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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
八章 リンクフェスティバル~それぞれの行く先~
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リンクフェスティバル開幕①~初動~

 リンクフェスティバル開始の鐘の音が鳴り響き、饗宴の幕が上がって――まず、大きな動きがあったのは中央広場であった。

 恐らくは幾つものリンクが同盟を結んでいたのだろう――中央広場に隣接する校舎から、広場に向かって……もっと正確に言えばグレン・ロードに向かって霊術が殺到する。

 そして、それに追随するように近接戦闘に特化した神装者達が突貫してくる。

 まさに、グレンの予想通りの展開と言えた。

 しかし、この圧倒的なまでの物量……まるで、霊術の豪雨だ。一人で捌くのは流石に無茶としか言いようがない。

 だからこそ、グレンはその一切を無視することにした。


「『ラッシュ』」


 『ブースト』は腕力を主に、『アクセル』は身体能力全般を均等に、そして、『ラッシュ』は脚力を主体として強化する身体強化魔術だ。

 グッと全身に力を込めるようにグレンが前傾姿勢を取り――思い切り地を蹴る。

 疾走の一歩目で舗装された路を割り砕き、二歩目で体を更に前へと倒し、三歩目でトップスピードに乗る。後は――接敵と同時に一撃を叩き込むのみ。

 一瞬にして霊術の射程圏外へ抜けたグレンは、こちらに向かって来ていた近接系神装者達の先頭……巨大な盾を構えていた男に狙いを定める。

 地響きがせんばかりに左足で地を踏み、全身の力を、螺旋を描くように右の拳に収束させる。

 そして、体の捻りを戻しつつ――


「ぬぅぅぅんッ!!」


 インパクトを効かせた拳打を盾のほぼ中央に叩き込んだ。

 ドパンッ!! と空気が爆ぜる音ともに盾が粉みじんに吹き飛び、その向こう側にいた神装者が、ダメージ許容量を呆気なくオーバーして消し飛ぶ。

 相手は何が起こったのかすら理解できずに、意識を失ったことだろう。


「ひぃっ!?」


 流石にこれには肝が冷えたのか、後続の神装者達が顔色を無くす。だが、先頭に立っていた三年『輝』クラスの男が、剣型の神装をグレンに突きつけながら叫んだ。


「臆するな! 相手は一人なんだぞ! 一斉にかかれば押し切れる!」


 なかなかに肝の据わった男である。

 萎えかけた士気が鼓舞され、神装者達の止まりかけた足が再び疾走を開始する。


「ふむ、良い指揮官に率いられているな」


 呑気にそう呟くグレンの背後では、先ほどまで立っていた場所に霊術が殺到し、爆発と火柱が派手に咲き乱れている。

 背後は霊術の狙撃、前方には近接型神装者の集団――まさに絶体絶命の状況にありながらも、グレンはこの状況を楽しむかのように嗤う。


「多勢に無勢、大いに結構。ならば、我もそれ相応の歓待をしよう」


 吹き荒ぶ風に髪が乱れるままにしながら、グレンは眼前の神装者達を睨み据え、ゆっくりと右拳を腰だめに構える。


「死をも超える痛みを受ける覚悟が在る者のみ、向かってくると良い」


 握りしめられた右拳に、莫大な魔力が収束してゆく。

 霊術ならば、易々と中級霊術を発動させることができるほどの力――あまりの高密度に、雷撃へと転化された魔力がバチバチと不吉な音を立てる。

 紫紺を通り越し、限りなく黒へと近い色合いとなった拳を、更に引き絞り、グレンは体を落とした。そして……


「災禍の拳衝。カラミティアフィストッ!!」


 震脚を効かせた右の拳打が虚空を穿ち、そこに宿る魔力が解放され、衝撃波と化す。

 高密度に圧縮されていた魔力が、解放の瞬間を待ちわびていた猛獣の如く、神装者達に牙を剥く。

 空間そのものが悲鳴を上げるかのように軋み、風が咆哮をあげる中、神装者達の悲鳴と怒号が木霊する。


「う、うあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「そんな、ここまでなんて……ひぃ!?」


 美しく舗装されていた路を一瞬にして吹き散らし、その下の地面を大きく抉り取り、神装者達を容赦なく飲み込んでも、その勢いは衰える気配を見せない。

 紫紺の衝撃波は、無慈悲ともいえる速度で突き進み、校舎に激突――霊術コーティングが施された壁面を食い破り、その中で戦闘を行っていた生徒達を一瞬にして蹴散らし、その背後へと抜ける。

 ガラガラと盛大な音を立てながら校舎の一部が倒壊……グレンの眼前に広がっていた美しい中央広場は、一瞬のうちに瓦礫の山へと姿を変えた。

 神装者といえどもあまりにも規格外の一撃。

 グレンの眼前にいた五十近い神装者は、一人としてその場に残っていなかった。

 霊術の掃射すらも止み、異様な静けさの中、グレンはただ一人隣接する校舎へと視線を向ける。その視線は、先ほどグレンを狙撃した霊術師を、過たずに見据えていた。


「さて、続きをしよう」


 グレンはそう呟くと、校舎に向かって歩を進める。途中、幾度か霊術が襲い掛かってきたが……まるで、蠅蚊を相手にするかのように、煩わしそうに振るわれる<アビス>を纏ったグレンの拳に消し飛ばされる。

 もはや、闘争というよりも一方的な狩りが、開始される……。


――――――――――――――――――――――――――――


 リンク『花鳥風月』の最初のターゲットは、リンク『陽だまりの冒険者』に絞っていた。

 ジャンヌ・ベルトワーズが介入してくると確実に面倒なことになると判断したシアが、早期に決着をつけてしまおうと考えたのである。

 恐らく、アレット達はチェリル・ミオ・レインフィールドのアトリエを拠点として使用するのではないかと予測を立て、自身の拠点を出て、その場へ急行したのだが……。


「し、シア先輩! スゴイことになってるです……ッ!」


 物陰に隠れ、メンバーの一人が焦りながら放った言葉に、シアは内心で苦虫を噛み潰したような気持ちになった。

 シアの視線の先――リンク『セイクリッドリッター』を中心としたシルフェリス達が、チェリルのアトリエに向けて、霊術を雨霰と叩き込んでいるのである。

 まさに集中砲火というに相応しく、チェリルのアトリエを包囲しつつ、脱出の隙を生み出さないように間断なく霊術を放っている。アトリエも防御用の霊術で要塞化しているようだが……これでは、打ち崩されるのも時間の問題だろう。


「まだ根に持っていたんですわね……あの男」


 そして、シルフェリス達の陣頭指揮を執っているのは、セイクリッドリッターの三年『輝』クラスのドミニク・ボンドヴィルだ。そう、リンク対抗団体戦でラルフのバースト・ブレイズインパクトによって敗退した三年生である。


「あと少しで防御霊術も破壊できるぞ! 攻撃の手を緩めるな! 突撃部隊は準備をしておけ、壁を破壊すると同時に、内部に踏み込む!」


 その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでおり、醜く歪んでいる……恐らく、今の今まで、恨みや憎しみを溜めに溜めていたのだろう。

 アトリエの窓からは、ドミニクを睨み据えるティアと、泣きそうな顔で彼女に縋り付くチェリル、そして、部屋を忙しそうに動き回るミリアが見える。


「数に頼って要塞化した相手の拠点を落とすのは、一つの戦術ではありますが……ここまで徹底されると、むしろ、卑怯という言葉しか浮かびませんわね」

「あの、シア、シルフェリスが全員あんなふうだとは思わないでね……」

「分かっていますわ。だから、そんな情けない顔はよしなさいな」


 リンクメンバーのシルフェリスが、疲労感を浮かべた顔でシアに言ってくる。

 基本的にシルフェリスは気高い……悪く言えば、気位が高い種族と言われているが、それはあくまでも傾向というだけの話だ。

 それを絶対のものとして捉えてしまえば、見えている世界が狭まってしまうということを、シアはよく理解していた。


「しかし、こんな所をみせられては、見過ごすわけにはいきませんわね……」


 確かに、陽だまりの冒険者を倒すつもりではいたが……このような暴挙を許していいわけがない。義を見てせざるは勇無きなりである。

 それに……ここで出ていくのは十分に勝機があってのことだ。


「皆さん、アトリエの壁面が壊れ、シルフェリスの突撃部隊が内部に突入する瞬間を見計らって、霊術隊の背後をつきますわ。中にはアレットとラルフちゃんがいます……上手くいけば、セイクリッドリッターを挟撃することができるはずですわ」


 そう、あのアトリエの内部には、アレット・クロフォードと、ラルフ・ティファートという強力な近接型の神装者がいるのだ。

 シルフェリスの突撃部隊の数が多いとはいえ、狭い突破口から内部に入って行けるのは数人……そう簡単に突破することはできまい。そこで、手をこまねいている所を、背後から強襲するのである。

 一方的な攻勢に回った者達は、得てして自分達が攻撃される側になることを忘れがちになる。花鳥風月は近、中、遠、とバランスの良いメンバーがそろっている。上手く背後を突くことができれば、一気に相手を瓦解させることができるだろう。

 もともと、花鳥風月のメンバーはアレットやラルフを含めて、陽だまりの冒険者のメンバーと交流がある。シアの案に、ほぼ全員がこころよく頷いて応えてくれた。

 だが……ここで一人だけ異を唱える者がいた。


「待って、シア」

「なんですの、アルベルト。もしかして、見捨てろと言うんじゃありませんわよね」


 そう、待ったを出したのはアルベルトだったのである。

 他のメンバーも、まさか、温厚で義に厚いアルベルトが待ったをかけるとは思っていなかったようで、一様に目を丸くしている。

 だが、アルベルトだけは目を細めてアトリエを睨み据えている。


「何かおかしいと思わない?」

「?」


 首を傾げるシアの視線を誘導するように、アルベルトはアトリエの窓を指差す。


「こんな状況に陥っているにもかかわらず、猪突猛進のラルフ君が行動を起こしていないのに、違和感がある。それに……さっきから、彼の姿が見えない」

「……そう言われれば、そうですわね」


 そう、あのラルフ・ティファートがこの状況を黙って静観しているとは考えにくい。それこそ、倒れるのを覚悟して単身打って出る位のことはしてみせるだろう。

 付き合いの長いアルベルトは、その事に強い違和感を覚えていた。

 だが……それはあくまでも違和感程度のことだ。決定的な確証にはなりえない。


「よし……」


 アルベルトは右目の眼帯を少しずらし、アトリエを見て……ギョッと目を丸くした。


「退避!! 全員退避だ!」

「ちょ、ちょっとアルベルト、一体何事――」

「説明は後!! とにかく、全員退避して!」


 尋常ではないアルベルトの様子に押されるように、全員が全速力でその場から走り去る。

 背後から「よし、あと一押しだ! 畳み掛けろ!」という声が聞こえ、そして――視界の全てが白く染まり、爆音が辺りを圧した。

 キーン! という音は大音量を聞いたせいで耳が馬鹿になってしまったからだろう。


「い、一体何事ですの……っ!」


 シアが顔を上げてみれば、爆風に吹き飛ばされたメンバーがバラバラに地面に転がっていた。幸いにも脱落者が一人もいなかったのは、直前のアルベルトの警告が功を奏したからだろう。

 何が起こったのか確認しようと背後を振り返ったシアは、あまりのことにカクッと顎が落ちてしまった。

 先ほどまでアトリエがあった所に、巨大なクレーターが出現していたのである。

 あの爆発を至近距離から浴びたシルフェリスの一団は当然のごとく全滅。もしも、アルベルトの警告が少しでも遅れていたら、シア達も後を追うことになっていただろう。


「いや、凄いね……ここまで大胆な作戦を取るなんてね。ちょっとラルフ君たちらしくない気もするけど」

「え? いや、え? だって、中にはティアさんやミリアさん達がいたはずですわ!? も、もしかして、アレットはあの子達を囮にして……ッ!!」


 顔面蒼白になっているシアの前で、アルベルトが苦笑をしながら手を振る。


「いやいや、それはないでしょ。僕が見た時、中にあったのは莫大な霊力が封入された爆弾みたいな代物と、転送陣だったよ」

「は? 転送陣……?」


 キョトンとしたシアに頷き返し、アルベルトは腕を組む。


「たぶん、こうなることを読んでいたんだろうね。事前に転送陣を描いておいて、爆弾を爆破させる直前で、中にいたティアさん、ミリアさん、チェリルさんが脱出……中にセイクリッドリッターが踏み込んでくると同時に、起爆。なるほど、普通、学生が転送陣なんて使うはずないからね……思い込みを利用した上手い戦法だね」


 まぁ、こんな過剰な破壊力の爆弾を使う必要はないんじゃないかなーとは思うけれど、とアルベルトは付け足す。

 しかし、アルベルトの言葉に、シアはすぐに異を唱える。


「で、でも、転送陣を描くにはトゥインクルマナが必要で――」

「たぶん、チェリルさんのアトリエに置いてあったんじゃないかな。あの子、発明品のパテントで物凄い資産を築いてるはずだし、置いてあっても不思議じゃない」

「て、転送陣で移動するには、移動先にもう一つの転送陣を描く必要があるはずですわ! 拠点以外に仕掛けをするのは違反で――」

「だから、ラルフ君とアレットさんがいなかったんじゃないかな。恐らくだけど……厚めの羊皮紙かなにかに転送陣を描きこみ、それを持って移動力の高いラルフ君とアレットさんが移動。そして、人の少ない所で羊皮紙を広げれば、準備は完了だ」


 アルベルトの言葉を唖然とした様子で聞いていたシアだったが……ギュッと拳を握るとプルプルと震えはじめた。


「ア、アレットのおバカァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 耳と尻尾をピンと立て、シアは声の限り空に向かって叫んだのであった。


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