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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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リンクフェスティバル開幕⑨~精霊の唄~

 四方八方――その言葉に相応しい数の鎖がアルベルトに向かって殺到する。

 霊術陣を描きながらその光景を見ていたチェリルは、思わず悲鳴をあげそうになった。だが、チェリルの心配は杞憂に終わる。


「そうはいかないよ」


 目の前で展開された光景を一言で言うなら……鎖がアルベルトを避けていった、というべきか。

 襲い掛かってきた鎖の数は全二十三。その鎖の内、十八の鎖がアルベルトを掠めるように後方へと抜け、残りの五がアルベルトの神装<ヴァリアブルスラスト>によって弾かれる。

 アルベルトは特に変わったことをしたわけではない……ただ、軽く顔を傾け、体を少し捻り、神装を振るっただけだ。

 この時、チェリルは気が付いていなかったが……アルベルトが弾き返した五本の鎖の延長上には、チェリルが立っていた。恐らく、チェリルを護るためにアルベルトはわざわざ鎖を弾いたのだろう。

 ジャララララララララララ、と威嚇音を響かせ、まるで蛇が鎌首をもたげるように鎖が身を起こし、再度、アルベルトに向かって突貫する。


「……」


 視界を埋め尽くす血色の鎖の猛攻。

 これに対し、アルベルトは一歩前に踏み出し、微かに体を傾けた。

 それだけ。ただそれだけであるにもかかわらず――全ての鎖を『紙一重』で回避した。 

 今度は神装すら振るわずに鎖の攻撃を回避してしまった。ギリギリの戦いであるにもかかわらず、そこにあるのは盤石と言っても過言ではない安定感だ。

 なんと分厚い紙一重か。

 まるで――アルベルトには鎖の軌道が事前に全て見えているかのようだ。


『いや、恐らく見えているのだろう。鎖が動く前から、アルベルト君は動き出しているからね』

「な、なんで事前に見えて……え、誰!?」


 金ちゃん、銀ちゃんに霊術陣を描かせていたチェリルは、唐突に聞こえてきた声に、裏返った声を上げた。慌てて周囲を見回すが誰もそこにはいない。

 だが、見えぬ誰かは呑気な調子で引き続き語りかけてくる。


『ふむ、恐らくだけど霊力の流れが見えているのだろう。普通に考えれば、彼が眼帯をして隠していた金色の瞳が怪しいが……その辺りは、本人に直接聞いて確認するしかない』

「いや、本当に誰なの!? 頭の中に直接響くんだけど!?」


 頭の中に直接響く声――よくよく考えてみれば不気味極まりないが、なぜか、チェリルはこの声に対して不思議な安心感を抱いていることに気が付いた。

 まるでそう……世話焼きな母を相手にしているかのような。


『あぁ、気にしないでくれたまえ。ボクは……そうだな、アルティア君と似たようなマスコットだと思っていてくれたまえよ。ほら、アルベルト君にばかり負担を背負わせてはいけない。その程度の霊術陣、とっとと描いてしまいたまえ』

「そ、その程度って……」


 今、チェリルが描いている霊術陣は、中級霊術の中でも上位に位置する『精霊の唄』。無論、単独で発動させるにはそれ相応の技量と、霊力量、詠唱を必要とする高難易度霊術だ。


『というか、君もとっととスクロールぐらい使いこなせるようになりたまえよ。ユグドラジュフォーミュラー数式は確かに即応力に優れ、応用の利く術式だが、そもそもはスクロールを使うことを前提とした術式だ。あれを使いこなせないようでは、本来の価値の半分も発揮できていない』

「う゛……わ、分かってるよ……」


 『スクロール』はユグドラジュフォーミュラー数式を更に応用、発展した術具だ。

 ラルフがエア・クリアに拘束された際に、チェリルの中の別人格が使っていた通り――事前に紙面に詠唱を封入しておくことで、大幅に詠唱を短縮することができる。

 言ってしまえば、セシリアの<フィグメント>を自前で再現してしまえるのだ。

 だが、この制御・制作が非常に難しい。

 実際に、このスクロールを使いこなせたのは、ユグドラジュフォーミュラー数式の発案者である、エクセナ・フィオ・ミリオラだけだと言われている。


「く……金ちゃん、銀ちゃん、急ぐよ!」


 地面に霊術陣を描く<ルヴェニ>を急かしながら、チェリルは詠唱の準備に入る……。


――――――――――――――――――――――――――――


「トリプル・アクセル」


 鋭く手首を返して<ヴァリアブルスラスト>を繰り出したアルベルトは、自身の首をへし折らんと迫って来ていた血の鎖を弾き返した。そして、それと同時に身体強化魔術を発動して加速。

 左前方から迫ってくる鎖を確認すると同時に、右斜め前に大きく一歩、そこから上体を捻り、左足で軽く地面を蹴る。

 次の瞬間、アルベルトが先ほどまで立っていた場所に、背後から血の鎖が襲い掛かった。

 一分、一秒でも遅れていれば直撃していたコース……にもかかわらず、アルベルトはピクリとも動揺を表に出すことなく、次々と鎖を捌いていく。

 まるでそれは予定調和の上に成り立つ剣舞。

 いっそ、優雅という言葉がしっくりくるような洗練された動きで、アルベルトは鎖の猛攻の中、剣を手に踊る。過去、アルベルトがラルフと戦って敗北したことがあったが……その時、彼が本気を出していなかったというのがよく分かる。


「まだ、完全じゃないな」


 右目に感じる軽い疼きに顔をしかめながら、アルベルトは一人ごちる。

 チェリルの中の『誰か』が推測したとおり、アルベルトの右目には自身を中心とした周囲の霊力の動きが全て視えていた。

 ラルフも相手の霊力の動きを見ることができるが……アルベルトの黄金の右目は、それとは比較にならない精度・密度で霊力の流れを捉えることができる。

 その精度は――もはや、未来予知の領域に足を踏み入れている。

 無論、簡単に使いこなせるようなヤワな代物ではない。血の滲むようなアルベルトの研鑽あってこそ、使いこなすことが可能なものなのだ。


「仕掛けてみるか……」


 トンッと軽く地面を爪先で叩いたアルベルトは、次の瞬間、加速する。

 鋭く地面を蹴り抜き、まるで蛇が地を這うかの如く姿勢を低くし、血の鎖の群れを抜き去ってゆく。そして、ある程度まで<フィグメント>に近づいたアルベルトは、右足でブレーキを掛けつつ、上体を旋回する。


「『飛翔するは迅雷、咆哮するは雷鳴、黄金の輝きを纏いて翔び貫け、ペネトライジング!』」


 アルベルトが詠唱すると、それに呼応するように右の<ヴァリアブルスラスト>がバリバリと雷を纏い、剣呑な音を響かせる。


「『凍結する蒼、その鋭利な光を前にしては、いかな名剣も鈍と化す、スラッシュアイス!』」


 更に、連続した詠唱を受け、左の<ヴァリアブルスラスト>が凄絶な冷気を纏う。

 その双剣を、アルベルトは渾身の力をもってセシリアを拘束する<フィグメント>へ向かって投擲した。

 空を切り裂き、凄まじい速度で迫る双剣。

 だが……二つの切先が、禍々しい<フィグメント>の表紙に突き刺さるよりも先に、無数の鎖が幾重にも重なり、鎖帷子となって行く手を阻む。


「思った通り自立防衛機能がある……やっぱり、アレは意志を持っているのか……」


 弾かれた<ヴァリアブルスラスト>は、忠実な猟犬のように空を滑ってアルベルトの元へと帰ってくる。バックステップを踏んで鎖を避けながら、<ヴァリアブルスラスト>を受け止めたアルベルトは、<フィグメント>を睨み付ける。

 悔しいがアルベルト単体の突破力では、この鎖の猛攻と防御を抜くことはできない。ラルフほどの突破力と爆発力があれば話は別かもしれないが……無い物ねだりをしてもしょうがないだろう。

 だからこそ、彼女の助けを借りたのだ。


「『透明な翼で空を揺蕩う者達は唄う。彼女たちの口から紡がれる唄は、この世の真理を紡ぐもの。清廉にして清涼な唄声は、幾重にも響き渡り、蒼穹に広がり、新緑の森を包み、透明な水に溶けてゆく』」


 朗々と響き渡る詠唱は、まさに理想と呼べる抑揚と声量によって紡がれる。

 その霊術があまりにも危険だと気が付いたのだろう……血の鎖が一斉にチェリルに向かって走るが、それよりも先にアルベルトが詠唱をしながら回り込む。


「『如何なるものをも阻む万象の盾、堅牢なるその身で立ち塞がり、怨敵より我らを護りたまえ! ミドガルズ!』」


 チェリルの前で素早くターンしたアルベルトは、障壁を展開。

 この障壁を打ち破らんと、束になった血の鎖が激突する。ギシリと、アルベルトが展開した障壁が嫌な音をたてる。

 アルベルトの霊術師としての腕前は中の上程度のものでしかなく、とてもではないがチェリルやセシリアには届かない。

 だが……アルベルトには、二人にはない身体能力と、その両手に持った双剣がある。


「クアッド・ブースト!!」


 ドクンと、胸の内で心臓が異様な跳ね方をし、アルベルトの視界が一瞬揺れる。

 自身の中にある魔力を急激に使用したことにより、その反動を受けたのだが……これを、アルベルトは歯を食いしばって黙殺。鼻から流れてくる血を荒々しく拭うと、瞬時に前に出る。

 そして、『ミドガルズ』で受け止めた鎖を、凄まじい速度で弾き返してゆく。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 この学院で四段階――『クアッド』レベルの魔術を使える者など、それこそ数えるほどしかいない。平然とした顔で五段階――『ペンタ』レベルの魔術を使っているグレンは、それこそ規格外なのである。

 普段温厚なアルベルトが、咆哮をあげながら縦横に<ヴァリアブルスラスト>を振るう。

 黄金の右目が見せる霊力の流れに沿って、両手の双剣を振り抜くたび、硬質な音をたてて血色の鎖が弾き飛ぶ。

 それはまさに剣撃の結界。

 残像すら引くほどの速度で、アルベルトの神装<ヴァリアブルスラスト>が虚空を踊る。


「『言の葉をもって事の端を紡げば、理が形となって現れる。唄よ、歌よ、詩よ、世界に満ちよ。汝らの唄が響き渡ることで、今こそ世界は静寂を取り戻す。溢れよ! 精霊の唄!!』」


 結びの言葉と共に、チェリルが地面に描いた霊術陣から不思議な音色が溢れ出す。

 それは、瞬く間に周囲に響き渡り、学院全体を覆い尽くす。そして――変化は起こる。

 血色の鎖の動きが一様に鈍くなり始めたのである。

 それは、アルベルトの体に纏っていた身体強化魔術についても同じことが言える。自身の身体強化術が溶けてゆくのを感じながら、アルベルトは背後を振り向く。


「精霊の唄――自身を中心とした空間の霊力活性を奪い、霊術そのものを無効化する霊術か。本当に凄いね、君は。こんな高等霊術を使えるなんて」

「い、いえ、ボクは別に……」


 もごもごと言いよどむチェリルに苦笑を向けたアルベルトは、地に落ち、痙攣するように脈動する血の鎖を眺める。


「撃ち落とさずに、それそのものを無力化……か。確かに、そちらの方が確実だね」


 そして、視線を上げた先――そこには、ぐったりと血の鎖に体中を巻きつかれて首を垂らすセシリアの姿がある。

 痛々しいまでのセシリアの姿を見て、ズキリとアルベルトの胸が痛む。


「あ、あの……アルベルト先輩……?」

「ん? 何かな、チェリルさん?」


 おずおずと呼びかけてくるチェリルに、アルベルトが応える。


「その、金色の右目は一体……霊力の流れが見えているんですか?」

「あぁ、これか。これは……昔、ちょっとね。まぁ、チェリルさんの言うとおり、霊力の流れを捉えることができる、ただ、それだけのものだよ」

「そ、それだけ……って……」


 この右目は先天的なものではなく、後天的なものだ。しかも……アルベルトの意志とは無関係に発生した――傷跡だ。

 この問題を語るには、どうしてもセシリアのことも話さなくてはならなくなる。だからこそ、アルベルトは笑みに苦いものを混ぜながら、語尾を濁した。


「まぁ、このことを知ってるのはシアとセシリー、あとは両親ぐらいなものだから、周囲には黙っててもらえると嬉しいかな。さて……」


 鎖の拘束からセシリアを救い出すため、アルベルトが<フィグメント>の方へと歩き出す。

 完全に沈黙してしまっているように思える<フィグメント>だが……それでも、アルベルトは一切警戒を緩めることはない。


 ――神装者が完全に意識を失い、かつ、霊力の活性が無くなっているにもかかわらず、発現したまま……明らかに、普通の神装じゃない。


 使用者が昏倒などして意識を手放せば、神装は形を保てずに消滅する。その常識を真っ向から破るように、目の前の<フィグメント>は宙に浮かんだままだ。

 アルベルトは鋭い視線を<フィグメント>に向けたまま、<ヴァリアブルスラスト>で鎖を断ち切ろうとして――次の瞬間、鋭くサイドステップを踏んだ。


次は12/23の朝7時に予約投稿を行いますー

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