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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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リンクフェスティバル開幕⑤~VSグレン・ロード~

 ラルフは凍り付いた学院を全速力で駆け抜けていた。

 どうやら、氷刃が密集していたのはラルフ達の場所だけだったらしく、その一帯を抜ければ氷刃の密度はぐんと落ちた。恐らくだが……チェリルがいた場所だからこそ、セシリアはその場所を集中的に狙ったのだろう。

 恐ろしいまでの執念である。

 幸い……と言って良いのか、氷刃によって学院生の数が大幅に減ったため、ラルフが道中で誰かに出くわすことはなかった。


「しかし、凄いな……」


 周囲の光景を見回しながら駆けるラルフは、思わずといった感じで呟く。

 学院の中央へ近づけば近づくほど、周囲の建築物の破損度が増しているのだ。恐らく、相当な激戦が繰り広げられたのだろう……街路樹がデタラメに吹き飛んでいるのはまだマシで、中には巨人の手によって抉られたかのように、校舎がゴッソリと破損している所もある。

 誰がその破壊を行ったのか……考えるまでもないだろう。

 ごろごろと道に転がる校舎の破片と、倒壊した街路樹を踏み越え、ラルフはようやく中央広場へと辿り着いた。

 これだけの破壊の痕があるにもかかわらず、中央広場は……ただただ、静謐。

 まるで、周囲で戦いがあること自体が嘘であるかのように、風が凪ぎ、空が広く高く続いている。そして――その中央に、ただ一人、空を見上げて立ち尽くす男がいた。


「来たか」


 男――グレン・ロードはそう言って視線をラルフの方へと向ける。

 相当な激戦があったにもかかわらず、目立った怪我はない……この男にとって、これだけの規模の戦いであろうと、それは準備運動程度のものなのかもしれない。

 ラルフは中央広場の真ん中に向かって歩み寄り、グレンと一定の距離を取って歩を止めた。

 これに対し、グレンもまた体ごとラルフに向かい合う。

 相対する……ただそれだけであるにもかかわらず、全身の血が、肉が、闘争の予兆を感じ取って熱を上げてゆく。

 ラルフは身に着けているオープンフィンガーグローブの着け心地を確かめるように拳を握り、そして、構えを取る。

 言葉は不純物でしかない。

 ぶつけ合う闘気が、切り結ぶ視線が、言葉よりも雄弁に互いの主張を伝え合う。

 そして――


「気力、解放! 行きますッ!!」


 挑戦者の咆哮によって、決闘の幕が開ける。

 開幕から出し惜しみなどしない。この瞬間のために気力法の使用をセーブしてきたのだ……いまさら、拳を握る力を緩めるつもりなどない。

 全身の見えぬ拘束が一気に解放され、心身のリミッターが解除されたラルフは、鋭く地を蹴って彼我の距離を詰める。

 ラルフも、グレンも、共に得物は拳。

 手の長さによる多少のリーチ差はあるかもしれないが、間合いはほぼ被っている。

 ならば、勝敗を決定的に分かるのはただ一つ――近接戦でどれだけ相手に拳を叩きこめるかだ。


「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 初手は真正面、なんの捻りもないド直球の拳打。

 相手はグレン・ロードだ……この一撃はいなされ、カウンターを繰り出してくるだろうが、その時は更にそのカウンターを狙えばいい。

 数々の強敵を叩き伏せてきたラルフの拳打は、一撃一撃が尋常ではない破壊力を秘めている。それは、校舎を拳で殴り壊したのを見ればわかることだろう。

 ましてや、今のラルフは気力法を使っている――その威力は必殺の域にまで達していると言っても過言ではあるまい。例えグレンであったとしても、この一撃を受けることはできない。

 そう……そのはずだった。

 中央広場に硬質な音が響き渡り、二人の男の動きが止まった。


「………………っ!?」

「その程度か? ラルフ」


 ガントレット型神装<アビス>を装着したグレンが掲げた右腕……その表面で、ラルフの拳打が完全に受け止められていた。

 グレンはその場を一歩として動いていない。

 この男……ラルフの拳打の衝撃を、全身の筋肉で強引にねじ伏せたのだ。

 技術も何もない、ただ単純な力技……回避される前提で打ち込んだ拳打とはいえ、ラルフは全力で打ち込んだのだ。それを片腕で受け止めるなど予想もしていなかった。


「さて、次は我か」

「い……ッ!?」


 ラルフの右腕を上方に弾き、踏み込むと同時にグレンの拳打が振り抜かれる。

 今まで、幾度となく神装抜きでグレンと組手をしてきたことがあるラルフだが……この男が一度として本気を出したことがないということを、今、改めて思い知らされる。

 その拳圧たるや『死』そのもの。

 直撃し、頭が爆散する未来が明確にイメージできてしまう。

 大抵の者はこの拳を前にするだけで、足がすくみ、何もせずに打ち砕かれてしまうことだろう。


「お……おぉぉぉぉぉ!?」


 全身を縛り付けるプレッシャーを跳ね除け、ラルフは全力で伏せる。

 頭上を剛拳が通り抜けてゆく。ヘタに受けてしまえば、ガードごとぶち抜かれるのは明白。

 一撃たりとも直撃を許してはいけない。


 ――くそ……ッ! 想像以上に規格外だ!


 屈んだ体勢から一歩前へ。

 伸び上りざまに、グレンの顎目がけて拳を振り上げるが……グレンは体を横に捌いて回避。

 そして、その動きを利用し体の芯を中心にして回転、ラルフの背面目がけて、裏拳を繰り出してくる。


 ――くぅぅ!


 鋭くサイドステップを踏みつつ、グレンの拳に己の拳を当てて相殺を狙う……が。


「そんな腰の入っていない拳で――」


 繰り出された裏拳が、ラルフの拳を易々と弾く。そして、裏拳の軌道を、円を描くように戻しつつ、前方に……ラルフの懐に踏み込む。


「我の拳が止められると思うな!!」

「ぐっふ……!?」


 瞬間的に気力を前方に収束。

 スカーレットスティールと、クロスガードで防御を固めるが、グレンの拳をもらった瞬間、ラルフの体が紙屑のように吹き飛ぶ。

 地面に叩き付けられ、それでもなお勢いは止まらず……校舎のガラス窓に突っ込み、教室の壁を背中でぶち破りって校舎の反対側に抜け、辛うじて無事だった街路樹に激突してようやく勢いが止まった。

 背後、バキバキと盛大な音をたてて樹が倒れるのを横目に、ラルフはヨロヨロと立ち上がった。


「分かっちゃいたけど……強い……」


 スカーレットスティールを使いつつ、背後に飛んだことが功を奏したのか、両腕はまだ繋がったままだ。激痛が走ってはいるものの、骨も問題はないだろう。

 既にこれ以上ないほどの猛威を振るっているグレンだが、彼が使っている魔術は二段階の『デュアル』……つまり、まだまだ本気ではないということだ。

 なるほど、以前グレンが言っていたように、本気を出す前に相手が地に伏しているという言葉は、まさにその通りだったということなのだろう。

 ラルフが痛む体に鞭打って、再び戦場へと駆け戻ろうとした瞬間、全身を凄まじい悪寒が襲った。本能が最大級の警鐘を鳴らしている。


「何か来る!」


 ラルフは瞬時に方向転換をして、真横へ。

 そして次の瞬間、その判断を裏付けるように巨大な紫紺の衝撃波が校舎を突き破って現れ、先ほどまでラルフが立っていた街路樹を一瞬にして消し飛ばした。


「……ッ!」


 ラルフはそのまま真っ直ぐに校舎に向かって駆け、跳躍。

 壁を蹴り、窓枠を足場に、ひさしを駆け、瞬く間に屋上に登る。そこから中央広場を見てみれば、巨大な大蛇が這った後のように、地面に轍が刻まれていた。


「魔術って、基本的に身体強化にしか使えないって言ったじゃないですか……エミリー先生……」


 まあ、グレンが例外中の例外ということなのだろうが……常識の埒外にあるような一撃を見せられれば、文句の一つも言いたくなる。

 ラルフは屋上から身を躍らせると、そのまま地面に着地し、ほぼタイムラグなしにグレンに向かって疾走する。例え相手が強かろうとも、ラルフの武器は己の拳のみ。接近しなければ何もできないのは、いつもと変わらない。


「デュアル・ラッシュ」

「ブレイズインパクト!!」


 ラルフの灼熱の拳に対し、グレンは脚力を強化するラッシュを使用し、一気に距離を詰めてくる。まるで、グレンの周囲だけ時間が早く回っているかのような、凄まじい加速。

 双方の拳が、接敵と同時に激突する。

 拳と拳がかち合ったとは思えぬほど爆音を響かせ、魔力と炎が周囲一帯を舐めつくす。


 ――集中して、ひたすらに攻撃を捌き続けろ! 迂闊なカウンターは致命打をもらうことになる……微かな隙を見つけたら、そこからこじ開けて一撃を叩きこめ!


 すぐさま繰り出される拳打を、上体を捌くことでギリギリ回避する。

 拳が通り過ぎ、頬を抉るような拳圧がラルフの顔面を叩く。それだけでのけ反りそうになるのを必死に堪えていると、グレンが上体を捻りつつ、左拳でアッパーを狙ってくる。


「ぐ……!」


 上体を反らし、これもぎりぎりで回避。

 右足を一歩引き、崩れそうになった体勢を力づくで引き戻す。


 ――次だ!


 両拳を引きつけて上体はコンパクトにまとめつつ、両足は少し開いて可能な限り自由にしてやる――回避特化の構えだ。

 相手の攻撃のリズムをつかみ、反撃の一撃を叩き込むまで、ともかくこれで避け続けるしかない。幸いにも、グレンと何度も組手をしてきたおかげだろう……回避に集中すれば、直撃は避けられる。


「ほぅ……猪突猛進かと思えば、多少は考えたな」


 左右にリズムを取りつつ、凄まじい集中力でグレンの一挙一等足を見据えるラルフに何かを感じ取ったのだろう……グレンは小さく笑い。


「だが、愚策だ」


 そう断じた。


「トリプル・ブースト」

「い……ッ!?」


 拳速が一気に加速する。

 先ほどまでグレンの拳打をギリギリであっても確実に回避できていたラルフだったが……鼻先を掠めるようにして過ぎていった拳をみて、どっと冷や汗が噴き出た。


「く……っそ……!」

「ほう、まだ喰らいついてくるか。クアッド・ブースト」

「…………!! ……ッ!」


 もはや、呻き声を漏らす暇すらもない。

 視界に微かに映る拳の残影を見て、軌道を予測し、必要最小限の動作で拳打を回避する。

 この学院に来たばかりの頃……アクセルの加速ですら目で追えなかったころに比べれば、格段の成長と言って良いだろう。

 だが、ラルフの目的はグレン・ロードに勝つことであり、自身の成長に満足することではない。


 ――このままじゃ……!!


 確実に切れることが分かっている綱を渡っているようなものだ。

 もはや、敗北まで秒読み。

 気力法を使って大幅に身体能力を使ったとしても……魔術込みのグレンの身体能力には大きく差を付けられている。

 もしも、これだけの差を埋めることができる方法があるとすれば、それは――


「ペンタ・ブースト」

「……ッ!」


 グレンの拳が消えた。

 否――とうとう、グレンの拳速がラルフの動体視力ではとらえられない域に達したのだ。

 耳に爆音が響き、視界が暗転し、赤黒く濁った。

 最初、拳が直撃したという認識はなかった。

 第一に熱があり、次に自身の体が校舎の壁に中ほどまで埋まっているという事実に気が付き、その次に猛烈な痛みが襲い掛かる。そして最後に、捌き切れなかった拳の直撃をもらって、吹き飛ばされ、このような状況に陥ったのだと理解が及んだ。


「かはっ……」


 血の塊が口からこぼれる。

 まだ、メンタルフィールドのダメージ許容量には達していないようだが……それでも、皮一枚で繋がっているようなものだろう。

 両手両足は麻痺したように動かず、まるで、張り付けにされたかのように壁に埋まったまま身動きが出来ない。

 赤く濁った視界の中では、グレンがその拳に莫大な魔力を収束させているのが見えた。

 完全にトドメを刺すつもりなのだろう。


「く……そ……。うご……け……よ……」


 必死にその場から動こうと身を捻るが、体はピクリとも動いてくれない。


「こ……のぉぉぉぉぉ……」


 割れんばかりに歯を食いしばり、半壊した体に鞭を打って右手を動かし壁から引き抜く。

 次は左手、右足、左足。

 そのまま、重力に引かれて地面に崩れ落ちるが……壁に背を預けて、ズリズリと立ち上がる。

 切れた額から流れる血で赤く染まった顔の中……ラルフの瞳は、血よりもなお鮮烈な真紅に燃え、グレンを鋭くにらみ据えている。

 これほどの劣勢に立たされながら、この男の闘志は、いささかの陰りも見えはしない


「はぁ……はぁ……ぐ、ごほっ、ごほっ……は……ぐ……」


 拳を握り、足を引きずりながらもグレンの方へと向かおうとするラルフの姿を、愚かと評するのならば、それは間違ってはいないだろう。

 だが……グレンは満身創痍になっても、まだ戦おうとするラルフの姿を見てうっすらと笑みを浮かべた。

「決して折れぬ不屈の闘志……見事だ、ラルフ。我の願いには届かなかったが、それでも、お前と戦えたことは決して忘れぬ。これで終わりだ――カラミティアフィスト」


 高密度に凝縮された魔力が、ラルフに向かって解き放たれる。

 強大な破壊の権化が迫りくるのを見ても、ラルフは回避することができない。ただ、傷だらけになった拳を構え、不退の意志を示すのみ。

 そして、ラルフは魔力の波に飲み込まれ――背後の校舎が大爆発と共に崩れ落ちた……。


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