは、微笑みを浮かべてアレットに背を向けた。
「ならいいんです。さ、一緒に朝食を食べに行きましょう、姉さん。外で待っていますから、身なりを整えたら出てきてくださいね」
ミリアはそう言ってアレットの返答を待つことなく扉の外へ。そして、扉に背を預けて軽く肩をすくめる。
「本当は私も姉さんと五十歩百歩の癖に……可愛くないですね、私」
少し寂しげな口調でそう言ったミリアは、窓の外へと視線を転じる。
本日晴天。憎らしいほどの青空が広がっていた……。
今回は物語の都合上、ちょいと短めです。