リンクフェスティバル開幕④~霊術師、激突~
「な、なんだこれ!?」
地面を割って次々と出現する氷の刃を、ことごとく<フレイムハート>の炎で蒸発させながら、ラルフは悲鳴を上げた。
先ほどまで戦っていた花鳥風月のメンバーも、不意打ちというに相応しい氷刃の襲撃に瞬く間に数を減らしてゆく。戦っていたとはいえ、顔馴染……そんな相手が、氷の刃に貫かれて消えていくのを見るのは、良い気分ではない。
「アルベルト先輩、そっち大丈夫ですか!?」
「何とかね!」
炎をエンチャントした双剣型神装<ヴァリアブルスラスト>を縦横に振るいながら、アルベルトが苦しそうに叫ぶ。どうも、かなり苦戦しているようだ。
「ラルフ君、僕はちょっと地下水路に行ってくる! 僕の予想が正しければ、この事態を引き起こした張本人がいるはず……ッ!」
「あ、ちょ、アルベルト先輩!?」
鬼気迫った表情をしたアルベルトが、氷の刃を巧みに回避しながら駆けてゆく。
その後ろ姿を見送り、ラルフは背後を振り返る。
「皆、そっちは大丈夫?」
「う、うん。ラルフがいてくれるから、私達は大丈夫」
ラルフの言葉にティアが頷いて応える。
<フレイムハート>を燃焼させている影響か、ラルフの周囲は氷の浸食が届かない。そのため、陽だまりの冒険者のメンバーは氷の刃にやられることはなかった。
ただ……次々と地面より生える氷刃によって、氷の壁に閉じ込めたような現状である以上、油断はできないが。
ラルフは、氷刃を蒸発させながら視線を屋根の上に向ける。
校舎の屋根の上まで侵食した氷から地上と同じように氷の刃が形成され、三獣姫に襲い掛かっているが……そこはさすが『煌』クラスの実力者と言ったところか。
ジャンヌは空中に逃れつつ迫ってくる氷刃を蹴り壊し、シアは風の霊術で全身を覆って刃を逸らし、アレットは氷そのものを霊術の衝撃波で破壊している。
どうやら、全員無事のようだ。
内心でホッと安堵の吐息をついていると、不意に氷刃の生成が止んだ。
今まで必死に氷刃と格闘していた者達は、足を止めて次なる襲撃に備えるが……どうやら、これで打ち止めのようだった。
「な……なんだったんだ、これ。チェリル、予想はつくか?」
ラルフがそう問い掛けると、チェリルが顎に手を当てて難しそうな顔で何かを考えている様子だった。正直、あまり答えが返って来るとは思っていなかったのだが……意外にも心当たりがあるようだ。
一体誰なのだろうかと疑問に思ったラルフだが、チェリルの顔色が驚くほど白くなっているのを見て、何となく予想が出来てしまった。
「なぁ、チェリル、もしかしてこれを引き起こした人って――」
「……! ラルフ、危ない!」
「『其は雷神の振るいし槌・紫電を纏い・地を這うものを・慈悲無く叩き伏せ・砕き・滅せよ――バルハイドブレイカ―!』」
「『邪を滅する聖なる霊気を身に纏い、いざ飛翔せよ、銀の砲弾、汝は八百二十九界の邪悪を射貫く者――アクセルブラスト!』」
遠くから聞こえてきた声が詠唱を結ぶと同時、虚空に巨大な雷で構成された槌が出現する。唖然とするラルフを叩き潰さんと迫る槌を、立ち上がったチェリルの霊術が迎撃。
鮮烈な霊力を纏った銀の<ルヴェニ>が、雷の槌を貫き爆散させる。
何の前置きもなく出現した強大な霊術に目を丸くしていたラルフだったが……その一撃で、ラルフの中の予想は確信へと変わった。
「やっぱり貴女だったんですね……!」
前方――こちらに向かって歩いてくる姿を見て、ティアがそう叫ぶ。
彼女が歩くたび、その進路に起立していた氷刃が溶けて消える。まるで、彼女という存在に傅く家臣のようにすら見える。
その姿はまさに氷原を統べる女王。
ラルフ達の前に立ち塞がったのは、チェリルと比肩するこの学院最強の霊術師――セシリア・ベルリ・グラハンエルクだった。
「やはり、この程度では貴方達を倒すことはできなかったようね。でもそれでいいわ……貴女の首は私が取るのだから」
本型の神装<フィグメント>を手の中で弄びながら、刃物のような視線を向けてくる。そこに宿るのはもはや闘気ではなく――殺意だ。
心胆を寒からしめる瞳を前に、ラルフは拳を握りしめて己に喝を入れ……そこで、くいくいと裾を引かれていることに気が付いた。
「……なに、チェリル?」
「腰抜けた。立たせて」
「……………………」
「大丈夫なんだろうか、この子」と内心で思いながら、ラルフはチェリルの両脇に手を入れて、ヒョイッと立たせた。そして、立たせてもらったチェリルは、ラルフに寄りかかりながら、セシリアと相対する。
「この程度で、ボクの心は決して折れない!」
「膝の振るえを止めてから言おうか、そのセリフ」
ラルフの突っ込みを総スルーしながら、チェリルが口を開く。
「この氷原になった原因だけど……地下下水施設にあった水を利用したものだと思う。これは予想だけど、リンク『アストレジア』は地下下水施設を拠点に設定して、そこに大規模霊術を発動させるための霊術陣を設置。そして、リンクフェスティバル開始と同時に、発動させたんだと思う」
セシリアを睨み据えながら、チェリルが言葉を続ける。
「地下下水施設はこの学院の下を網羅してる……水を媒介にして霊術を発動させれば、学院全てを攻撃対象にすることが可能だ。問題は発現させる霊力量だけれど……たぶん、他のアストレジアのメンバーがいないところを見ると……」
「リンクメンバーを使い潰したってのかよ……」
ラルフは顔をひきつらせながらそうつぶやいた。
セシリアが発動した超巨大霊術は、学院全体を攻撃範囲に捉えている。恐らく、先ほどの攻撃で大半の学院生は脱落してしまったことだろう。
ラルフはチェリルを庇うように前へと出ると、拳を握りしめて体を落とす。そして、ラルフに続くようにティアが<ラズライト>を構え、ミリアが光の翼<ティルウィング>を展開する。
眼前の相手は確かに強大だが、だからと言って素直に敗北を認めるほど、ここにいる者達は物わかりが良い訳ではない。
「チェリル、俺が突っ込むからフォローを……」
だが、ラルフが全てを言い終えるよりも前に、チェリルがその言葉を遮るように声を出した。
「ねぇ、皆。ここはボクに任せて欲しいんだ」
「……それ、本気で言ってるんですか?」
怪訝そうな顔で言うミリアに、チェリルは頷いて応える。
「たぶん、そうしないとセシリア先輩は納得しない。それに……一度負けた雪辱は晴らしたい。ボクだって成長したんだ。もう、皆に護られるだけの弱虫じゃない」
「でも、貴女一人で大丈夫なの、チェリル?」
心底心配そうなティアの言葉に、チェリルが笑みを浮かべる。
「うん。それに負けても死ぬわけじゃないから。ティアとミリアさんはアレット先輩の援護に行ってあげて。ラルフは……行く場所があるんでしょ?」
ラルフが行くべき場所――そこで、この学院最強の男が待っているはずだ。
しかし、同時にチェリルが心配であることも事実。いくらメンタルフィールドとはいえ、そのダメージは精神へとフィードバックする……『死なないから大丈夫』と一言で切って捨てるわけにはいかない。
ラルフの躊躇いは……けれど、チェリルの真摯な瞳によって柔らかく消えてゆく。
「わかった……任せたぞ、チェリル」
「うん、任されたよ、ラルフ」
ハイタッチを交わすと、ラルフはセシリアを警戒しつつ学院の中心へと向かう――己の目的を果たすために。
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心配そうに何度も振り返るティアと、『任せましたよ』と言い置いたミリアが、アレットの援護へと走り去ってゆくのを見送り、改めてチェリルはセシリアと向かい合った。
怖い。
戦うことが、誰かと争うことが、傷つけあうことが、憎しみを向けられることが――怖い。
けれど、今はそれ以上の勇気を胸に、前へ。
「そう、貴女一人で私に挑むの……良い度胸ね」
「そ、そうでもしなければ、貴女は自分の敗北を認めないと思うから」
チェリルの言葉に、セシリアの眉が跳ね上がる。
「……そう、随分と傲慢な言葉ね」
極寒の言葉を吐き、セシリアが一歩前へと踏み込む。それだけでチェリルの心臓が跳ね、全身を恐怖が侵食してゆく。
だが……それを断ち切るように、チェリルは己の胸に手を当て、自分自身に言葉を浸透させるかのように小さく呟く。
「ボクは霊術戦において最強」
『もちろんだ、それを疑う要素なんてありはしない』
チェリルの呟きを、心の中――『誰か』が肯定してくれる。その声はまるで、我が子の背を押す母親のように優しくて、温かくて、力強い。
「誰にも負けず、誰にも劣らず、常に先頭を行く」
『そうだ、振り向かなくても良い。君は真っ直ぐに前を向いていたまえ』
「後ろは振り返らない。前だけを向いて、勇気を持って一歩、踏み出す」
『それさえできれば、後は勢いに乗って走り出せばいい。さぁ、駆け出す準備はできたかい?』
すぅぅぅ、と大きく息を吸って……目の前の相手を睨み据えながら、大声で叫ぶ。
「おいで、<ルヴェニ>! ボクに力を貸しておくれ!」
チェリルの叫びに応え、金と銀の球体が出現し、セシリアを牽制するようにチェリルの周囲を旋回する。
「行くぞ! 前回の雪辱、ここで晴らさせてもらいます!」
「今、この場でその偽りの最強を木端微塵に打ち砕いてあげる。二度とその生意気な口がきけぬように!」
互いの神装を発現し、学院最高位の霊術師が、今、ぶつかり合う――。