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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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リンクフェスティバル開幕②~空撃のジャンヌ~

「……ん? 誰かに呼ばれた気がした」


 学院の南西エリアでシアが空に向かって叫んでいるちょうどその頃、北西エリアにある校舎の裏側でアレットは地面に転送陣をセットしていた。

 厚手の羊皮紙にはトゥインクルマナの粉末で転送陣が描かれており、形が崩れないように霊術によって固定されている――まさに、アルベルトの予想は当たっていたという訳である。

 狼耳をピクピクとさせていると、眼前の転送陣が光り輝き……ティア、ミリア、チェリルが光に包まれるようにして現れた。


「……おかえりなさい。大丈夫だった?」


 アレットが聞くと、ティアが大きくため息をついた。


「凄い怖かったです……なんというか、檻の中に閉じ込められて猛獣の群れの中に放り込まれたみたいです」

「ま、半分は獣みたいな連中ですし、言い得て妙ですね」


 ゲッソリとしているティア、チェリルに対してミリアは平然としている……この少女は相変わらず妙に肝が据わっている。

 疲れた様子も見せず周囲を見回していたミリアだったが、チェリルのアトリエがあった方角を見て、何とも言えない表情をした。


「しかし、随分とエグイ戦法でしたね。恐らく、私達を襲っていたシルフェリス以外にも、爆発に巻き込まれた人たちが結構いたんじゃないでしょうか」

「……うん、あの規模を見るにね」


 チェリルのアトリエがあった方角……遠く離れたミリア達からも、もうもうと煙が上がっているのを確認できる。安全性を度外視したチェリル御手製の爆弾だったが、本当にヤバいシロモノだったらしい。

 メンタルフィールドを出たら、速攻で処分せねばなるまい。

 ティア達を囮にして敵をおびき寄せ、霊術の爆弾で一網打尽にするというこの戦法だが……実は、少し前までは要塞化したアトリエで敵を迎え撃つ予定だった。

 こちらには霊術に対して高い迎撃力を持つチェリルがいるし、近接戦闘に特化したラルフとアレット、そして、治癒のできるミリアと、強力な援護のできるティアがいる。

 何気に籠城には向いているのだ。

 だが、とある人物の進言で今の戦法の切り替え……そして、見事に成功した。

 ちなみに、その肝心の人物とは――


「あの性悪猫の作戦、悔しいけど効果的だったわね」


 ティアが嫌そうな表情をしながらそう評する。

 そう、今回の作戦の立案者は何を隠そうロディンだったのである。

 アルティアはロディンのことを悪知恵の回る奴と評していたが……今回の作戦の成否を見るに、それは正しかったようだ。

 今頃どこかで、自分の作戦の成果をニヤニヤしながら見ていることだろう。


「ねぇ、ところでラルフはどこ行ったの?」

「……それはね――」


 きょろきょろと辺りをうかがっていたチェリルの言葉に、アレットが答えようと口を開いた瞬間、校舎の二階の窓が派手な音をたてて割れた。

 そして、そこから見知らぬ三年生が転落してくる。


「く……そ……ッ! この――」

「させるかっ!」


 よろよろと立ち上がろうとした三年生だが……完全に体勢を整え切るよりも前に、破壊された窓から飛び出してきたラルフが、灼熱の炎を纏った拳を顔面に叩き込んだ。

 ぐがっ、と割と致命的な呼吸音とともに、三年生の姿が消える。ダメージ許容量をオーバーしてしまった結果だろう。


「アレット姉ちゃん、ジャンヌ先輩の『勇猛邁進』がこっち来てる! ティア達がこっちに来るまで時間を……おぉ、おかえり、ティア、ミリア、チェリル」

「ただいま……というか、さっきの人大丈夫なの? 何か、首が折れそうなぐらい反ってたけど」


 ティアの言葉に、ラルフが満面の笑みを浮かべてグッと親指を立てた。


「真正面から殴り合いできるってのは男同士だけに許された特権さ。例えそこで傷を負ったとしても、それは勲章みたいなもんだ」

「「「「それはない」」」」


 その場にいた女性陣の口から一糸乱れることなく否定の言葉が出てきた。

 なんでだよー、とブーたれるラルフに、アレットはポケットからハンカチを取り出しつつ近づく。


「……さっき襲ってきた人たち、九人ぐらいいたと思うけど全員倒したの?」

「うん。特に個々が強い訳でも、連携が密でもなかったし、アッサリしたもんだったよ」

「……全員、三年生だったと思うけど」

「? そうだけど?」


 三年生ということは、中級終世獣を集団で倒せるレベルにある者達だ。

 それを九人まとめて相手にし、かつ、勝利するということがどれだけ常軌を逸しているのか、この男はよく分かっていないようだ。


「……本当に、ラルフは強くなったね。ほら、ジッとしてる。煤だらけ」


 アレットはそう言いながら、ラルフの頬や額に付いた煤を、ハンカチで優しく拭ってやる。


「じ、自分で拭け……むぐ」


 ラルフの口をわざと塞ぎ、アレットがギュッとラルフを抱きしめる。


「……一人で行っちゃうから心配した。無茶したら、めっ」

「べ、別に無茶じゃ――」

「……めーっ」

「はい……」


 観念したようにラルフが頷くのを見て、アレットは満足して微笑む。

 この可愛い弟は、誰かを護るためなら、身を挺することを躊躇わない。だからこそ、目が離せなくてしょうがないのだ。


「おほん! おほん! ラルフ、クロフォード先輩、早く移動した方が良いと思いますけど」


 ティアがわざとらしく咳払いを繰り返すと、機嫌悪そうに半眼を向けてくる。ちなみに、その背後ではミリアが無言で指を鳴らしている……それは女子がする仕草ではないと、突っ込みを入れてくれるほど度胸のある者はこの中にいない。


「そ、そうだな! げ、迎撃しないと――」


 だが、その言葉を最後まで言い終えるよりも先に、ラルフが素早くアレットの腕の中から脱し、ミリアに向かって駆け出した。


――――――――――――――――――――――――――――


「え、ちょ、兄さん!?」


 普段はあまり表情を出すことのないミリアが、焦りの表情で言葉を乱す。それを珍しがる暇は残念ながら、ない。

 ラルフは駆けながら拳を握ると、上空からミリアに向けて急降下してきたジャンヌ・ベルトワーズの一撃に対して、拳打をぶつけて相殺した。


「させるか!」

「察しの良い坊やだねぇ!!」


 さすがに、急降下した勢いに脚力をプラスした踵落としを受け止めるのはきつかった。手の先から肩まで、電流を流したような熱と痛みが駆け巡る。

 二年『煌』クラスを席巻する三獣姫の一人――ジャンヌ・ベルトワーズ。

 空を駆ける神装<ヘルメス>を繰る彼女ならではの奇襲である。もしも、ラルフが以前、彼女と一度戦っていなければ、防ぐことはできなかっただろう。


「大丈夫か、ミリア!」

「は、はい。兄さんこそ……」


 すぐさまミリアがラルフの肩に<再生>による治癒を施す。

 そんな二人の横をアレットが猛スピードで通り過ぎ、そのままジャンヌを追って跳躍する。そこから更に校舎の壁面を蹴り、屋根に飛び乗ると、軽く助走をつけて跳躍。


「……逃がさない、白光牙刃」


 アレットの神装<白桜>が、霊力によって構成された純白の巨大な刀身を顕現する。アレットは空中で身を捻ると、<白桜>の刀身に存分に遠心力を乗せて、空中のジャンヌに向けて振り抜いた。


「ちぃぃッ!」


 舌打ちをしたジャンヌは空中で旋回すると、振り下ろされる白光牙刃の腹に蹴りを叩き込んで、軌道を逸らす。アレットの剣速に確実に蹴りを合わせてくるその技量は、驚嘆に値する。

 双方、弾かれたように距離を取ると、空中でジャンヌが緑色の髪を掻き上げる。


「奇襲は失敗だ! 仕掛けるよ!」


 その言葉を合図として、裏庭にいるラルフ達を挟み込むように二十近い神装者達が校舎の影から現れる。この全てが勇猛邁進のメンバーなのだろう……リンクの最大所属人数の十人を超えている所を見るに、他はジャンヌを慕ってついてきている面子なのだろう。


「……く、皆、今すぐ――」

「おっと、アレット! アンタはアタシと戦ってもらうよ!」


 すぐに屋根から降りようとするアレットに向かって、ジャンヌが突進する。下にいるラルフ達からは見えないが、屋根の上では激戦が繰り広げられているのだろう。

 だが……人のことは言ってられない。

 ラルフ達の前後を塞ぐように、十人ずつ神装者達が迫ってきているのだから。

 十人程度なら、ラルフの力量があれば単身で突破することも可能だ。だが……単身で突破することと、十人全てを足止めすることは違う。

 最悪、背後のチェリル、ティア、ミリア達が前後から挟み込まれてしまう可能性もあるのだ。チェリルの火力は圧倒的だが、それでも前後を挟むように押し寄せる相手を、全て捌き切ることはできない。


 ――よく見てるな、ジャンヌ先輩。


 そう、これこそがリンク『陽だまりの冒険者』最大の弱点――純粋な人数不足である。

 ジャンヌがアレットを封じ込めてしまえば、前衛はラルフ一人。前後から挟み撃ちにされてしまえば、剥き出しになった後衛に直接攻撃を浴びることになる。

 数で圧倒するというのは単純ではあれど、効果的な方法だ。


「ラルフは数人で相手をして、残りは後衛に集中砲火! 後衛のミリア・オルレットを狙いな! <再生>の力は放っておくと面倒だからね!」


 ジャンヌの指示に、全員が鬨の声をあげながら一斉に神装を構える。


「ね、ねぇ、ラルフ……どうする!?」


 焦燥感に染まった声でティアが聞いてくるが、当のラルフは呑気そうに顎に手を当てて周囲を見回し――


「よし、こうする。せいっ!」


 炎を纏った拳で校舎の壁を殴り壊した。

 無造作な一発であったにもかかわらず、外壁が砕け散り、ぽっかりと人一人分が出入りできる穴が空いた。


「ティア、ミリア、チェリル、逃げるぞ!」

「え……あ、う、うん! ほら、ミリア、チェリル、行こ!」

「相変わらず無茶苦茶な……」

「うん、分か――わー! だから担がないでってばー!」

「アレット姉ちゃん、後で合流するから、こっちのことは心配しないでくれー!」


 ラルフ達が逃げていくのを、勇猛邁進のメンバー達は唖然とした様子で見送った。

 校舎はマナマリオス製の錬成素材を使っているため非常に頑強であり、さらにその上から霊術コーティングを施しているのだ……普通に考えれば、一介の学生に破壊できるわけがない。

 もちろん、グレン・ロードのような規格外もいることはいるが、例外中の例外だ。

 そんな例外中の例外な行為を平然とやってのけたのだ……開いた口が塞がらなくなるのも当然といえば当然だった。


「お前達、何ボーっとしてるんだい! さっさと追いな!!」


 ジャンヌからの檄が飛び、勇猛邁進のメンバーが我に返って慌ててラルフ達の後を追う。

 こうして、リンク『陽だまりの冒険者』のリンクフェスティバルは幕を開けたのであった――。


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