リンクフェスティバル開幕⑥~劫火~
もうもうと立ち上る砂ぼこり、そして、ガラガラと崩れ落ちて瓦礫と化す校舎を見ながら、グレンは小さく吐息をついた。
「よもや、ペンタまで使わされるとはな」
ラルフはグレンの全力を知らないが……グレンは、ラルフがこの学院に入ってから、今の今まで、成長してきたその軌跡を知っている。
だからこそ、ここまで力を使わなければ仕留められなかったことに脅威を感じずにはいられなかった。もうすこし……それこそ、トリプルで倒しきれると踏んでいたのだが、どうやらラルフの成長はグレンの予想をはるかに上回っていたようだ。
このまま成長を続ければ、数年後にはグレンと真っ向から戦えるほどの実力を手に入れるのも夢ではあるまい。
「ただ、届くことはなかったな」
グレンはラルフの成長を正確に知っていた為、彼がどれだけ足掻こうとも自分に届かないことをよく理解していた。だが、それと同時に……崖っぷちに立たされたラルフが、グレンの予想もつかない方法で喰らいついてくるのではないかと、心のどこかで期待をしていた。
しかし、そうそう奇跡など現実に起こらない。
グレンは空を見上げると、再び歩きはじめる。
この中央広場に陣取っていても、もう誰も来ないだろう。ならば……まずは、学院を氷漬けにした魔女を仕留めに行くことにした。ラルフほどではないにしろ、少しは楽しませてくれることだろう。
「………………ん?」
不意に、グレンは足を止めた。
この戦場にそぐわない旋律が耳に触れたのだ。
一体どこから聞こえてくるのか……高く、澄んだ音色は高い空に吸い込まれるように広がり、学院全てを包み込んでゆく。
「待て、確か、この歌は……」
グレンが微かに聞き覚えのある旋律に、眉を寄せた――その時だった。
『勇敢なる心に猛き炎の祝福を!!』
「エンハンスバァァァァァァァァニングッ!!」
「むっ!」
グレンの背後で灼熱の炎が渦を巻き、天を焦がさんばかりに立ち上がる。
積りに積もっていた建物の瓦礫は超高温の炎に焼かれ、液状化して吹き飛び、地面に生えていた草木は一瞬にして灰と化す。
まさにそれは、劫火と呼ぶにふさわしい一切を灰燼に帰す灼熱の紅。
そして、燃え盛る炎の向こう側から、張り裂けんばかりの気迫を込めた二つの咆哮が響き渡る。
『不屈の闘志に紅き光輝の加護を!!』
「フォォォォォォォォォトプロミネンスッ!!」
炎が一層強く渦巻き、弾けるようにして消える……そこに立っていたのは、両腕に先ほどとは比べ物にならないほどの炎を宿らせたラルフ・ティファートであった。
満身創痍でありながらも、その身に満ちる覇気と闘気は先ほどまで死に体だったとは思えぬほどに充実している。本物の炎が灯ったかのように煌めく真紅の瞳が、何よりも雄弁に不撓不屈を物語る。
ラルフから発せられるビリビリと肌に突き刺さるような、苛烈な闘気と覇気――それを前にしてゾクリと、今までに感じたことのない戦慄が背中を駆けたのをグレンは感じた。
目の前の存在が脅威そのものであると……本能が断ずるのだ。
「ふ……はは……はははははははッ!!」
これだ。
これこそが求めていた強者と相対する高揚。
これこそが互いの生命を賭けて拳を交わす愉悦。
眼前、ラルフが強く拳を握ると腕に灯った炎がさらにその勢いを増し、爆発的な霊力がその右腕に収束してゆく。それは、グレンのカラミティアフィストと比べても遜色ない――むしろ、それ以上の密度だ。
『バァァァァァァァストブレイズインパクトォォォォォォッ!!』
「バァァァァァァァストブレイズインパクトォォォォォォッ!!」
地上に太陽が顕現する。
一切合切を灰燼に帰し、鉱物を融解させ、灼熱の紅がグレンに向けて突き進んでくる。
明らかに、上級霊術に匹敵する火力と熱量――まともに受ければ、骨も残らず燃やし尽くされてしまうだろう。
だが、グレンはあえてこれを受ける選択をした。
「カラミティアフィストォォォォォッ!!」
右腕に魔力を収束させ、真っ向から叩き付ける。
炎と魔力が激突し、相克し、周囲を巻き添えにしながら炸裂する。中央広場に設えられた噴水が跡形もなく消滅し、石畳を割り砕きながら地面に巨大なクレーターが穿たれる。
「ペンタ・アクセル!!」
煙が渦巻き、熱が暴れまわる中に、グレンは全速力で突っ込む。
目の前――ラルフもまた、全速力でこちらに向かって駆けてきている。
速い。
先ほどまでのラルフとは比較するまでもない……まさに、爆発的という言葉がピッタリはまる超加速。恐らく、先ほどの『エンハンスバーニング』と『フォートプロミネンス』は身体能力を大幅に引き上げる術なのだろう。
「……ッ!」
「……ッ!」
彼我の距離はコンマゼロで消失し、炎でエンチャントした拳と魔力でエンチャントした拳が激突――衝撃波をばら撒きながら、グレンとラルフが互いの力の余波で後ろに弾かれる。
「……つぅッ!」
――ブースト系魔術ではなかったとはいえ、『ペンタ』クラスの魔術で強化された拳を真っ向から弾き返すとはッ!
すぐさま体勢を整えんと、両足で地面を噛んだグレンだったが……顔を上げた瞬間、信じられないモノを見た。
本当に目と鼻の先、拳を大きく振り上げたラルフがいた。
――そうか、加速の正体はソレか!
ラルフの足裏、そこで炎の残滓が虚空に溶けるのをグレンは目撃する。
恐らくだが、足裏に小規模の爆発を起こし、それを利用して加速していたのだろう。もはや、疾走と言うよりも飛翔と言ったほうが的確な移動法だ。
全身の筋肉に依らない加速法だからこそ、体勢の立て直しも早く、すぐさま攻撃に転じることができるのだろう。
そして――
「だぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁッ!」
「ごはっ!」
この学院に来て初めて、グレンは顔面に拳打をもらって派手に吹き飛んだ。